魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第2章 新国家「エデン」

第26話 追い詰められた姫一行

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 ついに私たちは山道で遭遇しました。
 敵対するはカルロ率いる私兵おおよそ100名。対するはカルロの軍勢を引き込んだ我々の軍勢おおよそ120名。
 正面衝突での消耗戦は必死でありました。
 なおかつ、我々の後ろにはスパーダ軍がすぐそばまで来ていたのですから・・・。

「前進せよっ!!
 推し通れっ!!
 我らの目的は前進にあるっ!!
 逆臣カルロとその部下に構うなっ!!」

 フィリッポの号令一下、軍勢は一塊りとなって強行突破を試みます。
 逆にカルロは押しとどめることが目的でした。

「盾を掲げよっ!!
 横縦列陣形を崩すなっ!!
 敵を一歩も通すなっ!! 戦うことが目的ではないっ!!
 姫様を通さなければ、我らの勝利は確定するっ!! 踏みとどまれいっ!!」

 両者がぶつかり合いになり消耗戦になるかと予想したのですが、ただの衝突になってしまいました。
 両者が盾で防衛姿勢を取った状態でのぶつかり合いは、攻撃というよりも押し合いになってしまうのでした。
 双方、最前線部隊の悲鳴が響く中、後続の兵士たちが敵を押し出そうと必死です。
 互いに手に持った剣と槍を使えないほどの激しいぶつかり合いは、まさに肉弾戦。互いの総重量が物を言う戦いになるのですが、人数にさほど差がないのでどちらの力も膠着してしまうのです。

「後続部隊っ!! 脇から崩せっ!!」

 フィリッポの号令がなされると、一部の兵士がスクラムの山から脇に出て攻撃を開始。それに合わせてカルロの兵も側面に出てきました。

「姫様。ここからは、どうなるかわかりません。
 お覚悟をっ!!」

 フィリッポは後方から追ってくるスパーダ軍を見ながら私に声をかけると、さらに命令を仕掛けます。

「回せっ!!
 右に回せ~~~っ!!」

 フィリッポがそう言うと、フィリッポの直属の部下はカルロから寝返った兵士達の左肩を押して回り、突撃する部隊の力の方向ベクトルを右回転させるようにしました。
 一方向に向けられた力が一瞬の抜きをされたら、突撃する力が逆に影響して雪崩を起こすように陣形が崩れてします。フィリッポは、そのタイミングを見計らってギリギリまで敵兵と押し合いへし合いを演じて見せたのでした。

 そして、こちらのまさかの回転についていけなくなったカルロの部隊は、総崩れになって我々と立ち位置を入れかえるように前進してしまうのです。

「とまるなっ! 前進っ!! 前進っ~~~~っ!!」

 フィリッポの怒号は鬼気迫るものがあり、兵士たちは皆、必死でカルロの軍勢を追い抜いていきました。
 しかし、カルロは諦めませんでした。

「総員っ!! 盾を捨てて矢をつがえて追えっ!! 敵に行きたい道を進ませるなっ!!
 姫様にさえ当たらなければ構わんっ!!」

 その号令に合わせてカルロの私兵は盾を捨てると、矢をつがえて追いかけてきます。
 背後を見せている我が軍にとっては脅威の攻撃でした。

 
「隊長っ!! このままでは背後の兵士は狙い撃ちになりますよっ!!」

 後方から悲鳴に似た報告が上がってきます。それはそうでしょう。敵に背を向けて山道を走る我々の進軍速度はさほど早くはありません。反対に弓矢の射程距離は我々を十分に射抜ける。これでは無駄死にが増えるばかりです。


「フィリッポっ!!
 このままでは兵士がたくさん死んでしまいますっ!!
 突破陣形をやめて後退戦にいたしましょうっ!」

「しかし、姫様っ!!
 このままいたずらに前進の速度を緩めれば、我らはおろか、我らの味方もあやうぅございますっ!!」

 フィリッポは私の意見を聞き入れずに前進の歩みを止めませんでした。しかし、それにも限界がありました。

「姫様ぁっ!! 死にたくありませんっ!!
 姫様についていけば、助けてくれるって言うから味方に付いたのに、こんなの、あんまりじゃないですかっ!!」

 その内に寝返った兵士達が悲鳴を上げて懇願こんがんし始めたのです。それを元からいた護衛の精鋭たちは「黙れっ!! 今ここで乗り切らねば、それこそ全滅するぞっ!!」と活を入れるのですが、元々、私の為なら命を捨てる覚悟であった精鋭部隊と、命惜しさに寝返った兵士とでは気持ちに差がありました。
 やがて、命じられることなく振り返って盾を構える者が続出してきました。こうなると彼らは私たちとも遅れて孤立してしまいます。

「フィリッポっ!! 見捨てることは出来ませんっ!!
 防衛拠点を築くしかありませんっ!!
 幸い、我らは敵に進行方向は取られてはいないのですっ!! ここで踏みとどまって味方を待ちましょうっ!!」

 私の言葉にフィリッポは三度否定しましたが、それでもこれ以上の状況悪化を認めるわけにもいかず、振り返って孤立した部隊の撤退を補助しながら、陣形を整えます。

「総員っ!! 姫様の周りに集結せよっ!
 盾を立ててこの場に陣地を作るっ!! 
 三段陣形を立てるっ! 側面攻撃に気を付けろっ!!敵を背後に回らせるなっ!!」

 フィリッポが指定した場所は山の峰のほど高い場所。若干ではありますが山の峰の内でも勾配こうばいのある地形であり、高地を取るという有利を得ました。また山幅狭く、側面は勾配がきつくて回りにくい地形ではありました。
 しかし、2度にわたる足止めはカルロと私たちのすぐ後ろを追ってきていたスパーダ軍500名との合流を果たさせてしまいました。この先、さらなる後続のスパーダ軍2000と合流すれば絶望的な数になってしまうのです。その事を考えると我々は絶望を覚えつつ、防御を固めます。

「皆の者。矢は節約せよ。近い敵には3段目の陣形が石つぶてを投げよ。2陣は矢を使え。最前列は盾を構えて守りを固め、可能ならば敵の矢を拾い集めて弓矢衆に渡せっ!!」

 フィリッポは小声で命令を送ると、こちらの様子を伺うようにジワジワと近づいてくるスパーダ軍とカルロに叫びました。

「もうすぐ我らの援軍が来るっ!! さすればそなたらはただでは済まんぞっ!!
 無論。我らもただでは済まぬが我ら一同、死の覚悟があるっ!!
 引きたまえっ!! 両軍、無駄死にはここまでにするべきであるっ!!」

 むなしい。あまりにも抑止力のない威嚇いかくによる交渉。フィリッポは勇敢でしたが、現時点でさえ自分たちの6分の1の数しかいない軍勢に脅されて、これにひるむものが何処におりましょうか? 
 スパーダ軍はフィリッポの言葉など無視して進軍してきますが、それでもお互いの弓矢の射程スレスレの位置で一度止まり、交渉の者が2名前に出てきました。一人はカルロ。もう一人はこの度の軍勢士気を任されているフェデリコ・ダヴィデ。最初の奇襲作戦の時に私の和平交渉を断った人物でした。

「姫様っ!! いい加減に観念なさいませっ!!
 いたずらに戦いを長引かせれば、その者達はおろか、エデンの全てが灰に帰しましょうっ!!」

 カルロがまず私に声を掛けました。そして次にフェデリコ。

「お麗しい姫様。どうぞ、私の言葉をお聞きください。
 これ以上の戦闘は無意味。姫様が降伏するというのであれば、我が軍は以降、一切の攻撃をしないとこの場で誓いましょうっ!!
 ですから、どうぞ降伏をっ!!」

 その申し出に私が答える前にフィリッポが嘲笑あざわらって応えました。

「ははははっ!! なんと滑稽こっけいなっ!! さてはここに来るまで貴殿ら話す順番を申し合わせてまいったか?
 どのように言葉巧みに姫様を篭絡ろうらくするか考えて来てから参ったのかっ!?」
「愚か者共めっ!!
 誰がそのような言葉を信じようかっ!? 問答は無用であるっ! この場で死ぬか、今すぐ去れっ!!」

 フィリッポは問答無用であると答えましたが、この問答こそがフィリッポの狙いでありました。たとえわずかな時間でも味方の援護が来る時間を稼ぎたかったのです。そのためにえて私に答えさせずに自分が割って入って答えたのです。そうして私と会話させない対応に苛立いらだったカルロとフェデリコは、めげずに声をかけてきました。まさにフィリッポの術中通り。私は巧みな駆け引きをする兵法の達人のわざを目の前で観察できたのでした。

「だまれっ!! 我らはラーマ姫様と交渉を望むっ!!
 横やりはやめよっ!!」
「左様であるっ!! 我らはともにそちらが望んだ和平を提案しておるっ!!
 姫様、心あらば我らの話お聞きくださりませっ!」

 なおも二人は懸命に私に話しかけるのでした。もちろんフィリッポの思惑おもわくを察している私が答えるわけがありません。そんな私にフェデリコとカルロは何度も同じような問いかけをしましたが、私は兵士の間から彼らをのぞき見てまるで意見を聞いているかのように装って彼らにうれいた表情を見せることはあっても答えることはしませんでした。それは彼らにまるで私を説得できると思わせるための作戦。私の憂いた顔を見て、心に動揺があるとフェデリコとカルロに思わせれば、更なる時間稼ぎのための会話を引きだすことができるのです。
 
 何故なら二人は絶対的な勝利者の立場に立ってしまったから、逆に会話で解決せざるを得なくなってしまったのです。勝利を確信した兵士は無駄死にを恐れるものです。だから命を捨てて戦う覚悟のある私達との戦いをさけたがって突撃を命じても消極的になってしまう。そうなれば、逆に私たちの反撃が勢いづいて味方の被害は大きくなってしまう。そして味方の死を見れば、さらに味方を消極的にさせてしまうのです。それが戦場のパラドックス。フェデリコとカルロは、揺るがない勝利を得てしまったからこそ、逆に被害を恐れて説得を始めなければいけなかったのです。フィリッポの作戦はかなりの良策と言えるでしょう。
 
 そう思っていました。
 敵の魔法使いがやってくるまでは・・・。

「フェデリコ様。魔法使いが到着いたしましたっ!!」

 スパーダ軍の兵士が大声で報告してきたのです。見れば彼の後ろにはローブ姿の6人ほどの集団が息を切らせて立っていました。彼らの姿を見た瞬間、私たちの脳裏には、昼間の戦闘で多くの戦果を挙げた彼らの暗躍が思い起こされて背筋に寒気が走りました・・・。

 (・・・しまったっ!! 何てことなのっ!!)

 私は彼らを見て思わずハッと息を飲むと、心の中でそう叫びました。
 私たちは、時間稼ぎに執着しすぎていました。時間はスパーダ軍にも味方する可能性があったというのに、作戦が上手くいきすぎて私たちは注意力を完全に失ってしまったのでした。それでフェデリコとカルロが企み事をしていた可能性について何も思いつかなかったのです。うまく行っているときほど、人は信じられないようなミスをすることを私たちは改めて思い知らされるのでした。
 
 そして、いくばくかの死霊術を操れる私には、彼らが本物の魔法使いであることはわかります。彼らが偽りを言ってこちらの動揺を誘っているわけではないと確信できました。だから、フィリップに小声で「本物です。」と、伝えました。フィリッポは小さく頷くと、緊張感に満ちた目で注意深く彼らを観察します。
 そうして一言、「疲れてますね。」と答えました。

 そう言われてから改めて彼らを観察すると、息切れだけでなく目の下が落ちくぼんでいる上に顔面蒼白になっていることに気が付きました。きっと昼間の激戦でかなり魔力を使ったうえで、突如、この山道を本部から駆り出されて走ってきたのでしょう。明らかに疲れが目に見えてわかります。
 そんな彼らを注視していたフィリッポは小声で言いました。

「今すぐ、ここを離脱りだつします。
 このままここで戦い続けるのは危険です。
 幸いなことに魔法使いは疲れています。彼らに私達を追撃することは難しいでしょう。」

 その言葉に私は驚きました。 

「しかし、フィリッポ。逃げると言ってもどうやって逃げるのです?
 敵の手は完全に私たちを射程距離に収めているのですよっ!?
 ここは味方が来るまで、持ちこたえるのが肝要では?」

 持ちこたえるのが肝要。そう口にした私自身がそれこそ困難なことを察していながら、口にしてしまうほど私たちは追い詰められていたのです。
 
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