魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第50話 魔神シェーン・シェーン・クー

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 フェデリコの案を聞いてわたくしは胸が踊りました。

「ああっ!! 他国に出かけるなんて生まれて初めてのことですわっ」

 私は人目を気にせず天井を見上げて「ふふふ」と声を笑い声を上げながら、クルッと一回転してみせます。そして、一回転してから、フェデリコの肩を掴み「あなたの提案、ステキよ! 私、世界を見てまいります。」と、感謝の言葉を伝えました。

 ですが、フェデリコは不機嫌そうな顔で私を見返すのです。

「は?」
「姫様。何を仰っていられますか?
 ひょっとして、ご自分が他国にお出かけになられるおつもりですか?
 正気ですか? どこの国のお姫様がそんな頭のおかしい事を考えるのですか?
 ああ。我が国のお姫様がお考えでしたね。はっはっはっ。」

 ・・・あらあら。もしかして私、喧嘩を売られてます?

「フェデリコ。アンナお姉様の護衛があるのですよ?
 それなら私が向かっても安全ではなくて?」

 フェデリコはコクリと頷くと

勿論もちろん、魔神様の護衛があれば安心ですが、姫様にはご政務がございます。他国にお出かけになるお時間などございません。」

「うっ!」

 お仕事いやぁ~っ!!
 私、初めての他国お出かけは、アッサリと却下されたのです。
 ただし、この作戦。アンナお姉様は簡単にはお許しにはなられませんでした。
 フェデリコと私が早速、アンナお姉様の元へお願いに参った時の事でした。
 事情を説明してアンナお姉様にお願いするために明けの明星様を探していると、いつも明けの明星様と一緒におられるアンナお姉様は珍しくお一人でした。

「あら? アンナお姉様、お一人ですか?」

「ええ。そうよ、旦那様はタヴァエル様と異界にお出かけになられました。」

 異界にお出かけ・・・。そんな買い物に出られたみたいにあっさりと。私なんか他国に出ることも叶わぬというのに・・・。

「旦那様は私のような魔神でも何をお考えなのか想像できません。
 ただ、恐ろしいお方だということはわかります。この異界への移動もその恐ろしさの一つです。」

 異界の王さえ畏怖いふする明けの明星様。これが100分の1の復活だということを考えた時、その実力はどれほどのものか想像もつきません。

「旦那様に御用ならば、少しお待ちなさいな。
 恐らく今晩には私を求めてお戻りになるはずです。」

 アンナお姉様はそう言って意味深な笑みを浮かべます。
 ・・・。凄い自信です。明けの明星様は自分を可愛がるために必ず異界から戻ると確信なされておられるのです。
 確かにアンナお姉様の美貌は素晴らしいものがあります。それでもあれほど高位な存在が自分を求めるなんて確信を持てるとは、きっとアンナお姉様と明けの明星様の間には私等が想像もできない関係なのでしょう。

「それで? ラーマ。旦那様に何の御用?」

「ああ。いいえ、明けの明星様にではなく、今日はアンナお姉様にお願いがあって参ったのです。」

「まぁっ!! ラーマが私に? なにかしら?」

 アンナお姉様は嬉しそうに尋ねました。あり難いことに私が自分にお願いすることを喜んでおられるようです。アンナお姉様のご機嫌よろしいことを確認したフェデリコは私に代わってアンナお姉様に「実は・・・。」と切り出して一部始終を説明するのです。 
 すると、さっきまで柔和だったお姉様の美しいお顔はみるみる恐ろしい形相に変わったのでした。

「は? なんで私が人間の護衛を務めると思ったのですか?
 あなた達、何か考え違いをしてなくて?
 魔神である私の事を近所に住んでいる偉い人か何かと勘違いしているんじゃなくて?」
「身の程をわきまえなさいっ!!
 フェデリコ。お前が私を軽く見ていることはわかりました。
 その命、この場で絶つことにしましょう。」

 そう言ってお姉様は何もない空中から音もなく姿を見せた神槍を手に持つと、フェデリコの首を一瞬で跳ね飛ばしてしまわれました。
 ・・・が、地面にフェデリコの遺体が崩れ落ちたと同時に雷がフェデリコの体を打ち貫き、その生命を再生させるのです。
 雷で打ち付けて命を再生させる。こんな意味の分からないことをできるのは明けの明星様只お一人です。
 
「こらこら。俺の許可なくフェデリコを殺すな。
 そいつはラーマの役に立つんや。」

 不意に明けの明星様の御声が聞こえ私たちが声の下方向を振り向くと、そこに明けの明星様の御姿はなく・・・いえ、明けの明星様の右腕だけが空中に存在したのでした。

「きゃああああああ~~~~っ!!」
 
 あまりにグロテスクな絵面に私は悲鳴を上げて失神しかけましたが、倒れそうになった私の体を抱きとめてくださったアンナお姉様の柔らかい肉のショックで私はどうにか意識を取り戻しました。

「おお。ラーマ、ビックリさせてすまんな。ちょっと用事があって異界から腕だけ現界したんや。
 それよりアンナ。フェデリコの頼み事聞いたれ。
 お前のプライドが許さんと言うならラーマを連れていけ。ラーマの護衛ならお前も嫌な気はせんやろ?」

「はいっ!! 旦那様っ!!」

 アンナお姉様は明けの明星様の御言いつけには手のひらを返したように嬉しくお返事なさいます。しかし・・・あることに気が付いて、寂しそうに抗議いたしました。

「でも・・・。私が他国に出かけたら旦那様と離れ離れになります。
 私、旦那様のお情け・・・がないところでは、もう生きてはいけない体にされてしまいました。」

 アンナお姉様が少し拗ねたように言うと明けの明星様は、
「ふっふっふ。可愛い事を抜かすな。わかったわかった。お前の愛らしさに免じてラーマの護衛の任はなかったことにしよう。
 ラーマよ、その場でしばしまて。代わりの者を用意する」

 と仰っると霧が晴れるようにすーっとお姿を見せなくなったのでした。

「か、代わりの者とはどういう事でございましょう?」
 
 黄泉返リザレクションったフェデリコは、自分の首を右手で確認しつつアンナお姉様に尋ねましたが、アンナお姉様は「さあ?」っと、ばかりに両手を広げるジェスチュアをするだけでした。

「それよりも旦那様はラーマを他国に出向かせるおつもりのようですね。
 きっとラーマに人とはどういうものか学んでほしいのでしょう。」

「・・・学ぶ。」

 明けの明星様が私に成長を期待されているのはわかります。これまでもそうでした。私にあれやこれやの試練をお与えになったり、その時も人がどう動くのか学べと仰っておられました。
 本当に明けの明星様は私をどうしようというのでしょうか? そんな疑問を私が感じたときの事でした。

 大雷鳴が城内に響いたかと思うと次元の壁が引き裂かれ、空間の裂け目から一人の獣人の美少年が明けの明星様の右手に首根っこ掴まれた姿で現れたのです。

「ああっ!! あなたは魔神シェーン・シェーン・クーっ!?」
 
 獣人の美少年を見たアンナお姉様が驚愕きょうがくの声を上げると同時に明けの明星様が「ほれっ」と言う言葉と共に美少年を投げ飛ばします。魔神シェーン・シェーン・クーと呼ばれた美少年は無惨に地面に転がると、体に力が入らないのか起き上がることもできない様子でした。

「だ、大丈夫ですか? しっかりなさい。」

 私は思わず美少年を解放するために近づこうとするとアンナお姉様に阻まれました。

「下がりなさい。あれは幼く見えても魔神です。無闇にさわってはいけません。」
 そう言って忠告すると明けの明星様に御尋ねになられました。
「旦那様っ!! この子は、「風と炎の国の王」の血を引いた生まれついての魔神にして本能のままに生きる問題児。
 こんな子をラーマの護衛にするのですか?」

 明けの明星様は「なんや? 俺のすることに文句つける気か?」の一言でお姉様の進言を一蹴すると、説明されます。

「こいつは異界で捕まえてきた魔神や。
 まぁ、言うこと聞かんガキやしけーにだったのでとても口では言えんようなことしまくって飼いならした。
 あと、頭に呪いかけてラーマを絶対に護るように躾けてある。安心して出かけたらいい。」

 と、とても口では言えないような事って? 頭に呪いをかける以上に酷い事をしたってことですか?
 なんてことを・・・。
 私は明けの明星様の恐ろしさをあらためて思い知らされるのでした。
 そして、明けの明星様は「ほななじゃあな~。」と、軽く挨拶して再び世界からお消えになられたのでした。

 フェデリコは、あまりのことに呆然として固まってしまいました。無理もありません。明けの明星様になれた私とアンナお姉様でさえ、あまりの事で開いた口が塞がらないのですから。
 そして、獣人の美少年姿の魔神シェーン・シェーン・クー様は明けの明星様がお姿を置けしになられてから暫くの間、身動き一つできないご様子でした。そんな魔神シェーン・シェーン・クー様の御姿を見かねたアンナお姉様はシェーン・シェーン・クー様を抱き起すと介抱なさるのでした。

「ああ。これは束縛バインドの呪いですね。
 すぐに解呪してあげます。もう少し我慢なさいな。」

 アンナお姉様はそう仰ると口の中で何やら解呪の呪文を唱えて魔神シェーン・シェーン・クー様の体を自由にされたのでした。
 そうして呪いの解かれた魔神シェーン・シェーン・クー様は、感謝の言葉の前に驚きの声を上げたのです。

「お、お前、まさか魔神ギーン・ギーン・ラーかっ!?
 な、なんで女の子になってしもたん?」

「私は元々、性別があやふやな種族です。
 旦那様の側室に迎えられたので女性になっただけの話です。」

 そう言われた魔神シェーン・シェーン・クー様は目を丸くしてアンナお姉様のお体をまじまじと見つめた後、

「本当だ。て、いうか・・・めちゃくちゃエッチな体してるじゃないかっ!!」

 そう言って驚かれた後、しばらくアンナお姉様の体を見つめていたのですが、やがてしょんぼりとしてしまいました。

「どうしよう。俺・・・本当に明けの明星様のせいでもう女に興奮できない体にされてしまったんだ・・・。」

 と、哀しそうに呟くのでした。アンナお姉様は事情を察したかのように魔神シェーン・シェーン・クー様の頭を撫でながら「旦那様は凄かったでしょう?」と囁くのでした。言われた魔神シェーン・シェーン・クー様は真っ赤な顔で何度も何度も頭を上下に振ってアンナお姉様の言葉を肯定なされたのです。

「さて、魔神シェーン・シェーン・クー。私は既に旦那様の側室にしてアンナ・ラーと名前を変えています。
 今後は私があなたの先輩として旦那様との接し方を教育してあげます。今日からあなたの事をクーちゃんと呼びますからあなたは私の事をアンナお姉様とお呼びなさい。」

「は・・・。はい、アンナお姉様」

 と、魔神シェーン・シェーン・クー様は素直に返事をなされるのでした。
 こんなに自然にマウントを取りに来るなんてアンナお姉様・・・ちょっと怖いです。
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