透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ

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3.ブルー時々ピンク

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 ワークショップの後は念願の屋台グルメ。クリスマスマーケットの発祥の地・ドイツの料理が多く、聞き慣れない名前の料理ばかりだがどれも美味しい。
 とろけたラクレットチーズがたっぷり乗ったカリッと香ばしいバケット。すりおろしたじゃがいもを揚げたライベクーヘン。駆の念願のソーセージはドイツ語でヴルストというらしい。最後にホットチョコレートも飲むと冷えてきた身体に染み込んで胸までぽかぽかとする。

 一通り食べ終えて満足した私たちはゲブランテ・マンデルンと呼ばれるクリスマスマーケット定番をお菓子を片手にフォトスポットを回ることにした。ポップコーンの袋のようなものに入ったこのお菓子はナッツをキャラメルでコーディングしたもので、たくさん食べた後なのにいくらでも口に放りこんでしまう。
 
 少し人が集まっているフォトスポットを覗いてみると大きなソリに座って撮影ができるらしい。プロのカメラマンが待ち構えていて写真を撮ってくれる。自分のスマホでもプロのカメラでも撮って、気に入ればプロの写真も購入してね、という観光地にありがちなやつだ。

 「可愛いカップル、写真どうですか?」

 サンタのコスプレをした陽気なお兄さんが私たちに向かって笑顔を向けて馴れ馴れしく駆の肩を叩いた。

「はーい、撮ります! せっかくだし撮ってもらお」

 駆は有無を言わさずに列に並ぶから私も大人しく従った。
 
 ……駆って私のことをどう思っているんだろう。

 お兄さんの放った〝カップル〟の単語がやけに大きく聞こえたのは私だけなのだろうか。自分の気持ちさえよくわからないくせに、駆がどう思っているのか気になる。
 私たちは物語を書くために、毎週水曜日に集まって恋を知るために週末にデートのようなことを繰り返す。
 
 さすがに嫌われてはいないと思う。
 私たちは、目的達成のために集まった仲間。
 それ以外に私たちを表す言葉は今はない。クラスでは苗字で呼び合って、用事があるときしか話しかけないただのクラスメイトだ。
 〝オトとキイの物語〟には終わりがある。年末〆切のコンテストに間に合わせるのだから、私たちの目的は年内で達成されてしまう。
 クリスマスが終わったら――。

「雫、俺たちの番だよ」
「ごめん、ぼうっとしてた」
「最近ぼうっとしてない?」
「お話を考えてると空想に浸りがちになっちゃうの」

 嘘と本当を混ぜ込む文章がこんなにうまくなったのはいつからなんだろう。全部嘘ではない、本当もある。そんな喋り方ばかりしているから自分を見失ってしまった。
 
「ああ、それはわかるかも。俺も最近すぐ空想の世界にいきがち」
 
 駆は納得したように頷くとソリに座るから、私も隣に座ってカメラにピースサインを向けた。

「はい。まずは彼女さんのスマホでね! 次はこっちのカメラも向いてー。はいオッケー!」
 
 返されたスマホには本物でもない、だけど嘘をついているわけでもないカップルもどきの写真があった。
 でも二人一緒に並んでいる写真は初めてで、それを嬉しく思う気持ちは本当だった。
 
「そういやこのソリ、夜はライトアップされるらしいよ」

 駆の言葉にソリを見やると細かいLED電球がぐるりと張り巡らされている。これが夜に光るとなれば美しいことは間違いない。

「よく見るとどの屋台もイルミネーションのライトがいっぱいついてるね」
「夜はまた全然違う雰囲気だろうな」

 そんなことを喋りながら歩いていると広場の真ん中にある大きなツリーの前に出た。案内には八メートルと書いてあるツリー。あまりの大きさにてっぺんの方はよく見えない。

「すごい迫力」
「な」

 飾り自体はシンプルで赤と金色で統一してある。大ぶりのリボンやベルがおしゃれだ。こちらも電球がいくつもついていて夜はもっと輝くのだろう。

「これ夜見たいよなあ」
「クリスマスって夜が本番なイメージあるしね」
「俺らもみじまつりもライトアップ見れなかったしな」
「そういえばそうだったね」

 私が笑うと、駆は少しだけ言葉に詰まってから
 
「雫さえよければイルミネーション見に行かない?」
「えっ、うん。いいよ。イルミネーションこそクリスマスって感じするもんね。それにイルミネーションのお話も書きたいと思ってんだ」

 突然の誘いに心臓が驚いてしまって、脳で考えるよりも先に言葉が出てきてしまう。急に早口になった私を駆はじっと見下ろすから、口からまた言葉が出てきそうで。私はぎゅっと口をつむるしかなかった。

「このツリーの夜の姿も見てみたいけどまた同じとこ来るのもなあ。イルミネーションなら他でもやってそうだし」

 駆はすぐにツリーに目を戻すけど、少しだけ耳が赤い。
 違う、これは寒いから。風にあたって赤くなっているだけだ。そう理由をつける私の耳も熱い。

 クリスマスイルミネーション。
 それは〝冬の恋の話〟にぴったりなシチュエーション。だから恋の物語の題材を探している私たちにはうってつけの場所。
 だけどこんなに意識してしまうのはどうしてなんだろう。

「どこがいいか探してみるね」
「俺も探すわ。てか雫は家大丈夫? イルミネーション見るってなると夜になるけど」
「大丈夫だよ。夜親いないことも多いし」
「仕事忙しいんだ?」
「ううん。弟が野球のクラブチームに入ってて練習の送迎とかで夜いない日もけっこうある」

 厳密に門限があるわけでもないし問題ない。友達と夜ご飯を食べることだってあるし……別に駆は彼氏なわけでもないんだから挨拶するっていうのも変だし。それに私の行動をお母さんが気にするとも思えなかった。

「へえ、雫の弟もクラブチーム入ってるんだ。俺も中学の時入ってたよ。試合当たったことあるかなー? って年下だからあるわけなかった」
「弟は一年の時からレギュラーだったし二個下だから試合したことあるかもよ」

 私の言葉に駆はほんのわずかに眉を下げて

「でも俺は中二でやめちゃったから。……ほら、啓祐の件で。親ちょっと鬱ぽくなっちゃって。送迎とか難しくなって」
「そ、そうなんだ」
「チャリとか電車で通ってるやつもいたから、親のせいっていうより俺の気合いの問題なんだけどさ。俺もやる気がつぶれちゃって。結構好きだったんだけどなあ」
「……わかるよ」

 熱が入った同意になってしまったこと、気づかれなかっただろうか。
 
「だから今は帰宅部。高校にも野球あるんだからやればいいんだけどな」

 駆はそう言うと「あっちは白のツリーがあるらしい、いこ」と笑顔を作った。きっと彼なりに気を遣ってくれたのだ、人に聞かせる話ではないと判断して。
 『わかるよ、私も同じだから』それはついに私の喉から出なかった。
 
 私の吹奏楽も同じだ。本気でやる気があるなら、お母さんの言う通り覚悟というものがあるなら。B学園に入れなくても続けてもよかったんだ。
 高校入学後、帰宅部にすることを告げた時の「やっぱりね」というお母さんの目。

 だけど大人は知らない。私たちの小さな勇気はいとも簡単に踏みつぶされてしまうことを。
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