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第2章 新国家「エデン」
第29話 再生されし者
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「おのれ~~~~ッ!!
邪魔だて致すかっ! このままではラーマはスパーダ軍に連れ去られるっ!! なぜわからんっ!!」
アンドレアお兄様の怒号とお姿は、ヴァレリオ男爵率いる部隊の陰に隠れて遠くにい消えていきます。
そしてヴァレリオ男爵が「抜かせっ!! 外道がっ!!」と言う声も乱入してくるフェデリコの部隊の気勢によってかき消されていきます。
突撃してきたヴァレリオの軍勢やアンドレア様の部隊やフェデリコの軍勢も、全体から見れば薄く伸びたミルクのようなもの。戦場は今、紅茶にミルクと蜂蜜が混ざり合う様に絡み合う様に似ていました。互いの軍勢がマーブル上に絡みあい、溶け合うようにしながら殺しあっているのでした。
「マヌエルが言った通りだっ!!
これでは誰が味方で誰が的かもわからん大混乱だ!!
そして、すでに半分我々は渦の中心になりつつあるっ!!
今。姫様を連れ出さねば助けようがなくなるぞっ!!」
渦潮のように渦巻く戦場を目の当たりにしたフィリッポも3勢力が複雑に敵対する光景など見たことがなく、表情に明らかな焦りの色を見せました。
そして、それでも短い時間で難しい決断をしました。
「この闇夜の戦場では敵と味方の区別はつかん。
明確に味方と判断できぬのなら、誰であっても構わんっ!! 切り殺せっ!!
これから弓は不要っ!!
全員、抜剣して本陣目指して走り抜けるぞっ!!」
フィリッポがそう言うと全員が弓を捨てて剣を持ちます。フィリッポはそれを確認し切らないまま、私の腕を引っ張ると走り出しました。
「皆っ!! 躊躇するなっ!!
一気に駆け抜けるぞっ!!」
そして、私たちは乱戦極まる戦場を抜け出すべく、突撃を開始しました。
私たちが突撃した先では皆々、出会う相手と声をかけて味方かどうか確かめる間もなく、お互い斬りあっていました。きっと彼らは全員、すでに私たちすら見失っているのでしょう。そして、命令系統さえあやふやになった地獄を目の当たりにして恐怖に取り憑かれ、誰これ構わず切り殺している。
誰かが言っていましたわ。この世に地獄があるのならば、それは戦場に他ならないと。
全く、その通りでした。私達の部隊も進むべく方角すら見失いそうになるこの大混乱の中、敵味方を判断する前に目の前に出たものを切り殺して進んでいます。
こんな・・・。こんなバカな話が許されるのでしょうか?
私は思わず叫びました。
「いい加減におやめなさいっ!!
殺しあってなんになるというのですかっ!!
話し合って解決する道があるというのに道理もわきまえずに動物のように殺しあって、一体、誰が幸せになれますかっ!?」
その一言で戦場が一瞬、静かになって行くのがわかりました。
そして、次の瞬間。フィリッポが私を担ぎ上げながら叫びました。
「殺せっ!! 10人ここに残って足止めをせよっ!!
他の10名は俺と来いっ!!」
「はいっ!!」
10名は一瞬の躊躇もなく自ら志願して突撃していきます。そしてフィリッポは彼らに向かって「地獄で会おうっ!!」と背中越しに伝えるのが精一杯でした。なぜなら、私を肩に担ぎ上げた姿勢で私を囲む敵兵たちを殺して前に進まなければいけなかったからです。
「いたぞぉ~~~っ!! ここに姫がいるぞっ!!」
「ラーマ姫様を御守りしろっ!!」
「あの女を連れて行けば、恩賞は思いのママぞっ!! あいつらを殺して手に入れろっ!!」
「殺せっ!! あの女もろともころせっ!! 全ての元凶はあの魔女にあるっ!!」
「ピンクの髪を目指せっ!! あの髪の女がラーマ姫だあああ~っ!!」
大混乱だったはずの戦場は今や別の混乱が生じてしまいました。
皆、理由がわからなくなって殺しあっていたというのに、私と言う存在を見つけた途端に我に返って私を目指して進みだしたのですっ!!
私はその時になって、自分がしたことの愚かさを知ったのです。声を上げて戦闘停止を呼び掛けるなど肉食獣に自分の存在を知らせるに等しい行為であったのにと、私は自分の浅慮を後悔しました。
そして、そのツケを払うのはフィリッポたちだったのです。
皆、私のために死んでいきます。私の不用意さのために死んでいくのです。
突撃してくる敵兵を一人、また一人と切り刻みながらも多勢に無勢。味方も一人、また一人と死んでいきます。
中にはヴァレリオ男爵の部下と思わしき兵士たちがフィリッポたちを援護してくれながら、また一人と死んでいくのでした。
皆。皆、私を取り合うために死んでいくのです。
何の罪もない魂も、罪多き魂も区別なく死んでいくのでした。
ああ・・・。私、私・・・。私こそが死んでしまえばいいのにっ!!!
フィリッポの肩の上で揺られながら、ハラハラと涙がこぼれます。そんな私にフィリッポは今日一日闘い続けて疲労困憊の体であるにもかかわらず、「カッコいい啖呵でしたよ。皆、あなたの臣下で幸せでした・・・。」と、私を励ましてくれました。
やめて・・・。やめてくださいっ!!
私なんか、私なんか何の価値もない女なのですっ!!
そう叫びたかった。そう叫べればどんなに楽だったでしょうか?
しかし、私は彼らに誓ったのです。必ず生き残り、この和平を成し遂げて見せると・・・。
だから、死にたくても死にたいと口にしてはいけないのです。そんな私のためにフィリッポの部下が一人、また一人と死んでいきます。
そうして、とうとうたった3人の護衛になったところで、フィリッポの太ももをフェデリコの配下の魔法使いが放った氷の槍が貫いたのでした。
太ももを刺し貫かれたフィリッポは走る勢いのまま転倒してしまい、私もそれに合わせて地面を転げ落ちました。
「フィリッポォオオオ~~ッ!!」
私の悲鳴交じりの呼びかけもむなしく、フィリッポは力なく崩れ落ちて倒れ込みます。傷口に腕程の太さの氷の槍が刺さったのです。傷口を氷が焼き、きっと尋常ではない痛みが走っている事でしょう。
そして私もフィリッポに心奪われて受け身も取らぬ体勢のまま強かに地面に背中を打ち付けます。
「はっ・・・。」と、呼吸が止まるような衝撃を背中に襲ったかと思うと、全身に痛みが広がり、私は悶絶します。
(苦しいっ!! 痛いっ!! 意識がもうろうとするっ!!
皆は、皆はまだ無事なのですかっ!?)
私が息も絶え絶えになりながら護衛の者達の無事を確認しようと見上げた先には、まだうら若い少年魔法使いがいました。
彼は血の涙を流しながら叫びました。
「お前のせいだっ!! お前のせいで僕のお師匠様は死んだんだっ!!
僕をかばって・・・あんなにやさしかったお師匠様がっ!!
・・・畜生ッ!! ぶっ殺してやるっ!!」
怒りに任せた少年は私に向かって魔術師の短剣を振りかざして突撃してきます。ここで黙って殺されるわけにはいかない私は全身の痛みに耐えながら必死で応戦します。
その時の私は武術教練を受けたものとは思えない見苦しさでした。少年の腕を掴むことも忘れて、最大の脅威であるナイフから逃れようとナイフを掴んで止めにかかり、自分の右手がズタズタになるのも気にしないまま、彼に体当たりして弾き飛ばすと抜剣して叫びました。
「引きなさいっ!! 殺したくはないのですっ!!」
剣を握る右手から血が滴っていましたが、興奮状態の私にそれを自覚する余裕などなかったのです。
その掌の傷は防御創と呼ばれる刃物と戦った者が例外なく背負う傷でした。素手で戦うものは最大の脅威である刃物から逃れるためにほぼ反射的にナイフさえ掴んでしまうのです。訓練された兵士ならばこんなことはなかったのでしょうが、お姫様の手習い程度の私の武術なら、少年を弾き飛ばせただけでも御の字なのかもしれません。これで形勢逆転できたのですから。
しかし、それが私の限界でした。怒りに狂った少年は私の忠告も意に介することなく自分の防御の姿勢など見せることなく私にとびかかってきたのです。リーチにあまりに差がある武器に対する考え無しの特攻など自殺行為に等しい。勝てるわけがないのです。当然、剣を持つ私にとってナイフを持った彼など剣で殺すことは簡単だったはずです。ですが・・・私には、その勇気がありませんでした。
切ることもできないまま、彼の突進を止めるすべもないまま、彼の手にしたナイフによって首を切り裂かれてしまったのですから・・・・・・。
ああ・・・。ごめんなさいっ!! マヌエルっ、フィリッポッ!! 皆っ!!
私は皆を犠牲にして生き残ったというのに、こんなところで死んでしまったのです。
許してください、皆・・・。
自分の首から飛び散る鮮血を目にして途絶える意識の最中、私は皆に対する謝罪の言葉を頭の中で唱え続けたのでした。
そして、すべてを黒い闇が私を包み込んで意識が途絶えたその時、私の目を覚まさせる一人の声が聞こえました。
「アホたれ。
なにをさっきから悲劇のヒロイン気取っとんねん。
さっさと起きんかいっ!! このアホ娘がっ!」
こ、このお口の悪さは・・・っ!!
「明けの明星様っ!!?」
とビックリして私がはね起きた時・・・。え? 跳ね起きたときですって?
私が驚いて自分の傷口を確かめようと首に手を当てた時、私の手には血の一滴もついていませんでした。いえ、体中を見てもどこにも傷がありません。首の切り傷はおろかナイフを掴んだ時の傷や、その時に溢れ出ていたはずの血の跡すらなかったのです。体は健康そのもので気力も満ち、まるで体中が新たに生まれ変わったのではないかと思われるほど、元気一杯です。
そして、異変は私の傷だけではありませんでした。信じられないことに戦場の全ての者が氷漬けにされたかのように動きを止めていたのです。いえ、人間ばかりか、空気も松明の炎さえも全く動いてはいなかったのでした。
「こ・・・。これは一体?」
世界の異変に理解が追い付かず、狼狽える私の頭を明けの明星様はスパーンと叩かれました。叩いてから言いました。
「時間を止めてからお前の傷を治したに決まっとるやろうがっ!! 見てわからんのか、アホ娘がっ!!」
ひっど~いっ!! 叩くことないじゃないですかっ!!
お父様にもぶたれたことがない頭をっ!!
魔王様の理不尽な攻撃に対して私はさすがに抗議の声を上げます。
「見てわかるわけないじゃないですかっ!! 時間を止める魔法なんか聞いたこともないですよっ!!」
そんな私の返しに対して明けの明星様は愉快そうに笑われるのでした。
「まぁ、お前みたいな下等な存在には理解できんか。ま、ええわ。」
「良くないです。酷すぎませんか、今の。」
「ええ言うとんじゃっ!! 黙っていっ!!」
「は、はいいいっ!!」
最終的に返ってきた答えは謝罪の言葉ではなくて、脅しの言葉でした。
こ、怖いです。私は何も悪くないはずなのに首を垂れて震えながら謝るしかありません。
うう~っ、 り、理不尽ですわっ!!
魔王様は私のそんな気持ちなど気にも留めずに「そんなことより」と切り出して、私に対して地獄の問いをお始めになられたのでした。
「そんなことより、お前。なんでそのガキを殺さんかったんじゃ。
お前が殺さんから、お前が殺されたんやぞ。それぐらいのこと事前にわからんかったんかい?
あ?」
その時の魔王様はこれまで私に見せたことがないほど、怒髪天の怒りの貌をされていたのでした。
邪魔だて致すかっ! このままではラーマはスパーダ軍に連れ去られるっ!! なぜわからんっ!!」
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そしてヴァレリオ男爵が「抜かせっ!! 外道がっ!!」と言う声も乱入してくるフェデリコの部隊の気勢によってかき消されていきます。
突撃してきたヴァレリオの軍勢やアンドレア様の部隊やフェデリコの軍勢も、全体から見れば薄く伸びたミルクのようなもの。戦場は今、紅茶にミルクと蜂蜜が混ざり合う様に絡み合う様に似ていました。互いの軍勢がマーブル上に絡みあい、溶け合うようにしながら殺しあっているのでした。
「マヌエルが言った通りだっ!!
これでは誰が味方で誰が的かもわからん大混乱だ!!
そして、すでに半分我々は渦の中心になりつつあるっ!!
今。姫様を連れ出さねば助けようがなくなるぞっ!!」
渦潮のように渦巻く戦場を目の当たりにしたフィリッポも3勢力が複雑に敵対する光景など見たことがなく、表情に明らかな焦りの色を見せました。
そして、それでも短い時間で難しい決断をしました。
「この闇夜の戦場では敵と味方の区別はつかん。
明確に味方と判断できぬのなら、誰であっても構わんっ!! 切り殺せっ!!
これから弓は不要っ!!
全員、抜剣して本陣目指して走り抜けるぞっ!!」
フィリッポがそう言うと全員が弓を捨てて剣を持ちます。フィリッポはそれを確認し切らないまま、私の腕を引っ張ると走り出しました。
「皆っ!! 躊躇するなっ!!
一気に駆け抜けるぞっ!!」
そして、私たちは乱戦極まる戦場を抜け出すべく、突撃を開始しました。
私たちが突撃した先では皆々、出会う相手と声をかけて味方かどうか確かめる間もなく、お互い斬りあっていました。きっと彼らは全員、すでに私たちすら見失っているのでしょう。そして、命令系統さえあやふやになった地獄を目の当たりにして恐怖に取り憑かれ、誰これ構わず切り殺している。
誰かが言っていましたわ。この世に地獄があるのならば、それは戦場に他ならないと。
全く、その通りでした。私達の部隊も進むべく方角すら見失いそうになるこの大混乱の中、敵味方を判断する前に目の前に出たものを切り殺して進んでいます。
こんな・・・。こんなバカな話が許されるのでしょうか?
私は思わず叫びました。
「いい加減におやめなさいっ!!
殺しあってなんになるというのですかっ!!
話し合って解決する道があるというのに道理もわきまえずに動物のように殺しあって、一体、誰が幸せになれますかっ!?」
その一言で戦場が一瞬、静かになって行くのがわかりました。
そして、次の瞬間。フィリッポが私を担ぎ上げながら叫びました。
「殺せっ!! 10人ここに残って足止めをせよっ!!
他の10名は俺と来いっ!!」
「はいっ!!」
10名は一瞬の躊躇もなく自ら志願して突撃していきます。そしてフィリッポは彼らに向かって「地獄で会おうっ!!」と背中越しに伝えるのが精一杯でした。なぜなら、私を肩に担ぎ上げた姿勢で私を囲む敵兵たちを殺して前に進まなければいけなかったからです。
「いたぞぉ~~~っ!! ここに姫がいるぞっ!!」
「ラーマ姫様を御守りしろっ!!」
「あの女を連れて行けば、恩賞は思いのママぞっ!! あいつらを殺して手に入れろっ!!」
「殺せっ!! あの女もろともころせっ!! 全ての元凶はあの魔女にあるっ!!」
「ピンクの髪を目指せっ!! あの髪の女がラーマ姫だあああ~っ!!」
大混乱だったはずの戦場は今や別の混乱が生じてしまいました。
皆、理由がわからなくなって殺しあっていたというのに、私と言う存在を見つけた途端に我に返って私を目指して進みだしたのですっ!!
私はその時になって、自分がしたことの愚かさを知ったのです。声を上げて戦闘停止を呼び掛けるなど肉食獣に自分の存在を知らせるに等しい行為であったのにと、私は自分の浅慮を後悔しました。
そして、そのツケを払うのはフィリッポたちだったのです。
皆、私のために死んでいきます。私の不用意さのために死んでいくのです。
突撃してくる敵兵を一人、また一人と切り刻みながらも多勢に無勢。味方も一人、また一人と死んでいきます。
中にはヴァレリオ男爵の部下と思わしき兵士たちがフィリッポたちを援護してくれながら、また一人と死んでいくのでした。
皆。皆、私を取り合うために死んでいくのです。
何の罪もない魂も、罪多き魂も区別なく死んでいくのでした。
ああ・・・。私、私・・・。私こそが死んでしまえばいいのにっ!!!
フィリッポの肩の上で揺られながら、ハラハラと涙がこぼれます。そんな私にフィリッポは今日一日闘い続けて疲労困憊の体であるにもかかわらず、「カッコいい啖呵でしたよ。皆、あなたの臣下で幸せでした・・・。」と、私を励ましてくれました。
やめて・・・。やめてくださいっ!!
私なんか、私なんか何の価値もない女なのですっ!!
そう叫びたかった。そう叫べればどんなに楽だったでしょうか?
しかし、私は彼らに誓ったのです。必ず生き残り、この和平を成し遂げて見せると・・・。
だから、死にたくても死にたいと口にしてはいけないのです。そんな私のためにフィリッポの部下が一人、また一人と死んでいきます。
そうして、とうとうたった3人の護衛になったところで、フィリッポの太ももをフェデリコの配下の魔法使いが放った氷の槍が貫いたのでした。
太ももを刺し貫かれたフィリッポは走る勢いのまま転倒してしまい、私もそれに合わせて地面を転げ落ちました。
「フィリッポォオオオ~~ッ!!」
私の悲鳴交じりの呼びかけもむなしく、フィリッポは力なく崩れ落ちて倒れ込みます。傷口に腕程の太さの氷の槍が刺さったのです。傷口を氷が焼き、きっと尋常ではない痛みが走っている事でしょう。
そして私もフィリッポに心奪われて受け身も取らぬ体勢のまま強かに地面に背中を打ち付けます。
「はっ・・・。」と、呼吸が止まるような衝撃を背中に襲ったかと思うと、全身に痛みが広がり、私は悶絶します。
(苦しいっ!! 痛いっ!! 意識がもうろうとするっ!!
皆は、皆はまだ無事なのですかっ!?)
私が息も絶え絶えになりながら護衛の者達の無事を確認しようと見上げた先には、まだうら若い少年魔法使いがいました。
彼は血の涙を流しながら叫びました。
「お前のせいだっ!! お前のせいで僕のお師匠様は死んだんだっ!!
僕をかばって・・・あんなにやさしかったお師匠様がっ!!
・・・畜生ッ!! ぶっ殺してやるっ!!」
怒りに任せた少年は私に向かって魔術師の短剣を振りかざして突撃してきます。ここで黙って殺されるわけにはいかない私は全身の痛みに耐えながら必死で応戦します。
その時の私は武術教練を受けたものとは思えない見苦しさでした。少年の腕を掴むことも忘れて、最大の脅威であるナイフから逃れようとナイフを掴んで止めにかかり、自分の右手がズタズタになるのも気にしないまま、彼に体当たりして弾き飛ばすと抜剣して叫びました。
「引きなさいっ!! 殺したくはないのですっ!!」
剣を握る右手から血が滴っていましたが、興奮状態の私にそれを自覚する余裕などなかったのです。
その掌の傷は防御創と呼ばれる刃物と戦った者が例外なく背負う傷でした。素手で戦うものは最大の脅威である刃物から逃れるためにほぼ反射的にナイフさえ掴んでしまうのです。訓練された兵士ならばこんなことはなかったのでしょうが、お姫様の手習い程度の私の武術なら、少年を弾き飛ばせただけでも御の字なのかもしれません。これで形勢逆転できたのですから。
しかし、それが私の限界でした。怒りに狂った少年は私の忠告も意に介することなく自分の防御の姿勢など見せることなく私にとびかかってきたのです。リーチにあまりに差がある武器に対する考え無しの特攻など自殺行為に等しい。勝てるわけがないのです。当然、剣を持つ私にとってナイフを持った彼など剣で殺すことは簡単だったはずです。ですが・・・私には、その勇気がありませんでした。
切ることもできないまま、彼の突進を止めるすべもないまま、彼の手にしたナイフによって首を切り裂かれてしまったのですから・・・・・・。
ああ・・・。ごめんなさいっ!! マヌエルっ、フィリッポッ!! 皆っ!!
私は皆を犠牲にして生き残ったというのに、こんなところで死んでしまったのです。
許してください、皆・・・。
自分の首から飛び散る鮮血を目にして途絶える意識の最中、私は皆に対する謝罪の言葉を頭の中で唱え続けたのでした。
そして、すべてを黒い闇が私を包み込んで意識が途絶えたその時、私の目を覚まさせる一人の声が聞こえました。
「アホたれ。
なにをさっきから悲劇のヒロイン気取っとんねん。
さっさと起きんかいっ!! このアホ娘がっ!」
こ、このお口の悪さは・・・っ!!
「明けの明星様っ!!?」
とビックリして私がはね起きた時・・・。え? 跳ね起きたときですって?
私が驚いて自分の傷口を確かめようと首に手を当てた時、私の手には血の一滴もついていませんでした。いえ、体中を見てもどこにも傷がありません。首の切り傷はおろかナイフを掴んだ時の傷や、その時に溢れ出ていたはずの血の跡すらなかったのです。体は健康そのもので気力も満ち、まるで体中が新たに生まれ変わったのではないかと思われるほど、元気一杯です。
そして、異変は私の傷だけではありませんでした。信じられないことに戦場の全ての者が氷漬けにされたかのように動きを止めていたのです。いえ、人間ばかりか、空気も松明の炎さえも全く動いてはいなかったのでした。
「こ・・・。これは一体?」
世界の異変に理解が追い付かず、狼狽える私の頭を明けの明星様はスパーンと叩かれました。叩いてから言いました。
「時間を止めてからお前の傷を治したに決まっとるやろうがっ!! 見てわからんのか、アホ娘がっ!!」
ひっど~いっ!! 叩くことないじゃないですかっ!!
お父様にもぶたれたことがない頭をっ!!
魔王様の理不尽な攻撃に対して私はさすがに抗議の声を上げます。
「見てわかるわけないじゃないですかっ!! 時間を止める魔法なんか聞いたこともないですよっ!!」
そんな私の返しに対して明けの明星様は愉快そうに笑われるのでした。
「まぁ、お前みたいな下等な存在には理解できんか。ま、ええわ。」
「良くないです。酷すぎませんか、今の。」
「ええ言うとんじゃっ!! 黙っていっ!!」
「は、はいいいっ!!」
最終的に返ってきた答えは謝罪の言葉ではなくて、脅しの言葉でした。
こ、怖いです。私は何も悪くないはずなのに首を垂れて震えながら謝るしかありません。
うう~っ、 り、理不尽ですわっ!!
魔王様は私のそんな気持ちなど気にも留めずに「そんなことより」と切り出して、私に対して地獄の問いをお始めになられたのでした。
「そんなことより、お前。なんでそのガキを殺さんかったんじゃ。
お前が殺さんから、お前が殺されたんやぞ。それぐらいのこと事前にわからんかったんかい?
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その時の魔王様はこれまで私に見せたことがないほど、怒髪天の怒りの貌をされていたのでした。
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