透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ

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3.ブルー時々ピンク

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 【恋愛なんていらない。恋は盲目だから。
 すべてを捨ててまで、愛に走る。
 それは愛と呼ぶのなら、愛なんていらない。
 愛に暴走した君に撥ねられた人を見捨てて
 それでもたどり着いた目的地に何が待っているんだろう?
 それは愛なのか、エゴなのか】


 目覚めて目に入ったのは、Letterの入力画面。
 あまりにも暗い文字たちに苦笑いをこぼす。

 朝一番にこんな文字を見るの嫌だな。寝落ちした自分を恨んでベッドから這い出る。
 
 今日は水曜日。七回目の作戦会議だ。だから昨日の私は少し焦っていた。
 〝オトとキイの物語〟を書きたいのに、恋を書くのが怖い。
 
 両親の愛の終わりをまざまざと見せつけられ、お父さんの恋に対する嫌悪感で嗚咽がこみあげる。
 今の私にピンクの恋心なんて書けるのだろうか。
 お母さんからのカミングアウト前に何作か書いていたからひとまずそれを今日は発表しよう。
 週末にクリスマスマーケットにいけば、冬から着想を得た150文字が書けるかもしれないから。
 
 十一月ももう終わりを迎える。十二月になればもっと冬が深まって素敵な話も描けるはずだ。
 学校の最寄り駅もクリスマス仕様になっていて、構内にもクリスマスイベントのポスターがいくつも飾ってあった。
 私はそれらからなんとか想像して冬らしい150文字を考える。

 そうだよ。今までこうして描いてきたんだ、clearのピンクの150文字は。実体験じゃなくて全部clearの妄想。私の身体の中にない感情。今まではこれが普通だったんだから、元に戻るだけ。
 私に芽吹いたかもしれない恋心も赤くなる前に枯れてしまったんだ、きっと。

 放課後。図書室に行く道で忘れ物に気づいた私は一度教室に戻った。
 図書室に行く前にトイレに行っておこう、図書室の近くのトイレは暗くて少し薄気味悪いから。そんな子供じみた理由をすぐに後悔することになる。

 どうやら私の天秤は悪い方向に傾いている時期らしい、悪いことは続くから。

 個室の外から聞こえてきたのは香菜と友梨の声だった。

「今日、彼氏の話しすぎたかな?」
「あー。香菜はもう少し気遣った方がいいよねえ」

 気づきたくないのにすぐ気づく。これは私の話だ。鍵を開けようとした手が固まる。すぐにここから出ればこれ以上聞かなくても済む。

 だけど、どんな顔をして出ていけばいいのだろう――。

「だってどうしてもあの話は言いたかったんだもん」
「でも雫嫌そうにしてなかった?」
「えーやっぱ友梨もそう思った~?」

 心臓の音が大きくなって、二人に聞こえてしまうのではないかと思うほどに主張を始めた。

 失敗した……。恋に対して密かに絶望した私は、友人二人の恋の話をおざなりに聞いてしまっていたらしい。
 先週末に初めてのキスを経験した香菜は一番幸せな時らしくとろけきっている。いつもならそれも微笑ましく聞けたけれど〝キス〟という単語を聞くと途端に生々しく感じで、お父さんの顔が香菜の前に浮かんだ。
 友達の話でお父さんを思い浮かべるなんてバカバカしい。そう思うのにうまく笑えなかった。
 
「雫って彼氏いたことないらしいからうらやましいんじゃない?」
「嫉妬ってこと? なんかやだなあそれ」
「まあ雫ってあんま自分のこと話さないからよくわかんない、何考えてるか」
「わかる。うわべって感じある」
「話しにくいときあるよね。香菜くらいわかりやすけりゃいいんだけど」
「それ褒めてる? けなしてる?」

 笑い声がやけに響く。耳がおかしくなったのかキイキイと音もなる。
 それはうまくやれていたはずの仮面が剥がれ落ちていく音。仮面が剥がれたら、誰にも必要とされていない透明人間が現れた。
 
「雫にも彼氏ができたら変わるかもよ」
「じゃあさ彼氏の友達を紹介してあげようよ。そしたら話も通じるよね」
「正直気遣うもんね、雫いると」
「てか友梨準備できた? もう学校の近く着いたって」
「ごめんごめん。おっけー行こ」

 二人の楽しそうな声が遠ざかっていき、私は何度も大きく息を吐いた。
 息を吐き続けないと何かが身体の中から出てしまいそうで。
 ふらふらとトイレの個室から出ると、私は鏡にうつった自分を見た。

「ひどい顔」

 最近うまく眠れなくてクマが出来ているうえに青ざめた顔をしている。
 駆に会いたくないな。
 そう思うのは初めてだった。
 だけど勘のいい駆に何も気づかれたくない。私は蛇口を思い切りひねり手を差し込んだ。冷たい水が私の手のひらに当たりほてりを冷ましてくれる。

「大丈夫。絶対に大丈夫」

 鏡の中の私が笑う。そう、私は大丈夫なんだから。
 うまく笑えることに安堵して、私はスマホを取り出す。
 すぐにLetterの入力画面に打ち込んでいく。


【感情を下書きに保存する。それは私の儀式。
 身体の中に貯めこんだ想いを文字にしたら、ほんのすこし重りが消えるから。
 だけど今度は下書きを貯めていた箱の底が抜けた。
 手あたり次第に放り込んだ私が、行き場をなくして溺れて

 
 ……だめだめ、こんな150字ばっかり書いてどうするの。

 私は感情のままに打ち込んだ文字を、下書き保存せずに削除した。
 もう一度鏡で笑顔を確認してから図書室に走る。
 
 七回目の作戦会議はうまくやれたと思う。
「ちょっとお腹が痛いんだ」と言ったら駆は心配してくれて早めに解散となった。
 お腹が痛いのは本当。あの日からずっとお腹が痛い。何かがずっとお腹にいるみたい。
 
 書かないと。ピンクの幸せな恋愛を。
 恋をしないと、香菜や友梨みたいに。紹介してもらって、恋をしないと。恋なんてしたくないのに。このままじゃ恋の話は書けないし、友達の中にも入れない。
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