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4.黒の消滅
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しおりを挟む階段を登りながらスマホを出す。
早くLetterを見よう。すべてが黒に塗りつぶされる前に。
スマホを見るとメッセージが届いていた。
もしかして駆から……!? そう期待して焦って開くが、香菜と友梨とのグループメッセージだった。
『雫に紹介するのやっぱりケンくんにしようと思う』
『雫のこと可愛いって言ってたよ♡』
何度か話に聞いていた人だ。写真も添付されているけどこんな顔だっただろうか。何度か見たはずなのに全く思い出せない。
『日にちは再来週の夜とかどうかな?』
その日にちはお母さんに指示された日と同じだった。午前中にお父さんの不倫現場を押さえて、夜はトリプルデート?
「あはは……」
思わず笑いがこみあげる。愛の終わりを見届けた後にデートなんて出来る……?
他人の正解を選んできたはずなのに。
うまくやりたいだけなのに。
どうしてどんどん悪い方向に向かってしまうんだろう。それとも私がしんどくても、周りにとっての正解ならこのまま突き進むしかないのだろうか。
「何笑ってんの」
階段の上には悟がいた。笑んでいた唇が固まる。彼が私に話しかけてくるなんて珍しいが、今は悟と喋る気力がない。
「わ、悟いたんだ。びっくりー。なんにもないよ」
私は悟の前を通り過ぎようとして――腕を掴まれた。
「な、なに」
「俺、あの女にはついていかないから」
百八十を超える高い背が私を見下ろす。久しぶりに悟と目が合った。悟の目に灯るのは怒りだ。
「え、どういうこと?」
「だから離婚するんだろ。俺は父さんの方に行くから」
「は……」
悟の言った意味を飲み込む。だけど理解ができない。
「な、なに言ってるの?」
「お前らは隠してるつもりだろうけど俺だってわかってるから、家の状況」
悟は怒りを込めた言葉を投げつけると、浅く笑った。
「ようやくあの口うるさいやつからも離れられるわ」
「……でも野球チームとかどうするの。お母さんがいないと……」
「どうとでもなるだろ」
……ならないよ。
声にならない怒りを飲み込んだ。
悟はどれだけ恵まれた立場にいるのか全然わかってない。お母さんがどれだけ悟のために尽くしているのか。……そして、それを私がどれだけ羨ましく思っているのか。甘えた考えが悔しくて唇をかみしめる。
「お前らこそこそして気持ちわりい。俺が気付かないと思ってんのかよバカにして」
「ちがう……お母さんは悟を気遣って」
「そういう子ども扱いもうざいんだよ……!」
どうして? 守られてるくせに。
大切にされてるくせに。お母さんの一番なのに。
私が求めても手に入らない場所にいるのに。なんでそれをあなたがわからないの。
「高校に入れば寮もあるし問題ねえよ」
「そういう問題だけじゃなくて……どれだけお母さんが悟のために」
「そういうのがもううんざりなんだよ!」
悟の怒号が私の身体を震わす。彼の怒りに当てられて私の頭も真っ赤に染まる。
「俺は求めてない。干渉もうざい、なんでも俺のせいにするなっ!」
「……悟は……悟は! なんにもしらないくせに……! そうやって甘えて自分が愛されてるって、恵まれてるって気づかずに! なんで気づかないの……!」
思考が追い付かないまま叫んだ。だめ、言葉にしたらだめ。そう思うのに黒い感情が止まってくれない。
「知らねえよ、お前が言わないからな。へらへら笑って親のいいなりになって。親の言うことならなんでもするのかよ、気持ちわりいな」
「悟には私の気持ちわからないよ。私は悟のためにたくさん諦めて、気遣って――」
「俺が頼んだことかよ。お前が勝手に諦めたんだろ! そうやって姉ぶられんの本当にむかつく。ひとつも頼んでないから。お前のいいこぶりっこに俺を巻き込むな……!」
「……悟なんて、いなかったらよかったのに!」
先ほどまで怒りに燃えていた悟の瞳が揺らいだ。
――ああ、これは言ってはいけないことだ。
だけど私ももう限界だった。
悟の手を振りほどくと、私は登ってきた階段を駆け下りる。
もうここにいたくないと真っ赤になった頭が点灯している。こんな家、もう嫌だ……!
「何かあったの?」
私たちの大声に気付いたお母さんが洗面所から顔を出した。目が合うけれど、すぐに逸らして玄関に向かう。今喋れば口から何が飛び出るかわからなかった。
「雫……!?」
お母さんの叫び声に振り返らずに私は家を飛び出した。
行く場所なんてないのに。この衝動をそのままにしておくことができなくて、私は走り続けた。
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