透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ

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5.白く輝く

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 玄関の扉を静かに開ける。
 廊下もリビングも明かりはなく、一階には誰もいなさそうだった。
 そろりとリビングに入り、二階に向かおうとすると、二階の電気がつき急いた足音が近づいてくる。

「雫!」

 転がるようにお母さんが階段からおりてきた。先ほどまで凪いでいた気持ちがすぐに波打つ。

「どこに行ってたの!」
「……ごめんなさい」

 怒られる。そう思っていたのに。
 暗がりに浮かぶお母さんは、眉が下がり慌てた様子で――それは心配している表情だ。
 そんな表情を自分が向けられるとは、正直思っていなかった。

「心配したのよ! ……もう」
「ごめんなさい」
「離婚の話のせい?」

 お母さんがストレートに聞いてくる。
 だけどこのストレートさは糸をぐちゃぐちゃにしないのかもしれない。

 だから私も正直に頷いた。

 お母さんはハァと息を吐くけど、呆れたり怒っているわけではなくて――次の言葉に悩んでいるだけだ。お母さんでも言葉に詰まることがあるのか。

「二人が離婚するのはもう仕方ないとは思ってる……。私にはわからないこともあるし」

 泣くな。そう思うのに、一度自分の気持ちに素直になれば勝手に涙はこぼれる。

 だけどお母さんは嫌な顔をすることはなく、真剣にこちらを見ている。どれも想像していなかった反応だった。

 ……駆が言ってくれた言葉を思い出す。
『雫は自分自身でぐるぐる巻きにしてしまってる。人の心の奥まで読んでしまう』

 時には真っすぐ伝えることも必要なのかもしれない。
 どれだけ心の奥を読んでも、相手の反応はわからないことだから。
 それと同じで、私の心の奥も伝えなくては、わかってもらえないままだ。

 本当の気持ちを言うのは怖い。
 だけどこれ以上、糸を絡ませたくない……!

 私は少しだけ息を吸うと、小さく口を開いた。

「私あんまり知りたくないんだ、大人の事情を。ごめんなさい。お父さんの出かける件、協力できない。見たくないんだ」
「…………」

 お母さんは目を丸くして私を見つめている。そしてもう一度息を吐いた。

「……わかった。ごめん。雫のこと頼りすぎてた」
「ううん。……えっと、それじゃあもう寝ます!」

 それだけ言うのがやっとだった。
 これ以上お母さんの顔や言葉を受け入れる余裕はなかった。

 お母さんの隣をすり抜けて階段をあがっていく。お母さんも察してくれたのか、後ろから追いかけてはこなかった。

 お母さんに言いたいことや、変わってほしいことは正直色々ある。
 だけど絡まった糸をいっぺんにほどくことは難しい。今はこんがらがって、ぐちゃぐちゃになってしまったものをひとつだけ解けたら、今日はそれで上出来だよね。


 二階まで上がると、階段の上に悟が立っていた。

 ……また何か言われるかもしれない。私とお母さんの会話はきっと聞かれているし、さっきは酷いことも言ってしまった。

「さっきは言い過ぎた、ごめんね。ちょっと八つ当たりしちゃった。……悟のこといらないなんて、本当は思ってないです」
「うん」

 それだけ言うと悟は部屋に戻ってしまった。悟が何を考えているかわからない。

 気持ちが沈んでしまいそうになるが、心の奥を読むことはやめた。今日はこれでいいや、自分の気持ちを伝えられたから。喧嘩になってしまったけど、久しぶりに本音をお互いぶつけたのかもしれない。

 部屋に戻ってみると、悟からメッセージが届いていた。頭を下げているスタンプ一つ。

「……なんだこれ、ふふ」

 悟だってひどいことを言ってきたんだから謝罪してくれてもいいはずだけど。反抗期の彼の精一杯を感じる。

 そうだよね、今日はこれくらいでいいよ、お互いに。私たち兄弟の距離は扉ひとつ分あっていい。

 私はそのままメッセージアプリを開く。この勢いにまかせてもう一つこんがらがっている糸をほどきたい。直接顔を見て自分から切り出す勇気は、明日にはもうなくなっているかもしれない。

 私はもう一度深呼吸して、香菜と友梨のグループメッセージを開いた。

『いろいろ計画してくれてありがとう。明日話したいことがあるんだ』
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