透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ

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2.緑から赤へ

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 私たちはたっぷり一時間半ほど歩いてから憩いの場に戻ってきていた。

 机の上にはみたらし団子、中華粥、甘栗、鮎の塩焼き、おやき。
 欲しいものを何も考えずに好きなだけ買っていたらまるで統一感のないラインナップになった。だけど好きなものをいくらでも選べるのが出店の良さ。


「うーん」

 念願のみたらし団子を食べながら駆がうなる。


「思ってた味と違った?」
「ううん、めっちゃうまい。甘すぎないのも最高」

 私もあんこがたっぷり乗った団子を口に放り込んだ。団子というより餅に近い触感と味がして、かなり美味しい。

「おいしすぎて、唸ってたわけね」
「いや、実は今みたらし団子のことは考えてなかった。今日見た景色で一句詠んでみようかと思ったけど、なかなか思いつかなくての〝うーん〟」
「あはは、そういうことね。でも私もぱっとは出てこない。じっくり考えないとダメなタイプ」
「でも俺今日ひとつだけでも、ここで150文字書いてみたいんだよな。それくらいなんていうか、胸が動かされてる感じ」
「それは……わかる」

 実際に歩いて、目で見て、音を聞いて、踏みしめて、匂いを感じて。さらには自然に囲まれて美味しいものまで食べている。
 五感フルスロットル状態の今のこの気持ちは、家に帰ってからでは再現できなさそうだった。

「今日帰るまでに一つ考えてみない?」

 駆がそう言いながら甘栗を一つ割る。中から濃い黄色が現れてほくほくと音がしそうなくらい湯気が立った。

「下手でもいいから生の声ってやつを」
「うん、やってみよ」
「大体回ったし、あとはここで食べながらのんびり考るか」
 
 二人とも考えこんで、同じタイミングで「うーん」と唸った。それがおかしくて同時に笑う。

「とりあえずもうちょっと食べるか!」

 駆が鮎にかぶりつく。
 駆といると自然と頬と口元が緩んでくれる。いつもみたいに口角を気にしなくてもいい。
 
「てか150文字っていうのがハードル高い。【ぱりっとふわふわ鮎うまい】くらいなら俺でもいけるんだけど」

 駆のかぶりついた鮎を見ると、なるほど。香ばしい皮から白い身が飛び出していて、ぱりっとふわふわでうまそうだった。

「それの積み重ねでもいいんじゃない? 【ぱりっとふわふわ鮎うまい、ほくほくほかほか栗あまい、もちもちみたらし団子あまじょっぱい】みたいな」
「おー」
「私はそれに自分の感情を合わせてみたりするよ。例えば……ふわふわは嬉しいし、ほくほくはあったかいし、あまじょっぱいは切なさとか?」
「奥が深い」

 わかったのかわかっていないのか、駆は微妙な表情になる。ちょっと抽象的すぎたかもしれない。自分の感覚を人に伝えるのは難しい。

「見たそのままの光景を、文字にするだけでもいいと思う。今日一番印象に残った景色とかは?」
「それなら紅葉だな。それで考えるか」

 駆は一分ほどじっと悩んでから口を開いた。
  
「出来た!」

 駆は笑顔を浮かべて私を見る。
 150文字が出来上がる瞬間を初めてみる。私は少し緊張しながら駆の言葉を待った。

【隣のキイがもみじを見上げる。
 もみじの影がキイの顔に落ちて模様が浮かぶ。
 その模様の動きに見惚れていると、キイと目があった。
「オトの顔、おもしろいことになってるよ」とキイは笑う。
 六人のなかで僕たちだけが同じことに気づいた。
 僕の顔は模様だけでなく、もみじの赤に染まっていたかもしれない】
 
 ストレートに感情が伝わってきて素敵な文章だ。

「……いいと思う、すごく。キイへの密かな恋心が出てる!」
「やった。さっき雫の顔に、もみじの影が落ちてたからそこから考えた」
「へ、へえ。気づかなかった」

 この話がさきほど生まれたばかりの本当の感情だということ。
 私がキイのモデルとなっていること。
 それが身体を熱くさせる。

「忘れないようにLetterに下書きしとこ」
 
 駆はLetterのアプリを開いて今の言葉を入力して「ええと背景色、選択、と」背景色を赤に設定した。

「……赤?」

 疑問がぽつりと口から洩れる。
 駆が書いたのは、オトのキイへの淡い恋。Letterでは恋の話はピンクが定番だ。

 駆は不思議そうに私を見ると

「ん? なにか間違ってた? やり方」

「ううん、ただ、えっと……Letterでは恋の話はピンク色の背景色にする人が多いから」
「じゃあ赤はどういう話が多いの?」

「恋は恋でも大人っぽい話が多いかも。浮気とか……あと、恋愛関係なしに怒りの感情も多いかもしれない。スポーツの闘争心とかもあるかな」

 赤は私が滅多に検索しないカラーだ。私にはあまり縁のない感情の色だから。

「へえ、決まってるんだ」

 そう言われてみると『恋の話はピンクで、友情の話は黄色で』なんてルールもなければ、公式から指示されているわけではない。
 なんとなく皆が使っている色を、イメージを合わせているだけ。

「決まってるわけじゃないよ。ただそんな空気があるから私もそうしてた、だけ」 
「あーそれでclearさんの投稿って全部ピンクなのか」
「恋の話ばっかりだからね」
「俺はclearさんの話を読んでピンク以外もイメージしてたから不思議な時もあったんだよなー。ピンクはclearさん自身のイメージカラーなのかと思った」

 そういえば。私は水色を検索しているときにkeyの夏の話を見つけた。

 私の中でLetterの水色は『寂しい』という感情に分類していたけど、あの爽やかな告白を決意した恋の話を駆は水色にしたのだった。

「どうしてこの話、赤だと思ったの?」
「もみじの話だから。赤だろ」

 シンプルな返事、シンプルな考え。だけど、だからこそストレートに私の胸に届く。
 感情がどんな色だとか、周りがこの色を使ってるから、じゃなくて。
 もみじだから赤い。それだけの単純なことだ。

「でもLetterでルールがあるならピンクでもいいよ」

 駆はLetterのアプリを見ながら言った。検索画面の赤を選択して、他の〝赤の話〟を見ているのかもしれない。

「ううん。これ赤でもいいと思う。恋は恋でもいろんな色があるよね。駆の感性、素敵」

 恋の話はピンクだなんて誰が決めたんだろう。
 私は恋をしたことがない。だから周りに合わせてピンクだと思い込んでいた。
 だけど、恋にだっていろんな色があってもいいはずだ。
 たしかにkeyの夏の話はピンクよりずっと水色が似合ったし、今駆が作った話も間違いなく赤だ。

 駆を見上げると、彼の頬は赤く色づいていた。

「……そう言われると照れる」

 私にも赤がうつりそうだったから

「わ、私も考えよっと!」と大きな声を出してしまった。
 
 ――私はどんなお話を作ってみようか。
 clear的にも〝オトとキイの話〟にしても、恋を絡ませるのはマストだ。
 ただの友人だったはずなのに、どこか他の人と少し違うことに気づいてしまう。好きな気持ちを自覚するような、そんな話を。
 全身で感じた景色を思い浮かべるように目を瞑ってみる。赤色、黄色、まだ緑の残った色、木々を印象付けてくれる青空を瞼の裏に浮かべて。
 
 今日一番印象に残っているのは、寺から見下ろした鮮やかな赤や黄色だ。
 ぱぁっと視界いっぱいに広がった色のように、恋心を自覚するのはどうだろうか。

 Letterのアプリを開いて投稿画面に文字を打ってみる。こうしてここに入力するのが私の150文字だから。

【僕たちが息を切らせて登った先、目を開くとそこには眩しいくらいの赤と黄色の光景が広がる。
「きれいだね」君が呟いた途端、僕の身体の中で同じ光景が広がっていく。光が駆け抜けるような速さで。身体中を巡って知らない僕になって、目の前には知らない君がいた。
 僕の感情がこじあけられた。美しさが暴力的なほどに】

「なんかひらめいた?」

 入力して顔を上げると、駆がこちらをじっと見ていた。
 少し色素の薄い落ち葉色の瞳が日に当たりガラスのように透き通って見える。

 その瞬間。
 入力したばかりの文字が主張するように、私の身体の中で飛び跳ね始めた。文字の振動が心臓まで伝わっていく。

「う、うん……! さっきの光景とオトをリンクさせようと思って……」

 私はスマホを駆に渡す。
 ――これは本当にオトの感情なのだろうか。

「うわー、さすがclearさん! ここでオトはキイへの恋心を自覚したんだってわかる。恋に落ちたっていうか、気づかないでいた恋がぶわーってなる瞬間!」
 
 駆が少し興奮しながら放つ言葉たちが、私の身体の中でさらに好き勝手に飛び跳ねる。

「これは寺のところで見た景色」
「わかる。あの景色感動したもんな、確かにその感動と恋を自覚する気持ちは似てる気がする。――これは絶対採用!」
「あはは、ありがとう。送っておくね」

 私は入力した文字をコピーすると、駆へのメッセージに貼り付けて送信する。
 ……下書き保存じゃない。私の感情が送られてしまった。

「これほんといい。早く投稿したい。これ何色にする? もみじの赤?」
「赤もいいけどこれは緑にしようかな。紅葉の話だけどまだ感情が赤くなりきっていない話だから、緑」
「お、いいじゃん。緑ね、おっけー」

 駆は私の150文字を投稿画面にペーストして、背景を緑に設定すると下書き保存した。
 
 私は初めて自分の意思で〝Letterの色〟を選んだ。
 これは、緑なんだ。
 まだ赤く色づくほどではない、小さく芽吹いた恋心。

 
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