透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ

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5.白く輝く

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 その時。ぱあっと花が開くように、園内が一斉に点灯した。私たちの近くの大きな木がクリスマスツリーのように鮮やかに光り、周りの木々や花壇にも細かな光のLEDが仕込まれていて、まるでお昼のように明るくなる。
 わあ……!と歓声が波のように広がって、それは私の心も浮足立たせた。
 
 駆が金色の光に包まれて魔法のようにキラキラと輝いて見える。光の中で嬉しそうに笑う駆を見て、なぜか涙が出そうになった。

 君が笑ってると嬉しい。
 光がない場所でも君は眩しいし、光の中にいても何よりも輝いて見える。

 まばゆい光たちが一斉に私に訴えかけてくる。

 ――駆が好き。

 こんなに大切な存在になると思わなかった。私の心の奥に君はいて、私を内から照らしてくれる。

「え、雫泣いてる?」

 光の中にいる駆が白い歯を見せた。

「泣いてないよ」
「涙腺かたいって言ってたもんな。のわりに涙がしっかり見えますね?」
「涙腺弱まったかも」
「じゃあ今日は俺の手を貸しましょうか」

 差し出された手は今日は少しだけ冷たかった。
 光の粒の中で、迷子にならないようにしっかりと手を繋ぐ。

 そこからは言葉少なに、二人で光の海を泳いでいく。
 ブルー、グリーン、ピンク。いろんな色のLEDが目に飛び込んでくるけど、生まれてくる感情はひとつだった。

 駆のことが好き。
 
 ああ、オトとリンクしちゃったな。〝オトとキイの物語〟の最後ひとつの150文字が生まれてくる。身体の中から溢れてくる。

 夢中でイルミネーションを見ている駆が振り向いた。何万個の光が駆を照らす。
 
「あれ見て、光のトンネルかな?」

 駆が前方に見えてきた眩しく白いトンネルを指差す。
 
「うわー、すごそう」
「うん? これ葉のトンネルだって」

 イルミネーションのパンフレットを見ながら駆が言った。
 トンネルまでたどり着き、取り付けられている無数のLEDは見れば、葉の形をしていた。
 葉のトンネルは、まばゆい白から始まり、奥に見えるのは緑のライトだ。私たちは緑に誘われるようにそのまま進んでいく。

「すごい! 圧巻だね」
「なー」

 このトンネルは百メートルほどあるらしく、どこまでも光が続いていて美しい。人工的な葉のトンネルは、新緑とは違う幻想的な緑が揺らめいている。 

 そして、緑の光は赤色に変わった。

「紅葉思いだすな」
「ね」

 紅葉。小さく始まった恋。
 それらを思い出すように私の視界も、緑から赤に変わっていく。駆の髪の毛が赤に染まるのを眺めていると

「雫の髪の毛、赤色」

 駆が私の髪の毛にさらりと触れた。私の髪に触れる指も赤色だ。
 私たちは同じ色に染まりながら歩いていく。

 同じ景色をこうやって何度も、一緒に取り入れてきた。

「わあ……」

 最後は赤から水色に変わった。
 天井から雪の結晶のライトがぶらさがっていて、上から下に流れるような光の演出になっている。

「雪みたいだね」

 雪の結晶は白い光で、落ちてくる光を見ていると雪が降っているみたいだ。
 光が、白が、私たちに降ってくる。降り積もっていく。
 
 葉のトンネルを抜けたところには、この公園で一番大きなツリーがそびえ立っていた。
 イルミネーションのツリーは、全体が光り輝いていて光の塔みたいだ。
 闇の中に輝くそれは圧巻で、言葉をなくして見上げる。
 
「雫、断れるようになった? 嫌なこと、嫌って言える?」

 しばらくツリーを眺めていると、駆が唐突に訊ねた。
 突然の質問を不思議に思うけど、駆の瞳はどこか真剣で私は素直に答えることにする。
 
「うーん、百パーセントとは言い切れないけど。でもそうだね、嫌なことはちゃんと嫌って言えるようになりたい」
「百パーセントじゃないんかい。でももし俺のことで嫌なことあったら嫌って言ってよ」
「それは言えるよ、駆には」

 駆の前ではもう取り繕わない。
 口癖の大丈夫も、偽物の笑顔も、ぜんぶ取っ払うんだ。その自信だけはある。


「わかった。じゃあ言うわ。俺と付き合って」

「……え?」


 頭の中が真っ白になる。
 今、駆はなんて言った……?
 

「雫のことが好きだから、俺の恋人になってください」 

「…………」


 駆の頬が赤い。繋がれた手も熱い。
 私の頭はまだ固まったままだ。人って嬉しいことがあったときも頭が真っ白になって動けなくなるんだ。
 
「……断ろうとしてる?」
「ち、ちがう! ちょっと、かなり、びっくりして……えっと、はい。お願いします」
「今迷ってなかった? 大丈夫?」 
「大丈夫だよ!」
「雫の大丈夫は信頼ないんだよなあ」

 しどろもどろになる私を疑うように駆はじっと見る。
 駆は何を考えているんだろう。

 だけど、そうだ。私の気持ちを伝えないと。間違って伝わってしまわないように、糸が絡まらないように。

 貴方に真っすぐ届くように。
 
「私、駆のことが好き!」

 焦りから少しだけ大きな声が出た。
 周りの人が何人かこちらを見た気がする。こんなところで告白なんてベタだよなあ、なんて思われたかもしれない。でもそんなことは気にならなかった。

 目の前で、少しだけ目を見開く駆に伝わってくれたらいい。
 
「駆に言われたからじゃないよ……! 信頼がないなら、私が駆に送った150文字たち見てほしい。〝オトとキイの物語〟って言いながら、ほとんど私の想いになっちゃってるから……!

 最近clearが投稿してるピンクのお話も全然想像になんなくて、全部私の本当になっちゃってる!
 ……全部駆のことだよ。私の150文字、駆で埋まっちゃった」

 一息で想いをぶつけてしまった、白い息がなくならないうちに。
 少しだけ息を弾ませて前を見ると、駆の頬が更に色づいていた。
 ……言い過ぎたかもしれない。私の耳まで熱さが広がる。指の先まで燃えるように熱い。

「あはは……! すごい告白!」

 駆は楽しそうに笑ってくれる。

「〝オトとキイの物語〟も最近のclearさんの投稿も今から読み直していい?」
「や、やめて! 恥ずかしいから……! でもさっきイルミネーションを見ながら考えた150文字を送ってもいい? 〝オトとキイの物語〟最後のピースをはめたい」
「うん。投稿しよう、俺たちの物語を」

 先程身体の中から湧き上がった150文字を入力して、駆に送る。


【光の粒が君に纏う。
 他の人も輝いているのに、どうして君だけカラフルに輝いているんだろう。
 君のことが好き。
 どの色も僕に教えてくれる。
 ほのかな恋のピンクも、眩しい黄色も、切ない水色も、燃える赤も。
 全部、君への想いにつながっていく。
 一斉点灯した鮮やかな色たちは、僕の初恋】


 私の感情が、君に届く。

 駆は私から送られたメッセージを読むと、少しだけ口を緩ませて「照れる」とつぶやいた。

「これ何色の投稿にする?」
「白がいい」

 たくさんの色が、感情が合わさって、白になった。全ての色が重なって光る、ただひとつの恋心。

 駆がkeyの投稿画面に150文字を貼り付けて、背景を白に設定する。
 私たちは顔を見合わせて「せーの!」で投稿ボタンを押した。

「私やっぱりもう他のお話は書けないな」
「俺も」


 私の、私たちが色づかせた物語が羽ばたいていく。

 私たちの物語は明日からも続いていく、カラフルな世界で。

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