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3章
39 未来は今日から始まる
しおりを挟む青空に色とりどりの花が舞う、二人に祝福の花びらのシャワーが降り注いだ。
白いドレスに包まれて微笑むのはアメリア様、彼女を愛おしく見つめているのはもちろんセオドア様だ。
「セオドア様、アメリア様、結婚おめでとう!」
「おめでとうございます!」
祝福の声は止まらない。待ち望まれた二人の幸せを見るために領民たちもたくさん訪れていた。
セオドア様は領民からの信頼が厚いと聞いていたが本当に愛されているようだ。
皆に冷やかされながらアメリア様の額にキスを落としている。
セオドア様は平民出身ということで、親しみやすさもあるのだろう。
……こんな時に考えてしまうことではないけれど。
そういえば私たち結局キスをしていないな。幸せそうに微笑む二人を見てそんなことを思ってしまって恥ずかしくなる。
決戦前に全てが終わればキスをしようとレインは確かに言ったはずだ。漫画で言うと死亡フラグでは?と思ってしまった言葉だったけれど。
忙しくて忘れていたけど……そういえばキス、されていない。
断罪パーティーからふた月がたち、今日は二人の結婚式でもありセオドア様が正式にリスター領を継ぐ日でもある。
たったふた月で、騒動の処理に加えて引き継ぎまで行ったから本当にレインは忙しかった。
セオドア様を始め関係者は、二人の結婚も領主を継ぐのも急がなくてはいいのではないかと言ったけれど、
「有力者が一度に消えてリスター領は混乱している。再生のためにも、新しい領主と新しい代表者たちが必要だ」
あの事件は領民にとっても衝撃が大きく、リスター領は大丈夫なのだろうかと不安に包まれた。
王都にいるお飾りの領主ではなく、領民から期待されて関係性も深いセオドア様が導いた方がいい。新しい希望を見せなくては、とレインは言った。
……そう。だからとても忙しかったのだ。
キスだなんてそんなことを考える余裕も、スキンシップ治療を再開する暇も余裕もなかったのだから仕方ないわね。
人のお祝いの席でなんてことを考えてしまったのだ、と首を振る。
「セレン、そろそろ館に移動しようか」
挨拶から戻ってきたレインが声をかけてきて、笑顔を作る。
笑顔もだいぶうまくできるようになってきて、カーティスから笑顔解禁許可が出たのだ。
・・
挙式後、リスター家の館。
二人の結婚のお祝いとセオドア様の就任祝いだけでなく、各組合の新しい代表者の就任も祝われる。
なんだか騒々しくもあるけれど、嬉しいことはどれだけあってもいい。華やかで希望の詰まったパーティーだ。
「皆さん、今までありがとうございました」
そしてレインは皆の前に立った。領主として最後の挨拶をするのだ。
本来このような挨拶をする必要もないが、区切りをつけることで皆が前を向けるだろう、と。
それからどうしても一度皆にお礼と謝罪をしたいのだと言う。
「そして申し訳ありませんでした。リスター領が様々な問題を抱えていたのは私の責任です。今まで領地にほとんど寄り付かない酷い領主だったことでしょう。
ほとんどを補佐官であるセオドアが行ってくれていましたから。
セオドアは素晴らしい領主になる、と私が説明しなくても皆さんの方がご存知でしょう」
今までレインのことを領民たちはどう思っていたのだろうか。悪しく思っていた方もきっと先日の事件で見直してくれたとは思いたい。
レインはセオドア様を見つめた。セオドア様はレインの視線に応えて頷いてくれる。
「闇の時期は終わりました。
今日からリスター家、リスター領は新たな出発を迎えます。
私もリスター領の発展を願い、これからも出来る限り助力します。王都から私にしかできないことでリスター領を支えていきます。みなさんの幸せを願っています」
簡素な挨拶が終わるとその場は静まりかえっていたが、カーティスが誰よりも大きな拍手をする、私も手が痛くなるほど叩いた。釣られるように拍手は広がっていく。
最後まで謙虚で誠実なレインが私は誇らしい。
私の夫はどれだけ素敵な人なのかわかってもらえるまで一人一人に説明したいくらいだ。
リスター領の方たちがレインをどう思っているかは、私にはわからない。
でもこの会場に集まった人たちが、明日からの希望を持っていることだけはわかる。
区切りをつければ、騒動や黒い問題も不安も過去になって、未来を生きられるようになる。それできっといいのだ。
「立派なご挨拶でした」
私たちのもとに戻ってきたレインの前でカーティスは泣き腫らしている。
「あのレイン坊ちゃまがこうして皆の前で堂々と……」
「カーティスは泣きすぎだ」
「レイン、お疲れ様」
「ようやくセオドアにあるべきものを返せたよ」
レインは静かに微笑んだ。
レインが冷遇されなければ、こんな回り道をせずともレインは誰からも愛される領主になっていたはずだ。
少し悔しい気持ちにもなる。
だけど、先日語ってくれたことを思い出して、その気持ちに蓋をする。
レインは魔法省からリスター領を、それからこの国を支えたいと言っていた。
これからはその夢を見て進んでいくだけだ。
「挨拶が終わってしまえば、あとはもうただのゲストだ」
レインは私に手を差し出した。私はそっと手を重ねる。
誰かに見せつけるわけでもない、私たちは自由に踊れるようになったのだ。
・・
「わあ、豪華ね」
私は部屋の窓から空を見上げた。光の花が夜空に咲く。
光と火の魔法を使った花火のようなものはこの世界にあって、今はそれが見事に打ちあがっている。
赤、黄色、青、紫。いろんな色が鮮やかに咲いていく。
「こういう出費なら、たまにはいいだろう?」
私の隣にレインが並んだ。
次々と花が咲いていき、レインの顔も明るく照らされる。
「そうね。これを見た人々は勇気づけられるわね」
夜を照らし続けるその花たちは、明日からの希望の象徴に思えた。
いくつも打ちあがって咲き、キラキラと舞っていく。夜が明るくなっていく。
「今夜の光景をきっと誰も忘れられないと思うわ」
「そうだといいな」
「貴方は参加しなくてもよかったの?」
「うん。ここから彼らを見ている方が私には合っているよ」
館ではまだ宴が続いていて、今はメインホールから抜け出して庭から花火を見上げている。
そのまま広い庭でダンスが始まり、賑やかで華やかな宴はまだまだ続きそうだ。
「セレン、本当にありがとう」
楽しそうな皆を眺めていたレインは顔を上げて、私を見つめた。
「リスター家のことは、私は何もしていないわ」
「魔法具を作ってくれた。いつもの卵がなければ手詰まりだったよ」
「そうね、手助けはできたかも」
「それに母の手帳を見つけてくれた」
「本好きが功を奏したわね」
「あと工業組合長に氷の塊をお見舞いしただろう。あれはちょっとすっきりしたんだ」
「私が本当にブリザード令嬢になった瞬間だったわ」
顔を見合わせて笑う。こうして二人で笑っていられるのはずっとレインが頑張ってくれていたからだ。
レインは私に手を伸ばして引き寄せた。レインの胸の中にすっぽり収まる。最近忙しすぎて抱きしめられたのは久しぶりだ。
「でも……一つ一つの助けももちろんありがたかったけど。貴女がいてくれるだけで、一緒にいてくれるだけで全然違うんだ」
レインの優しい声がゆっくりと降ってくる。
「私は本当に臆病で、何もできないままだった。セレンに出会わなければリスター家から逃げ続けていたよ、ずっと」
「レインは臆病なんかじゃないわ」
「セレンがそう思ってくれるからだよ。守りたいものがあれば人は立ち向かえるんだ」
少しだけ身体が引き離されて目と目が合う。レインはくしゃりと笑顔になり「恥ずかしいことを言ったかも」と少しだけ照れた。
「セレン、大好きだよ」
おでことおでこがくっついて、レインの瞳の中に私がいる。
「私も大好き」
「ありがとう」
そのまま私は目を閉じた。
……けど、私の頬には彼の胸のあたたかみが広がる。レインにもう一度ぎゅっと抱きしめられたのだ。
しばらく胸に顔を埋めていると部屋が明るくなった気がする。
そっと身体が離されて窓の外を見てみると、花火はフィナーレが近づいているのか、昼間かと錯覚するほどに明るく、夜に花が咲き乱れていた。
……やっぱりレインはキスはまだ怖いのかもしれない。
でも、今はまだそれでもいいか。花火に照らされて嬉しそうなレインの横顔をそっと見つめた。
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