透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ

文字の大きさ
上 下
39 / 39
エピローグ

新しい物語はここから

しおりを挟む

 そわそわとした委員の時間が終わり、私たちはお互い肩を叩いて健闘を祈りあって別れた。

 校舎を抜けてグラウンドに向かうと、制服姿の駆が立っていた。夕日に照らされた髪の毛が透けて、揺れている。

「ごめん、待たせちゃった?」
「ううん。今俺も終わったとこ」

 駆から土とほんの少し汗の匂いがする。進級する少し前に駆は野球部に入った。「俺が、好きなことをやってみようかな」ということらしい。
 
「行きますか」
「そうだね」

 時刻は十七時半。あと三十分で、私たちの物語に本当の意味で決着がつく。
 私たちの物語が始まった公園で、一緒に結果を見ることにしていた。
 
「期待してなかったはずなのに、期待しちゃってる俺がいる」
「わかる」
「絶対無理だからダメ元で、って思ったくせになー」
「わかる」

 考えないようにしていたのに、ここ数日は結果ばかり気になってLetter以外のSNSも見てしまっていた。
 Letterで投稿しているひとたちが、同じようにそわそわしている様子を見ては、同じくどきどきしてしまっていたのだ。
 言葉少なに私たちは、あの日の公園に入った。

 橙色が溶けて、赤紫から青紫に移ろっていく。グラデーションの空の下で。
 私たちはベンチに座って、その時を待つ。


 結果はLetterアプリ内で、Letter公式アカウントから発表される。
 小説部門から数作、Letter部門から百作。受賞作品をリアルタイムでリポストしていく、参加者にとっては実に胃が痛い発表方法だった。


 公園の時計が十八時を告げる。


『それでは、受賞作を発表していきます。まずはLetter部門から……!』

 Letter公式アカウントがそう呟くとすぐに受賞一作目がリポストされる。
 ……ああ、私もお気に入りの作家さんの、特別好きな作品だ!
 
 これは選ばれるべき作品だ!
 そう思う興奮と自分が選ばれなかったやるせなさが入り混じった感情が芽を出す。

 自分が息を飲みこむ音すら聞こえてしまいそうだ。


「これ、緊張やばいな」
「駆はLetter部門応募してないのに?」
「そうなんだけど、そりゃ緊張するよ」

 駆が私よりもずっと緊張しているから、少しだけ固くなった身体が和らぐ。

 その間にも次々とリポストされていく。

「あれ、今何作? もう五十くらいいってる?」
「かも」

 Letter部門はその気軽さもあり、二万作以上の応募があったといわれている。
 リポストがあれば、自分のアカウントに通知が来る。


「……来て、お願い」


 願いが呟きに変わる。アカウントの通知画面を何度も更新する。
 通知。……来て、お願い。


 隣にいる駆のスマホは、公式アカウントの投稿を映し出している。
 次から次へと、誰かの150文字がリポストされ続けていく。
 これが何作目のリポストなのかわからない。
 残る席の少なさに、お腹がぎゅっと掴まれているみたいだ。


『以上、Letter部門の発表でした』


 五十を超えたらもう百までは一瞬で。終わりを告げられた。


「あ、はは。あっけない」
 
 零れた言葉が涙に変わりそうで、鼻の奥がつんとする。
 駆の大きな手が私の手に重なった。駆の手は驚くほど冷たくて、彼の緊張を知る。


『続いて、小説部門の受賞作の発表です。選ばれたのは三作品!』


 公式アカウントから、次のアナウンスが投稿された。

 三作。たったの三作だ。
 だからリポストもあっけなく終わった。
 ……私たちの作品はない。

「あー、だめだったかあ」

 駆の呟きの後、私たちは無言に包まれる。

「応募総数から考えて無理だってわかってたけど、突きつけられるときついね」
「なー。俺にとっては最初で最後の小説だったし」

 駆は力なく笑った。私も駆も、笑顔を作る余裕はない。とはいえ涙が溢れてくるわけでもなく、ただただ呆けていた。
 腕がだらりと下がり、身体の力が抜けてしまっている。

「本気でやったのに、悔しいなあ」
「うん、そうだね。悔しいんだ、これ」

 悔しい。言葉に出して、気づく。そうか、悔しいのか。

 これは私のなかに、ほとんど生まれなかった感情だ。
 今までずっと先回りして、逃げ出していた感情だから。

 傷つくのが怖い。だから、傷つく前に離れよう。
 そうだ。こうして向き合えただけでも偉いじゃないか。
 そうやって言い聞かせるけど。


「でも、悔しい……」

 この感情はどんな色なのだろう。悲しみが強いけど、濁ってはいない。どこか爽やかな色。

 ……まだ私にも知らない色があったんだ。


「悔しい……っ」


 零れた言葉は涙に変わる。


「俺、雫と一緒にいろんなところに出掛けて、自分にも雫にもたくさんの色があることを知ることができて、啓祐にもならなくていいんだって思えた」

 駆がぽつりぽつりと語り始める。

「それで十分だと思ってたけど……それなのにきついな、これ」

 駆が泣き笑いのような表情になる、目が赤い。


「ね」


 一言だけの私の声は変に高くなって、嗚咽に近かった。


「……選ばれたかったなあ」


 私はどうしていつも選ばれないんだろう。
 そんな思いがどうしても、出てきてしまう。

「あれ?」
 
 駆が呟いた。

「なんだ、この通知。バグ?」

 Letterで見慣れない通知が見えた。
 普段はハートとリポストしか反応ができないSNSだ。

 だけど、駆が私に見せた画面には――。


『あなたの想いに、気持ちが届いています』


 駆が焦ったように、その通知をタップする。

『オトとキイの物語、ずっと追わせてもらっていました! オトの認めたくない恋心が自分にリンクして苦しくて愛しかったです。私も最後のオトと同じように告白を決意しました。背中を押してくれたのは、keyさんの言葉たちです。ありがとうございました』


 私と駆は顔を見合わせた。

 放心状態で、見れていなかったスマホの画面に目を戻してみると、Letter公式アカウントの呟きが増えていた。


『参加者のみなさま、たくさんの想いをありがとうございました。
 今回受賞という形で選ばせていただきましたが、どの色も魅力的で、誰かに必ず届いているはずです。
 本日限りコンテスト特別仕様で、本コンテスト参加作のみ、感想を送ることが可能です!
 気持ちを受け取った方は、ぜひその気持ちを返してください』

 ……つまり、先ほどの通知はバグでもなんでもなく。
 
 私たちの感情が、誰かに伝わっていたんだ。


「あ……」


 呟いた駆の瞳から涙がこぼれた。溢れてスマホに落ちていく。
 きっとそれは私も同じだ。
 だって画面がもう見えないから。涙が滲みすぎて画面が全く見えない。


「俺と、雫と、それから啓祐の物語が……届いてたんだ……」

 私と駆の感情が混ざり合って、たくさんの感情が重なって白になって、一つの物語が出来た。
 
 それだけで十分だったはずなのに。


「わたしたちが、誰かの背中を押せた……?」


 スマホが震えている。通知が届いている。私にたくさんの色が送られている。

『clearさんの恋の作品が大好きです。あれから彼と出かけるたびに半券やレシートを残してしまうんです。幸せがデート当日だけじゃなくて、何日も続いています』

『私は語彙力がないので、clearさんの150文字で、自分の感情を知ることができました。ああ、私にもいろんな感情があったんだなって。ありがとうございます』

『この感情の色が好き。すっごく好き』




「駆……どうしよう……」

 一番になれなくても、誰かになれなくても、特別になれなくても。

 私の場所はちゃんとあって、私の感情も、色もここにある。溢れてる。私はここにいる。


「みて、これ」

 駆がkeyに届いたメッセージを見せる。オトとキイの物語への感想だ。

『この作品ってもしかして、clearさんも参加されてたりしますか? 私clearさんの大ファンで、そうじゃないかなって(きもかったらごめんなさい)』


「……雫の感情、届いてるね」

 駆は笑ってみせるけど、ぐしゃぐしゃの顔でいつかの私みたいになっていた。


「……ありがとう」

 目の前に流れてくるたくさんの色に向かって呟いた。透明な涙が溢れて止まらなかった。


「あ、またLetter公式が呟いてる」


 駆がスマホを見て声をあげるから、私も涙を拭いて一緒に画面を覗き込んだ。


『コンテストへの投稿本当に本当にありがとうございまた! たくさんの色を見せてもらって、私たちの心が動かされました。次回もぜひ開催したいと考えています、ご参加いただけると嬉しいです』


 二回目のコンテストのお知らせだ。駆の涙がたっぷり溜まった瞳が私を見つめる。

「だって」
「どうする?」
「俺は小説家になりたいわけじゃないから」
「私も」
「でもLetterは好きなんだよな」
「ね」
「よし。次は春を探しに行こう」


 変わらない日々。変わらない君。
 それでも次の季節がきて、新しい自分に出会っていく。

 次はどんな色を探しに行こうか。

 

 
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

蓮
2024.08.08

完結おめでとうございます!
序盤、誰かの特別ではなく二番手三番手という切なさがひしひしと伝わりました。
また、Letterで150文字の中での表現が細やかで素敵です。
そして終盤、前向きになれた雫と駆に安心しました。
素敵な物語をありがとうございます!

川奈あさ
2024.08.14 川奈あさ

蓮さん
読んでいただきありがとうございます!
切なさを感じていただけてうれしいです。
登場人物の繊細さに寄り添えればと思ったお話です。
感想ありがとうございました!

解除
楠結衣
2024.07.20 楠結衣

すごい……!
Letterのアプリがあったら素敵ですね。
背景の色で検索をするっていうのもいいなあ。鮮やかに浮かんでくる文字が見えました。
続きも楽しみに読ませてもらいますね♪

川奈あさ
2024.08.06 川奈あさ

読んでいただきありがとうございます*
人と気持ちを共有できたらいいなあと思って考えてみました♪
感想ありがとうございます♡

解除

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

ほつれ家族

陸沢宝史
青春
高校二年生の椎橋松貴はアルバイトをしていたその理由は姉の借金返済を手伝うためだった。ある日、松貴は同じ高校に通っている先輩の永松栗之と知り合い仲を深めていく。だが二人は家族関係で問題を抱えており、やがて問題は複雑化していく中自分の家族と向き合っていく。

イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。

たかなしポン太
青春
【第7回カクヨムコンテスト中間選考通過作品】  本編完結しました! 「どうして連絡をよこさなかった?」 「……いろいろあったのよ」 「いろいろ?」 「そう。いろいろ……」 「……そうか」 ◆◆◆ 俺様でイメケンボッチの社長御曹司、宝生秀一。 家が貧しいけれど頭脳明晰で心優しいヒロイン、月島華恋。 同じ高校のクラスメートであるにもかかわらず、話したことすらなかった二人。 ところが……図書館での偶然の出会いから、二人の運命の歯車が回り始める。 ボッチだった秀一は華恋と時間を過ごしながら、少しずつ自分の世界が広がっていく。 そして華恋も秀一の意外な一面に心を許しながら、少しずつ彼に惹かれていった。 しかし……二人の先には、思いがけない大きな障壁が待ち受けていた。 キャラメルから始まる、素直になれない二人の身分差ラブコメディーです! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

無敵のイエスマン

春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。