透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ

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1.序章

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 嫌いな時間はいくつもある。
 
「今日のテーマは手。手のひらでも指でも何でもいいわ。ペアになった相手の手を書いてね。じゃあペアを組んで」

 午後。私たち一年五組は美術室にいた。この先生はやたらペアを組ませたがる。先生の言葉に、自由に席についていたクラスメイトたちは賑やかになり、私たち三人も顔を見合わせた。
 
「えーどうする?」
 香菜かなは不満げな声をあげながら、くるりと巻かれた毛先を指で遊んだ。ぱっちりとした丸い瞳が私に向く。

「うーん、こないだは雫が行ってくれたもんね」
 友梨ゆりが私を気遣ったように見て黙る。大人っぽい友梨は性格もクールで、自分からあまり意見は言わない。ラインがしっかり引かれた切れ長の瞳は下を向く。

 そのまま二人は黙ってしまうから、居心地の悪い沈黙が訪れた。それに耐えきれなくなり口を開く。

「……私が別の人と組むよ」

 心の内が伝わらないような声を出して、微笑んで見せる。二人がほっとしたように顔を和らげるのを確認してから席を立った。
 
「山本さん、ここに座っていいかな?」

 柔らかい声と表情を意識して、一人で座ったままのクラスメイトに声をかける。彼女は教室でもいつも一人で過ごしている。山本さんは黒髪をさらりと揺らしながら頷いてくれるから、彼女と対面するように座った。
 
「俺余ったから、誰か組んでー!」

 大きな明るい声が飛んでくる。声の主は鍵屋駆かぎやかける

 正直鍵屋くんが余ることなんてない、と思う。男女問わず人気があるムードメーカー。
 他の男子より頭一つ分背が高いから、集団にいてもすぐにわかる。鍵屋くんは近くにいた目立たない男子生徒に声をかけてへらりと笑った。
 
 ――私は鍵屋くんがちょっと苦手だ。ほんの少しの同族嫌悪と、ほんの少しの嫉妬。

 彼は人より少し空気が読めて、他人の顔色を窺って立ち回ることができる。そういうところは私と似てるくせに、私には到底なれない存在だから。明るくて、人気者で、優しくて、きっと彼を一番の相手にしたい人はたくさんいる。
 
「私から描いてもいい?」

 ぼんやりしていた私に山本さんが訊ねた。

「ごめん、いいよー」

 私は目を細めて楽しげな唇を作ってから手を差し出す。
 
 山本さんの奥に友梨と香菜が見える。どちらから始めるかじゃんけんをして楽しそうに笑っている。

 別にペアを組むときに余ること自体はいい。山本さんは穏やかで一緒にいて苦もないし、三人から誰が抜けるか話す時間が長くなるよりずっといい。
 
 だけどこうして選ばれなかった事実を突きつけられるたびに、私という存在は薄れていく気がする。



 ・・


「二人って今日予定あるー?」

 放課後、友梨がリップを直しながら訊ねた。マットな質感の赤が唇を彩り、いつも以上に大人びて見える。

「ないよ。だけど友梨って今日デートじゃなかった?」

 友梨は大学生の彼氏がいて、校門の近くに停まった車に時々乗り込んでいく。
 
「彼氏が友達連れてくるんだって。それで良ければ友梨の友達もーって言われてるんだけど、どう?」
「予定ない! 行きたい!」

 香菜が即座に返事して、私も「予定ないから行けるよ」と答えると、友梨はスマホを見て表情を少し曇らせた。
 
「あーごめん……友達来るのは一人みたい」

 瞬間、空気がピリッと張る。遊ぶと言っても……つまりこれはダブルデートのお誘いだ。求められているのは〝一人だけ〟。
 彼氏が欲しいと常にぼやいている香菜は私の反応を待っている。
 そしてこういう時、どういう答えを用意すればいいのか私は知っている。
 
「私、知らない人は緊張しちゃうからやめとこうかな」

 出来るだけ軽く聞こえるように私は言った。
 
「え、ほんとー? じゃあ私行く!」

 香菜が嬉しそうな顔に代わり元気よく手を挙げると、友梨もほっとしたように微笑んだ。
 
「ごめんね雫、また遊ぼうね」
「全然大丈夫。私のことは気にしないで」
 
 二人が眉を下げるから、私定番の台詞を口にして口角を上げてみせた。
 
「じゃあまたねー」
「ばいばーい」

 友梨と香菜は私に手を振ると、先ほどまでの申し訳なさそうな顔から一転、はしゃいだ様子で教室を出ていった。
 
 別にいいですけど。
 彼氏が欲しいわけでもないし、知らない人がいると緊張するのも本当だし……それにどうせ万年六番手ですし。
 悲しき突っ込みがお腹からこみあげてくる。
 
 少し心がすり減ったときは、Letterを見て癒されるのが一番だ。そう思って一つ二つ投稿を見てみるけど……ガヤガヤとした教室ではカラフルな世界には飛び込めない。Letterは一人で家にいる時に見るに限る。
 
 そう思って立ち上がった瞬間。私に衝撃が訪れた。
 
「わ……」
「うわわ」
 
 誰かに思いっきりぶつかられて、その衝撃で手にしたスマホがカシャンと音を立てて落ち滑っていく。
 
「ご、ごめん、瀬戸!」

 私にぶつかったのは鍵屋くんだった。彼の色素の薄い柔らかな髪質の頭が見える。――鍵屋くんが私に向かって大きく頭を下げているからだ。
 
「大丈夫。私もよそ見してたから……」
「てか、スマホ!」

 私の身体の無事を一度確認してから、鍵屋くんは慌ててスマホを拾うと「あーっ!」と大きな声を上げた。
 
「ごめん……画面割れてる……」
「えっ!?」
 
 さすがにそれは私も笑顔では対応できない。慌ててスマホを覗き込む。
 
「あー、大丈夫。これガラスフィルムが割れてるだけで、スマホの画面自体は無事だよ」

 鍵屋くんから受け取って念のためにスマホを操作してみるけど、機能的にも問題はなさそうだった。

「ごめん、フィルム弁償す――」
 
 心配そうに鍵屋くんはスマホを覗き込むと「あーっ!」とまたしても叫んだ。
 
「瀬戸ってclearさんなの?」
「え?」

 鍵屋くんは嬉しそうに私を見た。
 
 ――なんで、その名前を。
 
「ほら」

 きっと間抜けな顔で鍵屋くんを見ていただろう私は、彼につられて画面を覗き込む。
 それは私のLetterのホーム画面で、私のハンドルネームが表示されていた。そう、私は『clear』という名前で投稿している。
 
「えーすごい。俺ファンで、clearさんの」
「ちょ、ちょっと待って」
 
 教室にほとんど人は残っていないけど、私たちのことをチラチラ見ている人もいる。鍵屋くんは目立つのだからやめてほしい。私は声を潜めると
 
「ごめん、ここではこの話は……」
「なんで?」
「恥ずかしいから……!」
 
 注目を浴びるのは嫌だ。小声で抗議すると鍵屋くんは少し考える仕草をした。
 
「わかった。今からちょっと時間ある? フィルム代の弁償も兼ねておごらせてくれない?」

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