魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第51話 浮れ女

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 新たに明けの明星様の毒牙にかかり、わたくし達の同胞になった魔神シェーン・シェーン・クー様は私をジロリと睨みつけると

「お前がラーマだな。旦那様がお話された通りに絶世の美女だな。」
「俺は旦那様の御下命でお前の守護を任された魔神シェーン・シェーン・クーだ。
 先ほど旦那様も仰っておられた通り、俺の脳は旦那様の呪いにかかっていて、お前を傷つける全ての災いから守る様に作り替えられている。安心して俺に任せるがいい。
 どこへでも連れて行ってやるから望みの場所を言え。」
 
 と、とても可愛らしいお声で精一杯、威厳いげんを見せようとしています。その姿の愛らし事。
 赤茶色い長髪はボサボサで野性味を感じさせますが、長いお耳は頻繁ひんぱんに小さくピコピコと動きどこか幼さを感じさせます。赤い大きな瞳は拍車をかけて可愛らしい。惜しむらくは尻尾が無い事ですが、それでもどこか愛玩動物的な可愛さを見せる子の美少年なのでした。
 私の目線の位置に頭頂部が来るので私もアンナお姉様とご一緒に魔神シェーン・シェーン・クー様の頭をナデナデしたくなるのですが、その気持ちをグッ・・・と押さえて、深々と頭を下げて護衛をお願いするのでした。

「魔神シェーン・シェーン・クー様。よろしくお願いいたします。」

「うむ。ただし、最初に断っておくが、お前はあくまで俺の付き添いだ。
 情報は俺が集める。お前は俺と共に旅をしていく先々の町を見て人を見て学ぶがいい。」

 魔神シェーン・シェーン・クー様はそういうとニッコリと笑い私に握手を求めてこられました。私よりも一回り小さなそのお体なのでその掌は私よりもまだ小さかったのですが、常識離れした高い魔力を感じさせ、アンナお姉様と同じく私たち魔族とは比べることもできない程高位の存在なのだと思い知らされるのでした。

 さて、魔神シェーン・シェーン・クー様が私の護衛について人間の国を見て回ることを明けの明星様がお下知げちくだされた以上、フェデリコは文句も言えません。数多い政務も家臣団に任せて私は早速、翌日に出発することになったのでした。


「出発は早い方がいい!! そうすれば任務は早く終わり、俺は旦那様にご褒美を頂ける。一杯、良い子良い子ってしてもらえるんだぞっ!!
 ラーマ。お前は俺のために懈怠けたいなく任務に当たれ。
 いいな? これはお遊びじゃないぞっ!! お土産は馬車の半分までの量にしろ。いいなっ!!」

 魔神シェーン・シェーン・クー様はとても厳しいお方でした。
 私は初めての国外旅行・・・もとい、国外視察だというのに馬車半分のお土産しか買う事を許されなかったのです。
 その上、魔神シェーン・シェーン・クー様は仰いました。

「いいか。俺は賢い。だからお前に幻術を掛けて他人からは商人の娘にしか見えないように姿を変える。
 そして、俺はうか、平たく言えば売春婦どもだが、それを率いる元締めの姿になる。お前は俺の娘としてふるまえ。お前は高貴な家柄だから、それなりに豪商の姫に見せることは可能だろう。」
「だから、できるだけ金持の商人に甘やかされて育てられた如何いかにも世間知らずなアホな娘としてふるまえ。
 いやっ! それは演技しなくても出来るようだな。 お前は優秀だなっ!!。」

 なんてさりげないお心遣いをされるようにして、私のプライドをズタズタにするのですが・・・そこで何度も頷いているフェデリコ。あなたには後でお話があります。
 ただ、魔神シェーン・シェーン・クー様は私ども下等な魂の生活をよくご存じのようで、人間社会に溶け込みやすい職業を選ばれているとフェデリコに絶賛されるほどでした。

「流石は魔神様でございます。浮れ女とはうまい手立てをお考えになられました。
 これならば、若い男どもは喜んでやってくるので情報は速やかに手に入るでしょう。」

 おだてられた魔神シェーン・シェーン・クー様は満足そうに腕組をなさいますとフェデリコに数名の娼婦を用意するように命じるのです。その娼婦とは勿論、密偵の業務を生業とするスパイが実態の軍人です。
 フェデリコは自分の配下に相応しい娼婦が5名すぐにご用意できます、と言って翌日の出発までに呼び寄せるのでした。

 こうして私は浮れ女たちを率いる元締めの娘と言う立場で人間の国を回ることとなったのです。

 出発の前の晩、私はベッドでご一緒のアンナお姉様に愚痴を言うのでした。

「酷いとは思いませんか?
 お土産が馬車の半分までとは・・・。こんなケチな旅行は初めてですっ!!」

「ラーマ。旅行ではありませんよ。」

「それに私の事をまるで世間知らずのアホ娘のようだと侮辱なさったのですっ!!
 私、実際の見分こそ浅いですが、知識は多い賢い女なのですわっ!!」

「・・・う、うん。そうね、ラーマは良い子良い子。」

「ですわよねっ!?
 おまけに聞きましたか? 浮れ女の元締めにふんするだなんてっ!!
 私、そう言ったいやらしい商売に仮初かりそめでもかかわるなんて思ってもみませんでしたわっ!! その元締めの娘として下々の者達から見られることになるなんて・・・今から考えてもゾッと致しますっ!!」

 私はそう言って魔神シェーン・シェーン・クー様への愚痴をアンナお姉様にぶつけます。アンナお姉様は私の愚痴を優しく受け止めてくださったのですが、魔神シェーン・シェーン・クー様の作戦は奇策だと仰るのです。

「いいですか? ラーマ。
 浮れ女というものは職務の内容とは裏腹に古くは神殿巫女に属する聖職者の一派なのです。そのため、他国への移動制限が少ない職業なのです。
 浮れ女は地域の発展を豊穣神に祈る祝詞や雅楽、舞を上げたりします。性を商売にするのはその一環でもあります。生命を産み出す性行為は死の反対側のエネルギーを持つために古代からそれなりに信仰の対象とされました。今の浮れ女は実質的にはただの売春婦と変わりないものも多いですが、それだけに密偵行為をするには向いているのですよ。
 クーちゃんの作戦は中々の奇策と言えます。」

 アンナお姉様は真顔でそう仰いました。アンナお姉様がそう仰るのなら確かにこれは奇策なのでしょうが、それにしても釈然としません。どうして浮れ女は密偵行為に向いているのでしょうか?
 私が疑問に思って尋ねるとお姉様は悪戯っぽく笑いながら

「あら? ラーマには難しい問題だったかしら。
 ・・・殿方って夜の生活の時ほど気が緩んで本音を語ってしまうものなのですよ。」と仰るのでした。


 翌朝、魔神シェーン・シェーン・クー様は6頭引きの馬車に御者兼用心棒風に扮した軍人2名や5人の女軍人と共に城門出入り口の前で私を待っておられました。

「おそいぞ!! お寝坊姫めっ!
 今日からお出かけだというのに、何をしていた?」

 魔神シェーン・シェーン・クー様は私を叱責しっせきなさいますと同時に私の旅行用の衣装やお菓子が入った手荷物を5分の1の量まで減らすのでした。

「おいっ!! 召使い5人に運ばせる荷物量って何考えてんだお前は? 浮れ女集団の移動だぞ、これはっ!! 王侯貴族の旅行じゃあるまいし、手荷物はこんなにもいらないっ!!
 肌着も上着も3着までにしろっ!! 行く先々で洗濯しながら移動していることが自然に見えるようにふるまうんだ。あと、お菓子もこんなにたくさん用意するなっ!!」

 魔神シェーン・シェーン・クー様はそう仰りながら、私の手荷物の中身をお改めになりながら、バンバン跳ねのけていきます。衣服の選別だけはアンナお姉様が「クーちゃんっ!! 女の子の下着は見ちゃだめですっ!!」と叱責されたので、さすがに手をつけられませんでしたが「だったらアンナお姉様が仕分けしてっ!!」と抗議したので、私の下着までお姉様の検分の元やはり3着分までに減らされてしまったのです。

「うう~~。さ、3着の下着だなんて3日過ぎたらどうしたらいいの? お姉様ぁ~~。」

 私はそう言って泣きつきましたが、アンナお姉様も「これはクーちゃんが正しいから」といって受け付けてくれませんでした。
 ただ、5名の女軍人衆が

「ラーマ様。私どもが心を込めてお洗濯いたしますので、どうぞ姫様はご安心くださいませ。」と、言って慰めてくれたので、私は何とか落ち着くことができました。

「ありがとう、あなた達。名前を名乗ることを許します。」
 
 私がそう言うと女軍人の中で一番年上風の赤い長髪をした者から名乗り始めるのでした。

「私ども下賤げせんやからが名乗り栄誉をたまわりましたこと、まことに有難ありがたき幸せに存じます。
 私の名前はジュリア。この部隊の隊長を務めます。」

「私の名はソフィアにございます。」「私の名はジネヴラでございます。」「私の名はキアラに御座います。」「私の名はヴィオラに御座います。」

 5名はひざまずいてこうべを垂れると私に名乗りを上げるのです。彼女たちに姓がない理由は簡単です。彼女たち自身が下賤の輩と言う様にこのような任務を任されるのは、正規の軍人ではなく臨時雇いの存在で、その多くが賤民せんみんと呼ばれる最下層の階級の人たちだからです。もっとも彼女たちは通常の賤民とは違って出自は神殿巫女という神職に由来する存在なので、場合によれば私たち王侯貴族と接する機会も許されることももしかしたらありえるのかもしれませんが、本来なれば、それも許されぬ最下層の人たちでした。

 改めて姓が無い彼女たちの名乗りを聞いたその時になって私は、初めて自分が賤民と触れ合ったことを知るのでした。
 これまで王城の外から平民を見ていました。復興支援などでも私が直接目にするのは平民階級の者達まで。彼女たちのような賤民と直接話をするのは、生まれて初めての事だと、今さらながら気が付かされたのでした。

「・・・ジュリア。では、これからの旅、よろしく頼みましたよ。」

 私がそう言って声をかけると、ジュリアたちは「もったいないお言葉でございます。」と、涙目になって答えるのでした。その涙の重みに何も思わぬほど私は愚かではありません。
 きっと色々と虐げられてきたであろう彼女たちにとって王族からこのような言葉をかけてもらえることなど想像を絶するほどの栄誉なのでしょう。私は、それを見て、自分は、王族とは一体何なのだろうと考えさせられるのでした。

 魔神シェーン・シェーン・クー様は、そんな私の心の様子を察するかのように

「お前にはまだまだ学ぶことがあるようだな。
 これから、この者達の仕事ぶりを見て、改めて学ぶことも多いだろう。下賤の者達から王族が学ぶことがあるのだぞ? 面白いとは思わんか?」

 と、とびきり可愛い笑顔をお見せになって楽しそうにお話しくださるのでした。
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