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第2章 新国家「エデン」
第35話 かけひき
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ヴァレリオ男爵を讃える拍子打ちが終わるまでフェデリコも思うところがあるのか黙って見ていましたが、それが終わると再び「かかれっ!!」との号令を出しました。私たちは今、敵も味方もなく殺しあうほど混乱する地獄のような戦場の中にいるです。フェデリコ達にも時間的猶予はありません。それでもヴァレリオ男爵に対する敬意を失わなかったところにフェデリコの騎士としての精神性、普段からの行いが現れています。今は敵国の王に仕える将軍ですが、味方だった場合はこれほど頼りになる人もいないでしょう。そしてその信頼感は家臣からも感じます。家臣の誰一人、この地獄のような状況下でフェデリコを疑っていないのですから大したものです。
私たちは大変な人を敵に回しているのだと、その時、改めて感じました。
ヴァレリオ男爵もそのプレッシャーを感じているようで彼のペースに巻き込まれるのを嫌って、にじり寄ってくる騎士達の意表を突くように急に自分から近づいたのです。しかし、敵は長剣や槍を持った相手。短剣のヴァレリオ男爵とは間合いが全く違います。ヴァレリオ男爵が詰め寄った距離は未だに短剣が届く距離ではありませんでしたが、敵の槍は十分、ヴァレリオ男爵の命を取れる距離でした。そこで一番ヴァレリオ男爵から近い場所にいた騎士が裂帛の気合いと共に鋭い突きを入れてきました。
「やあああああ~~~~っ!!!」
鋭い槍の一突きはその一発で鎧を破壊して命に届くであろう威力を秘めていました。しかし、その槍はヴァレリオ男爵に当たることはありませんでした。何故なら彼が突いた場所にはすでにヴァレリオ男爵はいなかったのです。ヴァレリオ男爵は彼が槍を突いてくるタイミングを読んで高く跳躍したのです。とても足に傷を負った男の跳躍とは思えません。それだけに槍を突いた騎士も一瞬彼を見失ってしまったのです。
ヴァレリオ男爵はその一瞬のスキを見逃しませんでした。宙を舞ったその体制のままで手にした短剣を投げつけたのでした。
「ハッ!!」
という短い半呼の掛け声とともに放たれた短剣は槍手の眉間に深々と突き刺さりました。
両手で槍を握り締めて激しい突き込みを見せた彼はその短剣を防ぐ余裕がなかったのです。そして死んだ彼の遺体は槍を突いた勢いのまま前のめりに倒れていきました。それは丁度ヴァレリオ男爵の着地地点であったために、ヴァレリオ男爵は難なく彼の槍を手にすることができたのです。
本当に一呼吸の間の出来事でした。あまりに見事な手際にフェデリコの精鋭部隊も一瞬、言葉をなくしたほどでした。その一瞬のスキをヴァレリオ男爵は見逃しませんでした。
「姫っ!! 突撃いたしますっ!!」
そういうと手にした槍を横なぎに敵を攻撃して敵の隊列を乱します。 ヴァレリオ男爵はその乱れを見逃さず、開いた隙間に棍棒をねじ込む様に力づくで推し通り、それから再び槍を振り回して乱れた陣形に大穴を開けるのでした。
ヴァレリオ男爵の言葉を聞いていた私は、彼の作った隙を見逃さずに彼が作った隙間へと駆け寄ってヴァレリオ男爵に付いていきます。
「陣形を乱すなっ!! 取り囲むのは厄介な相手だ。分厚い板を作らねば突破されるぞっ!!
後続部隊っ!! 横一文字に陣形を作れっ!! 2段構えにして彼を突破させるなっ!!」
囲い込もうとすればそれだけ広範囲に兵士をバラまかねばなりません。そうなると手勢30人ばかしのフェデリコの部隊では守り切れないと判断したフェデリコは後列の部隊にヴァレリオ男爵に対して戦力を集中するように命令したのでした。
「推し通おおおるっ!!」
ヴァレリオ男爵は多数に無勢であっても一切の気遅れなく、自分の目の前を塞ぐ後続部隊にまっすぐにとびかかります。無謀ともいえるその突撃です。そして迎フェデリコの精鋭部隊も一切の戸惑いなど誰も見せずに規則正しい動きでヴァレリオ男爵を向え打つのでした。
彼らはヴァレリオ男爵に向けてまっすぐに槍を突き立てず、それぞれが上中下の高さに槍を振り分けて突き込んできたのでした。その動きは絶対にヴァレリオ男爵を見逃さないという強い殺意が感じられました。しかし、その殺意があだになったようです。
ヴァレリオ男爵は彼らの殺気を攻撃のタイミングに転嫁して呼吸を読み取り、彼らが突きの挙動に入ったと同時に紙を切り裂くように横っ飛びに右方向に大きく逃れます。そして宙に舞った状態で槍を横なぎに致しました。着地と同時に一番右側にいた槍手の首が飛びました。鋭い、あまりにも鋭い一撃で、敵は誰も反応することができませんでした。
「おのれっ!! 化物めがっ!!」
一瞬の間にすでに二人も失った精鋭部隊はヴァレリオ男爵の戦闘力に闘志を燃やして、激しく攻撃を繰り返しました。そうしてヴァレリオ男爵に敵の注意が向かえば向かうほど、私はヴァレリオ男爵が作った隙をついて逃げ延びるのです。
ヴァレリオ男爵の攻撃はすさまじく、敵の精鋭部隊はあれよあれよという間に倒されていくのですが、フェデリコがそれを黙って見ているわけがありません。
「全員、投擲準備っ!! 姫を狙えっ!!」
と叫んだのでした。フェデリコの家臣達はフェデリコの意図を読み取り、全員がヴァレリオ男爵から距離を取ると長剣や槍を片手に構えて投擲のポーズに入ったのでした。
私とヴァレリオ男爵にとって幸運だったのは、彼らが私たちが出てくる前の戦闘で既に矢が尽きていた事でした。それ故にわずかながらも勝機が残された接近戦に持ち込めたわけです。しかし、全員が槍、長剣を投げつけてくるとなれば、それは矢の脅威と何も変わりありません。ヴァレリオ男爵もその脅威に明らかに焦りの色を見せました。
「ラーマっ!! 走れっ!!」
一拍子の遅れで命取りとなる状況ゆえにヴァレリオ男爵は私に命令口調で走らせました。
私もその脅威を理解していたので、ヴァレリオ男爵の言葉に躊躇なく従い、できる限り走りました。
しかし、無情にも私に向けて放たれた槍と剣は正確に私を狙っていたのです。
そんな私をかばうように前に飛び出してきたヴァレリオ男爵は手にした槍で飛んでくる槍と長剣を薙ぎ払うのですが、その全てを払い落とせるはずもなく、2本の槍と一本の長剣を体に受けてしまいました。
「ヴァレリオっ!!」
心配して声を上げる私にヴァレリオが活を入れます。
「とまるなっ!! 走れっ!!」
ヴァレリオ男爵は刃傷を負っていた足に槍が刺さり、もう完全に走れない状態でした。そして、左腕には長剣が刺さり、右わき腹には槍が刺さっているという重傷でした。もはや私と共に走ることができないと悟ったヴァレリオ男爵は、だからこそ私に走れと言ったのでした。
「姫様っ!! ここでおさらばですっ!!
ですが、ここは私が食い止めます。お早く明けの明星様のもとへっ!!」
誰の目に見てもヴァレリオ男爵は、強がりを言っています。もはや戦うどころの傷ではありませんでした。それでもヴァレリオ男爵は自分の足に刺さった槍を引き抜くと敵に向けて投げ放ち、続けて地面に撃ち落とした長剣を手にすると再び敵に投げつけます。
その投速凄まじく、一瞬のうちに二人の兵士がビビり動きも出来ないまま貫かれて死にました。
「おのれっ!! おのれっ!!
この期に及んでっ!! なんという男だヴァレリオ・フォンターナっ!!」
フェデリコは精鋭の家臣を失った怒りで顔を紅潮させて怒り狂うと再び投擲攻撃を命令するのでした。
それを防ぐ手立てはヴァレリオ男爵には残されていませんでした。
数多くの槍や長剣が宙を舞う様子を見届けながら、死にかけた足に鞭打ってなんとか飛び下がるのですが、ヴァレリオ男爵は無惨にもさらに多くの槍を足に受けてしまい、立ち上がることさえできなくなりました。
そうして、ヴァレリオ男爵の脅威を奪ったフェデリコは更に冷静な判断で命令を下します。
「いけっ!! ヴァレリオに構うなっ!! ラーマ姫を狙えっ!!」
命令を受けた騎士達も一番の標的が私であると知っていたので、フェデリコの判断に従って私に向かって駆け出しました。
命の取り合いをしているというのになんという冷静な判断ができるのでしょうか?
本当に頭が下がる思いです。
どうやら、この場で冷静でないのは私だけだったようです。
私はヴァレリオ男爵が倒れるのを見て冷静ではいられませんでした。
「ああああああっ!!」と悲鳴を上げながらヴァレリオ男爵に駆け寄り、彼の上半身に覆いかぶさるように彼を抱きしめて泣きました。
「いやっ!! いやいやいやぁ~~~~っ!!」
そんな私を見た騎士達は何か毒気を抜かれたかのように走るのをやめて呆然としながらトボトボと夢遊病者のような足どりで近づいてきます。
「姫様・・・。どうして、どうしてお逃げ下さらなかったのですか?」
自分の体に覆いかぶさるように抱き着く私の髪を撫でながら無念そうにヴァレリオ男爵は尋ねました。騎士の彼にとって私を守り切れなかったことがどれほどの無念か女の私にはわかりません。もう、今はわかりたくもなかったのです。
(ごめんなさい・・・。ごめんなさいヴァレリオ。
私はもう無理なのです。あなたを失っては私はもう走れない。あなたから離れて走っていたくないのです。)
心の中で何度も何度も謝罪しながら私はヴァレリオに言いました。
覚悟を決めた女の発言を・・・。
「一緒に・・・。一緒に死んでって言ったでしょ?
だから・・・私、ヴァレリオ・・・。あなたと死にます。」
私の言葉を聞いてヴァレリオは深いため息をついてから、眠るように意識を失って生きました。
「ああああ・・・。ヴァレリオ・・・。
大丈夫です。私も直ぐに後を追いますから・・・。」
私とヴァレリオを取り囲むフェデリコの部隊は、その様子をじっと見ていました。彼らが何を思っていたのか私にはわかりませんが、最後の最後で彼とお別れすることができたので、敵兵士の計らいには本当に感謝してもしきれません。
そうして別れが済んだことを確認するとフェデリコが私の前に進み出て長剣を抜剣しました。
「姫様、お覚悟を・・・。」
そう言って私とヴァレリオ男爵を共に刺し貫こうとフェデリコが剣先を下に向けて構えたときでした。凄まじい雷鳴がその場に鳴り響きました。
「おおっ!? な、何事だっ!?」
あまりの大雷鳴にその場にいた者たち全員が腰を抜かしたように座り込み、口々に異変を恐れて声を上げました。
あのフェデリコでさえ地面に座り込み、大声を上げて狼狽えています。
ただ、ヴァレリオ男爵まで失った私にとって、そんなことさえどうでもよくて、ただただ、体温が失われていくヴァレリオ男爵の体に泣きすがっていました。
そんな私に天から声が降り注いだのです。
「オンドラァ~~っ!! 何やっとんじゃいっ!!
ワレ、コラぁ~~~っ!!」
聞きなれたお声に天を見ると明けの明星様がゆっくりと舞い降りてくるのでした。
私たちは大変な人を敵に回しているのだと、その時、改めて感じました。
ヴァレリオ男爵もそのプレッシャーを感じているようで彼のペースに巻き込まれるのを嫌って、にじり寄ってくる騎士達の意表を突くように急に自分から近づいたのです。しかし、敵は長剣や槍を持った相手。短剣のヴァレリオ男爵とは間合いが全く違います。ヴァレリオ男爵が詰め寄った距離は未だに短剣が届く距離ではありませんでしたが、敵の槍は十分、ヴァレリオ男爵の命を取れる距離でした。そこで一番ヴァレリオ男爵から近い場所にいた騎士が裂帛の気合いと共に鋭い突きを入れてきました。
「やあああああ~~~~っ!!!」
鋭い槍の一突きはその一発で鎧を破壊して命に届くであろう威力を秘めていました。しかし、その槍はヴァレリオ男爵に当たることはありませんでした。何故なら彼が突いた場所にはすでにヴァレリオ男爵はいなかったのです。ヴァレリオ男爵は彼が槍を突いてくるタイミングを読んで高く跳躍したのです。とても足に傷を負った男の跳躍とは思えません。それだけに槍を突いた騎士も一瞬彼を見失ってしまったのです。
ヴァレリオ男爵はその一瞬のスキを見逃しませんでした。宙を舞ったその体制のままで手にした短剣を投げつけたのでした。
「ハッ!!」
という短い半呼の掛け声とともに放たれた短剣は槍手の眉間に深々と突き刺さりました。
両手で槍を握り締めて激しい突き込みを見せた彼はその短剣を防ぐ余裕がなかったのです。そして死んだ彼の遺体は槍を突いた勢いのまま前のめりに倒れていきました。それは丁度ヴァレリオ男爵の着地地点であったために、ヴァレリオ男爵は難なく彼の槍を手にすることができたのです。
本当に一呼吸の間の出来事でした。あまりに見事な手際にフェデリコの精鋭部隊も一瞬、言葉をなくしたほどでした。その一瞬のスキをヴァレリオ男爵は見逃しませんでした。
「姫っ!! 突撃いたしますっ!!」
そういうと手にした槍を横なぎに敵を攻撃して敵の隊列を乱します。 ヴァレリオ男爵はその乱れを見逃さず、開いた隙間に棍棒をねじ込む様に力づくで推し通り、それから再び槍を振り回して乱れた陣形に大穴を開けるのでした。
ヴァレリオ男爵の言葉を聞いていた私は、彼の作った隙を見逃さずに彼が作った隙間へと駆け寄ってヴァレリオ男爵に付いていきます。
「陣形を乱すなっ!! 取り囲むのは厄介な相手だ。分厚い板を作らねば突破されるぞっ!!
後続部隊っ!! 横一文字に陣形を作れっ!! 2段構えにして彼を突破させるなっ!!」
囲い込もうとすればそれだけ広範囲に兵士をバラまかねばなりません。そうなると手勢30人ばかしのフェデリコの部隊では守り切れないと判断したフェデリコは後列の部隊にヴァレリオ男爵に対して戦力を集中するように命令したのでした。
「推し通おおおるっ!!」
ヴァレリオ男爵は多数に無勢であっても一切の気遅れなく、自分の目の前を塞ぐ後続部隊にまっすぐにとびかかります。無謀ともいえるその突撃です。そして迎フェデリコの精鋭部隊も一切の戸惑いなど誰も見せずに規則正しい動きでヴァレリオ男爵を向え打つのでした。
彼らはヴァレリオ男爵に向けてまっすぐに槍を突き立てず、それぞれが上中下の高さに槍を振り分けて突き込んできたのでした。その動きは絶対にヴァレリオ男爵を見逃さないという強い殺意が感じられました。しかし、その殺意があだになったようです。
ヴァレリオ男爵は彼らの殺気を攻撃のタイミングに転嫁して呼吸を読み取り、彼らが突きの挙動に入ったと同時に紙を切り裂くように横っ飛びに右方向に大きく逃れます。そして宙に舞った状態で槍を横なぎに致しました。着地と同時に一番右側にいた槍手の首が飛びました。鋭い、あまりにも鋭い一撃で、敵は誰も反応することができませんでした。
「おのれっ!! 化物めがっ!!」
一瞬の間にすでに二人も失った精鋭部隊はヴァレリオ男爵の戦闘力に闘志を燃やして、激しく攻撃を繰り返しました。そうしてヴァレリオ男爵に敵の注意が向かえば向かうほど、私はヴァレリオ男爵が作った隙をついて逃げ延びるのです。
ヴァレリオ男爵の攻撃はすさまじく、敵の精鋭部隊はあれよあれよという間に倒されていくのですが、フェデリコがそれを黙って見ているわけがありません。
「全員、投擲準備っ!! 姫を狙えっ!!」
と叫んだのでした。フェデリコの家臣達はフェデリコの意図を読み取り、全員がヴァレリオ男爵から距離を取ると長剣や槍を片手に構えて投擲のポーズに入ったのでした。
私とヴァレリオ男爵にとって幸運だったのは、彼らが私たちが出てくる前の戦闘で既に矢が尽きていた事でした。それ故にわずかながらも勝機が残された接近戦に持ち込めたわけです。しかし、全員が槍、長剣を投げつけてくるとなれば、それは矢の脅威と何も変わりありません。ヴァレリオ男爵もその脅威に明らかに焦りの色を見せました。
「ラーマっ!! 走れっ!!」
一拍子の遅れで命取りとなる状況ゆえにヴァレリオ男爵は私に命令口調で走らせました。
私もその脅威を理解していたので、ヴァレリオ男爵の言葉に躊躇なく従い、できる限り走りました。
しかし、無情にも私に向けて放たれた槍と剣は正確に私を狙っていたのです。
そんな私をかばうように前に飛び出してきたヴァレリオ男爵は手にした槍で飛んでくる槍と長剣を薙ぎ払うのですが、その全てを払い落とせるはずもなく、2本の槍と一本の長剣を体に受けてしまいました。
「ヴァレリオっ!!」
心配して声を上げる私にヴァレリオが活を入れます。
「とまるなっ!! 走れっ!!」
ヴァレリオ男爵は刃傷を負っていた足に槍が刺さり、もう完全に走れない状態でした。そして、左腕には長剣が刺さり、右わき腹には槍が刺さっているという重傷でした。もはや私と共に走ることができないと悟ったヴァレリオ男爵は、だからこそ私に走れと言ったのでした。
「姫様っ!! ここでおさらばですっ!!
ですが、ここは私が食い止めます。お早く明けの明星様のもとへっ!!」
誰の目に見てもヴァレリオ男爵は、強がりを言っています。もはや戦うどころの傷ではありませんでした。それでもヴァレリオ男爵は自分の足に刺さった槍を引き抜くと敵に向けて投げ放ち、続けて地面に撃ち落とした長剣を手にすると再び敵に投げつけます。
その投速凄まじく、一瞬のうちに二人の兵士がビビり動きも出来ないまま貫かれて死にました。
「おのれっ!! おのれっ!!
この期に及んでっ!! なんという男だヴァレリオ・フォンターナっ!!」
フェデリコは精鋭の家臣を失った怒りで顔を紅潮させて怒り狂うと再び投擲攻撃を命令するのでした。
それを防ぐ手立てはヴァレリオ男爵には残されていませんでした。
数多くの槍や長剣が宙を舞う様子を見届けながら、死にかけた足に鞭打ってなんとか飛び下がるのですが、ヴァレリオ男爵は無惨にもさらに多くの槍を足に受けてしまい、立ち上がることさえできなくなりました。
そうして、ヴァレリオ男爵の脅威を奪ったフェデリコは更に冷静な判断で命令を下します。
「いけっ!! ヴァレリオに構うなっ!! ラーマ姫を狙えっ!!」
命令を受けた騎士達も一番の標的が私であると知っていたので、フェデリコの判断に従って私に向かって駆け出しました。
命の取り合いをしているというのになんという冷静な判断ができるのでしょうか?
本当に頭が下がる思いです。
どうやら、この場で冷静でないのは私だけだったようです。
私はヴァレリオ男爵が倒れるのを見て冷静ではいられませんでした。
「ああああああっ!!」と悲鳴を上げながらヴァレリオ男爵に駆け寄り、彼の上半身に覆いかぶさるように彼を抱きしめて泣きました。
「いやっ!! いやいやいやぁ~~~~っ!!」
そんな私を見た騎士達は何か毒気を抜かれたかのように走るのをやめて呆然としながらトボトボと夢遊病者のような足どりで近づいてきます。
「姫様・・・。どうして、どうしてお逃げ下さらなかったのですか?」
自分の体に覆いかぶさるように抱き着く私の髪を撫でながら無念そうにヴァレリオ男爵は尋ねました。騎士の彼にとって私を守り切れなかったことがどれほどの無念か女の私にはわかりません。もう、今はわかりたくもなかったのです。
(ごめんなさい・・・。ごめんなさいヴァレリオ。
私はもう無理なのです。あなたを失っては私はもう走れない。あなたから離れて走っていたくないのです。)
心の中で何度も何度も謝罪しながら私はヴァレリオに言いました。
覚悟を決めた女の発言を・・・。
「一緒に・・・。一緒に死んでって言ったでしょ?
だから・・・私、ヴァレリオ・・・。あなたと死にます。」
私の言葉を聞いてヴァレリオは深いため息をついてから、眠るように意識を失って生きました。
「ああああ・・・。ヴァレリオ・・・。
大丈夫です。私も直ぐに後を追いますから・・・。」
私とヴァレリオを取り囲むフェデリコの部隊は、その様子をじっと見ていました。彼らが何を思っていたのか私にはわかりませんが、最後の最後で彼とお別れすることができたので、敵兵士の計らいには本当に感謝してもしきれません。
そうして別れが済んだことを確認するとフェデリコが私の前に進み出て長剣を抜剣しました。
「姫様、お覚悟を・・・。」
そう言って私とヴァレリオ男爵を共に刺し貫こうとフェデリコが剣先を下に向けて構えたときでした。凄まじい雷鳴がその場に鳴り響きました。
「おおっ!? な、何事だっ!?」
あまりの大雷鳴にその場にいた者たち全員が腰を抜かしたように座り込み、口々に異変を恐れて声を上げました。
あのフェデリコでさえ地面に座り込み、大声を上げて狼狽えています。
ただ、ヴァレリオ男爵まで失った私にとって、そんなことさえどうでもよくて、ただただ、体温が失われていくヴァレリオ男爵の体に泣きすがっていました。
そんな私に天から声が降り注いだのです。
「オンドラァ~~っ!! 何やっとんじゃいっ!!
ワレ、コラぁ~~~っ!!」
聞きなれたお声に天を見ると明けの明星様がゆっくりと舞い降りてくるのでした。
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