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エピローグ
新しい物語はここから
しおりを挟むそわそわとした委員の時間が終わり、私たちはお互い肩を叩いて健闘を祈りあって別れた。
校舎を抜けてグラウンドに向かうと、制服姿の駆が立っていた。夕日に照らされた髪の毛が透けて、揺れている。
「ごめん、待たせちゃった?」
「ううん。今俺も終わったとこ」
駆から土とほんの少し汗の匂いがする。進級する少し前に駆は野球部に入った。「俺が、好きなことをやってみようかな」ということらしい。
「行きますか」
「そうだね」
時刻は十七時半。あと三十分で、私たちの物語に本当の意味で決着がつく。
私たちの物語が始まった公園で、一緒に結果を見ることにしていた。
「期待してなかったはずなのに、期待しちゃってる俺がいる」
「わかる」
「絶対無理だからダメ元で、って思ったくせになー」
「わかる」
考えないようにしていたのに、ここ数日は結果ばかり気になってLetter以外のSNSも見てしまっていた。
Letterで投稿しているひとたちが、同じようにそわそわしている様子を見ては、同じくどきどきしてしまっていたのだ。
言葉少なに私たちは、あの日の公園に入った。
橙色が溶けて、赤紫から青紫に移ろっていく。グラデーションの空の下で。
私たちはベンチに座って、その時を待つ。
結果はLetterアプリ内で、Letter公式アカウントから発表される。
小説部門から数作、Letter部門から百作。受賞作品をリアルタイムでリポストしていく、参加者にとっては実に胃が痛い発表方法だった。
公園の時計が十八時を告げる。
『それでは、受賞作を発表していきます。まずはLetter部門から……!』
Letter公式アカウントがそう呟くとすぐに受賞一作目がリポストされる。
……ああ、私もお気に入りの作家さんの、特別好きな作品だ!
これは選ばれるべき作品だ!
そう思う興奮と自分が選ばれなかったやるせなさが入り混じった感情が芽を出す。
自分が息を飲みこむ音すら聞こえてしまいそうだ。
「これ、緊張やばいな」
「駆はLetter部門応募してないのに?」
「そうなんだけど、そりゃ緊張するよ」
駆が私よりもずっと緊張しているから、少しだけ固くなった身体が和らぐ。
その間にも次々とリポストされていく。
「あれ、今何作? もう五十くらいいってる?」
「かも」
Letter部門はその気軽さもあり、二万作以上の応募があったといわれている。
リポストがあれば、自分のアカウントに通知が来る。
「……来て、お願い」
願いが呟きに変わる。アカウントの通知画面を何度も更新する。
通知。……来て、お願い。
隣にいる駆のスマホは、公式アカウントの投稿を映し出している。
次から次へと、誰かの150文字がリポストされ続けていく。
これが何作目のリポストなのかわからない。
残る席の少なさに、お腹がぎゅっと掴まれているみたいだ。
『以上、Letter部門の発表でした』
五十を超えたらもう百までは一瞬で。終わりを告げられた。
「あ、はは。あっけない」
零れた言葉が涙に変わりそうで、鼻の奥がつんとする。
駆の大きな手が私の手に重なった。駆の手は驚くほど冷たくて、彼の緊張を知る。
『続いて、小説部門の受賞作の発表です。選ばれたのは三作品!』
公式アカウントから、次のアナウンスが投稿された。
三作。たったの三作だ。
だからリポストもあっけなく終わった。
……私たちの作品はない。
「あー、だめだったかあ」
駆の呟きの後、私たちは無言に包まれる。
「応募総数から考えて無理だってわかってたけど、突きつけられるときついね」
「なー。俺にとっては最初で最後の小説だったし」
駆は力なく笑った。私も駆も、笑顔を作る余裕はない。とはいえ涙が溢れてくるわけでもなく、ただただ呆けていた。
腕がだらりと下がり、身体の力が抜けてしまっている。
「本気でやったのに、悔しいなあ」
「うん、そうだね。悔しいんだ、これ」
悔しい。言葉に出して、気づく。そうか、悔しいのか。
これは私のなかに、ほとんど生まれなかった感情だ。
今までずっと先回りして、逃げ出していた感情だから。
傷つくのが怖い。だから、傷つく前に離れよう。
そうだ。こうして向き合えただけでも偉いじゃないか。
そうやって言い聞かせるけど。
「でも、悔しい……」
この感情はどんな色なのだろう。悲しみが強いけど、濁ってはいない。どこか爽やかな色。
……まだ私にも知らない色があったんだ。
「悔しい……っ」
零れた言葉は涙に変わる。
「俺、雫と一緒にいろんなところに出掛けて、自分にも雫にもたくさんの色があることを知ることができて、啓祐にもならなくていいんだって思えた」
駆がぽつりぽつりと語り始める。
「それで十分だと思ってたけど……それなのにきついな、これ」
駆が泣き笑いのような表情になる、目が赤い。
「ね」
一言だけの私の声は変に高くなって、嗚咽に近かった。
「……選ばれたかったなあ」
私はどうしていつも選ばれないんだろう。
そんな思いがどうしても、出てきてしまう。
「あれ?」
駆が呟いた。
「なんだ、この通知。バグ?」
Letterで見慣れない通知が見えた。
普段はハートとリポストしか反応ができないSNSだ。
だけど、駆が私に見せた画面には――。
『あなたの想いに、気持ちが届いています』
駆が焦ったように、その通知をタップする。
『オトとキイの物語、ずっと追わせてもらっていました! オトの認めたくない恋心が自分にリンクして苦しくて愛しかったです。私も最後のオトと同じように告白を決意しました。背中を押してくれたのは、keyさんの言葉たちです。ありがとうございました』
私と駆は顔を見合わせた。
放心状態で、見れていなかったスマホの画面に目を戻してみると、Letter公式アカウントの呟きが増えていた。
『参加者のみなさま、たくさんの想いをありがとうございました。
今回受賞という形で選ばせていただきましたが、どの色も魅力的で、誰かに必ず届いているはずです。
本日限りコンテスト特別仕様で、本コンテスト参加作のみ、感想を送ることが可能です!
気持ちを受け取った方は、ぜひその気持ちを返してください』
……つまり、先ほどの通知はバグでもなんでもなく。
私たちの感情が、誰かに伝わっていたんだ。
「あ……」
呟いた駆の瞳から涙がこぼれた。溢れてスマホに落ちていく。
きっとそれは私も同じだ。
だって画面がもう見えないから。涙が滲みすぎて画面が全く見えない。
「俺と、雫と、それから啓祐の物語が……届いてたんだ……」
私と駆の感情が混ざり合って、たくさんの感情が重なって白になって、一つの物語が出来た。
それだけで十分だったはずなのに。
「わたしたちが、誰かの背中を押せた……?」
スマホが震えている。通知が届いている。私にたくさんの色が送られている。
『clearさんの恋の作品が大好きです。あれから彼と出かけるたびに半券やレシートを残してしまうんです。幸せがデート当日だけじゃなくて、何日も続いています』
『私は語彙力がないので、clearさんの150文字で、自分の感情を知ることができました。ああ、私にもいろんな感情があったんだなって。ありがとうございます』
『この感情の色が好き。すっごく好き』
「駆……どうしよう……」
一番になれなくても、誰かになれなくても、特別になれなくても。
私の場所はちゃんとあって、私の感情も、色もここにある。溢れてる。私はここにいる。
「みて、これ」
駆がkeyに届いたメッセージを見せる。オトとキイの物語への感想だ。
『この作品ってもしかして、clearさんも参加されてたりしますか? 私clearさんの大ファンで、そうじゃないかなって(きもかったらごめんなさい)』
「……雫の感情、届いてるね」
駆は笑ってみせるけど、ぐしゃぐしゃの顔でいつかの私みたいになっていた。
「……ありがとう」
目の前に流れてくるたくさんの色に向かって呟いた。透明な涙が溢れて止まらなかった。
「あ、またLetter公式が呟いてる」
駆がスマホを見て声をあげるから、私も涙を拭いて一緒に画面を覗き込んだ。
『コンテストへの投稿本当に本当にありがとうございまた! たくさんの色を見せてもらって、私たちの心が動かされました。次回もぜひ開催したいと考えています、ご参加いただけると嬉しいです』
二回目のコンテストのお知らせだ。駆の涙がたっぷり溜まった瞳が私を見つめる。
「だって」
「どうする?」
「俺は小説家になりたいわけじゃないから」
「私も」
「でもLetterは好きなんだよな」
「ね」
「よし。次は春を探しに行こう」
変わらない日々。変わらない君。
それでも次の季節がきて、新しい自分に出会っていく。
次はどんな色を探しに行こうか。
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序盤、誰かの特別ではなく二番手三番手という切なさがひしひしと伝わりました。
また、Letterで150文字の中での表現が細やかで素敵です。
そして終盤、前向きになれた雫と駆に安心しました。
素敵な物語をありがとうございます!
蓮さん
読んでいただきありがとうございます!
切なさを感じていただけてうれしいです。
登場人物の繊細さに寄り添えればと思ったお話です。
感想ありがとうございました!
すごい……!
Letterのアプリがあったら素敵ですね。
背景の色で検索をするっていうのもいいなあ。鮮やかに浮かんでくる文字が見えました。
続きも楽しみに読ませてもらいますね♪
読んでいただきありがとうございます*
人と気持ちを共有できたらいいなあと思って考えてみました♪
感想ありがとうございます♡