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第3章「ゴルゴダの丘」
第41話 再びサタンに打ち勝つ者
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ヴァレリオの魂が魔王に昇華し、新公国ゴルゴダの国王になった夜の事だった。
華やかな祝賀会のあとに夜通しラーマを含む色々な人物との会談をしたので、ヴァレリオが全ての用事が終わった時、もう外は既に朝日に包まれていた。ヴァレリオはやっと人々から解放され、個人的な時間を持つことができたのだった。既に魔王となったヴァレリオの強靭な肉体は何十日も眠らないでも大丈夫であったが、その日は祝賀会の空気に精神的に疲れていたのか、ヴァレリオは自室で寝酒のボトルを一本空けたところでウトウトとまどろんでしまうのだった。
そうして次に気が付いたとき、自室でまどろんでいたはずのヴァレリオは、ただ全面が乳白色の不思議な空間に立っていた。自分以外は何も存在しない不思議な世界であったが、ヴァレリオは一目見て、そこが現世ではないことを感じていた。しかし、だからといってこれが夢ではないこともヴァレリオにはわかっていた。既に魔王としての階位にあるヴァレリオにとって、そこが初めて見る場所だとしても異界であることを予測することは容易であったのだ。
そして、誰が自分をここに運んだのかも、ヴァレリオには察しがついていた。
故にヴァレリオは天を仰いだ。もっともそれがヴァレリオの目線で見て天であるというだけの話で実際は地かもしれない。しかし、ヴァレリオは自分にとっての上方向が天であると確信していた。
そうして明けの明星の名を呼ぶのだった。
「明けの明星様。真の魔王様。
今日は一体、どのようなご用件で私を異界に誘われたのですか?」
返事はすぐに帰ってきた。
それはヴァレリオの耳元で甘く囁くように聞こえてくる。
「察しが良いなぁ。ヴァレリオ。
なんで俺やと分かった?」
ヴァレリオは声は聞こえど姿が見えぬ明けの明星を別に不思議に思う様子もなく、口元に優し気な笑みを浮かべて返事をする。
「このような異界に私を連れてこれるような存在は御身のような遥か彼方の星のように高位な存在。
そして、そのように高位の存在の中でわざわざ私に御用があるような御方は明けの明星様以外に心当たりがございませぬ。」
ヴァレリオが明けの明星の存在を言い当てた理由を説明すると、その返事に満足したのか、明けの明星は霧の中から歩き出てくるかのように乳白色なその世界の中からゆっくりと体を実体化させ、ヴァレリオの対面にその姿を見せるのだった。
「お前は頭が良えな。
お前を魔王にしてよかったわ。」
明けの明星がそう言って姿を見せると、ヴァレリオは深々と頭を下げて「して? 明けの明星様。本日はどのようなご用件でございましょうか?」と尋ねるのだった。
明けの明星は答えた。
それもかなり不機嫌そうに・・・。
「お前、ラーマに気に入られてるみたいやな。あん?
あれは、俺の女やぞ?
お前。そこんところわかっとるんやろうなぁ?」
ようするに明けの明星はラーマが恋心を抱いているヴァレリオに対して手を出すなと釘を刺しに来たわけだ。だが、ヴァレリオは苦笑しながら答えた。
「ラーマ様が私の事を気に入っておられるご様子と言うのは、私も重々承知しており、まさに夢のようなお話ですが、まことに残念ながら、それが恋心であるという事をラーマ様はその御自覚がないようでございます。」
その返答を明けの明星は心地よさそうに聞いており、笑みを浮かべて
「そうや。まさになぁ・・・。これではお前も浮かれんちゅう所やな。
あいつはどないなっとるんやろうなぁ?」
と、呟くのだった。ところがヴァレリオはそんな明けの明星に対して機嫌を取るのではなく、宣戦布告ともとれる発言をするのだった。
「しかし、御自覚が無くても私に恋心を抱いておられるのは明らかで御座います。
明けの明星様、それはつまり私には大いなるチャンスがあるという事でございます。
そして、私。不敵にもそのチャンスを逃したくはないと考えている次第に御座います。」
その返答は明けの明星にとって意外なものではなかったらしく、表情を変えることなくヴァレリオに尋ねるのだった。
「おう。ヴァレリオ。
ワレ、アレが俺の女やと分かったうえで、ラーマの事を諦めんちゅうわけか?」
「それがどういう意味かおのれ、わかっとるんやろうなぁ?」
「おのれはお前の主君の女を横取りしようというとるんやぞ?
どういうつもりじゃ? あん?」
明けの明星は美しい少年の姿に鈴の音のように美しい声をしている。本来ならば愛らしい子猫の鳴き声のように人の心を惑わせるはずの声なのに、明けの明星が話すと異様な殺気に包まれており、常人ならば失神してもおかしくない程の恐怖を感じたはずだ。
しかもヴァレリオは明けの明星の恐ろしさを誰よりも深く知っているはずだろうに、それでも不敵に笑みを浮かべたまま明けの明星に返答した。
「明けの明星様。恐れ入りますが、御身をラーマ様の夫と決めつけるのは早計と存じまする。」
ヴァレリオの返答は、不機嫌な明けの明星を冷静にしてしまうほど意外なものだった。明けの明星にとって想定外の内容だったのだ。 だから、明けの明星は反射的に重ねて尋ねた。
「早計やと?」
「おのれ、主の俺に考えが足らんと言うのか?
真意が分からぬ。心のうちにあること有体に全て話せ。」
ヴァレリオは「ははっ!! されば、申し上げます。」と口火を切ると明けの明星を真っすぐに見つめながら返答した。
「明けの明星様は先の戦の最中にラーマ様が申されました嫁取合戦をお認めになられましたな。
それは確かにお認めになられました。
そうして、その証として持参金代わりにラーマ様に魔力を提供なさいました。」
「そう、それはつまり明けの明星様がいまだ嫁取合戦の最中であるという御自覚がある証拠。
しかも、ラーマ様も結局、最後まで勝者の名前をお告げになられませんでしたでしょう?
なれば、私。未だ開催中であるその嫁取合戦に参加してやろうと、こう思いました次第に御座いまする。」
ヴァレリオのいうことに明けの明星は気に入ったようで手を叩いて喜んだ。
「可可可可っ!!
面白いことを抜かす小僧やっ!!
主の俺を相手取って嫁取合戦に参加するやとっ!?
それは反逆ではないかっ!」
「だが、ヴァレリオよっ!! 許すっ!!
お前のその傲慢っ!! 俺は気に入ったぞっ!!」
明けの明星は上機嫌にそう言うとヴァレリオは「正々堂々と後勝負願いまする。」と、不敵な返答を返すのだった。
それを聞いた明けの明星は満面の笑みで答えるのだった。
「しかしな、ヴァレリオ。その前にお前に問いたい。
お前は俺と共にアンナを抱いた。
あの夜は素晴らしい夜だった。お前の中にあれほどのケダモノがいたこと、俺は嬉しく思ったぞ?
だがな、そんなお前の事をラーマが知ったら、この嫁取合戦、成立するかな?」
明けの明星がそのように言うとヴァレリオは痛いところを突かれたのか、少しはにかんだような笑みを浮かべて「ラーマ様がその事をお知りになった際には、主命に従ったまでに御座いますれば、・・・とお答えするより道はございませぬな。」と答える。
その苦しい返答を聞いた明けの明星は意地悪な笑みを浮かべながら、ヴァレリオに交渉を持ち掛けるのだった。
「どうやった? あの夜のアンナは素晴らしかったやろ?
美を体現したかのように愛らしい顔。はちきれんばかりに大きな乳房と細い腰。子猫のように可愛らしい声。
その上、内面的にも男に媚びる術を知り尽くしていて、それを本人も歓びにしていて隠すところがない。
あれこそ女を極めた女よ。」
「ヴァレリオよ。あの女も至高の女。
確かにラーマもアンナと比べても全く劣らぬほど美しさだ。あれほどの存在がこの世に生まれたことは奇跡と言ってええ程、ラーマも完璧な美しさをもっている。
だが、その美しさは天然の美しさで、それゆえにアンナのように研ぎ澄まされてはおらぬ。」
「ヴァレリオ。お前はあの女の味を知っとる。お前自身も何度も喜びの声を上げた。
アンナの魅力に十分に酔いしれたんやろう?
ならわかっとるな? 未熟なラーマには与えられない歓びをあの女は男に与えることができるんや。」
「どうや? アンナをお前に与えてやるから、ラーマの事を諦める気はないか?
ハッキリ言うとくが、お前のためになるとすればアンナを手に入れる方やぞ?」
明けの明星は言葉巧みにヴァレリオを誘惑したが、ヴァレリオはその誘惑を詰まらなさそうな顔で聞いていた。
「お言葉を返すようでございますが、アンナ様の御心は明けの明星様のものでございます。
あのお方にとって明けの明星様こそが主人にして、良き夫。
私があのお方を下賜されたところで、アンナ様が私を愛してくれるとは到底思えませぬ。」
「そうして、同様に私もアンナ様を求めてはおりませぬ。」
ヴァレリオはそう言うと、明けの明星を問い詰めるかのように言葉をつづけた。
「あの戦の始まる前夜。明けの明星様は私を呼びつけてこう仰いました。」
「 ” ラーマを手に入れよ。
今のラーマはお前に惚れている。お前があの女を連れて逃げると言えば、喜んでお前につき従うぞ。 ”
” ヴァレリオよ。お前の心の中の獣はラーマの体を欲しているのだろう?
あの細い腰を抱き寄せ、柔らかな唇を塞ぎ、あの乳房をお前のものにしてしまいたいと願っているのだろう? ”
” 俺が許す。あの女を連れて逃げればいい。
戦争の事は俺に任せておけ。あの醜い魔族共は俺が一掃してやろう。そうすれば誰にもお前たちの消息などわかりはしない。”
” だから、取引しようではないか。お前たちが今後生きていくのに困らない財宝を与えてやるから、この場から立ち去れ。かわりに俺が魔族の魂を受け取ることを見逃すのだ。どうだ? ”」
「あの夜。確かに明けの明星様はそう仰いました。
あの時の誘惑は恐ろしいほど甘美な響きを持って私の心を蹂躙しました。まるで魔法で魅了されたかのように私の心は揺らいだのです。
しかし、私は拒否しました。何故なら、そこにラーマ様の愛を感じなかったからです。」
「おわかりですか? 明けの明星様。
どれほどの交渉材料を与えられても、ラーマ様への愛が満たされぬ限り、私は誘惑に屈することがないのです。」
「ですから、明けの明星様。我が主様。真の魔王様。
無粋な手立てはやめて男らしく正々堂々、私と戦って見せてくださいませっ!!」
誘惑していたはずの明けの明星はまさかの挑発的なその言葉の反撃を受けて、すっかり怒り狂ってしまった。
「おのれっ!! おのれ、おのれがっ!!
ようも主に対してそこまで偉そうなことが言えたもんやなっ!!」
「上等じゃっ!! その喧嘩、買うたるわっ!!
やってみぃっ!! この俺とラーマをかけて、とことん戦って見るがええわっ!!」
しかし、その怒りにどこか喜びを感じていたヴァレリオは満足そうな笑みを浮かべると深々と頭を下げて応えるのだった。その堂に入った態度がまた腹が立つのか、明けの明星は
「話は終わりやっ! もう、いねっ!!」
と言って指を鳴らすと、異界からヴァレリオを吹き飛ばしてヴァレリオを元居た自室に戻してやるのだった。
「あああああ、あんのガキっ!!
この俺に向かって何ちゅう態度をとるんや、くそったれ~~~っ!!」
異界に一人残った明けの明星がそう言って一人で暴れ狂っていると、そこに美しい女神が姿を現すのだった。
「お兄様。やけに嬉しそうですね。
再びお兄様の試練に勝ったあの男の事がそんなにお気に召されましたか?」
明けの明星はその美しい声を聴くと、暴れるのをやめて素に戻り、冷静な声で返事をした。
「おう、タヴァエルやないか。
よう戻ったな。
・・・で? 父上とガブリエルのこと、聞かせてもらえるんやろうな?」
華やかな祝賀会のあとに夜通しラーマを含む色々な人物との会談をしたので、ヴァレリオが全ての用事が終わった時、もう外は既に朝日に包まれていた。ヴァレリオはやっと人々から解放され、個人的な時間を持つことができたのだった。既に魔王となったヴァレリオの強靭な肉体は何十日も眠らないでも大丈夫であったが、その日は祝賀会の空気に精神的に疲れていたのか、ヴァレリオは自室で寝酒のボトルを一本空けたところでウトウトとまどろんでしまうのだった。
そうして次に気が付いたとき、自室でまどろんでいたはずのヴァレリオは、ただ全面が乳白色の不思議な空間に立っていた。自分以外は何も存在しない不思議な世界であったが、ヴァレリオは一目見て、そこが現世ではないことを感じていた。しかし、だからといってこれが夢ではないこともヴァレリオにはわかっていた。既に魔王としての階位にあるヴァレリオにとって、そこが初めて見る場所だとしても異界であることを予測することは容易であったのだ。
そして、誰が自分をここに運んだのかも、ヴァレリオには察しがついていた。
故にヴァレリオは天を仰いだ。もっともそれがヴァレリオの目線で見て天であるというだけの話で実際は地かもしれない。しかし、ヴァレリオは自分にとっての上方向が天であると確信していた。
そうして明けの明星の名を呼ぶのだった。
「明けの明星様。真の魔王様。
今日は一体、どのようなご用件で私を異界に誘われたのですか?」
返事はすぐに帰ってきた。
それはヴァレリオの耳元で甘く囁くように聞こえてくる。
「察しが良いなぁ。ヴァレリオ。
なんで俺やと分かった?」
ヴァレリオは声は聞こえど姿が見えぬ明けの明星を別に不思議に思う様子もなく、口元に優し気な笑みを浮かべて返事をする。
「このような異界に私を連れてこれるような存在は御身のような遥か彼方の星のように高位な存在。
そして、そのように高位の存在の中でわざわざ私に御用があるような御方は明けの明星様以外に心当たりがございませぬ。」
ヴァレリオが明けの明星の存在を言い当てた理由を説明すると、その返事に満足したのか、明けの明星は霧の中から歩き出てくるかのように乳白色なその世界の中からゆっくりと体を実体化させ、ヴァレリオの対面にその姿を見せるのだった。
「お前は頭が良えな。
お前を魔王にしてよかったわ。」
明けの明星がそう言って姿を見せると、ヴァレリオは深々と頭を下げて「して? 明けの明星様。本日はどのようなご用件でございましょうか?」と尋ねるのだった。
明けの明星は答えた。
それもかなり不機嫌そうに・・・。
「お前、ラーマに気に入られてるみたいやな。あん?
あれは、俺の女やぞ?
お前。そこんところわかっとるんやろうなぁ?」
ようするに明けの明星はラーマが恋心を抱いているヴァレリオに対して手を出すなと釘を刺しに来たわけだ。だが、ヴァレリオは苦笑しながら答えた。
「ラーマ様が私の事を気に入っておられるご様子と言うのは、私も重々承知しており、まさに夢のようなお話ですが、まことに残念ながら、それが恋心であるという事をラーマ様はその御自覚がないようでございます。」
その返答を明けの明星は心地よさそうに聞いており、笑みを浮かべて
「そうや。まさになぁ・・・。これではお前も浮かれんちゅう所やな。
あいつはどないなっとるんやろうなぁ?」
と、呟くのだった。ところがヴァレリオはそんな明けの明星に対して機嫌を取るのではなく、宣戦布告ともとれる発言をするのだった。
「しかし、御自覚が無くても私に恋心を抱いておられるのは明らかで御座います。
明けの明星様、それはつまり私には大いなるチャンスがあるという事でございます。
そして、私。不敵にもそのチャンスを逃したくはないと考えている次第に御座います。」
その返答は明けの明星にとって意外なものではなかったらしく、表情を変えることなくヴァレリオに尋ねるのだった。
「おう。ヴァレリオ。
ワレ、アレが俺の女やと分かったうえで、ラーマの事を諦めんちゅうわけか?」
「それがどういう意味かおのれ、わかっとるんやろうなぁ?」
「おのれはお前の主君の女を横取りしようというとるんやぞ?
どういうつもりじゃ? あん?」
明けの明星は美しい少年の姿に鈴の音のように美しい声をしている。本来ならば愛らしい子猫の鳴き声のように人の心を惑わせるはずの声なのに、明けの明星が話すと異様な殺気に包まれており、常人ならば失神してもおかしくない程の恐怖を感じたはずだ。
しかもヴァレリオは明けの明星の恐ろしさを誰よりも深く知っているはずだろうに、それでも不敵に笑みを浮かべたまま明けの明星に返答した。
「明けの明星様。恐れ入りますが、御身をラーマ様の夫と決めつけるのは早計と存じまする。」
ヴァレリオの返答は、不機嫌な明けの明星を冷静にしてしまうほど意外なものだった。明けの明星にとって想定外の内容だったのだ。 だから、明けの明星は反射的に重ねて尋ねた。
「早計やと?」
「おのれ、主の俺に考えが足らんと言うのか?
真意が分からぬ。心のうちにあること有体に全て話せ。」
ヴァレリオは「ははっ!! されば、申し上げます。」と口火を切ると明けの明星を真っすぐに見つめながら返答した。
「明けの明星様は先の戦の最中にラーマ様が申されました嫁取合戦をお認めになられましたな。
それは確かにお認めになられました。
そうして、その証として持参金代わりにラーマ様に魔力を提供なさいました。」
「そう、それはつまり明けの明星様がいまだ嫁取合戦の最中であるという御自覚がある証拠。
しかも、ラーマ様も結局、最後まで勝者の名前をお告げになられませんでしたでしょう?
なれば、私。未だ開催中であるその嫁取合戦に参加してやろうと、こう思いました次第に御座いまする。」
ヴァレリオのいうことに明けの明星は気に入ったようで手を叩いて喜んだ。
「可可可可っ!!
面白いことを抜かす小僧やっ!!
主の俺を相手取って嫁取合戦に参加するやとっ!?
それは反逆ではないかっ!」
「だが、ヴァレリオよっ!! 許すっ!!
お前のその傲慢っ!! 俺は気に入ったぞっ!!」
明けの明星は上機嫌にそう言うとヴァレリオは「正々堂々と後勝負願いまする。」と、不敵な返答を返すのだった。
それを聞いた明けの明星は満面の笑みで答えるのだった。
「しかしな、ヴァレリオ。その前にお前に問いたい。
お前は俺と共にアンナを抱いた。
あの夜は素晴らしい夜だった。お前の中にあれほどのケダモノがいたこと、俺は嬉しく思ったぞ?
だがな、そんなお前の事をラーマが知ったら、この嫁取合戦、成立するかな?」
明けの明星がそのように言うとヴァレリオは痛いところを突かれたのか、少しはにかんだような笑みを浮かべて「ラーマ様がその事をお知りになった際には、主命に従ったまでに御座いますれば、・・・とお答えするより道はございませぬな。」と答える。
その苦しい返答を聞いた明けの明星は意地悪な笑みを浮かべながら、ヴァレリオに交渉を持ち掛けるのだった。
「どうやった? あの夜のアンナは素晴らしかったやろ?
美を体現したかのように愛らしい顔。はちきれんばかりに大きな乳房と細い腰。子猫のように可愛らしい声。
その上、内面的にも男に媚びる術を知り尽くしていて、それを本人も歓びにしていて隠すところがない。
あれこそ女を極めた女よ。」
「ヴァレリオよ。あの女も至高の女。
確かにラーマもアンナと比べても全く劣らぬほど美しさだ。あれほどの存在がこの世に生まれたことは奇跡と言ってええ程、ラーマも完璧な美しさをもっている。
だが、その美しさは天然の美しさで、それゆえにアンナのように研ぎ澄まされてはおらぬ。」
「ヴァレリオ。お前はあの女の味を知っとる。お前自身も何度も喜びの声を上げた。
アンナの魅力に十分に酔いしれたんやろう?
ならわかっとるな? 未熟なラーマには与えられない歓びをあの女は男に与えることができるんや。」
「どうや? アンナをお前に与えてやるから、ラーマの事を諦める気はないか?
ハッキリ言うとくが、お前のためになるとすればアンナを手に入れる方やぞ?」
明けの明星は言葉巧みにヴァレリオを誘惑したが、ヴァレリオはその誘惑を詰まらなさそうな顔で聞いていた。
「お言葉を返すようでございますが、アンナ様の御心は明けの明星様のものでございます。
あのお方にとって明けの明星様こそが主人にして、良き夫。
私があのお方を下賜されたところで、アンナ様が私を愛してくれるとは到底思えませぬ。」
「そうして、同様に私もアンナ様を求めてはおりませぬ。」
ヴァレリオはそう言うと、明けの明星を問い詰めるかのように言葉をつづけた。
「あの戦の始まる前夜。明けの明星様は私を呼びつけてこう仰いました。」
「 ” ラーマを手に入れよ。
今のラーマはお前に惚れている。お前があの女を連れて逃げると言えば、喜んでお前につき従うぞ。 ”
” ヴァレリオよ。お前の心の中の獣はラーマの体を欲しているのだろう?
あの細い腰を抱き寄せ、柔らかな唇を塞ぎ、あの乳房をお前のものにしてしまいたいと願っているのだろう? ”
” 俺が許す。あの女を連れて逃げればいい。
戦争の事は俺に任せておけ。あの醜い魔族共は俺が一掃してやろう。そうすれば誰にもお前たちの消息などわかりはしない。”
” だから、取引しようではないか。お前たちが今後生きていくのに困らない財宝を与えてやるから、この場から立ち去れ。かわりに俺が魔族の魂を受け取ることを見逃すのだ。どうだ? ”」
「あの夜。確かに明けの明星様はそう仰いました。
あの時の誘惑は恐ろしいほど甘美な響きを持って私の心を蹂躙しました。まるで魔法で魅了されたかのように私の心は揺らいだのです。
しかし、私は拒否しました。何故なら、そこにラーマ様の愛を感じなかったからです。」
「おわかりですか? 明けの明星様。
どれほどの交渉材料を与えられても、ラーマ様への愛が満たされぬ限り、私は誘惑に屈することがないのです。」
「ですから、明けの明星様。我が主様。真の魔王様。
無粋な手立てはやめて男らしく正々堂々、私と戦って見せてくださいませっ!!」
誘惑していたはずの明けの明星はまさかの挑発的なその言葉の反撃を受けて、すっかり怒り狂ってしまった。
「おのれっ!! おのれ、おのれがっ!!
ようも主に対してそこまで偉そうなことが言えたもんやなっ!!」
「上等じゃっ!! その喧嘩、買うたるわっ!!
やってみぃっ!! この俺とラーマをかけて、とことん戦って見るがええわっ!!」
しかし、その怒りにどこか喜びを感じていたヴァレリオは満足そうな笑みを浮かべると深々と頭を下げて応えるのだった。その堂に入った態度がまた腹が立つのか、明けの明星は
「話は終わりやっ! もう、いねっ!!」
と言って指を鳴らすと、異界からヴァレリオを吹き飛ばしてヴァレリオを元居た自室に戻してやるのだった。
「あああああ、あんのガキっ!!
この俺に向かって何ちゅう態度をとるんや、くそったれ~~~っ!!」
異界に一人残った明けの明星がそう言って一人で暴れ狂っていると、そこに美しい女神が姿を現すのだった。
「お兄様。やけに嬉しそうですね。
再びお兄様の試練に勝ったあの男の事がそんなにお気に召されましたか?」
明けの明星はその美しい声を聴くと、暴れるのをやめて素に戻り、冷静な声で返事をした。
「おう、タヴァエルやないか。
よう戻ったな。
・・・で? 父上とガブリエルのこと、聞かせてもらえるんやろうな?」
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