魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第2章 新国家「エデン」

第14話 一万歳の少女

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 子供たちの問題が一件落着したとき、わたくしは家臣団が私をあざむいた事をかんがみて家臣団内の規律と忠誠心を早急に引き締める必要があると感じました。
 ですから、さっそく翌日から私は行動を開始しました。
 先ずは予算が無くても家臣や民衆に対する恩賞の支払いを済ませました。恩賞の支払いを渋れば忠誠心が落ちるのは自明の理。まずはここです。
 そして次は新たに家臣に加わる者達に対する態度を決めなくてはいけません。いつまでも宙ぶらりんの状態で放置されたら、彼らも不安で私に大事にされていないのではという猜疑心さいぎしんが生まれてしまいます。
 そこで速やかに敗戦したジャック・ダー・クーの旧家臣団に対して従属じゅうぞく起請文きしょうもんの提出させる命令を出し、私は知行ちぎょう安堵状あんどじょうの作成し、これの交換儀式をり行うことに致しました。
 また起請文と知行安堵状の交換儀式には、魔神ギーン・ギーン・ラー様のお墨付きを頂くために、当儀式には魔神ギーン・ギーン・ラー様へ御同席お願いいたしました。
(※起請文とは約束事を守ることを神に誓う宣誓書せんせいしょの事でこれに違反した者は神罰をこうむることになる呪術的効果が強い特殊な神文しんもんの事。
 ※知行安堵状とは、敗戦、昇進の原因問わずに、その人物の知行(支配領地の事)を君主が保証する書状の事。神への宣誓は任意。) 

 翌日の事。魔神ギーン・ギーン・ラー様の神殿に家臣団一同、私とともに集結しおごそかな雰囲気の中、儀式が執り行われたのでした。
 先ずは敗戦国の騎士を代表して筆頭貴族のヴァレリオ・フォンターナ男爵が起請文を私に提出いたしました。
(※起請文などについては古式文体の為、読むのが大変面倒かと思われますので、その下に注釈をつけました。そちらだけお読みいただければ内容は十分にご理解いただけます。)


● 敬白けいはく 起請文之事きしょうもんのこと
 
 何事が起きても女王ラーマ・シュー様へ従属致し候者々そうらはば相背あいそむくこと有間敷候事あるまじきそうろうのこと
 この宣誓せんせいに相背くにおいては、一族郎党皆々者いちぞくろうとうみなみなは魔神ギーン・ギーン・ラー様の御罰蒙候者也おんばつこうむりそうろうのものなり。 仍起請文件如よってきしょうもんくだんのごとし 
  
  ミズリナ暦5年10の月5の日   ヴァレリオ・フォンターナ男爵
                  国衆一同
 
  エデン国王 ラーマ・シュー様 ●

(※敗戦国の騎士集団ヴァレリオ・フォンターナ男爵以下、土豪一同はエデン国王に帰属することを魔神ギーン・ギーン・ラーに宣誓し、これに違反すれば一族郎党が魔神ギーン・ギーン・ラーの神罰(この場合当然死刑)を受けることを認めるという内容)

 
 私はヴァレリオ・フォンターナ男爵から受け取った起請文を一読し中身を確認したのち、魔神ギーン・ギーン・ラー様にご提出いたしますと、魔神ギーン・ギーン・ラー様はそれをご検分の後に「確かに承りましたわ」と一言言うと私にお返しくださりました。
 続いて私の知行安堵状の提出です。


● 敬白 起請文之事
 
 何事においても国衆皆々者くにしゅうみなみなは 当家とうけ家臣としてお守り候事そうろうのこと。並びにたとい進退之際しんたいのき 見放し申間敷もうすまじく候之上者そうろうのうえは 当知行等とうちぎょうなど聊不可有相違候いささかもそういあるべからずそうろう
 努々忠節専一候也ゆめゆめちゅうせつせんいつにそうろうなり
 この宣誓に相背くにおいては、一族郎党皆々者いちぞくろうとうみなみなは魔神ギーン・ギーン・ラー様の御罰蒙候者也おんばつこうむりそうろうのことなり。 仍起請文件如よってきしょうもんくだんのごとし
 
 ミズリナ暦5年10の月5の日       エデン国王 ラーマ・シュー


 ヴァレリオ・フォンターナ男爵殿
             国衆一同  ●

(※敗戦国の騎士達を召抱えると約束。さらにその者達が没落しても見放すことはないと誓ったうえで、これまで通り貴族、土豪の者達の支配領地を認めるので、忠節を大切に働きなさいという内容のもの。)

 悩みに悩みましたが、私は彼らの知行は減額することなく維持することに決めました。思えば、戦争の首謀者は魔王ジャック・ダー・クー。家臣団まで厳罰に処するのはあまりにも可哀想だと思ったからです。
 そして、ヴァレリオ男爵は私の安堵状を読み自分たちの処遇を知ると、感極まったように涙を両目にいっぱい溜めながら私に対して深々と頭を下げてから魔神ギーン・ギーン・ラー様に提出しました。
 受け取って文書を確かめながら魔神ギーン・ギーン・ラー様は
「あらあら。君主のあなたが家臣に対する安堵状をわざわざ起請文にする必要はなかったのですわよ?
 全く律儀なことね・・・。」
 と、半ば呆れたように仰っいました。
 私はお答えしました。


「はい。安堵状については重々承知に御座いますが、家臣たちの心の不安を取り除くためを思いますれば、私に心変わり、謀略ぼうりゃくなどの二心ふたごころ無いことを示す必要があると存じ、大変、お骨折りになりますが魔神ギーン・ギーン・ラー様への起請文として書かせていただいた次第しだいに御座います。何卒なにとぞよろしくお願い申したてまつります。」

 私の説明を聞いても半ば呆れたような表情をなさっておられましたが、神文の内容を全てお改めになってから「はい。確かに承りましたわ」と、小鳥のようにお美しい声で仰ってヴァレリオ男爵にお返しになられました。
 これで儀式は終了いたしました。
 ・・・が。儀式終了後の事でした。

「あらあら、これで終りですの?
 これでは私、タダ働きですね。
 ねぇ、ラーマ。ちゃんと見返りをご用意しているのかしら?」

 と、魔神ギーン・ギーン・ラー様が少しねたように仰いました。
 た、確かに起請文を神が受け取るという事は、呪いを受け取るということに等しいのですが・・・。元々、魔神ギーン・ギーン・ラー様は我が国の御本尊ごほんぞん。信徒教徒のためにこれくらいは当然、受け入れるのが通例なのですが、どうやら、それでは済まないご様子。
 魔神ギーン・ギーン・ラー様はその長くてお美しい銀の御髪おぐしを指でクルクルと丸めながら、恨めしそうな目でジッと私を見つめます。
 ・・・・・・え~。そんな何も要求せずにじっと黙ったままなんて困ります~。
 と、思ったのですが、魔神ギーン・ギーン・ラー様が黙ったママでおられることに何か意味があるのかと、やがて察した私は、「全員、神殿を出なさい。私と神とだけでお話がありますっ!!」と、家臣団に申し付けると、全員が神殿を去るのを待ってお尋ねしたのです。

「神よ。全ての者を追い払いました。
 ここにはもう、私しかおりませぬ。
 なにか仰りにくいことございましたら、どうぞ、ご遠慮なく私にお申し付けくださりませ。」
 
 膝を折って地に足をつけて深々とこうべを垂れる姿勢で魔神ギーン・ギーン・ラー様に向かいました。
 魔神ギーン・ギーン・ラー様はそんな私に近づくと、両手で私の顔を上げさせながら、潤んだ瞳で言いました。


「こ、ここ、この神殿に、私と明けの明星様が愛し合うシーンの神像を立ててくれませんかっ!!
 そして、未来永劫。私たちの愛を語り継いでいってほしいのですっ!!」

 ・・・・・・は?

「そうですね、複数の神像を並べて物語が進んでいくように見える形がいいですね。
 入り口の壁の方から、出会い。キスシーン。子作りシーン。出産シーン。子育てシーンを象った神像を立てて欲しいのですっ!!」


 ・・・・・・はぁ・・・。
 私もう、付き合っていられません。こんな両目がハートマークになっているような恋する少女(一万歳)の相手なんかしていられませんね。

「ああ。神よ、申し訳ございませんが、今は予算不足なので。
 そうですねぇ・・・。一体分ならできますよ。
 手ぇ繋いで歩いてるシーンで十分でございますわよね?」

「ええ~~っ!! そんなのいや~ん!!
 せめて子作りシーンだけでも・・・ねぇっ、お願いっ!! キスシーンでもいいからっ!!」

 頭おかしいんですか? この魔神様は。
 神殿に子作りシーンなんか置けますかっ!!
 というか・・・。

「そんなの妻の私が許すわけないでしょ―――――――っ!!!」


 な、何故かムキになってしまった私の却下によって、神像はお二人が手を繋いで歩いているシーンに決定してしまったのでした。

 
 


 翌日。内政問題が一つ片付いたというのに未だに多くの問題と向き合っていかねばなりません。
 しかも、全部お金がかかるお仕事ばかりです。
 だというのに魔神様がお金のかかるようなことをいうものですから、さらに難航しそうです。

「あ~。どこかに低金利で沢山お金を融資してくださる方はいないかしら?」

 私が思わずそんな都合のよすぎる愚痴を口にしたときでした。
 執務室の端で魔神ギーン・ギーン・ラー様をはべらせて、二人でいやらしいことをしていた明けの明星様が口を挟んできました。

「外国に金借りたらいいんや。」
 
 でも、簡単にそんなことを言うのでムッとしてしまいました。

「魔王様。御身は高次元の存在ゆえにご理解いただけないかもしれませんが、私ども下々しもじもの者はお金に執着する生き物なのです。
 簡単にお金なんか貸してくれませんし、貸してくれても高利子なんです。高利子でお金を借りてもいいなら、今すぐにでも私はやっておりますっ!!」

 少しきつめの口調の私に対して「旦那様に向かってなんて口の利き方をっ!!」と、魔神ギーン・ギーン・ラー様がお叱りになられました・・・。
 いえ・・・。違いますわね、
 これは明けの明星様に ” あの女と違って、私は貴方の味方です ” とアピールしたいだけですわね。これは・・・。その証拠にわざとらしく明けの明星様に抱き着いて足を絡ませ胸を押し付けておりますもの。その上、目が全然、本気じゃないです。どちらかと言うとちょっと勝ち誇った顔をしています。そうやって自分の方が可愛い女って言いたいんでしょうねっ!!!
 ・・・・・・ああ。そうですか。あとはお二人でイチャイチャやって子供を数百万人でも産んでください。
 私はっ!! もうっ!! 知りませ~んっ!!!

「そんなにねんなよ。
 上手い方法があるんや。」
「ラーマよ。お前、今までずっとルーカに大事にされとったから、国内では姫将軍などと呼ばれてはいても、諸外国との外交の席には立ったことが無く、あんまり顔を知られてない。
 違うか?」

「・・・え? あ、はい。
 確かに私は外交のお仕事にはほとんど関与したことがございません。
 唯一、お父様の叔母が嫁いだ先の国とだけ交流していただけですわね。」

 私がそう説明すると明けの明星様は嬉しそうに御自分の指をパチリと鳴らして仰いました。

そやろそうだろ
 なら、ドンドン外交しろ。お前の美貌が世に知られたら、諸外国はお前を嫁にしようと融資の話を自分からしてくるぞ!?」

「・・・・・・何を仰るのかと思えば・・・。私の外見で誰がそこまでお金を払ってくださるものですかっ!!
 茶化すのなら、そこの女と一緒に出て行ってくださいっ!! どこででも好きなだけイチャイチャしててください。」

 魔王様はこの忙しい時に私を茶化すものだから、私スッカリ理性を失って酷い事を言ってしまいました。
 魔神ギーン・ギーン・ラー様にまで酷い事を言ったので、もしかしたら怒られるかもと思ったのですが、お二人ともポカーンとした表情で私を見つめて固まっておられました。

「あの・・・? 私、そこまで変なこと言いました?」
 
 お二人の態度があまりに意外だった私は不安になって思わず尋ね返したのですが、その質問に対する答えはこうでした。

「あ、あなた。本気で言っているのですか? 
 まさか自分の美貌について、そこまで無自覚だったのですか?」

 ・・・・・・はい?

「いや。そんなことを魔神ギーン・ギーン・ラー様に言われても嫌味にしか聞こえませんけど。
 私も魔神ギーン・ギーン・ラー様くらい美人だったら、もう少し自信が持てたのですが・・・。」


 その反論に明けの明星様は両手を叩いて大笑いされました。

「あははははっ!! お前、そこまで無自覚かっ!!
 ようし、それはえぞっ!! 
 早速、外交を始めいっ!! 
 全ての事業よりも優先してなっ!!」
「これは金になるぞっ!!
 無自覚な女ほど男を誤解させる存在はおらんっ!!
 すぐにお前を妻にめとる条件で金を出すと言ってくる奴らが集まるぞっ!!」

「よう覚えておけっ!! 結婚は金になるんやっ!! 
 結婚は商売やっ!!
 お前ほどの美貌なら、男どもを騙して多額の金を盗み取れるんやっ!!」
「ははははははっ!!」


 魔王様の高笑いが響く執務室で私はキョトンとするばかりでした・・・・・・。



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