透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ

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 友情なんて、恋愛の前ではあっという間に崩れる。よく聞く言葉だ。
 
 目の前で手を合わせて謝る香菜に、私は笑顔を作って「大丈夫だよ」と私定番の台詞を吐く。
 
「ごめんね本当。この埋め合わせはいつか!」
「本当に大丈夫~!」

 私と見に行く予定だった映画を彼氏と行きたい、というのが謝罪の理由。

 お昼休みに気まずそうに香菜が切り出した。

 見に行く予定だったのは、香菜の好きな若手俳優が主演を務める青春恋愛映画。
 キャストが発表された時から私たちは三人で観に行く約束をしていた。
 映画の前売りチケットには何種類ものフォトカードが特典としてついているらしく、香菜に協力するために前売りチケットを早々に買っていたのだった。
 
 恋人になりたての二人は、昨夜このロマンチックな映画の話で盛り上がったらしく、どうしても一緒に観たいと思ったらしい。友梨カップルとダブルデートとして。

「でも雫も見たがってたよね?」

 友梨は少し困ったように私を見る。友梨はダブルデートでも、私たち三人で観に行くでもどちらでもいいというスタンスだ。
 ……ここで友梨がたしなめてくれてもいいのに。ちらりと浮かんだ考えを笑顔に変える。
 
「大丈夫っ! この映画、お母さんも観に行きたいって言ってたから母娘デートでもしようかな。親孝行っ!」

 語尾が軽やかになるように細心の注意を払うと、香菜は安心したように「なら良かったあ」と笑顔を見せた。

「雫ってお母さんと仲いいよね。よく一緒に買い物とかいってない?」
「友達親子いいなー」
「弟のついでだったりするけどね」
 
 悟の遠征時、お母さんは私を連れて行くこともある。現地で数時間暇を持て余す時は特に。

 お母さんと出かけるのは嫌ではない。出かけているときのお母さんはたいてい機嫌がよく、空気が重くなることもない。
 
「雫の弟って有名なチームのエースなんでしょ? すごー」
「うちのだらけた弟と交換してほしいわ」
「あはは、交換しちゃう? ――そうだ! 入場者特典は香菜にあげるからね。入場者特典フィルムだったよね?」

 少し強引に話を戻しすぎたかな、と内心不安になる。

「うっそー助かる! ありがとー! そうそう、フィルムも五十種類あるらしい。ファン商法やめてほしいよね」
 
 香菜には効果抜群の話だったらしく、うまく映画の話に戻ってくれた。

 ほっとすると同時に、映画を断られたショックがじわりじわりと私を削る。
 別にお金を損したわけでもない。映画は見に行けるんだから。でも私が一ミリ削れてしまった。


 **


 絶対にキャンセルされないひと、優先されるものって世の中にはあると思う。
 
 香菜はできたばかりの彼氏の約束は断らないし、
 友梨は大好きなアイドルのライブは嵐で飛ばされそうでも行くと言っていた。
 お父さんは熱があっても解熱剤を飲んで無理やり会社に行く。それが褒められた行為でなくとも。
 お母さんは悟の野球が絡むことならなんでもする。そもそもお母さんが専業主婦でいるのは悟のためだ。

 そして私は誰からも〝別にキャンセルしてもいい存在〟なのだ。
 
「ごめん雫。日曜日、無理になっちゃった。別の日に出来る?」

 夕食の席でお母さんが私に話しかけたと思ったらこんなことだ。
 日曜日はお母さんと映画を観に行くことになっていた。

「えっ、もう席取っちゃった」
「日にち変更できないってこと?」
「うん。席まで予約したらそこからはキャンセルできない仕組みだから……」

 近くの映画館は数日前から席の予約を受け付けている。公開されたばかりの人気作だからと思って予約したけれど、一度予約してしまえばそのあと日にち変更もできないシステムなのが痛かった。

「えーっ、風邪とか引くかもしれないのに?」
「う、うん。ごめん……」
「それならお母さんの分のチケットもあげるから友達と行って来たら?」
「……そうだね。チケットありがとう」

 なぜか私が謝って、お礼を言った。
 お母さんは不満げな表情を浮かべて豚バラをつまむと
 
「お母さんだって本当は行きたかったのよー? まーた丸山さん仕事が入ったんだって。だから送迎をお母さんが担当することになったの。日曜日はG市で練習試合だから誰かが車を出さなきゃいけないでしょ」

 心の奥の奥にある芯がさぁと冷える。
 わかってたことだ。お母さんが映画に行けなくなったということは、つまり悟の予定が入ったということだ。
 
「丸山さんって平日も帰りが遅いから良くんは一人で電車で帰ったりしてるらしいの。練習で疲れてる後にかわいそうだわ。送ってあげたいくらい」

 丸山さんは最近よくお母さんの話に登場する人だ。
 お母さんいわく悟の所属しているチームは母親が担当する役割も多い。息子を支えるために生活を犠牲にしてでも皆が頑張っているなかで、丸山さんは非協力的にうつるのだろう。
 
 大きく音を立てて悟が立ち上がった。まだ皿の上には料理が残されている。

「どうしたの? 体調でも悪い?」とお母さんは即座に反応する。

「別に」

 そっけなく言葉を吐くと悟は二階にあがっていった。
 機嫌が悪くなった時の悟の行動はお父さんによく似ている。今日もまだ帰ってきていないお父さんを思い浮かべた。

「こんなに残して、もう……」

 悟の姿に完全に見えなくなるとお母さんは食卓に座り直す。

「明日のお弁当に詰めるのは? 口つけてないのもあるよ」
「そうしよ。雫、こんなかで食べたいものある? いれてあげる」
「やったあ、それならカボチャサラダもらっちゃおっかなあ」

 私ははしゃいだ声を出して、食卓からなんとか気まずい空気を押し出してみる。

 それにしても映画、どうしようか。
 お母さんは未だに二階を見上げていて、映画のことなど忘れてしまっているに違いなかった。
 
 私はキャンセルされる存在。断られるたびに、その人にとっての優先順位が低いことを思い知らされる。

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