魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第57話 激突

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 魔神シェーン・シェーン・クーはラーマ等一行を逃がすために自らが殿しんがりを務めると宣言し、ラーマたちを逃がすのだった。魔神シェーン・シェーン・クーの一喝を受けたジーノとマリオは一早いちはやく危険を察知し、ラーマの意見も聞かずに馬車を発進させた。魔神シェーン・シェーン・クーの魔法を受けた馬は神馬と変わっていて人知を超えた速度で駆けだした。同時にラーマは魔神シェーン・シェーン・クーが一人残って足止めをすると宣言したことを聞いて嫌な予感で馬車から振り返ると、一瞬で遠のく景色の中、確かに見たのだった。魔神シェーン・シェーン・クーが異形の怪物3体とこの世の者とは思えぬほど美しい青年と戦いを繰り広げている姿を。そして、その美しい青年が馬車に向かって投げた槍が魔神シェーン・シェーン・クーの手によって阻まれるのを。
 その光景を見たラーマは魔神シェーン・シェーン・クーを心配してその名を呼んだ。

「シェーン・シェーン・クー様ぁああああーーーーっ!!」

 だが、その声が魔神シェーン・シェーン・クーの耳に聞こえることはなかった。人の身のラーマが声を発した時、既に馬車は数百メートルは進んでいたのだから。

 馬車に対する槍の攻撃を防いだシェーン・シェーン・クーは、美しい青年を指差して問うた。

「お前がザーン・ザーン・フォーを見殺しにした神だな。
 名の知らぬ神だが、戦う前に名乗る礼儀も知らんのか?
 それとも俺に名を知られるのは怖いのか?」

 シェーン・シェーン・クーは挑発した。それによって彼の見知らぬ神が己の正体を明かすのを期待したのだ。だが、その青年は自分の名を語ることはなく、薄笑いを浮かべてシェーン・シェーン・クーを見つめていた。そんな彼の側には彼の立場の優位性を示すように3体の異形の化け物がいた。
 三面六臂さんめんろっぴの巨大な猿の姿をした神仙獣「ズー・ロー・ハー」
 上半身は美しい鬼女。下半身は蛇の神仙獣「ダン・ハン・サー」
 美しいエメラルド色の瞳を12対持った巨大な山犬の姿をした神仙獣「キュー・レイ」。いずれも絶大な戦闘力を誇る神仙獣だった。彼らを使役するのは大変な量の魔力を消費する。にもかかわらずシェーン・シェーン・クーと対峙する神は3体も同時に使役して見せて、なお魔神シェーン・シェーン・クーと戦える余力があった。その実力のほどを察したシェーン・シェーン・クーは一早くラーマたちを逃がす決断をしたのだった。

 そして、3体の神仙獣と強烈な神である自分自身という数の上で圧倒的に有利な状況にいる青年はシェーン・シェーン・クーの挑発に乗るほど甘くはなかった。それどころかシェーン・シェーン・クーを見下すように笑うのだった。
 見下されたシェーン・シェーン・クーは思った。
 (逆に俺を挑発してきたか。
  どうやら簡単な敵ではなさそうだ。)
 自制心を失わない見知らぬ神に対してシェーン・シェーン・クーは警戒を怠らない。それどころか重ねて敵を挑発するように問うのだった。

「見事な神仙獣だな。しかし、だったらなおのことわからんな。
 お前ほどの男ならばザーン・ザーン・フォーを見殺しにする必要はなかったのではないか?
 それともあの娘を利用しなければならないほど俺が恐ろしかったのか?」
「もし俺を恐れていないというのならば、教えてはくれないか?
 モデナには何がある?
 ザーン・ザーン・フォーを犠牲にしてまでひた隠しにしたかった秘密とは何だ?
 自分の名前を名乗れぬほどの臆病者のお前でも、お前がなすべき任務の内容くらいは認識しているんだろう?
 お前の目的は何だ? 教えろよ。名乗りも出来ない腰抜け様よ。」

 だが、シェーン・シェーン・クーの挑発は再び挑発で返されてしまうのだった。

「獣じみた見た目通り幼稚な挑発だな、魔神シェーン・シェーン・クー。
 俺はお前を知っていて、お前は俺を知らない。この状況で俺がお前に目的や名を教えるメリットがあるか?」
「それに俺の方はお前について新たな情報を見抜いているぞ。
 俺の知っているお前は本能のままに生きる魔神であったはず。それがあの小娘を守るために殿を務める?
 本来のお前ならば、小娘のことなど考えずに俺との戦闘に臨んだはず。それが戦闘狂のお前の性分だろう?」

 そこまで語ると美青年はシェーン・シェーン・クーの幼い顔を指差して断言する。

「自由奔放で本能のままに生きてきたはずのお前は今、何者か知らぬが主人を持つ身だ。そして、その主人の命令であの小娘の言う事を聞いている。
 違うか?」

 美青年は見抜いていた。シェーン・シェーン・クーのこれまでの生活態度と現在の行動の不一致から、何者にも縛られないはずの彼が今は誰かに従属しているという事を。
 美青年にあっさりと自身の状況を見破られたシェーン・シェーン・クーは、彼の問いかけに表情を崩して反応してしまった。その動揺は言葉での返答よりも真実を語る。美青年はシェーン・シェーン・クーの反応を見て嬉しそうに笑った。

「見た目通り幼い魔神だ。お前の態度で俺は確信した。
 お前もあのザーン・ザーン・フォーと同じく主に使役されているのだとな。
 お前ほどの魔神が何故? 誰に仕えているのかな?」

 シェーン・シェーン・クーの現状を看破した美青年が今度は逆に尋ねるのだった。お前の主は誰だと。この問いかけは問いかけであって問いかけではない。なぜなら、この美青年もシェーン・シェーン・クーが素直に答えるとは思ってもいないからだ。
 故にこの問いかけは情報の引き出しあいに対する勝利宣言であり、同時に敗れたシェーン・シェーン・クーの精神的動揺を誘うための作戦だった。

 美青年は思う。『この子供の獣人の姿をした魔神は、大人ぶっているが中身は子供のママだ。ならば、精神的揺さぶりをかければ戦闘になった時に冷静な判断ができずにあっさりと自滅していくだろう。』と。
 この作戦は敵の自滅を誘って安易に勝利を手にするためのものであり、勝負の厳しさを甘く考えている者の発想だった。
 しかしシェーン・シェーン・クーは美青年が想像する以上に幼かったのだ。

「俺は旦那様と戦って敗れて、そのまま手籠めにされた。
 俺はもう、旦那様なしでは生きていけない体にされてしまったのだ。だから、旦那様に仕えている。」

 勝負の世界では何が起こるかわからない。安易な勝利などないのだ。その証拠に美青年の想像を超えてシェーン・シェーン・クーはアッサリと自供してしまったのだ。それも訳が分からなぬ回答で。

「・・・は? 戦いに敗れて手籠めにされた・・・?」

 美青年は混乱する頭でシェーン・シェーン・クーの話した言葉を復唱した。色々な意味で理解できなかったからだ。
 しかもシェーン・シェーン・クーは頭が混乱している美青年に追い打ちをかけるように、頬を紅潮させて腰をくねらせながら聞いてもいないことまで語りだすのだった。

「すっごいんだぁ~。旦那様。
 俺は今まで自分の好きなように生きて来た。強い者は倒し、美しい女は力づくで手籠めにしてきた。
 そんな俺を旦那様は力でねじ伏せ、そして手籠めにした。」
「ああっ!! 今思い出しても体がうずく。
 俺の中のメスの部分が旦那様のご寵愛ちょうあいを求めてうずくんだ。
 わかるか? あの歓びと体のたぎりっ!!」

 紅潮する頬。悩ましげに潤む瞳。乱れる呼吸から、シェーン・シェーン・クーが嘘をついていはおらず、今その言葉通りにその時の状況を反芻はんすうし興奮していることは明らかだった。彼のその状態は美青年をますます混乱させた。

「ああああっ! やめろっ!! 誰がそんな話を聞きたいかっ!
 お前のわけのわからん性癖の話を俺に聞かせるんじゃないっ!!」
「そんなことよりも話せっ!! お前の主は誰だ? そいつの目的は何だ?」

 美青年は混乱していた。その混乱ぶりを見てシェーン・シェーン・クーは図らずとも心理戦で自分が勝利したことを知った。だから、今度はシェーン・シェーン・クーが勝利宣言じみた事を言う。

「聞け。今の俺は旦那様も色小姓。メスと言ってもいい。
 そんな俺が旦那様の情報を吐くと思うのか?
 どうしても知りたいのなら俺を倒し、俺を手籠めにして白状させてみろ。
 旦那様もして下さらなかったあんなことやこんなことをしてくれたら、俺は白状するかもしれんぞっ!」

 シェーン・シェーン・クーは天然だった。天然故に自分が話していることが普通だと思う。しかし、それは美青年にとっては耳から入って来て脳を穢す毒物に属するような情報でしかない。混乱した美青年は自分が直接攻撃を仕掛けることを躊躇ちゅうちょしてしまい4対1という圧倒的な状況であるにもかかわらず、神仙獣を使ってシェーン・シェーン・クーを倒そうとするのだった。

「殺せっ!! 神仙獣共っ!! 今すぐこいつを殺せっ!!」

 その言葉を聞いた途端、3体の神仙獣は攻撃を仕掛けてきた。

 最初に動いたのは美しき鬼女ダン・ハン・サーだった。悩めかしい肉付きをしている彼女はその色気でさえ武器になるとばかりに体をくねらせながらシェーン・シェーン・クーに向かって突進してくると、口から毒霧を吐きかける。
 そして、その毒霧に隠れるようにして巨大な山犬キュー・レイが突撃してきてその巨大な爪でシェーン・シェーン・クーを刻まんと両手を振り下ろしてくる。

 魔神であるシェーン・シェーン・クーは本来、彼らを使役する階位の存在であるから、彼らの個人攻撃であれば何も恐れることはない。ただ、3体同時の攻撃となると如何に魔神であっても油断はできないのだ。それも三面六臂の猿の怪物ズー・ロー・ハーが先に攻撃を仕掛けた2体の背に隠れるようにして魔法を使ってくるとなると、その危険度は格段に上がるのだった。

「おっと、連係プレーとはやるな。」

 シェーン・シェーン・クーはそんな軽口を発しながら両手を叩き鳴らすと、土魔法で地面を2メートル以上隆起させ、攻撃から身を護る壁とした。そして3体の神仙獣の攻撃がその壁にぶつかって破壊される瞬間に逆に魔法で爆発を起こす。敵によって壊さて無力化されたはずの土壁はシェーン・シェーン・クーの爆発魔法のおかげで石つぶてとなって前衛の2人を襲う。もちろん、神仙獣がこの程度の石つぶてでダメージを受けるなどとシェーン・シェーン・クーも期待はしていない。ただ、その石つぶては煙幕の効果を発揮し、3体の神仙獣は一瞬でシェーン・シェーン・クーを見失ってしまった。その場に残されていたのは破壊されて高さ90センチほどの大きさになった土壁だけだった。慌てて土壁の向こう側を探したり、地面に穴を掘って逃げたのかと足元を見たり、空中に逃れたのかと思って天を仰いだりした。だが、いくら探しても天にも地にもシェーン・シェーン・クーの姿はなかった。

「・・・どこだっ!?」

 姿を見失ったのは3体の神仙獣だけではなかった。美青年もまた、シェーン・シェーン・クーの姿を見失っていたのだった。
 そうして、とうとう彼らがシェーン・シェーン・クーの姿を見つけることはなかった。
 彼らが如何にしてシェーン・シェーン・クーが戦場を離脱したのかを知ることができたのは魔法によって築かれた土壁が時間の経過とともに魔法効果を失って、その形を完全に無くしたときだった。
 砂時計のように崩れ去っていく土壁の亀裂に沿うように次元を切り裂いてできた空間の裂け目を彼らは目にしたのだった。

 そう、シェーン・シェーン・クーは魔法で目くらましをしたときに、同時に土壁の裂け目に沿うように次元を切り裂いて別の異界に逃げ延びていた。そのことを土壁が崩れたときに知ることになった美青年は怒りの雄たけびを上げるのだった。

「おのれっ!! おのれ、魔神シェーン・シェーン・クーっ!!
 さてはお前の父親が支配する異界に逃げ延びたなっ!?」
「なんという姑息な真似をっ!! 戻って来いっ!!
 男らしく勝負しろっ!!」

 混乱し、自分も神仙獣と共に攻撃していればこうはならなかったであろうことを今になって悟った美青年は、いつまでも彼を呪う言葉を発し続けたのだった。
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