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2.緑から赤へ
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食事を終えても続くお母さんの愚痴から抜け出して部屋に戻る。
すぐにでもLetterを開きたい気分だったが、まずは映画館の公式サイトを見ることにした。もしかしたら予約の変更をする方法があるかもしれない。
スマホを見ればメッセージが届いている。開いてみると送信者は駆だった。
『今週の土日あいてる? 小説の題材見つけにいこ』
渡りに船とはこういうことを言うんだろう。私はすぐに返信をした。
『この映画興味ない? http://』
『ある』
『なんとこの映画のチケットが二枚あります。日曜日の十時限定なのですがどうですか』
『行く』
先ほどまで頭を悩ませていた問題が一瞬で片付いてしまった。
――駆を誘う。その選択肢は頭にあった。
しかし〝小説の題材を探しにいく〟ために出掛ける公園と違って、映画に誘うのは……デートに思えた。
私たちは青春〝恋愛〟小説の題材を探しに行くのだから、映画デートだとしても、それも題材集めの一つとは言える。
それなのにどこか落ち着かない気持ちになるから、気分をさっぱりさせようと私はお風呂に入ることに決めた。
階段を下りている途中で、リビングからお父さんと悟の声が聞こえることに気づく。
……お父さん帰ってきてたんだ。
二人が会話している場面は珍しい。
階段からそっとリビングを覗いてみれば、ダイニングテーブルに座った二人が話をしているのが見える。
久しぶりにお父さんが喋っているところを見た。あまり家におらず、お母さんと顔を合わせれば書斎に引っ込んでしまう。
本来は穏やかな人で、悟もお父さんとなら素直に話すときがある。特に野球の話となると反抗期とは思えないほどきちんと話す。今夜も野球関係の話をしているらしい。
「A高校もいいんじゃないのか? 公立だけど昨年いいとこまで行ってたろ」
「偏差値高いから」
「推薦もあるだろ?」
「B学園でいいよ。推薦確実だし設備もいいから」
「設備はBが断トツでいいよなあ」
「考えるのも面倒だから、B学園で」
「そうだな。そういや悟の友達の――」
……立ち聞きしてしまった私が悪い。悟のことを考えた私が悪い。
だけどふつふつとしたものが胸にわきあがる。
B学園。それは私が行きたかった私立高校。
ここに行きたい、そう言った時の両親の困った表情が忘れられない。
「考えるのも面倒だから」
悟の投げやりな言葉が頭に響いて、一年前の私が顔を出す。
一年前。進路を最終決定する時期。私は両親にB学園に行きたいと相談した。
この県で吹奏楽をしている者なら一度は憧れる強豪高校。県内はもちろん全国的にも有名なその高校は、吹奏楽部を引退したばかりの私にとっても憧れの学校だった。
「入れたとしても。コンクールメンバーに選抜されるかわからないわよ」
一言目にお母さんはそう言った。
「確かに雫は部長もしてたし、今の部の中ではうまい方かもしれないけど。それは雫の中学の話よね。すごい高校になんて行っても埋もれるだけじゃない?」
そう言われると次の言葉が出てこない。
私の中学は特別に吹奏楽が強いわけでもなく、成績を残したこともない。お母さんの言いたいことは正論で、私は三年の間で選抜されることもないかもしれない。
「……埋もれても大丈夫だよ」
「悟みたいにプロでやっていくような覚悟があるならわかるけど」
「そ、そうだよね。ちょっと挑戦したくなってみて」
「それくらいの覚悟なら難しいわよ、本気の子たちとは合わないだろうし。……それにうちは二人とも私立に行かせてあげられる余裕はないから」
お母さんの建前と本音。
本音が飛び出ると、ああこれはもう何を言っても絶対に無理なのだと悟る。
二人とも、の余裕はない。だけど一人なら。
その一人に私が選ばれなかっただけの話だ。
どこの中学にもあるなんの成績もおさめてない吹奏楽部で、まとめ役が得意で真面目だからという理由で部長に選ばれただけの私。
地域の有名チームに所属して、中学一年生ながらエースとして活躍し、いくつかの高校から直々に誘いを受けている悟。
それは誰だってわかる簡単な問題だ。
客観的には理解できる。
だけど選ばれなかった私の気持ちはいまだに成仏できないまま、こうして小さなきっかけで煮え立ってしまう。
……あのとき、本音なんて言わなければよかった。
挑戦してみたい。
だけど、笑われるかもしれない。
打ち明けるまで数ヶ月悩みに悩んだ。それでも目指したい気持ちが勝った。
そうして意を決して発した言葉たちが、ため息で潰された。
結局、本音を打ち明けてみても何も変わらない。
変わらないどころか、傷つくだけだ。
階段の途中で一人立ちすくむ。二人に顔を合わせる気が起こらず、Uターンすることにした。
Letterを眺めよう。今日は明るいオレンジの投稿でも眺めて。
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