透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ

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1.序章

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 池を離れた私たちはガーデンに向かうことにした。園内はどこも緑が美しいけど、花が咲き誇るガーデンエリアがあるらしい。季節感を求めて公園に来た私たちは、四季の花からヒントを得ようと考えたのだ。

 広大な芝生広場を抜けながら、私は考えていたことを話すことにした。

「コンテストの応募作、もう結構集まってきてるからどんな作品があるか見てみたの」
「敵情視察てやつだ」
「それで気づいたことがあるんだけど、小説部門は大きく二つの傾向に分かれてた」

 駆が目を開き関心を寄せてくれていることに安堵して、私は話し始めた。

「短編小説として書く人たちと、150文字を連載している人たちに分かれる」
「……どういう意味? ちょっとよくわからん。小説部門なんだから小説を書くし、Letterは150文字までしか投稿できないよな。みんな150文字を連載してるんじゃ?」

 駆は正直に訊ねてきた。私もうまく説明できるかわからない微妙なニュアンスなのだ。
 小説部門は一万~三万文字の小説を募集している。だけど小説部門もLetterで150文字ずつ投稿する必要がある。小説部門のタグをつけて投稿し、日付順に読んで一つの小説にするのだ。
 
「Letterは150文字までしか投稿できないから、投稿の仕方は一緒なんだけど……なんというのかな。数万文字の小説をただ単に150文字に区切ってる人と、150文字ということに意味を持たせてる人がいると思うんだよね」

「……なるほど。なんとなくわかってきた」

「普段からLetterを利用している人だけじゃなくて、コンテストだから小説家を目指している人たちも多く応募しているみたいなの。そういう人は予め短編小説を書いて150文字に区切って投稿していると思う」

 Letter外のSNSやネットニュースを検索した結果、今回のコンテストはちょっとした話題になっていて普段Letterにいない人も呼び寄せているそうだ。

「でもきっと〝150文字〟〝Letterでの投稿〟ということに意味があると思うんだ。だって数万文字の小説を応募するのに、150文字に区切るのって投稿者はすごく面倒だし、審査する側も読むの大変じゃない?」

「すごい、絶対にそうだよ!」

 駆は興奮したように同意してくれた。
 
「私が憧れててすごいなと思うLetterの作家さんたちは後者で、150文字を連載してるの。150文字だけでも一つの作品としても成立しているし、続けて読めば一つの小説にもなる」

 私の言葉に駆は足を止めた。そして困ったような表情を浮かべる。

「それってかなり難易度が高くない?」
「そうかも。でもね、普段からLetterにいる私たちはそっちの方が得意だと思うんだよ。keyの投稿も素敵だったし。私も150文字なら協力できるかもしれない」
「……なるほど」

 駆は考えながらまた足を動かし始めた。先程までの興奮した様子は潜めじっくり考えているから、私は次の提案をすることにした。

「だからまずは150文字のお話をたくさん考えてみるのはどうかな? 主人公だけは固定して。それを最後に一つに繋げてみればお話になりそうじゃない?」
「確かに。一万文字は難しいけどそれならいけそうな気がしてきた」
「まあ150文字を七十個くらいは作らないといけないんだけどね」

 私が苦笑すると、駆も同じ顔をした。
 
「だから設定を細かく練る前に、公園を見ながらいくつか作ってみようと思って」
「花見てたらなんか思いつきそうだもんな。難しいこと考えずに作るか!」

 駆は笑顔に戻り、私も提案を受け入れてもらえてほっとする。クラスで提案したりまとめたりすることはある、そういう役割を求められているから。だけど周りの空気を読み取るのではなく、自分の見解を伝えることは慣れていない。
 だけどLetterのことなら私でも積極的に意見ができるのかもしれない。

「俺にいろいろ協力してくれてるけど、雫はどうなの?」
「何が?」
「何がってコンテスト。小説書くの無理って言ってたけどこの方法なら雫も書けるんじゃね?」

 ……それは私も思っていたことだ。最低一万文字の小説なんてとても無理だと思っていたけれど、この方法なら私でも書けるかもしれない。

「でも今回はやめとこっかな。駆を手伝って自信が持てたら次回は応募するかも」
「次はないかもよ」
「そうだよねー、考えておくよ」

 私が濁すのを読み取ったのか、駆はそれ以上言及するのをやめた。
「あそこに見えるのがガーデンかな?」と話まで変えてくれる。空気を読んでくれる駆は私にとってありがたい存在だ。

 コンテストには応募したくない。Letterのコンテストなんて絶対に。
 ……だって選ばれなかったら。ここでも選ばれなかったら。

 Letterに、好きなものに、受け入れられないことが、怖い。

 

 **

 玄関の扉を開けるまで、今日の私は間違いなく幸福だった。

 秋の花を見てどのような言葉にするか、思いを巡らせるのはとても気分が良かった。
 今までの私のLetterは、偽物の感情を想像してピンクの恋心に変えていた。

 だけど目の前の景色をそのまま言葉にできる。それを美しいと思う心に偽りはなかったし、誰にさらけ出しても不快に思わせない言葉だ。
 
 駆の「家で考えるんじゃなくて探しに行こう」という作り方を体感し、keyの言葉はこうして生まれているのだと知った。
 神経質な私は結局その場で150文字をまとめることはできなかった。それは駆も同じらしく、公園ではインプットに留め、お互い帰宅して落ち着いた空間で文字にしたためることに決めた。

 今日はシンプルに楽しくて、いつもの何倍も喋ってしまった。私は一度もどうでもいい話をしなかった。

 だけどそのふんわり膨らんだ気持ちは、扉を開けた瞬間に割れる。リビングの方から刺々しい声が聞こえたからだ。

 ……ああ、お父さんいるのか。今日朝から出かけてたはずなのにどうして。
 そんな私の疑問に答えるようにお母さんの尖った声が聞こえる。

「今日本当にゴルフだったわけ?」
「そう言った」
「どうだか」
「わけのわからんことを言うな」

 そうしてリビングは静かになる。きっとお父さんは会話をめんどくさがって書斎に向かったに違いない。
 私は靴を脱ぐか迷って、音を立てないようにそっと家を出た。

 階段が廊下にあればいいのに。心のなかで愚痴る。
 我が家はリビングを通らないと二階にはいけない造りだ。今リビングを通ればきっとお母さんに捕まってしまう。

 ――楽しく満たされた身体をお父さんの愚痴で流されたくない。
 私は行く宛も意味もなく家の周りを歩いた。見るもの全てが輝いて見えた公園と違って、今目に入るものはすべてが灰色で重く見える。

 私はスマホを取り出すと、心に立ち込めてきた感情を打ち込んだ。


【君がくれた金木犀を水に浮かべる。
 透明な水面に咲いたオレンジたちがゆらゆら揺れて私を照らす。
 一滴の墨汁が、水面に落ちる。
 揺れる、滲む、広がる、混ざる、染まる。
 一度広がった黒が優しい橙を消していく】


 今日はこんな言葉を吐き出すつもりではなかったのに。

 初めて名前を知った花の柔らかな詩を書くつもりだったのに。

 私から出てきたのは黒い気持ちだった。嫌だ。こんな気持ちがどろりと現れることが。下書きボタンを強く押す。
 吐き出してみたのに、黒は消えてくれない。

「シュウメイギク、タマスダレ、ツワブキ、パンパスグラス……」

 黒を消すように、呪文のように、今日初めて知った花の名前をつぶやく。消えて、消えて、私の黒い気持ち。オレンジ色の花を必死に思い浮かべる。咲いてよ、黒を覆い隠すくらい。


 
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