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ネットカフェ

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 プリムラが丈の短いジャケットを羽織って着替えを終えた。

 俺も今日はジャージじゃなくて昨日買った服を着る。あまりしっくりこないがこんなものか。

 早速、迷宮へ出かけたいところだがその前に練習することがあった。

「ベールの使い方を教えてくれ」

 年甲斐にもなくわくわくするやつ。魔法だもんな。

「本来は教えるものではないんだけど」

 自然に覚える系の魔法なのか。

「魔力には自信がある」
「さすがご主人様」

 魔力増加の才能があるからな。たぶん。

「で、何をすればいい?」
「まずは魔力の流れを意識するの」

 いきなりわからないことを……。

「魔力器官がどこにあるかぐらい知ってるわよね?」

 そんな当たり前のように言われてもな。

「心臓の隣にあるのよ」

 なるほど、心臓の隣というとここか、とプリムラの右乳を触るとジト目で睨まれた。

 練習中はスケベ禁止らしい。仕方ないので自分の胸を触る。

 あれ……?

 右左右左と胸の上で手を移動させる。鼓動が二つある気がするな。

 プリムラを見ると頷かれた。これが魔力器官? 俺はいつの間にか人間をやめていたのか。

「鼓動を意識しながら魔力を感じてみて」

 魔力器官なんて名前だしここから魔力が作られるんだと思うが、中々つかめない。

「……」

 集中してもさっぱりだ。そもそも一朝一夕で覚えられるものなのか。でも、習得せずに迷宮へは入りずらい。ゲームみたいにほいほい死ぬわけにはいかなかった。

 もしかしたら、ゲームと同じく復活する可能性だってあり得る。しかし、それを確認する方法は死ぬしかないのだ。そう、元の世界と同じように。だったら安全策をしっかり取るだけだった。

 つまり、魔力の使い方を学ぶしかないんだが。

「うーん……」

 まったくピンとこない。

 やり方がダメなのか、魔力の存在を信じられない固定観念がダメなのか。微妙に唸っていると後ろからプリムラに抱きつかれた。

「あたしが魔力を流すから、それを感じてみて」

 そう言い両手を握ってきて指を絡められる。感じるのはプリムラのぬくもりだ。再びスケベ心が燃え上がってきた。

「ご主人様、集中して」

 集中、集中……ぬくもり以外に感じるもの……。

 その時、ちくりと右胸が痛んだ。釣り針が引っかかって、何かを引きずり出そうとしているとでも言えばいいのか。とても気持ちが悪かった。

 手に力がこもる。そして、プリムラの手からも反応が返ってきた。それはぬくもりではないまったく別の感覚。ひんやりと冷たく、どこか痺れるような……。

 身体の中を引っ掻きながら這い回る。それが胸にまでやってきた。次の瞬間、蒼白い炎の揺らめきが身体から噴出した。

「おぉ……?」

 なんだこれ。

 プリムラが手を離して正面に立った。

「これだけ魔力がはっきりと見えるなんて……」

 そんなまじまじと見られても。

 スーパーなあれになった気分だ。そういえば、子供の頃に鏡を見ながら頑張ってた時期もあったっけ。その時の経験が生きたな。

「で、これはどうすれば収まるんだ?」
「魔力を出し切れば収まると思うわよ」

 ……他のプランを頼む。

「魔力の流れはわかったでしょ?」
「なんとなく」
「鼓動を止めるとでも言えばいいのかしら」

 死ねと?

「実際に止めるんじゃなくて、そういう意識を持つの」

 鼓動か……。

 右胸に手を当てて鼓動を意識する。目をつぶって深呼吸。少しすると、異常なほど早かった脈動も落ち着いてきた。

 深く呼吸を繰り返すこと十数回。目を開けると蒼白い炎は身体から消えていた。

「収まったかな」

 手に力を入れてみると軽く痛みが走る。そして、プリムラが頬にキスをしてきた。ご褒美?

「筋肉痛みたいに感じるんだが」
「推測だけど、今まで使っていなかった経路に魔力が流れたからじゃないかしら」

 なんとなく理解はできる。使ってなかった、というより今までそんなものなかったはずだし。

「今から迷宮に行くの?」
「そのつもりだ」
「身体の調子が万全じゃないなら、明日でもいいと思うわよ」

 まあ、言うほど痛くないしな。

「軽く下見程度に行ってみたい」
「それならまずはネットカフェね」



 ◇



 目の前にはモニターと一体型の古めかしいパソコンとキーボードが置かれている。ソファーは二人がゆったり座れるほどに大きい。完全個室でプライベートな空間だ。

 元の世界でネットカフェに行ったことはなかったが、想像していた通りの場所と言ってもいいぐらいにしっくりくる。一時間五百ディルで、無料のコーヒーが一杯ついてきた。ちょっと味は薄めだけれどまずくはないな。

 この世界でもパソコンを使えるのかと期待したが、全てはプリムラ任せだ。馴染みのないキーボードすぎて俺にはハードルが高すぎた。

 そして、電源をつけてもモニターは黒いままで緑色のアンダーバーが点滅するだけ。どうやら全てをコマンドで操作するようだ。当然のようにマウスがないし。

 プリムラはカタカタと両手でキーボードを叩く。それほど早くはないが、人差し指打法ではなかった。ある程度は使い慣れている様子が頼もしい。

「迷宮へ行く前に調べるのが常識なのか?」
「階層ごとに出るストレンジや地図が載っているサイトがあるから、見ておくべきね」

 攻略サイトかよ。

 プリムラがエンターに当たるらしいキーを小気味良く鳴らすと、モニターに訳のわからない文字が流れる。不便だなぁ……。

「確か、この街の名前はラガーシュシティだったかしら」

 独り言のように呟く。俺に聞いても無駄だということはわかっていると。

「迷宮の名前は、モラキエル……」

 ああ、俺に説明してくれている可能性もあるのか。

「一階層は一種類のストレンジしかいないわね」
「弱いやつ?」
「機械タイプのボディポットが出るみたい」

 ふむ、わからん。

「機械タイプというのは?」
「ストレンジは機械と生物に、それにそれぞれの特徴を持つ機械生物がいるの」

 機械だとモンスターって感じがしないな。

「どっちのタイプも魔力をエネルギーとして動いているんだけど、違いはベールを使うか使わないかね」

 プリムラはキーボードを叩きながら続ける。

「ベールを使うのが生物タイプ。魔力をベールに割く分、攻撃力は下がるけど耐久力が高くなる。ベールを使わない機械タイプは魔力を攻撃に集中できる分、一撃が強力なことが多いわ」

 機械の方がもろいのか。イメージとは逆だった。

「機械生物はどっちつかずね。地図が出たわよ」

 どれどれ、ってアスキーアートっぽい。文字で地図が出来上がっていた。昔のゲームってこんな感じだったんだっけ、みたいな。

「プリムラ、覚えられるか?」
「無理ね。携帯端末があれば保存して持っていけるんだけど」

 印刷機とかあればいいんだが。紙に書くのも時間がかかりそうだし。

「携帯端末の値段は?」
「十万ディルはするんじゃないかしら」

 それなりにお高いなぁ……。

「あたし、鼻は利くからある程度は大丈夫だ思う」

 さすが猫人族。信用させてもらおう。
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