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3.ブルー時々ピンク
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しおりを挟むてらてらと黒光りする豚バラの生姜焼きが胃に重くのしかかる。
「ごめん、もうお腹いっぱいになっちゃった。悟食べてくれないかな?」
悟はちらりと私の皿を見ると、無言で豚バラを取っていく。
「ダイエットしてんの? お肉も食べなきゃだめよ」
お母さんが咎めるように私を見つめる。あの日からお母さんは普通だ。悟の前だから普通にしているのか、開き直ってどうでもよくなったのかはわからない。
私の気も知らないで。自分が「大丈夫だよ」と言って、お母さんの愚痴を受け取ったくせに恨みがましい気持ちがこみあげてしまう。
玄関からドアを開ける音がして私の身はびくりと固まる。お父さんが帰ってきたからだ。
お母さんは音に気づくと無言で立ち上がりキッチンからお盆を持ってくる。お盆にはお父さんの食事が乗っていて、それをテーブルに載せると「頭が痛いから寝るわ」と言って二階に上がって行ってしまった。
お母さんと入れ替わりでお父さんが入ってくる。
「ただいま。――お母さんは?」
「おかえりー。頭が痛いみたいだよ、上行った」
「そうか」
私はへらりとした笑顔を作る。お父さんは少しほっとしたような表情を見せると「生姜焼きかあ」と言いながら席についた。
お母さんはずるい。あの日からずっとお父さんと顔を合わせないようにしていて。
お父さんもずるい。罪悪感から来るものからか変に機嫌よく私たちに話しかける。話しかけられたこちらの気持ちも考えない自己満足だ。
悟もずるい。何にも知らなくて。何も知らないまま反抗期を盾にして両親の仲介役を全部私に押し付けて。
……私だって部屋に戻ればいいだけだ。食事だって一緒に取らなくていい。お父さんのことなんて無視してしまえばいい。
でも私が笑顔を作らないと本当に家族が終わってしまいそうで。
私が何かしたところでいまさら家族の未来が変わらないことなんてわかっているのに。
家族の誰にも、私は特別に思われていないのに。
どうしてここに留まってしまうんだろう。どうして必死に繋ぎ止めてしまうんだろう。
……自分がどうしたいのかもうわからなかった。
**
【雪を降らせてスノードーム。
この気持ちに気付かないように、覆い隠して。
昨日二人で話したくだらないことを一字一句覚えてしまっているの。
まだ気づきたくないから真っ白に戻して。
だけどね、降り積もった雪に君が足跡を残してく。
スノードームを逆さにするたびに。】
恋の話がまた書けるようになった。クリスマスマーケットに行って冬を体感したからかもしれない。
私は下書き保存していた話を投稿した。背景色はピンク、投稿者はclear。
この作品は気に入っていたけどオトらしくない、と判断して水曜日の作戦会議には持っていかずにclearとして投稿することにした。
駆のイメージで行くと、オトは優しいけど結構おおざっぱなところがある。半券をくしゃくしゃにしてしまう彼がスノードームに願いをかける姿は想像がつかなかった。
私はベッドボードに置いてあるスノードームを逆さにした。白い雪と大粒の雪の結晶がふわりふわりとスノーマンに落ちていく。柔らかな波のような雪を眺めていると心も白く平らにしてくれるから。帰宅してから私は何度もスノードームを眺めてしまう。
「あ。更新された」
keyが〝オトとキイの物語〟を投稿した通知が届いて、すぐにLetterを開いた。前回の投稿ではグループ六人でクリスマスマーケットに行った光景が描かれて、今回はその次の投稿だ。
【キイがスノードームを作りたいと言って僕だけが賛成した。
『子供っぽいなんてひどいよね』キイが口をとがらせながらビーズをつまむ。
『でもオトがいるなら楽しいし』その言葉に僕の手からビーズが落ちる。飛び跳ねたビーズたちが僕に訴えかけるんだ。
『子供ぽいところが可愛い』『キイと二人で嬉しい』と。】
白く、平らになっていた心が泡立つ。この作品は既に読んだことがあるものだ。クリスマスマーケットの翌週の作戦会議で採用されたもので、駆の文章に私が少し手直しを加えたもの。
知っている文章のはずなのに。ビーズが跳ねる音が耳元で聞こえる。私にも訴えかけているみたい。
keyの投稿はまるでclearの投稿の返歌のようで、SNSを通した秘密の交換日記のようで、顔が熱くなる。
今、駆は何を思ってるんだろう。
どんな意図でこの投稿をしたの? ……私の投稿を見ずになんにも考えずに投稿しただけかもしれない。もしかしたら予約投稿だったかもしれない。
私はスノードームを逆さにして、心を落ち着かせることにした。
雪を降らせて、スノードーム。この波立つ気持ちを平らにして。
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