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第1章「始まり」
第7話 契約不履行
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「明けの・・・明星ですか・・・?」
異界の魔王様はご自身の事を「明けの明星」と呼ぶようにご命令なされました。
どう考えてもそれが魔王様のご本名とは思えないので、私は魔王様にご質問させていただきました。
「なるほど、仮りのお名前ですね。
真のお名前は秘匿なされる必要があるという事ですか・・・?」
魔王様は私の問いかけに対して怒ることなくお答えくださいました。
「なに。それほどの事や無いて。
さっきも言うたけど、今の俺は本来の俺や無い。
俺はホンマもんの俺がどうにかこの世に這い出ることができた一部にすぎん。
ようは絞りカスや。
せやから俺の名前はこれで良えんや。」
そういって悪戯っぽい笑顔を浮かべる明けの明星様はとても可愛らしかったのですが・・・。
その顔があまりにも愛らしすぎたので私、ちょっと意地悪したくなりましたの。
大げさに「はあっ・・・。」と、ため息をついてから・・・・・・
「言いにくいですけど・・・微妙な通り名ですね。
明けの明星って・・・。」
と言ってあげると、魔王様は大慌てで否定されます。
子供みたいにムキになって・・・。
「な、なんやとっ!!
コードネームみたいでカッコええやんけっ!!
コードネーム「明けの明星」!! ほれっ!! 声に出してみぃっ!!
めっちゃカッコええやろうっ?」
必死過ぎて・・・か、可愛いですわぁ~~~っ!!
大きなブルーの瞳は困り眉と一緒に垂れ下がり、必死に自分のカッコよさをアピールするとか、もう本当に天使のように可愛らしいですわっ!!
こうなったら、もっと意地悪したくなります。さっきは私のおもらしの事で散々笑いものになさいましたし、おあいこですわよね?
「もうっ。・・・なんなんですか、コードネームって?
それってカッコいいんですか?」
これはキツイ。これを言われたら男の子はきっとたまらないのでしょうね?
そう思える一言を言ってしまうと、魔王様は目に涙を一杯溜めたまま悔しがりました。
「うっ、うううううっ!!
あ、ああああ、アホたれっ!! お前なんか嫌いじゃっ!!
そもそも明けの明星は、俺の真名の一つやぞっ!! 失礼も大概にせいやっ!!」
「あっ。それはご無礼仕りました。明けの明星様」
「かああああーーーーっ!!! む、ムカつくぅ~~~~っ!!!
おどれ、それ絶対にさっきのションベンの話の仕返しやろっ!!」
ぎくっ・・・・・・。
「そ、そそそ、そんなことありませんわよ。
気のせいですわ、気のせい。」
などと、私と明けの明星様が楽しく歓談していると、父上が声を上げました。
「しゃ、喋ってないで、さっさと助けてくれっ!!
明けの明星よっ!!
余は盟約を果たしましたぞ、さぁ、お助け下さりませっ!!
こ、このままでは死んでしまうっ!!」
父上が辛抱溜まりかねて大きな声を上げられました。
「あらあら、お父様。死んでしまうなんて大げさですわよ?
傷と痛みは魔力で防いでおられるご様子ですし、明けの明星様のお力なれば、今際の際ですら、完全に回復できることは間違いありません。
ねっ? 明けの明星様。」
私がそういって父上をお慰めしてから魔王様を見つめると、魔王様は不敵な笑みを浮かべながら
「出来るとも。
俺の力やったら、たとえお前が冥府への道を歩み出した最中でも、何もなかったみたいに生き返らしたるわ。」
そう仰いました。そのときの魔王様の剣呑な空気に私は嫌な空気を感じつつも催促をしてみました。
「で、ですわよね?
では、魔王様?」
そういって我が右手を差し出して父上の助命をお願いしました。
ですが・・・。
「・・・・・・・。」
「・・・魔王様?・・・明けの明星様?」
魔王様は腕を組んだまま微動だにせず、父上の傷を治す気配すらありませんでした。
ど、どうされたのでしょうか?
魔王様はどうして傷を治してくれないのでしょう?
私はすっかり困り果てて、もう一度魔王様に「どうぞ、お願いいたします。」と、お願い申し上げると魔王様は「はっ」と鼻でお笑いになってから問い返されました。
「お願いしますって、なにをや?」
その冷たいお返事と冷たい視線に私は嫌なものを感じつつもさらにお願いしました。
「な・・・何をって・・・父上の傷を治して・・・下さい。」
「治す? お前の父を? 俺が?
なんでそんなことをせにゃならんねん?」
・・・・・・えっ・・・?
その一言に私は呆然とし、父上は怒りました。
「盟約があるはずだっ!
確かに御身と契約いたしましたぞっ!! この世界を御身に捧げる代わりに私と一族郎党の命を保証するとっ!」
そう言って父は瀕死の体に鞭打って問い詰めます。そうです。本来なら、魔王様は文句も言わずに我が父上や領民の傷を癒してくださるはずっ!! そういうお約束をしているはずでございます。
なのに、なのに。なのにっ!! 魔王差はそれを拒否なさったのです。
しかも私たちが想像もしていなかったことを続けてこうも仰いました。
「おい、ルーカ。お前何か勘違いしてへんか?」
勘違いしていないか・・・? その意外な一言に私達親子は声を合わせて「勘違い?」と聞き返してしまいました。
「そうや。
お前と俺の契約は俺が世界を滅ぼすが、お前の一族郎党の命は免除するという内容や。
その傷は誰につけられたんや?
俺や無いわな? そしたらお前のその傷については俺には何の責任も無いわ。
お前らが同族で殺しあおうが、そこで命落とそうが、俺のあずかり知らん話や。」
「つまり・・・俺がお前の傷を治す理由はないっちゅーことやねん。わかるかぁ?」
魔王様は、ゾッとするように冷酷な笑みを浮かべてそう言ったのです。
「や、約束したはずだっ!
契約したはずだっ!! 高位の者が契約を反故にしたら、契約違反によって重大な罰則を受けるぞっ!!
これは霊位が高位であればあるほど、罰則は強くなるっ!! 御身ほど高位の存在なれば、ただでは済まぬがよろしいかっ!?」
父上は契約をもう一度持ち出して、半ば脅迫めいた言葉で明けの明星様に傷の手当てを迫った。
ですが・・・。
「愚かやなぁ。お前は。まだわからんのかい?」
「そうやな、証拠を見せたろう。」
明けの明星様は呆れたように笑いながら、天に向かって拳を突き上げると宣言為されました。
「契約に対して誓おうっ!!
俺は俺の意思を持って、お前の今の傷は絶対に治さんっ!!」
契約に対して誓う。呪術的効果のある契約に対して約束を反故にするような発言をすれば、直ちに罰則を受ける。明けの明星様ほど高位の存在がそのような真似を成されれば、恐らくただでは済まなかったはず。
しかし・・・・・・。いつまでたっても明けの明星様に罰則は下されなかったのです。
「そ・・・そんな・・・。
なぜ?」
父上は瀕死の体の上に生き残る唯一の手段が失われてしまったことに絶望して、気力を失ったようにぐったりとしてしまわれました。
「ああっ!! い、いけませんっ!!
お父様っ!! お気を確かにっ!! 気力が萎えたら魔力を練れなくなります。
傷を誤魔化しきれなくなったら、本当に死んでしまいますわっ!!」
私は慌てて明けの明星様にお願いしました。
「お願いいたします。魔王様っ!!
魔王様っ!!
父上を・・・・・・お父様を助けてっ!!!」
私の必死の懇願は明けの明星様の「ならんっ!!」の一言で却下されました。
「俺はそもそも、この世界と引き換えに自分たちだけ助かろうとする貴様らのような畜生は嫌いやっ!!
ラーマっ!! 例えそなたの願いであってもそれだけはアカンっ!! 絶対に許さんっ!!」
明けの明星様の一言に父上は何かに気が付かれたようで再び目に生気が戻り、瀕死の重体であったにもかかわらず、立ち上がって明けの明星様に物申されました。
「さらなる契約を求むっ!!
御身は我が娘ラーマに御執心のご様子っ!! なれば我は最愛の娘を御身に譲り渡すっ!! 引き換えにわが命、お救いくだされっ!!
人身御供はその者が大切であればあるほど価値が高まることを御身もご存じでござろうっ!!
命を賭して契約を求めんっ!!」
父上がそう宣言なさいますと、明けの明星様は、無言で右の掌を握り締める仕草をなさいました。
それと同時に・・・
お父様がおられた空間が何かにごっそり抉られたように潰れ、お父様の御姿も空間と共に消えてしまい・・・
・・・・・あとには地面に真っ赤なお池が残るのみでございました。
「お・・・・・・お父様?」
私は立ち上がってフラつく足どりでお父様が消えた赤いお池に立ち進み、必死になって池の水を漁ってお父様を探します。
「お父様?
お父様?・・・・・・どこへいらっしゃったのですか? お父様・・・?」
バシャバシャと音を立てて赤いお池のお水を漁りますが、お父様の御姿は見えません。
いくら探しても見えないお父様をお探しする私に向かって、明けの明星様は意味の分からないことを仰いました。
「もうやめや。お前の父親が潰れて消えたんわ、お前が一番わかってるはずやで?
そうでなければ、お前はそんなに狼狽えるわけないやろ。」
「何が起こったか、わかってるはずやで? お前が一番・・・。」
明けの明星様はそうおっしゃって赤いお池のお水を漁る私の手を握ってお止めになられました。
「・・・・・・私が一番わかっている?
何をでございますか? 私は、お父上の行く先すらわからずに狼狽える身でございます。
そんな私に何がわかるとおっしゃいますの? 明けの明星様っ・・・。
もし、お父様の行く先を御存知なら教えてくださいませ。」
うつろな瞳の私の逃避を明けの明星様はお許しにはなられませんでした。
「お前の父ルーカ・シューは死んだ。
今、この場で俺が殺した。」
明けの明星様・・・・・・。何を仰っておられますの?
「でも、明けの明星様。
それならば、明けの明星様に契約違反の罰則が来ているはずですわ。
御身を滅ぼすほどの契約違反の罰則が・・・。」
そう、そうなのです。高位の存在程、魂の契約違反を犯せば強い罰則を受けるはず。
なのに明けの明星様は無傷です。だったら・・・・・・お父様は無事なはずですっ!!
「俺に今、契約違反の罰則が来ないのは当然や。
何故だかわかるか?
奴は俺の復活を約束した。せやけどお前の父は契約を果たせんかったんや。
そう、つまり俺は100分の一しか復活できんかったんや。これが契約不履行でなくて何になる?
俺は最初から、いつでもあいつを殺せたんや。」
「それをホンマにさっきまで殺さなかったのは、なんでかわかるか?
ラーマ。我が妻よ。お前がそれを望まないことを俺は察したからや。」
わかりません。さっきから、明けの明星様は何を仰っておられますの?
意味が解りません。
「にもかかわらず、あいつはお前を犠牲にしようと抜かしたんやで?
”お父様” ”お父様”って、アホみたいに狼狽えておらんと、現実見んかいっ!!」
「あいつは、お前のお父様なんかや無いっ!!
お前の飼い主やっ!!」
その一言に私は正気を失って魔王様のお顔を引っ叩きました。
「違うっ!
違うっ!! お父様だもんっ!! お父様だもんっ!!」
「お父様だもんっ!!」
「だって、お父様は私の事を ” 最愛の娘 ” って言ってくださったもんっ!!
優しくしてくれたもんっ!!
生まれてからこれまでずっと大切に大切に育ててくれたもんっ!!」
私は泣きじゃくって明けの明星様にわめきたてましたが、明けの明星様は少しもお怒りならずに諭すように言います。
「それは家族に対する愛ではないんや。
お前は奴に育てられた供物。お前へ向けられた愛情はそういう類のものなんや。」
違う・・・。違う・・・。
違うっ!! 違うっ!! 違うっ!! 違うっ!!
違うっ!! 違うっ!! 違うっ!! 違うっ!!
違うっ!! 違うっ!! 違うっ!! 違うっ!!
「愛してるって言ったもんっ!!
今までずっと、愛してるって言ってくれて育ててくれたもんっ!!」
「返してっ!! 私のお父様を返してっ!!」
子供のように泣きじゃくって明けの明星様に縋り付くわたくしを魔王様は優しく抱きしめながら、
「アホなやっちゃ・・・ホンマにお前は救いようのないほど、哀れで・・・。アホなやっちゃ・・・。」
と、何度も何度も仰ったのです。
異界の魔王様はご自身の事を「明けの明星」と呼ぶようにご命令なされました。
どう考えてもそれが魔王様のご本名とは思えないので、私は魔王様にご質問させていただきました。
「なるほど、仮りのお名前ですね。
真のお名前は秘匿なされる必要があるという事ですか・・・?」
魔王様は私の問いかけに対して怒ることなくお答えくださいました。
「なに。それほどの事や無いて。
さっきも言うたけど、今の俺は本来の俺や無い。
俺はホンマもんの俺がどうにかこの世に這い出ることができた一部にすぎん。
ようは絞りカスや。
せやから俺の名前はこれで良えんや。」
そういって悪戯っぽい笑顔を浮かべる明けの明星様はとても可愛らしかったのですが・・・。
その顔があまりにも愛らしすぎたので私、ちょっと意地悪したくなりましたの。
大げさに「はあっ・・・。」と、ため息をついてから・・・・・・
「言いにくいですけど・・・微妙な通り名ですね。
明けの明星って・・・。」
と言ってあげると、魔王様は大慌てで否定されます。
子供みたいにムキになって・・・。
「な、なんやとっ!!
コードネームみたいでカッコええやんけっ!!
コードネーム「明けの明星」!! ほれっ!! 声に出してみぃっ!!
めっちゃカッコええやろうっ?」
必死過ぎて・・・か、可愛いですわぁ~~~っ!!
大きなブルーの瞳は困り眉と一緒に垂れ下がり、必死に自分のカッコよさをアピールするとか、もう本当に天使のように可愛らしいですわっ!!
こうなったら、もっと意地悪したくなります。さっきは私のおもらしの事で散々笑いものになさいましたし、おあいこですわよね?
「もうっ。・・・なんなんですか、コードネームって?
それってカッコいいんですか?」
これはキツイ。これを言われたら男の子はきっとたまらないのでしょうね?
そう思える一言を言ってしまうと、魔王様は目に涙を一杯溜めたまま悔しがりました。
「うっ、うううううっ!!
あ、ああああ、アホたれっ!! お前なんか嫌いじゃっ!!
そもそも明けの明星は、俺の真名の一つやぞっ!! 失礼も大概にせいやっ!!」
「あっ。それはご無礼仕りました。明けの明星様」
「かああああーーーーっ!!! む、ムカつくぅ~~~~っ!!!
おどれ、それ絶対にさっきのションベンの話の仕返しやろっ!!」
ぎくっ・・・・・・。
「そ、そそそ、そんなことありませんわよ。
気のせいですわ、気のせい。」
などと、私と明けの明星様が楽しく歓談していると、父上が声を上げました。
「しゃ、喋ってないで、さっさと助けてくれっ!!
明けの明星よっ!!
余は盟約を果たしましたぞ、さぁ、お助け下さりませっ!!
こ、このままでは死んでしまうっ!!」
父上が辛抱溜まりかねて大きな声を上げられました。
「あらあら、お父様。死んでしまうなんて大げさですわよ?
傷と痛みは魔力で防いでおられるご様子ですし、明けの明星様のお力なれば、今際の際ですら、完全に回復できることは間違いありません。
ねっ? 明けの明星様。」
私がそういって父上をお慰めしてから魔王様を見つめると、魔王様は不敵な笑みを浮かべながら
「出来るとも。
俺の力やったら、たとえお前が冥府への道を歩み出した最中でも、何もなかったみたいに生き返らしたるわ。」
そう仰いました。そのときの魔王様の剣呑な空気に私は嫌な空気を感じつつも催促をしてみました。
「で、ですわよね?
では、魔王様?」
そういって我が右手を差し出して父上の助命をお願いしました。
ですが・・・。
「・・・・・・・。」
「・・・魔王様?・・・明けの明星様?」
魔王様は腕を組んだまま微動だにせず、父上の傷を治す気配すらありませんでした。
ど、どうされたのでしょうか?
魔王様はどうして傷を治してくれないのでしょう?
私はすっかり困り果てて、もう一度魔王様に「どうぞ、お願いいたします。」と、お願い申し上げると魔王様は「はっ」と鼻でお笑いになってから問い返されました。
「お願いしますって、なにをや?」
その冷たいお返事と冷たい視線に私は嫌なものを感じつつもさらにお願いしました。
「な・・・何をって・・・父上の傷を治して・・・下さい。」
「治す? お前の父を? 俺が?
なんでそんなことをせにゃならんねん?」
・・・・・・えっ・・・?
その一言に私は呆然とし、父上は怒りました。
「盟約があるはずだっ!
確かに御身と契約いたしましたぞっ!! この世界を御身に捧げる代わりに私と一族郎党の命を保証するとっ!」
そう言って父は瀕死の体に鞭打って問い詰めます。そうです。本来なら、魔王様は文句も言わずに我が父上や領民の傷を癒してくださるはずっ!! そういうお約束をしているはずでございます。
なのに、なのに。なのにっ!! 魔王差はそれを拒否なさったのです。
しかも私たちが想像もしていなかったことを続けてこうも仰いました。
「おい、ルーカ。お前何か勘違いしてへんか?」
勘違いしていないか・・・? その意外な一言に私達親子は声を合わせて「勘違い?」と聞き返してしまいました。
「そうや。
お前と俺の契約は俺が世界を滅ぼすが、お前の一族郎党の命は免除するという内容や。
その傷は誰につけられたんや?
俺や無いわな? そしたらお前のその傷については俺には何の責任も無いわ。
お前らが同族で殺しあおうが、そこで命落とそうが、俺のあずかり知らん話や。」
「つまり・・・俺がお前の傷を治す理由はないっちゅーことやねん。わかるかぁ?」
魔王様は、ゾッとするように冷酷な笑みを浮かべてそう言ったのです。
「や、約束したはずだっ!
契約したはずだっ!! 高位の者が契約を反故にしたら、契約違反によって重大な罰則を受けるぞっ!!
これは霊位が高位であればあるほど、罰則は強くなるっ!! 御身ほど高位の存在なれば、ただでは済まぬがよろしいかっ!?」
父上は契約をもう一度持ち出して、半ば脅迫めいた言葉で明けの明星様に傷の手当てを迫った。
ですが・・・。
「愚かやなぁ。お前は。まだわからんのかい?」
「そうやな、証拠を見せたろう。」
明けの明星様は呆れたように笑いながら、天に向かって拳を突き上げると宣言為されました。
「契約に対して誓おうっ!!
俺は俺の意思を持って、お前の今の傷は絶対に治さんっ!!」
契約に対して誓う。呪術的効果のある契約に対して約束を反故にするような発言をすれば、直ちに罰則を受ける。明けの明星様ほど高位の存在がそのような真似を成されれば、恐らくただでは済まなかったはず。
しかし・・・・・・。いつまでたっても明けの明星様に罰則は下されなかったのです。
「そ・・・そんな・・・。
なぜ?」
父上は瀕死の体の上に生き残る唯一の手段が失われてしまったことに絶望して、気力を失ったようにぐったりとしてしまわれました。
「ああっ!! い、いけませんっ!!
お父様っ!! お気を確かにっ!! 気力が萎えたら魔力を練れなくなります。
傷を誤魔化しきれなくなったら、本当に死んでしまいますわっ!!」
私は慌てて明けの明星様にお願いしました。
「お願いいたします。魔王様っ!!
魔王様っ!!
父上を・・・・・・お父様を助けてっ!!!」
私の必死の懇願は明けの明星様の「ならんっ!!」の一言で却下されました。
「俺はそもそも、この世界と引き換えに自分たちだけ助かろうとする貴様らのような畜生は嫌いやっ!!
ラーマっ!! 例えそなたの願いであってもそれだけはアカンっ!! 絶対に許さんっ!!」
明けの明星様の一言に父上は何かに気が付かれたようで再び目に生気が戻り、瀕死の重体であったにもかかわらず、立ち上がって明けの明星様に物申されました。
「さらなる契約を求むっ!!
御身は我が娘ラーマに御執心のご様子っ!! なれば我は最愛の娘を御身に譲り渡すっ!! 引き換えにわが命、お救いくだされっ!!
人身御供はその者が大切であればあるほど価値が高まることを御身もご存じでござろうっ!!
命を賭して契約を求めんっ!!」
父上がそう宣言なさいますと、明けの明星様は、無言で右の掌を握り締める仕草をなさいました。
それと同時に・・・
お父様がおられた空間が何かにごっそり抉られたように潰れ、お父様の御姿も空間と共に消えてしまい・・・
・・・・・あとには地面に真っ赤なお池が残るのみでございました。
「お・・・・・・お父様?」
私は立ち上がってフラつく足どりでお父様が消えた赤いお池に立ち進み、必死になって池の水を漁ってお父様を探します。
「お父様?
お父様?・・・・・・どこへいらっしゃったのですか? お父様・・・?」
バシャバシャと音を立てて赤いお池のお水を漁りますが、お父様の御姿は見えません。
いくら探しても見えないお父様をお探しする私に向かって、明けの明星様は意味の分からないことを仰いました。
「もうやめや。お前の父親が潰れて消えたんわ、お前が一番わかってるはずやで?
そうでなければ、お前はそんなに狼狽えるわけないやろ。」
「何が起こったか、わかってるはずやで? お前が一番・・・。」
明けの明星様はそうおっしゃって赤いお池のお水を漁る私の手を握ってお止めになられました。
「・・・・・・私が一番わかっている?
何をでございますか? 私は、お父上の行く先すらわからずに狼狽える身でございます。
そんな私に何がわかるとおっしゃいますの? 明けの明星様っ・・・。
もし、お父様の行く先を御存知なら教えてくださいませ。」
うつろな瞳の私の逃避を明けの明星様はお許しにはなられませんでした。
「お前の父ルーカ・シューは死んだ。
今、この場で俺が殺した。」
明けの明星様・・・・・・。何を仰っておられますの?
「でも、明けの明星様。
それならば、明けの明星様に契約違反の罰則が来ているはずですわ。
御身を滅ぼすほどの契約違反の罰則が・・・。」
そう、そうなのです。高位の存在程、魂の契約違反を犯せば強い罰則を受けるはず。
なのに明けの明星様は無傷です。だったら・・・・・・お父様は無事なはずですっ!!
「俺に今、契約違反の罰則が来ないのは当然や。
何故だかわかるか?
奴は俺の復活を約束した。せやけどお前の父は契約を果たせんかったんや。
そう、つまり俺は100分の一しか復活できんかったんや。これが契約不履行でなくて何になる?
俺は最初から、いつでもあいつを殺せたんや。」
「それをホンマにさっきまで殺さなかったのは、なんでかわかるか?
ラーマ。我が妻よ。お前がそれを望まないことを俺は察したからや。」
わかりません。さっきから、明けの明星様は何を仰っておられますの?
意味が解りません。
「にもかかわらず、あいつはお前を犠牲にしようと抜かしたんやで?
”お父様” ”お父様”って、アホみたいに狼狽えておらんと、現実見んかいっ!!」
「あいつは、お前のお父様なんかや無いっ!!
お前の飼い主やっ!!」
その一言に私は正気を失って魔王様のお顔を引っ叩きました。
「違うっ!
違うっ!! お父様だもんっ!! お父様だもんっ!!」
「お父様だもんっ!!」
「だって、お父様は私の事を ” 最愛の娘 ” って言ってくださったもんっ!!
優しくしてくれたもんっ!!
生まれてからこれまでずっと大切に大切に育ててくれたもんっ!!」
私は泣きじゃくって明けの明星様にわめきたてましたが、明けの明星様は少しもお怒りならずに諭すように言います。
「それは家族に対する愛ではないんや。
お前は奴に育てられた供物。お前へ向けられた愛情はそういう類のものなんや。」
違う・・・。違う・・・。
違うっ!! 違うっ!! 違うっ!! 違うっ!!
違うっ!! 違うっ!! 違うっ!! 違うっ!!
違うっ!! 違うっ!! 違うっ!! 違うっ!!
「愛してるって言ったもんっ!!
今までずっと、愛してるって言ってくれて育ててくれたもんっ!!」
「返してっ!! 私のお父様を返してっ!!」
子供のように泣きじゃくって明けの明星様に縋り付くわたくしを魔王様は優しく抱きしめながら、
「アホなやっちゃ・・・ホンマにお前は救いようのないほど、哀れで・・・。アホなやっちゃ・・・。」
と、何度も何度も仰ったのです。
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