魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第1章「始まり」

第8話 本性

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 わたくしが明けの明星様の言葉に逆らうのも辛くなり始めた時、つまりはお父様が亡くなったことを理解できるようになった頃。私の目に私たちと共に突き進んできた民衆の姿が写りました。
 誰もかれもが、信じていた王の死に嘆きと哀しみを感じていました。
 ああ、お父様。誰からも慕われていた偉大な王。
 お父様を失って、これからこの国はどうすればいいのでしょうか・・・?
 
 私がお父様を失った悲しみに暮れていると、魔王ジャック・ダー・クーの配下の兵士たちもうなだれていることに気が付きました。
 そうです。彼らもまた指導者を失って途方に暮れているのです。
 私は彼らに対しても、私の民衆と同じ憐れみを感じざるを得ないのでした・・・・・・。


「さぁっ!! 殺しあうがええいいっ!!」


 誰もがうなだれる中、明けの明星様がただ一人、腕を組んだ仁王立ちの姿で叫ばれました。
 

「どうしたっ!? 者共っ!
 お前らはもう王が死んで忘れてしもたんかしまったのか? お前たちの城を凌辱したのが誰なんか?
 お前たちの家族や恋人、友人を蹂躙したのが誰なんか?」
「敵兵共も同じことやで?
 戦いは王が死んだくらいでは終わらんはずや。」

「憎しみの限り戦い続け、
 怒りのままに剣を振り続け、
 欲望のままに敵を蹂躙じゅうりんし、
 敵を根絶やしにするまで恨み続けろっ!!
 それが戦争ってもんやぞっ!! それが魔族ってもんやぞっ!!」

 明けの明星様は舞台に立った役者のように大仰な身振り手振りを交えて、敵を殺せと煽りました。
 敵、味方の区別なく。
 しかし、古来。王が敵兵に打ち取られたら戦争は終わり。その後は政治の仕事となるはずです。
 にも拘らず明けの明星様は、戦争を続けよと煽られたのです。
 ですが・・・。
 ですが。ですが・・・・・・。もはや両国民は自分の王の死に心を痛めてそれどころでは有りません。
 異界の魔王様。明けの明星様。
 貴方あなた様にはそれがお分かりにならないのでしょうね。人が愛する気持ちを。
 もはや、誰も戦争は望んではいません。戦いはここまでです。

 私は幕引きの時が来たと思い、声を上げようとしました。
 魔王ルーカ・シューの一人娘、ラーマ・シューが戦争の終結を宣言すると。此度こたびいくさの罪を両方の王の罪として双方の兵士の罪を問わぬ・・・と。
 ですが・・・・・・。

「誓おうっ!!
 今、この場で最も勇敢な者に王位をやろうとっ!!
 俺が後ろ盾になって新たなる王の活躍を支えてやるとっ!!!
 この俺がやぞだぞ
 つまりは勇敢に闘った者がこの世界の支配者と言っても過言ではないんやぞ?
 栄光を手に入れた者はこの先、もう二度と飢えることも震えること悲しむこともなく、安楽で安全で享楽に満ちた人生を手に入れられるという事や。」
「殺せっ!!
 蹂躙じゅうりんせよっ!!」
「さぁっ!! 始めるがえっ!!
 戦うものに対して敵意をこめて殺せっ!!
 逃げる者も容赦なく追いかけて殺せっ!!
 余《よ》は残酷な死を尊ぶ真の魔王であるっ!!」

 ・・・・・・信じられないものを見た。
 先ほどまであれほど意気消沈していた者たちが目の色を変えて武器を手にもって殺し合いを始めたのです。

「そ・・・そんな・・・。
 い、一体、どうして?
 み、皆、やめてっ!! もう殺しあう必要なんかないのですわよっ!!」

 私は狼狽えながらも戦いを止めようと声を上げましたが、皆は私の声など聞こえない素振りで殺し合いを続けました。
 その様子を見て明けの明星様が嬉しそうに仰いました。

「見るがええ、ラーマ。
 これがこいつらの本性やぞ。自分の幸福の為やったらだったら平気で他人を殺して奪う。
 よう思い出してみぃ。こいつらは自分が助かるために世界を犠牲にして構わんと思った連中やしけーに、だから今のこの惨状は不思議でも何でもないろう?」

 魔王様の言葉に私は絶望して、震える声で言いました。
「私は・・・私の臣民は・・・
 魔王ジャック・ダー・クーの配下の者達も・・・同じ魔族同士。どうして、助け合って生きて行こうと思わないの・・・。」
 ですが、私の絶望の言葉は明けの明星様にとって好ましいものであったらしく、嬉しそうに手を叩いて話します。
「ははははははっ!!
 まったく、お前はこんな連中に囲まれてよくまぁ、そんなお上品に育ったもんや。
 可愛いやっちゃやつだ、お前はホンマに可愛いやっちゃなっ!やつだな!」 

 それから、その御美しいお顔を私の目の前まで近づけて、私の心の奥底を覗き見るようにして仰いました。

「なんで、助け合って生きて行こうと思わんと?
 そんなもん決まっとる。生きるのに必死からや。
 お前と違ってな?
 こいつらはお前とは違う。お前みたいに恵まれた育ちや無い。
 朝起きて必ず飯があるわけやない。
 今日、生きてた友が明日も生きているとは限らん。
 昨日別れた幼馴染が明日の朝には金貨五枚で娼館しょうかんに売られているかもしれん。
 母を亡くした幼子が父親から親の愛を受けずに、性処理の道具として愛されることもある。
 友達と仕事の約束をして、支払日に裏切られて借金を背負う事もある。」
「こいつらはな、お前と違って必死なんや。
 生きるのに必死なんや。
 せやさかいにだから平気で人を裏切る。平気で人から奪う。平気で他人を殺せるんや。
 自分が助かるためやったら動物みたいに後先考えんと自分に利する方に行動する。
 でもな。勘違いしたらいかんでダメだぞ
 貧しくても心清い奴はおる。虐められてても他人に優しくできる奴はいる。」

「よぉ、覚えとけ。ぼんくらのお姫さん。
 これがこいつらの本性じゃっ!!
 情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地が陰るほどに全く、見下げ果てた連中やぞ。」

 魔王様はそこまでいうと、赤い水に汚れた私の体を魔法で作り出した水で洗いあげてくださいました。
 私の体は例によって洗い清められるだけでなく、乾燥までされ、香水の香りまでつけていただきました。
 お優しい魔王様。しかし、こんなお優しい魔王様がつぎに恐ろしいことを口にされたのです。

「ラーマ。お前に今日、もっとも他人を殺したイカれた奴の生皮をいで、その皮で作ったドレスをお前にプレゼントしたろうか? 
 ん?。」

「な。何を仰っていますの?
 な、生皮を剥いでドレスを作る? よくもそんな残酷なことをっ!!」

 これが異界の魔王様の本性だと思い知らされました。
 残酷、無上。身の毛もよだつようなことを堂々と口にする。
 なんて・・・・・・なんて禍々まがまがしい存在。父上は本気でこんな恐ろしい方と交渉できると思っておられたのでしょうか?
 私は魔王様の本性を知ってゾッとして、父上の無謀を知りました。
 そして、それと同時に魔王様から民草と敵兵を守らねばと強く決意いたしました。

「明けの明星様。何を仰っておられるのですか?
 正気ですか? さきほど契約なされたではありませんか?
 もっとも勇敢な者に王位を授けるとっ!!」
 
 そう、魔王様は確かにそうおっしゃった。お約束されたのです。
 お約束されたはずですっ!!
 このお約束がある限り、魔王様とて迂闊うかつなことは出来ないはずです。

「誰が? 誰と? 何の契約を持って約束をしたと言うんや?
 俺はただ、独り言を言うただけや。
 誰とも契約を取り交わしてないで? せやろ?そうだろう?

「なっ・・・!!!」

 悪びれもせずにそう答える魔王様に私は絶句しました。
 魔王。いくら残忍とはいえ、支配者側の人間がこんなに簡単に民草を欺くなんて・・・。
 私のその驚きはやがて怒りに変わり、魔王様にキツく諫言かんげんいたします。(※「諫言」 は目下の人から目上の人に対していさめる発言のこと)

「明けの明星様っ!! 
 御身はそれほどの霊位であるにもかかわらず、民草をあざむこうなどと、お恥ずかしくはないのですか?
 御身に魔王としての矜持きょうじはおありですかっ!?」

 魔王様はお答えになりました。

「アホたれ。先に俺を欺いたのはこいつらや。
 よう思い出せよ。あの神馬しんめ
 あいつら俺が頼みもせんのに、神殿からとってきた馬に俺を乗せたんは、なんでやと思う?」

「え?・・・ そ、それは勿論、・・・明けの明星様に一番の馬をご用意したくて・・・。
 そ、それに御身もあの時は彼等の忠義ぶりをめてくださったではないですかっ!!。」

 そう、私は覚えております。あの時、魔王様に神馬を献上した家臣たちの誇らしい顔を。
 そして、彼らの苦労と忠義ぶりに対して「おう。よしよし。え馬用意したな。白馬というのもええな。」とお声がけくださった。あの時の明けの明星様の美しいの笑顔を・・・。
 ですから当然の返答。私は当然の返答をしたまでです。
 ですが、魔王様はパチパチと私を小馬鹿にするように両手を打ち鳴らしてから仰いました。
「すぐにわかる。
 こいつらが浅知恵の思い付きで何を企んでたのか。俺が何を見透かしてえて奴らを躍らせたのか。
 よう見ておけ、もうすぐ来るぞ。
 俺に天罰を与えんとする者が来るのを。そして、どちらが裏切りの報いを受けるのかをな。」

「・・・はい?」
 魔王様のお言葉の真意も分からぬその時の私は、寝ぼけたような返事を返すのが精一杯でした・・・。
 でも、その真意を理解できる瞬間は、魔王様の仰る通りすぐに来たのでした。
 
 魔王様の命令に従って各々が自分の欲望に従って殺し合いを始めて、しばらくたった時の事でした。
 例によって魔王様のアンテナ・・・・が天に向かってそそり立ったのでした。

「来るぞっ!!」
「きゃああああああああ~~~っ!! もうやだっ!!
 その猥褻わいせつ探知具アンテナ、なんとかしてくださ~~~~いっ!!」
 
 猥褻ですわっ!!! 猥褻ですわっ!!
 こんなエッチなの許してはいけませんわーーーっ!!
 
 緊張感に満ちたお顔の明けの明星様とは裏腹に、このふざけたアンテナに騒ぎ立てる私。
 ですが、明けの明星様の可愛らしいお顔とは不釣り合いに凶暴な黒ヘビは、確かに危険の襲来を予期していました。

 先ず、” 何か ”が私の目の前でぜたのです。
 それが槍だったことは、明けの明星様が右手で作った魔力障壁によってそれ・・を弾き返したあとに起きた爆発のあと、私の目にも確認できたのです・・・・・・。

「きゃああああああああ~~~っ!!」
 とにかく、最初は何が起こったのかはわかりませんでした。その爆発の衝撃に私は目を瞑ったまま大きな悲鳴を上げました。
 そして、悲鳴を上げて、少したってから自分が無傷であることに気が付いて目を開けた時、自分の目の前に明けの明星様が仁王立ちで立ちはだかって、今、何処からともなく現れた敵から私を守って下さっていることに気が付きました。
 どうして、何が起きているのかわからない私が新たに現れた者が敵だと判断できたのかというと、その者が私たちに向けて放つ尋常ではない殺気から敵と判断せざるを得なかったからです。
 そうやって私がようやく何が起きたのか理解できそうになった頃に、天より炎をまとった神槍が降って来て深々と地面に突き刺さったのです。
 それを見たときにようやく私は魔王様が、謎の敵が放った神槍から私を守ってくれたことを理解したのです。

 何故なら私たちの周りで戦いに明け暮れていた民衆が私たちに襲い掛かってきた敵に感づいて、大きな声を上げてこう言ったのです。

「おおっ!! あ、あれはっ!! あのいでたち・・・・は正に伝説の通りっ!!
 魔神ギーン・ギーン・ラー様のおなりだっ!!
 異界の魔王を成敗に来られたのだっ・・・・・・・・・・・・・・・!!」

 民衆は確かに言いました。「異界の魔王を成敗に来られたのだ。」と・・・。
 彼らの声を聞いて私は明けの明星様が仰った「先に俺を欺いたのはこいつらや。」という言葉の意味を知るのでした。
 かなしい・・・。とても哀しい事ですが明けの明星様のお言葉は正しかったのです。
 これが・・・私の臣民の本性だったのです。
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