魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第56話 エサ

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 魔神シェーン・シェーン・クー様が馬車から下車なさると、私たちは様子を知りたくて慌てて馬車のホロの隙間から外を伺います。
 すると馬車の外にはゴーストに取りつかれて意識を失って地面に倒れている騎士達とは別にこの世の者とは思えぬほど美しい一人の女騎士が魔神様と対峙していたのでした。
 炎のように真っ赤な長髪を後頭部の上で搾り上げ、あらわになったうなじの筋の色気はジーノとマリオとマリオが溜息をつくほどです。

 しかし、その美しいお顔が若干引きつっているのは、恐らく彼女もまさかここに魔神様がおられるとは思いもよらないことだったからでしょう。
 そんな彼女に対して魔神様は彼女の事を知っているように尋ねられました。
 

「お前は、火の国の精霊貴族カーウ・フー・フォーの13人の娘の一人、女精霊騎士ザーン・ザーン・フォーだな。
 何ゆえにラーマを狙う。」

 魔神様に正体を看破された女騎士はニコリと笑うと
「神よ。私は理由までは聞いておりません。ただ、主様あるじさまの命令によってエデンの女王の命を狙っているのです。」
と、意味深長な返答をするのでした。

 精霊騎士。魔法使いならば誰もが知っている存在です。異界の王に仕える騎士団の構成員。その霊位は高く神仙獣を使役したり、多くの魔法も駆使することが可能なほど高位の存在。その霊位は神と人間の間に位置し、精霊騎士団を束ねる精霊貴族は龍すらほふると言われています。私達が使う魔法は一般的に精霊騎士より与えられた知識だと聞いております。そして、その精霊貴族を召喚し、自分の敵を屠ってもらう魔法が召喚魔法。召喚魔法は魔法使いの霊位自体が高まっていないと使用できません。かなり高位の魔法使いでないと精霊騎士は相手にもしてくれないのです。
 そして、その戦闘力は高く、国家は精霊騎士を自国防衛の守り本尊として契約する場合があるほど人知を超える存在だったのです。

 魔神様のお話によりますと、目の前の女性は異界の一つ「火の国」の王に仕える精霊貴族カーウ・フー・フォー様の娘だそうです。精霊貴族の娘なのですから、相当な地位におられるはずの女精霊騎士です。その実力も我々、下等な存在には想像もつかないレベルに達しているでしょう。
 ザーン・ザーン・フォー様は精霊貴族の娘というその地位の高さから神と接する機会も少なくなかったのでしょう。魔神シェーン・シェーン・クー様に対する態度も自然なもので、魔神シェーン・シェーン・クー様も特に気を悪くなさっているようには見えませんでした。だから、お二人の会話はごく自然に続くのでした。

「ほう。お前の主とな?
 その主の名前を聞かせてもらえるかな?」

 魔神シェーン・シェーン・クー様はそう言われると拳を見せつけます。
 このジェスチュアはただの威嚇いかくです。「答えないとゲンコツをお見舞いするぞ」と魔神様は言葉にせずにザーン・ザーン・フォー様に伝えたのでした。
 ザーン・ザーン・フォー様は地位の高い精霊騎士とはいえ、精霊騎士と魔神様では格が違いすぎます。魔神様の威嚇行為には美しい笑顔をひきつらせて恐怖しますが、それでも彼女は精霊騎士。戦士としての誇りは失わないのでした。

「神よ。主様の名前をお話しすることは平にご容赦願います。それは騎士が最も恥じる行為、裏切りでございますれば、如何に神の命令であっても受け入れるわけには参りません。」

 ザーン・ザーン・フォー様はきっぱりとお断りになられました。その凛とした態度は同じ女として痺れずにはいられないほどカッコよかったのです。そして彼女の精霊騎士としての矜持きょうじを魔神様はお褒めになられました。

「ザーン・ザーン・フォー。中々に殊勝しゅしょうな心掛けである。
 だがな。お前はその主にめられたのではないか?
 お前はここに神がいるとは思わなかっただろう? 当然だ俺の隠形術がお前如き精霊騎士に見破られてたまるものか。お前は命令に従い、ここまで来たのは、ここに魔族しかいないと思ったからだろう?」
「お前の部下たちを見ればわかる。ただの人間だ。ラーマの死霊術に抗う能力も持たないただの騎士だ。もしお前がお前の主に俺の存在を聞かされていたら、こんな兵士を引き連れて来たりはしまい。」

 そこまで魔神様がお話になられるとザーン・ザーン・フォー様は魔神様の仰ろうとされていることを察して、表情を歪めるのでした。そして魔神様はご自身の立場を思い知らされて職を受けておられるザーン・ザーン・フォー様に追い打ちを成されるかのようにザーン・ザーン・フォー様を指で差しながら言うのです、

「わかるか? ザーン・ザーン・フォー。お前は俺と言う獲物をおびき出すためのエサだ。
 敵は神である俺の隠形法を見破るほどの存在。そして精霊騎士のお前ほどの女を易々と消耗品扱いに使い捨てる。そんな真似ができるお前の主は俺と同じく、恐らくは神。
 しかし、その神とて同じ神である俺の隠形術を完全に見破ることは出来なかった。だから馬車の中にいる俺が何者か知るために俺を誘い出せる存在としてお前を利用した。お前ほどの女が出てくれば俺が相手をしなければならんからな・・・。ま、つまりお前は使い捨てに利用されたんだ。」

 魔神様の指摘は図星だったようでザーン・ザーン・フォー様はみるみる血の気を失っていきます。
 自分が使い捨てにされたと知ったのです。当然と言えば当然のことですが、地位の高い人ほどプライドが高い。ゆえに今、自分が置かれた状況にショックを受けるのでした。
 
「俺は慈悲深い神ゆえに一度の拒否は許そう。しかし、そう何度も許されると思うな。
 もう一度尋ねる。お前の主とは誰だ?」

 その質問をされた時の魔神様の殺気はすさまじく、ザーン・ザーン・フォー様は一瞬、体を膠着させてしまうのですが、それでも騎士の矜持を示すのです。

「神よ。私は直ぐに撤退いたしますゆえに平にご容赦願います。
 ご迷惑はおかけいたしません。」

 ザーン・ザーン・フォー様がそう言うと魔神様は心底残念そうに「・・・そうか」と一言呟かれるとその場から姿を消されました。いえ、正確に言うと魔神様はその場から一瞬で移動してザーン・ザーン・フォー様の顔面に平手打ちをなさったのです。
 
 平手打ちによる凄まじい平手打ちの音が夜中の川岸に響き、ザーン・ザーン・フォー様の体が吹き飛ばされて激しく地面に体を打ち付けれて鞠のように何度も跳ね飛びました。

「最後のチャンスだ。俺は慈悲深い神だが、そう何度も許すのは俺の沽券こけんにもかかわるのでな。
 許せ、ザーン・ザーン・フォー。
 もう一度尋ねるぞ、お前の主は誰だ。命を懸けて返答するか拒否するか決めよ。」

 究極の2択。自分の命を守るか騎士の名誉を守るのか。魔神様は有無を言わさぬ実力差でこれを迫るのでした。
 そして、ザーン・ザーン・フォー様はやはり女精霊騎士様でした。
 
 しばし、苦悶の表情で考え込んでおられましたが、やがて腰に差した剣をスラリと抜き取ると、己の右腕を切断なさったのでした。

「・・・? わからん。ザーン・ザーン・フォーよ。
 それは何の真似だ? もしかして右腕を差し出すから俺に命乞いをするのか?」

 そう聞かれたザーン・ザーン・フォー様は苦痛に顔を歪めながら、切り落とした自分の右腕を魔神シェーン・シェーン・クー様の立たれている方向に向けて投げるというのでした。

「神よ。お許しください。」

 その一言を同時にザーン・ザーン・フォー様の右腕が激しい爆発を起こすのでした。

「あっ!! お前~~~っ!!」

 魔神様の怒りに満ちた声が爆発の閃光の中で聞こえた気がしました。そうして、その光が消えるにしたがって私たちの目にも外の風景が見えるようになるのですが、その時の風景を見て私達は「あっ!!」と声を上げたのでした。

 えぐれていたのです。大地が。
 私たちの馬車を中心に大爆発が起こったようで大地が見事に抉れていました。一番深いところで成人男性3人を縦に並べたほどの深さはあるでしょう。
 それほどの爆発の中で私たちが無事だった理由は一つ。魔神シェーン・シェーン・クー様が爆発に対抗して結界を張られたからです。
 しかし、ザーン・ザーン・フォー様は魔神様が結界を張るその僅かなスキを見逃さずにこの場から離脱せしめたのです。ザーン・ザーン・フォー様がおられた場所には、ザーン・ザーン・フォー様が切り開いた次元の裂け目がわずかに残っておられました。きっと、この裂け目を利用して火の国に逃げお隠れになられたのでしょう。魔神様はその裂け目を睨みながら、「くそ。やられたな。」と、逃げおおせられたミスを悔やまれました。

「あの右腕。いざという時のために数百年分の呪力を込めていたな。それを爆発させて逃げようとは、流石、火精霊貴族カーウ・フー・フォーの娘。味な真似をしてくれる。」
「ラーマたちを盾に奴は俺から逃げた。
 あの爆発ならば俺はザーン・ザーン・フォーを倒すことよりもお前たちを守る選択肢を取らなくてはいけないからな。
 その隙に逃げられた。なかなかやる。」

 魔神様はしてやられたと言いながらもどこか楽しそうにそう語るのでした。
 そして、「あの娘が命に代えても守ろうとした主の名とは一体・・・?」と、怪しまれるのでした。

 そうやって魔神様がザーン・ザーン・フォー様をけしかけた相手に対して思案をされているのを見ていたジーノとマリオは馬車から飛び出て来て「一度エデンに戻りましょう」と進言するのでした。

「魔神様。敵も神であるならば、我らの存在知られた以上は身を引くのが常套手段かと心得ます。」
「左様。もし、神があのような精霊騎士と徒党を組んで襲ってこられた場合は私たちはひとたまりも御座いません。
 ここは一度退いて本国で作戦を練り直しましょう。」

 この進言にはジュリアも同意して意見します。

「お二人の仰る通りです。魔神様、魔神様も仰られた通り密偵は疑われた時から死神に着け狙われます。
 今こそ引き際と心得ます。」

 密偵のジュリアの進言だけに説得力を感じます。私もそんなジュリアの感を信じて魔神シェーン・シェーン・クー様を見つめました。
 魔神様は私たちの気持ちに思うところがあったのか、しばし私たちの顔を見つめていましたが

「うむ。任務半ばで戻るのは旦那様に義理が立たぬが、確かにお前たちの言う通り、このままでは危険だな。 
 ではそうするか。」と、帰国の決断をなさるのです。

「では、帰国も一瞬で行うぞ。さぁ、馬車に乗り込め。
 神馬が待っているぞ。」

 魔神様が指さす馬車には魔力で強化されて荒ぶる神馬と化した馬がいきり立っていました。

 いやああああ~~~~~っ!!


 私たちの悲鳴が明け方の川べりに響きました。
 そうして、その声が敵を呼んだというわけではないでしょうが、しぶしぶ馬車に乗り込む私の背筋に凍り付くようなほど冷たい殺気が付きつけられたのでした。
 その殺気に私が振り向こうとした時、魔神シェーン・シェーン・クー様が怒鳴りました。

「振り返らずに直ちに馬車を出せっ!! あとは馬がお前たちをエデンに連れ帰るっ!!
 ここは俺に任せて先に帰れっ!!」
「敵は余程、俺たちをモデナに行かせたくないらしいっ!
 急げっ! 躊躇ちゅうちょすれば全員死ぬぞ!!」 
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