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4.黒の消滅
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しおりを挟む「ただいま」
「おかえり。もうご飯にするから」
「わかったー、手洗ったらいくね」
食卓にはお母さんしかいなかった。お母さんと私の分だけ並べられた料理。
「悟は?」
「お腹空いたって言うから。先食べて自分の部屋にいるよ」
「……そうなんだ」
今日の私は、嫌いな時間に耐えられる自信がなかった。駆が図書室に現れなかったダメージがずっと私をじゅくじゅくと抉っている。
もう体調が悪いことにして部屋に戻ってしまおうか。実際本当に気分も悪いし頭も重い。
「わた――」
「春に離婚しようと思うの」
だけど私の願いは、お母さんの重大発表によって打ち消された。
「え……」
「色々考えたんだけどね。やっぱり裏切った人とは一緒に暮らせないから」
ついにこの日が来てしまったのか。ガンガン、ガンガン。頭の中の音がどんどん大きくなっていく。
「それで雫は考えてくれた? お父さんとお母さんのどちらについていくか」
「…………」
「この家はお母さんがもらうつもりだし、お金のことは心配しなくても大丈夫」
お母さんがじっと私を見る。
私の身体は体温が下がっていて、見るものすべてが凍って見えるけど、目の前にいるお母さんの瞳だけはぞっとするほど熱かった。
……私にはわかる。お母さんは選んで欲しいのだ、自分を。不倫したお父さんについていくわけない。自分のことを愛して、選んでくれると信じているんだ。
お母さんの〝正解〟を選ばないといけない。でも私は……本当はどちらかなんて選べないよ。
「……悟は? 悟はなんて言ってた?」
「悟にはまだ言ってないわ」
「離婚のこと? 不倫のこと?」
「どっちも。あの子は今大事な時だし繊細だから。傷ついちゃうでしょ」
お母さんの言葉が私の胸を抉る、ナイフのように。
「雫と違って悟はお母さんがいないとどうしようもないし。だからもちろんお母さんの方」
「あ……そうなん、だ」
「雫はしっかりしてるから。子供の意思を大切に、って聞いたの」
お母さんは悟のことは選ぶんだ。私のことは選んでくれないのに。
冷えた身体が、もっと冷えることなんてあるんだ。凍ってしまって指先さえ動かせないほどに。
お母さんの目が期待に濡れているから私は言わないといけない。『お母さんと一緒がいい』って。
だけど私だって選んでほしかった。雫は絶対に離れないで、と言ってほしかった。
「……私、お母さんについていくよ」
自分の感情がもうわからない。強引に連れ去ってもらえないのならお母さんにとっての正解を選ぼう。
私の硬い声には気づかず、お母さんはほっとしたように微笑んだ。
「それでね、慰謝料を請求するには証拠を集めないといけないらしいのよ」
私が正解を出したからお母さんは味方判定したように、生々しい話を始めた。私はこの場を去るための言葉を発する力も残っていなくて、頷いて見えるように顔をわずかに動かすことしかできない。
「再来週ちょうど悟の遠征があるの。その日にお父さんたちデートをするんじゃないかって思ってる。でもその日はお母さんどうしても行かないといけないから遠征に」
続く言葉が想像できる。だけど気づきたくない。
「雫、証拠を撮ってきてくれない? 相手の女の住所はわかっててそこに行くと思うから。お父さんが出る前にそこでちょっと張っててくれれば写真が撮れると思うの」
「私にできるかな、そんなこと」
「できるわよ。雫はきちっとしてるから。大丈夫よね?」
「……うん、大丈夫」
お母さんのことを選んだならずっと正解し続けないと。
私は笑顔を作ってみたけど。口を歪めることしか出来なかったはずだ。だけどお母さんは私の表情の変化には気づかない。
「ごめん。今日はあんまりお腹空いてないかも」
「そう?」
そこで「ダイエット?」と聞かれないのは、さすがにお母さんも私の気持ちを少しは察してくれているのだろうか。
「お母さんはお風呂入ってくるわ」
「うん。ごちそうさま」
余った料理にラップをかけて冷蔵庫にしまうと足早に階段に向かった。
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