魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第2章 新国家「エデン」

第13話 戦後処理

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「ご面倒だったのですわっ!!
 絶対にご面倒だったから、わたくしに押し付けたんですわっ!!」

 失神している間に新国家「エデン」の王女にされてしまった私は執務室に入り浸りの状態で目の前の多事多難に大わらわです。
 まず、何よりも戦後処理です。
 1.父上の葬儀
 2.生き残った兵士、民衆への恩賞
 3.敗残兵を新たにエデンに召し抱える際の知行ちぎょう俸禄ほうろく割り当て
 4.破壊された城や街の再建築費
 5.備蓄食料、および、武器防具の補充

(※知行とは簡単に言うと上級騎士に認められた支配領地の事。俸禄は支配領地をあたえられない騎士に支払われる給料の事。)
 
 単純に考えてもこれだけありますが、これは大変な金額が動く事業です。
 1.の父上の葬儀代は緊縮きんしゅくすることは可能ですが、2.の兵士、民衆への恩賞はお安くするわけにはまいりません。恩賞が少ないと臣民の信頼が得られずに「奉公」の気力がそがれてしまうからです。
 さらに厄介なのは、3.の敗残兵への処遇です。敗残兵だからと言ってあからさまに知行や俸禄を下げ過ぎると生活ができなくなります。そうは言っても元からの我が家臣団より高い知行を与えるわけにもいきません。
 そして新たな家臣の召抱えには家格かかくの問題まで内包しているのです。ジャック・ダー・クーの家臣にも貴族・上級騎士がおりますが、戦勝国の我が国に取り込まれし際には、どうしても我が国の騎士を重用じゅうようし、新たに召抱える敗戦国の貴族の家格をその下に据えねばなりません。しかし、この人事がまた大変で、これまで筆頭貴族だった者達にはその矜持きょうじがございますので、身分を下げられることへの不満は絶大でしょう。我が家の家臣団の家柄との差が軋轢あつれきの元になるのです。
 
 あああああっ!! に、人間関係とか一番嫌な問題ですわっ!!

 それだけでも頭が痛いというのに、4.5.にあるお城の再建費と備蓄物資びちくぶっし補充ほじゅう費の捻出とかどうすればいいのですかっ!
 い、一体、どこにそんな費用がありましてっ!? 敗戦国と攻め込まれて大破した国家を合わせた新国家のどこにそんな費用があるって言うのですか~~っ!!

「ご面倒だったのですわっ!
 絶対にご面倒だったから、私に押し付けられたのですわっ!! 絶対にそうに違いありませんっ!!」
 
 私は二度同じことを言いました。
 それほど大変なのです。
 しかも、問題はこれだけではございません。
 新国家にとって戦後処理と同等に大切になるのが外交問題でございます。
 今、疲弊ひへいしたこの国を攻めることはたやすいと、何処どこの国家も思っているはずですわっ!!
 だから、まずは我が王家と血縁関係を結んでいる国との安保同盟の確認と、ジャック・ダー・クーの家臣を通じて旧国の同盟国との同盟締結を優先しないといけません。

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・あああああっ!! 誰にそんな難しい交渉ができるというのですかっ!!
 我が王家の血筋と数代前に血族関係を結んでいる国家はあるにはありますが、魔族国家ですわよ? ジャック・ダー・クーとの戦いを見た今では単純に信じることは出来ません。
 簡単に裏切る可能性が高く、同族相手にも税率などで不利な条件も突き付けられに決まっていますわっ!!
 でも、外交面をしっかりしていないと、他国から攻め込まれてしまいます。
 決して避けてはいられない問題とはいえ、私、どうすればよろしいんですのっ!?

「ご面倒だったのですわっ!
 絶対にご面倒だったから、私に押し付けられたのですわっ!! 絶対にそうでございますわよねっ!!」

 こんな大変なことを女の細腕ほそうでに押し付けようだなんて、いくらなんでも明けの明星様はひどすぎますわっ!!
 私、連日の激務のせいで精神的にまいってしまって、ついに明けの明星様に直談判いたしました。!!
 だって、私がこんなにも働いているというのに、明けの明星様は遊んでばかりっ!!
 毎日ブラブラ遊び歩いているかと思ったら、魔神ギーン・ギーン・ラー様を女性に変えてご自分の側にはべらせるという奇行にでる始末。元々、魔神ギーン・ギーン・ラー様は性別があやふやな種族の御方で恋愛対象によって性別が変わってしまうそうなのですが、今ではすっかり御変わりになられて闘神のはずの魔神ギーン・ギーン・ラー様がもう内面まで完全に淑女のそれです。元々、男神なのに女性的な美貌を兼ね備えていた御方なので女性になった今の御美しさは男性なら誰でも息を飲むほどです。とはいえ、かつての勇壮な御威光は今はもう見る影もありませんのよっ!! ナヨナヨとシナを作って明けの明星様にべったりです。
 明けの明星様もそんな魔神ギーン・ギーン・ラー様を気に入られているのか、側から離しませんでした。
 全く、破廉恥ですわっ!! 破廉恥ですわっ!! 

 そして今日も今日とてそうやって好き放題の明けの明星様に私、とうとう我慢の限界で、直談判に出て上のセリフを申し上げたのです。

 しかし、私の剣幕にも明けの明星様は動じることなく、全裸姿で魔神ギーン・ギーン・ラー様の膝枕でお酒を飲んでニヤニヤ笑い返してくる始末。

「なにプンスカしてんねん。
 結局は、外交にしろ内政にしろ、金の問題やろがっだろう?
 せやったらだったら、解決方法は簡単やぞ。」

 ・・・・・・。え?・・・・・・か、簡単?・・・・・・うそ・・・。
 私、激務に耐えかねておかしくなってしまったのかしら? 明けの明星様がこんな問題解決するのは簡単だと仰ったように思えてしまいます・・・。

「何ポカンとしてんねん。
 金が問題やったら、金稼いだったらええねんかせげばいい。」

「ど、どど、どうやってですか? 
 魔王様っ!!
 是非ぜひ、愚かな私めにお知恵をお貸しくださりませっ!」

 さすが、明けの明星様。こんな無理難題の解決策をお持ちだなんてっ・・・。私は感激して、すぐに魔王様の御知恵にすがりました。
 ですが、魔王様の御返事は・・・・・・決して許されないものでした。

「商売のルートがあるんやったら、外国に子供売ったらえんや。
 戦争で親失った子がようけたくさんおるやろうが。そいつら売ったらえ値になるで?」

 ・・・
 ・・・・・・な、なんということをっ!! 
 私、明けの明星様の御言葉に思わず絶句してしまいました。

「ええか? 子供はたいして働かんかないくせに性の対象としては高級品や。
 高い値で売れる。此度こたびいくさで親を失った子は大勢おる。
 えらいすごい数の子供がえらいえ値でが売れるで。
  これで問題解決や! 違うか? ん?」

 魔王様はそういうと、魔神ギーン・ギーン・ラー様の御尻を叩いて酒のお代わりを要求します。
 そして、お尻を叩かれた魔神ギーン・ギーン・ラー様は「あんっ!」と嬉しそうに頬を朱に染めながら子猫のような声を上げると、まるで恋女房のように甲斐甲斐かいがいしく魔王様のグラスにお酒を注がれるのでした。魔神ギーン・ギーン・ラー様は、お酒を注ぐ動作をされるときは顔色一つ変えることがございませんでした。まるで、魔王様の非道ぶりを何とも思われておられないようです。
 お二人のご様子を見て、私、本当に自分でもどうしていいのかわらないくらいに怒りがこみ上げてきましたの。

「いいわけがないでしょうがっ!!!」

 私、もう腹が立って理性を失ってしまって、魔神ギーン・ギーン・ラー様から魔王様の御酒の瓶をひったくると魔王様に御渡ししない意思を示すために抱きかかえて反論します。そもそも、こんな大事なお話の時にお酒なんてっ!!

「明けの明星様っ!! 御身は幼子を性の道具にして売り出せと仰いますのっ!!
 仮にそれで大きなお金が手に入ったといたしましょう、しかし、年端の行かない幼子を性の道具にして手に入れたお金で国を再建してそれで胸が張れますか? 子供を残して亡くなられた英霊に恥ずかしくはないのですか?
 私は、そのような非道な振る舞いをしてまで、国を再建いたしたいとは思いませんわっ!!」

 魔神さえ従えてしまう異界の魔王様に大声を上げる私に対して家臣たちは目をまん丸にして慌てふためいておりましたが、魔王様は動ずることはなくこう切り返してこられました。

「ほうか。そんなに幼子が大事か?
 せやったらならば、なんで城外に飢えた子供が溢れとんねんあふれているのだ。まだ未成熟な体のままで町で体売って飯代を稼いどるのは何でや?」

「・・・はい? そ、それは何のお話ですか?」

 私は魔王様のその御言葉に時が止まった思いがしました。
 魔王様の仰ったお言葉の意味は理解できました。理解できましたが、そのようなことがあるはずがあるわけがないのです、・・・ないはずなのです。
 だから、私は震える声で・・・・・・・お尋ねいたしました。

「・・・あ、明けの明星様・・・。
 そ、それは何のお話ですか? 私はキチンと家臣たちに遺児の保護を命じましたし、そのようになされたという報告を受けておりま・・・。」
 
 と、私がそこまで話したところで魔神ギーン・ギーン・ラー様は「事実です。城の外には生活に困窮した遺児を相手に商売をする大人であふれています。」といってさえぎりました。
 魔神ギーン・ギーン・ラー様の小川の小鳥のように澄んだ声、真っすぐ私を見つめる瞳から、私はそれが事実であると認識せざるをえませんでした。
 魔神ギーン・ギーン・ラー様は続けて仰いました。

「ラーマ。あなたはよくやっているわ。
 でも、お外に足を運んで民の苦しみをつぶさに観察いたしましたか?
 家臣の言い分をうのみにして、足をお運びになっていないでしょう? だから見えないのです。
 いいですか? ラーマ。
 あなたはこの国の女王。この国の光なのです。
 人々が苦しんでいる今この時こそ、お外へ出て苦しんでいる人たちに接しなさい。そして苦しみの声を聞いてあげるのです。
 それが何よりもあなたが最初に成し遂げることなのです。」

 ・・・・・・っ!!
 わ、私・・・なんて愚かなことをっ!!
 家臣たちを信じ込み事実確認をすることもなく、忙しさにかまけて今困っている人たちの前に立つこともいたしませんでした。

「ああっ!! わ、私、なんという事をっ!!」

 私は自分の愚かさを知り、涙が止まらなくなりそうになりました。でも、

「また、ピーピー泣くんかいっ!!
 それはあとでなんぼいくらでもできることやっ!!
 今、やるべきことは、子供を救う事や無いんかっ!! まずは王としての責務を果たせっ!!」

 魔王様は私に泣くことさえお許しになられませんでした。
 そして、それはその通りの事なのです。私の涙など、子供の苦しみに比べたら何のこともないのですから。

「総員っ!! 事務手続きなど後回しにして今すぐ私の供をしなさいっ!!
 子供たちを救い出すのですっ!!
 それから、此度こたびのことで私に虚偽の報告をして遺児を放置した者達にはきつい処罰があると心得なさいっ!!」

 私は涙をぬぐう間もなく、城外に飛び出してまいりました。慌ててついてくる家臣団を連れて人身売買の組織を強襲し、子供たちを保護すると城内にかくまい、育てていくことに決めたのでした。



 その晩。初夜ぶりに明けの明星様が私の寝室を訪れました。
 その時の明けの明星様は私を慰めに来てくださっただけということは、そのお優しい眼差しからすぐにわかりました。
 だから、私、すぐに明けの明星様に抱き着いて子供のように声を上げて泣きました。
 そんな私を明けの明星様は包み込むように優しく抱きしめてくださいました。

つらかったやろうな。ええで。今は泣け。
 女の子は泣きたいだけ泣いたらええんや。
 せやけどだけど・・・ようやったよくやった。偉かったぞ。ラーマ。」

 お優しい魔王様。
 それでも私は、未だこの恐怖の魔王様がどれほど恐ろしい魔王様なのか理解することなく、ただただ、その優しい魔王様の御姿にすがるのが精一杯だったのでございます。
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