透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ

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2.緑から赤へ

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 駆と秋を探しに行く日。

 玄関で悟と目が合った。ジャージ姿に大きなスポーツバッグを抱えて、今から練習に向かうのだとわかる。

 悟と目があうたびに、身体のどこかに蜘蛛の糸が張るようになったのはいつからだろうか。
 悟は不機嫌そうな顔のまま外に出ていった。
 代わりにリビングからお母さんが玄関まで出てきた。大きなカバンを担いでいる。

「あれ、雫も出かけるの? ちゃんと鍵閉めていってね」
「はーい。いってらっしゃい」

 お母さんは私の返事を待たずに、家を出て行った。

 二人が揃うと、蜘蛛の糸はますます広がっていく。
 ……はずなのに、私の靴ひもを結ぶ手は軽やかだ。

「いってきます」

 誰もいなくなった家に向かって挨拶をした。

 今日は駆と小説を書くためのインプット、取材、ネタ探しをする。

 私たちが選んだ場所は、県内で有名な紅葉こうようスポット。
 私たちが住む街から電車で三十分。そこからバスで三十分かかる自然豊かな渓谷公園。
 夏も新緑が美しく川遊びやバーベキューでそれなりに人は賑わうけれど、秋は日本各地から人が集まるほど有名な場所となる。
 十一月上旬から「もみじまつり」が開催され、屋台の出店や小さなステージもあり観光客を楽しませてくれる。
 人気一番の理由は圧巻のもみじ。五千本ほどあるもみじが一斉に赤く染まる光景は絵画よりも美しいと評判だ。
 先日の公園でほとんど紅葉を味わえなかった私たちは、せっかくだからと名所に足を運ぶことにしたのだ。

「ここ来たの久しぶりだなあ」
「私も。小学校低学年ぶりかな」
「俺もそんなもんかも」
 
 バスから降りると駆は背伸びをした。一時間乗り物に揺られていたから、秋の風が心地よく私も体を伸ばす。
 ほとんどの人がこのバス停で降りたから同じ公園に向かうのだろう。私たちは人の波に乗って公園の入り口まで流されていった。

 公園の入り口には出店がいくつか見えて、駆と私の足は自然と早くなり、前を行く人たちの声のトーンも高く聞こえる。お祭りの雰囲気で浮かれない人などいないだろう。
 
「もみじ饅頭揚げたやつ、うまそ」
「わ、ほんとだ。美味しそう」
「奥にも店あるらしいからここでは我慢する。俺、中でみたらし団子食べたいから」

 どこでも見かけるような出店と違って少し変わった店も多い。もみじ饅頭は揚げたものもあれば、チョコレートでコーティングされた可愛い見た目のものもある。
 この「もみじまつり」の楽しさは景色の美しさだけでなく、食べ歩きの魅力も有名だった。
 
「食べまくることになりそうだから先に歩くか」
「お腹減らさないとね!」

 道なりに進むとSNSでもよく見かける赤い橋が現れた。幅五十メートル程の川に架かる橋はこの公園のシンボルといえる。
 この橋から川沿いに並ぶ紅葉を眺めることができ、川の流れに寄り添う赤・黄色・緑と鮮やかな木々を見渡せる。

「わあ……」
「すごいな」
「しかもすごく空気がきれいな感じする」
「わかる」

 詩的な光景の前では語彙力はなくなるのだと知る。私たちはしばらく「すごい」「きれい」「わかる」しか言わなかった。

「夜のライトアップもすごいらしいな」
「ね、それもいつか見てみたい」

 この光景を切り取るように写真を撮って、先に進むことにした。
 川沿いを歩けば、もみじだけでなく他の木々もあることに気づく。

「これは銀杏か」
「匂いでわかるね」
「普段銀杏ってクサいだけって思ってたけど、こうやって見るときれいで、匂いも気にならなくなるな」
「いつもはどこから匂ってくるかわからないもんね」
 
 画像では気づかなかったことは、匂いだけじゃない。
 絨毯のような落ち葉はキシキシ、ザクザク、様々な音がする。
 それに色も単純な赤だけではない。真っ赤な紅葉もあれば、枯れかけているものもあり、まだほとんど緑のものもある。
 それら一つずつを瞳の中に取り込みながら私たちは進んだ。

 川沿いから奥に入ると、開けた場所に出る。
 憩いの場で飲食ができるようになっていた。通年出店している名物店から、もみじまつりの期間だけの出店もあり、テーブルとイスも数多く観光客で賑わっている。
 私たちは後ろ髪をひかれながら、もみじのトンネルが続く山道に進むことにした。

「ここ進むと小さな寺があるらしい。拝んでいくか」
「せっかくだしね」

 日差しが木々に遮られているから、歩き続けていてもずっと涼しい。
 空気が木々にろ過されて空気も美味しい。どれだけ歩いても気持ちよさそうだ。
 十分ほど山道を歩くと急な階段を現れた。目的の寺はこの上にある。
 息を切らしながら階段をのぼると、頂上に山門がそびえたっていた。和風の家のような門をくぐり、駆は登ってきた道を振り返る。

「見て、雫」

 息を整えていた私は、駆の目線につられて後ろを振り向いた。この場所からは、先ほどまで見上げていた木々を見下ろすことができる。
 門の向こうに赤と黄色が鮮やかに広がり、私の視界全体に美しさが敷き詰められていた。

「すごい……」
「上から眺めるの最高」
「ほんとにね」

 木々より高い場所から葉を見下ろす。
 それは私の頭の中では決して生まれなかった光景だ。

 日に照らされた木々がきらきらと輝き、赤と黄色を照らしていく。宝石箱のような光景に私たちの言葉が途切れる。

「本当に何にも言葉にならないね」

 私が漏らすと、駆もそれ以上は言葉にせずに大きく頷いた。

 ぱちぱちと目を瞬かせて、シャッターを切るように景色をうつしていく。これは写真に撮っても無意味な気がして。
 写真には残せないこの気持ちを残したい。ごまかしも偽りもなく、私の中に生まれたこの純粋な感動を。いつでもこの場所に戻れるように。
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