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2.緑から赤へ
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しおりを挟む【これはデートなんかじゃない。
共通目的達成のための一つの手段。
だけど一番お気に入りのワンピースを着てしまった。
秋らしい色合いの花柄だから、なんとなく君を思い出してしまっただけだよ。
丁寧に髪を伸ばした三十分にも気づかないふりをして。
誰にも聞かれてないのに、言い訳を繰り返す。】
待ち合わせ場所に向かう電車の中で打ち込んだ文章を眺める。
これは私の感情じゃない。今回の〝映画に行く〟をもとに作ったお話なだけだ。
投稿はできないまま、下書きボタンを押す。
「おまたせ」
駆に声をかけられ、慌ててスマホをカバンにしまう。
ポップコーンとドリンク二つをいれたトレイを持った駆が現れた。ショッピングセンターの中にある大型シネマは混雑しているけど、背の高い駆は埋もれることがなく目立つ。
「ありがとう」
チケットの代わりに飲み物くらい奢らせてよ、という駆の言葉に甘えてオレンジジュースを買ってもらった。
トレイに私のジュースが入っていて、それを駆が持ってくれている。
ただそれだけのことなのに、今から二人で映画を見るということを強く意識してしまう。
「もう入場していいみたい。いこ」
電光掲示板を指さす駆に続いてシネマの入口に向かう。
アルバイトの若いお兄さんから半券の返却と同時に入場者特典のフィルムをもらった。
「あっハヤテくん!」
特典フィルムは桜の木の下で微笑む、香菜の好きな俳優――ハヤテくんがうつっていた。これは〝アタリ〟の特典だ。
香菜が喜ぶだろうから明日渡そう。そう思っていると、駆が私の手元を覗き込む。
「その俳優好きなの? 俺のもいる?」
駆がひらひらと特典を見せてくれる。ハヤテとヒロインが向かいあっているシーンの物だ。これもアタリ特典。
「いいの? ていっても私が集めてるわけじゃなくて……これ香菜にあげてもいいかな?」
「岡林に?」
「香菜がこの俳優さんが好きなんだって」
「雫はいらないの?」
「私は集めてるわけじゃないから。香菜は大ファンだから前売り特典も集めてるんだよ」
駆は「へえ」と言いながらフィルムを渡してくれる。私はそれを受け取ると、フィルムを折り曲げないために用意していたミニファイルに丁寧に挟む。
「今日って元々岡林と来る予定だった?」
「そう。よくわかったねー、でも彼氏と行くことになったみたいで。付き合いたてだからねっ! ラブラブで羨ましいよ」
私が優先されなかった、そのことを知られるのが少し恥ずかしい。愚痴っぽくは聞こえないように明るく、そう思うと自然と早口になる。
「それで俺が召喚されたわけだ? ラッキー、誘ってくれてサンキュ」
駆は笑うと「シアター3、ここだな」と上を見上げて楽しそうにシアターに入っていく。
ここ数日喉につっかかっていたままの小骨がぽろりと落ちる。
そっか。これはラッキーなことだったのか。
お母さんと見るより駆と見るほうが楽しい。そうだよ、これはラッキーなことだったんだ。
ミニファイルに目を向ける。
先程まで全く魅力を感じていなかった特典。
だけど手元に置いておきたくなった、かもしれない。
**
それはいわゆる定番のデートだった。
映画を見て、そのままショッピングモールのレストランでランチをして映画の感想を語り合う。まるで恋愛漫画やドラマみたいで、主要人物の位置に自分がいることに現実味がない。私はずっとクラスメイトBのままだと思っていた。
「最後泣くのかなり我慢したわ」
「ふふ、泣いちゃってもよかったのに」
「そういう雫だって泣いてなかっただろ。俺だけ泣くのもなー」
「私は涙腺が硬いから絶対勝てないよ」
「勝ち負けの話か?」
いつも誰かと話すとき、私は迷路を進んでいる気分になる。
あ、これは行き止まりだ。と思えば喉が詰まるから。
通ったらダメな道、ハズレの道に進まないようにゆっくり慎重に進めていく。
だけど駆との会話はなぜだか最初から一本道みたいだ。
「〝主人公とヒロインが映画に行く〟せっかくだし今日のことも150文字にしたいよな。季節にまつわる150文字を多めにはしたいけど、日常があるからこその四季だと思うし」
駆がフォークを置いてそう言った。
駆がお兄さんのことを話してくれたあの日から、私たちが目指す小説は着々とイメージが固まってきている。
「いいね。しかも季節に限定するとネタ切れになっちゃうかも」
「だろ」
「私一つ思ったんだけど。お兄さんの三作のうち〝夏の話〟は告白を決意する話だったでしょ?」
駆が革の手帳を開いて〝夏の話〟を二人でもう一度確認してみる。
【カランと氷が落ちた。音に視線をあげる。
グラスの水滴と、君の喉に張り付く汗が重なって目を落とす。
眩しくてずっと目をそらし続けてた。
君と、このじっとりとした気持ちに。
だけど今日は決めている。
次に氷が落ちたらそれが合図。君に明かすよ】
「あとの二つ、春と冬は片思いぽい話だったから、この〝夏の話〟を最後に持ってくるのがいいかなと思って」
「俺もそれ思ってたんだよ! 終わり方をどうするかは決めてないけど、啓祐の手帳にはなかった秋から始めて夏に終わる。そんな一年を通した話にしたい」
駆は身を乗り出して、私の提案に賛成してくれる。
私はノートを取り出した。今回の小説を作るために買ってみたノートだ。
それに『秋から夏にかけての一年の話』と記入した。私の様子を駆は楽しげに見てから
「夏に向けて片思いの話にするってのはどう?」
「うんうん! 〝夏の話〟は、二人がお茶してるシーンだから、二人の関係は友人以上恋人未満かなと思った」
「一方的に知ってる片思いじゃなくて、二人でお茶するくらいには仲がいいけど恋人までには発展してない、感じか」
「そうだね! 片思いだと切ない話になりそう!」
「clearさんの得意分野だ?」
「あはは。でも確かに。私は幸せいっぱいの両思いより切ない恋してるほうが得意かも」
二人で笑い合ってノートを埋める。
『片思い』『友人以上恋人未満』『切なさ』
数日前には手詰まりだった小説の内容がするすると決まっていく。
私の言葉も一度も迷子になることなく、身体から滑り出た。
そして私たちの役割分担も決めた。
駆が物語の大枠を作っていき、私が細かい表現を担当する。
私――clearは詩的な表現が得意だけど、小説は書いたことがない。
小説を書いたことがないのは駆も同じだけど、この小説の道は駆がハンドルを握るべきだろう。
「秋始まりで夏終わりって珍しいかもね。春始まりとか春終わりはイメージつくけど」
「ま、いいじゃん。俺らだって秋から始まったわけだし」
駆は笑いながらストローを噛んだ。
その意味を深く捉えてしまいそうで私もストローを噛み締めた。
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