魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第47話 恋に落ちて・・・

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「防衛拠点をエサに敵をおびき出して・・・血の雨を降らせるですって?
 いけません。明けの明星様。
 それは戦争を誘っているではありませんかっ!!」

 わたくしは明けの明星様の提案に反発します。
 当然、私の反発はアンナお姉様とタヴァエル様の反感を買います。

「ラーマっ!! 何度も同じことを言わさないでっ!
 私の旦那様に逆らわないでっ!!
 旦那様はあなたのために仰ってるのよっ!!」

「ラーマ。貴方は甘すぎるのです。
 私たちに逆らう異端は滅ぼした方がいいのです。」

 ・・・む、無茶苦茶ですわ。

「明けの明星様が私たちのためを思ってしてくださっていることはわかります。
 しかし、なにも殺すことから始めなくてもよいではないですかっ!!
 それは最終手段でも・・・。」

 私の言葉にヴァレリオ様は困ったような顔をなさいました。

「ラーマ。思い出しておくれ。
 攻撃されているのは我々だ。私は出来るだけ不殺を心掛けてきた。
 私が情け容赦なく敵を殺せば、君が悲しむと思ったからだ・・・。」
「だが、そのやり方では敵になめられてしまう。敵は安心して攻撃してきてしまうのだよ。
 そうして、増長した敵の攻撃を受けて傷つくのは我が領民だ。
 わかっておくれ、ラーマ。」

 ヴァレリオ様が困ったお顔をされている原因は簡単です。気が付いておられるからです。私がそれで納得しないことを。それでどうしたものかと頭を悩ませておられるのです、
 一方、明けの明星様はというと、いつも通り超然ちょうぜんとした態度で私に問いかけるのです。

「お前は俺の話を聞いとったんか?
 敵が恐れるくらいの力を見せつけなければ、和平も何もない。
 ラーマ。お前が先の戦で力を見せつけた。死霊術を盾に敵を脅したおかげで勝利を手にした。
 結果的にお前は誰も殺さんかったけどな、内容は恐怖やで?
 お前が何をどう言おうが、敵を止めたかったら、まず、力を示す何時用があることを証明して見せたんや。」

 私は明けの明星様の言葉に一度怯みました。たしかに私も武力をもって和平を成しえたからです。フェデリコの軍勢は勝利していたのですから、敗北を見せつけない限り止まらないという理由があり、私は明けの明星様の力をお借りして敗北を認めさせることで勝利し、和平を成したのです。
 力の重要性を私も自覚してこれを行使したのです。だから明けの明星様が仰っておられることが正しい事を重々承知しています。
 ですが、それでも私にはまだやれることがないのかと、思うのです。

 私は一つの決意を明けの明星様とヴァレリオ様に見ていただきたく、一度執務室を離れてから、自分の部屋に戻り大切に保管していた水筒を持ち帰ります。
 私が水筒を持ち帰ったのを見たヴァレリオ様は「それはっ・・!!」と、この水筒が何なのか気付いて呟かれました。

「この水筒は契約の水が入っていた私とフィリッポたちの願いの証。
 私はフィリッポたちに誓いました。例え綺麗ごとと言われても和平を成し遂げると。そう誓いました。」
「この水筒の中の水は勿論、和平成立の時に飲み干しておりますが、契約の水は私の体の中に生きているものと存じます。
 ならば、私はまず、綺麗ごとを目指したいと思います。
 それが私を信じて死んでいった家臣達へのせめてもの供養となると信じているからです。」

 私の見せた水筒をヴァレリオ様は神妙な面持ちで見つめておられました。ヴァレリオ様もフィリッポの立派な死に様を知っておられるからです。全身の負傷が原因で既に死んでいても不思議ではなかったフィリッポが飛び上がって矢を受け止めてくれたあの死に様を・・・。
 
 今は魔王様ですが、騎士の一人であったヴァレリオ様にもフィリッポたちの騎士の誇りには胸を打つものがあるようです。
 私の話を聞いて黙ってしまいました。
 しかし、明けの明星様はそういうわけにはいきません。

せやったらなんやねんそれがどうしたというのだ
 お前が死んだ家臣と交わした契約は成就じょうじゅしたんやろ? せやからお前は契約の水を飲み干した。
 そこでこの話は終わりや。」
「死んだあいつらもこの先々までお前を縛るつもりはないはずや。それよりもお前が幸せになった方が絶対に喜ぶぞ。」

 明けの明星様は地図をコンコンと指で叩きながら、更にお言葉をお続けになられました。

「ええか? ラーマ。なんぼこっちが不殺を望もうが、今現実にヴァレリオの支配するゴルゴダの領民は苦しんでるんや。 死んでるんや。
 自分の領民を救う事こそ王の使命。ヴァレリオは立派にそれを務めようとしとる。お前にそれを止める権利があるんか?」
「反対するなら具体的に実現可能な代案を出せ。
 文句言うだけやったら子供にでもできることや。
 そんなもんを一々全部、聞いとったら世の中、うなるもんも悪うなるわわるくなるわ.]

 明けの明星様は私に代案をお求めになられましたが、そんなものが直ぐに頭に浮かぶわけもなく、言葉に詰まってしまった私をアンナお姉様がそっと肩を抱きしめてくださいました。
 そして私を困らせてしまった明けの明星様を責めるような眼差しが明けの明星様の怒りを買います。

「なんや、オラァッ!!
 アンナ。お前、自分の立場わかッとんか?」
「ああ、もう上等やっ!!
 今日の会議はここで終りやっ!!ラーマっ!! 
 時間はやるっ!! 防衛都市の工事が始まり敵が攻撃を仕掛けるまでに代案を用意せいっ!
 それができなければ、この作戦は実行されるっ!! わかったなっ!!」
「それから、アンナっ!!
 お前は今から折檻せっかんじゃっ!! 主を責めるとは何事やっ!!
 今夜は寝かさんから覚悟せいっ!!」

 ね、寝かさないほど折檻をっ!?
 私はアンナお姉様の腕を握って連れ去ろうとする明けの明星様に「お待ちをっ!! お許しくださいませっ! お許しくださいませっ!」と、懇願こんがんしたのですが、その懇願はヴァレリオ様に阻まれます。

「ラーマ。そこまでだ。」

「やっ、やんっ!! ヴァレリオ様っ、どうしてお止めになるのですかっ!!
 このままではアンナお姉様がお可哀想っ!!」

 私がヴァレリオ様に抗議すると、ヴァレリオ様はアンナお姉様を指差して「・・・喜んでいる」と、残念そうに呟くのでした。

「え?」と、私が冷静にアンナお姉様をみると

「やああんっ!! 旦那さまったらぁ~~
 一杯虐めてください~・・・。」と、腰をくねらせながら嬉しそうに明けの明星様のあとをついて歩き、執務室から出て行くのです。

「・・・バカじゃないんですか?」

 呆れたように呟くタヴァエル様の声が執務室に冷たく響くのでした。



 その後、タヴァエル様は呆れた表情を浮かべたまま執務室を出て行ってしまわれました。
 それで執務室は私とヴァレリオ様の二人っきりになってしまったのです。
 その事に気がついたとき、私はなんだか急に気恥ずかしくなってしまい、ヴァレリオ様の体からススッと離れると「あはははは・・・」と、照れ笑いを浮かべてしまうのでした。

 しばしの静寂ののちにヴァレリオ様は「あ、そうだ」と何かを思い出したかのように声を上げられてから、両手を広げて仰ったのです。

「ラーマ。私はそろそろ戻らなくてはいけない。
 お別れのハグをしても?」

 そう言われて私は慌ててヴァレリオ様に近づきました。
 そうでしたっ!! 今はヴァレリオ様の国の大事だいじ。お名残り惜しいですがヴァレリオ様はお帰りにならなくてはいけないのでしたっ!!
 その事に気が付いた私がヴァレリオ様とお別れのハグをしようと近づいたときでした。ポスッというような音が立つような感じで私の体はヴァレリオ様に抱きしめられてしまうのでした。

「・・・あの・・・。ヴァレリオ様?」

 とっても大きくて逞しいヴァレリオ様の肉体に包まれて、私は顔から火が出るかと思うほど、心の中から熱く燃えるのです。
 しかし、そのトキメキの次に私はいつまでも私をお離しくださらないヴァレリオ様に「どうかなさったのかしら?」と疑問に思って尋ねます。

「・・・あの・・・ヴァレリオ様? どうかなさいましたか?」

 私が顔を上げてヴァレリオ様の顔を覗くと、ヴァレリオ様は嬉しそうな優しい笑顔をされており、

「ひっかかったね。ラーマ・・・。
 これで君を独占できるわけだ・・・。」

 なんて悪戯が成功した子供のように嬉しそうに仰るんです。

「・・・えっ!!?
 やっ・・・やだ、ヴァレリオ様っ!! では。先ほど時間がないと仰ったのは噓ですの?」

「ああ? いや、ラーマ。時間がないのは本当さ。
 ただ、君をこうやって長く抱きしめる時間くらいはあるはずでね。」
 
 ヴァレリオ様にそう言われて騙された私は、抗議します。

「も、もうっ!! 酷いです。私を騙したのですね?
 ヴァレリオ様ったら、どうしてこんなことをなさるの?」

 私がそう尋ねると、一瞬の戸惑いのあと、私の頭に話しかけるかのようにヴァレリオ様は私の頭頂部に唇を近づけると



「どうしてって、君が欲しいからさ。
 いつまでも君を抱きしめていたい。君の事を愛している。
 いいかい? 覚えておいておくれ可愛いラーマ。」


「君の全てをは欲しいのさ。」


 (・・・っ!!・・・。)
 (ああっ・・・なんてステキな気分なのっ!!)
 
 ヴァレリオ様から衝撃的な一言を頂いた瞬間、私の心が満たされて幸せな気分で一杯になりました。
 そのせいで足に力が入らなくなって、ヴァレリオ様の支えがないととても立っていられない程・・・私は幸せな気分になったのです。

「・・・どうして・・・?
 いつからそのような・・・。」

 いつからヴァレリオ様は私に好意を抱かれたのかなんて本当はどうでもいい質問なのですが、幸せと混乱で胸が一杯の私の口からは反射的にそんな言葉しか出てこないのでした。
 そしてヴァレリオ様はそんな愚かな質問をする私に呆れるどころか、より愛おしそうな声でお答えになるのでした。

「どうして? いつからだって?
 それは勿論、戦争が始まる前からさ。」
「僕は図々しいアンドレアが君に迫っていた時から、嫉妬の炎を上げていたんだよ?
 君は気が付いてなかったみたいだけれどね。」
「どうしてって聞いたね。
 この気持ちを押さえられなくなったのさ。それは君が原因だよ、ラーマ。」

「ずっと君と僕は主従関係でこの愛は叶わないと思っていた。そう思っていたうえで君に全てを捧げた。
 死を恐れなかった。君のために死ねるなら本望だった。
 だから、あの時、君が僕から離れずに共に死にますと言った時、騎士としては無念極まりなかったけど僕の心は満たされていた。
 この敵わぬ恋にも救いがあったと思ってしまったんだ。」
「それくらい思っていた。騎士の誇りよりも君に大事にされることを僕は幸せに感じてしまったんだよ。」

「そんな僕に君は魔王になった時に対等の立場と言ってくれた、
 あの時、あの一言で僕の魂は開放され始めたと言ってもいい。」
「いいかい? よく聞いてラーマ。
 君はまだ完全に明けの明星様のモノになったわけではないんだよ。だから僕は明けの明星様に勝つ。君の恋心を僕の物にして見せる。
 だからお願いだよ。君も僕の事を思ってほしい。君の側には僕の想いがあるってことを忘れないで欲しいよ。」


 ヴァレリオ様の言葉を私は夢心地で聞いていました。いえ、もしかしたら聞いていなかったのかもしれません。  
 そんな風に錯覚してしまいそうなほど、私の心はフワフワとしていたのでした。

 この世にここまでの幸せがあるなんて、私は今日この時まで知りませんでした。
 ああっ・・・私・・・。
 私・・・。
 このままではヴァレリオ様に恋に落ちてしまいそうです・・・。
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