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3章

38 山積み仕事の先の未来

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 先日購入したアプリコット鉱石のスタンドに蝋燭の火を灯す。部屋の中はオレンジに染まり、優しい光が揺らめいた。

 ようやく王都の私たちの家に帰ってこれた。ずっとリスター領で色々な処理に追われ、帰宅したのは日付が変わる頃だった。

「美味しい」

 レインがカップから顔を上げてほっとした表情を見せてくれる。空きっ腹に温かさが広がり、私の頬も緩む。

「セレンは料理が出来たんだね。どこかで学んだの?」
「え、ええ……そうね」
「優しい味で染み渡る」
「それで良かったらいつでも作るわ」

 使用人たちは既に就寝しているし、カーティスはまだリスター領に残っている。
 だからキッチンにある材料を作って簡単なリゾットを作ったのだ。――実はセレンとしては初めての調理だったからうまくできるか心配だったけど。前世の記憶のおかげで、手が覚えていた。

 親しみのある味と、本や魔法具に囲まれたレインの部屋。アプリコットの光が天井まで包みこみ、柔らかい時間がゆったりと過ぎる。私たちの日常が戻ってきたんだ。


 ・・


 あの後――

 ギリングス家は数々の不正や、犯罪組織との関わりが表沙汰になった。ギリングス家の問題は私たちには関係ないので詳細は知る必要もない。今後関わることもないだろうし、もう脅される心配もない。

 工場組合長を始めとする不正に関わっていた有力者たちは取り調べを受けているところだ。一度に検挙されたから自分だけ言い逃れはできないと諦めて、皆素直に罪を認めているらしい。
 前商会長は他の人の罪を着せられたとはいえ、彼も不正に加担していたのは事実で。彼は彼の罪を償っていくようだ、今だに彼だけはアナベル様に陶酔しているみたいだけど。

 しかし彼らは、不正に関わっていたとはいえ、今までリスター領を盛り立ててきてくれた人たちでもある。彼らが一度に抜けてしまうと、建て直すまでは時間がかかる。


 アナベル様は、頑なに罪を認めず黙秘を貫いているらしい。
 リスター領の有力者たちの名前を呼びながら、助けを求めて続けているが、もちろん返事はない。
 金と欲で繋がった関係のなんと虚しいことか。

 証人が多く信頼性があるため、罪に問われることは間違ないそうだ。罪を認めずに呪詛を唱えてばかりいるらしい。このままでは美しい盛りをずっと暗い塀の中で過ごすことになるだろう、と報告を受けた。


 ジェイデン様はバーナード・リスターの殺害を改めて自供した。
 基本的には事故後の報告と同じ流れだったそうだ。従者と共謀し、車輪がおかしくなったと言って馬車を降り、車輪を確認するふりをしながら馬に薬を打った。通報する前に馬を回収し、別の馬を崖下に落としたのだと言う。


「ジェイデン様はリスター領のことは恨んでいなかった、わよね」
「そうだ、と思いたい」

 実は私たちは、パーティー前日になってもギリングス家の決定的な証拠を見つけられないままでいた。
 そこでジェイデン様に、商会事務所から見つけた不正の証拠たちと動機であろうグレース様の日記を突きつけた。

 彼は私たちの問いを否定することなく「ええ、全て仰る通りです。レイン様」と微笑み受け入れた。


 ジェイデンの自供によると。

 アナベル様はバーナード様の不正を探し続けていた。彼が、酒だ女だと家を不在にすることが許せなくなっていた。リスター家領主から引きずり降ろし、レインを領主にしようと考えていたそうだ。
 
 そしてアナベル様は、バーナード様とギリングス家との繋がりを見つけた。
 バーナード様がひっかけた女がギリングス領の犯罪組織の人間で、ギリングス家から脅され定期的に金を支払っているのが発覚したのだ。

 アナベル様はそれに目をつけ、ギリングス家と接触した。そして逆にギリングス家の策略にハマったのだと言う。彼らはアナベル様の殺意に気づき、そそのかしていた。

「途中でギリングス家とアナベル様の接触に気づいて止めることもできたのです。しかし私個人の感情が勝ってしまったのです。私からアナベル様に申し出ました、殺人に協力したいと」

 ジェイデン様は、バーナード殺害については後悔していないと言い切った。

「グレース様の愛した領地を守っていこうと、グレース様の死後も補佐官として続けてきたのですが。……どうしても許せないことがあったのです」

 それについては遂に語ってくれなかったが、酒に酔った父が何を言うかは想像できるとレインは顔をしかめた。ジェイデン様の心の触れたくない部分に触れたのだろう。だからといって殺人を肯定できるわけではないが。


 ギリングス家から派遣された従者は口封じのために殺される予定だったが、ジェイデン様がリスター領の僻地の工場で匿っていた。
 従者は自分も罪に問われる立場だというのに、あの場に出てきた。そして「実行犯は私です、ジェイデン様は見ていただけです」と供述したあたり、彼とジェイデン様に蓄積された何かがあったのだとわかった。


「前商会長に罪を着せようと言ったのも私です」

 ジェイデン様は不正についても供述した。

 アナベル様がギリングス領への定期的な支払いを続けることに気づいた前商会長が、アナベル様を脅すようになった。
 前商会長はアナベル様への恋に狂い、脅してでもアナベル様と一緒にいたかったそうだ。
 そこで前商会長を隠れ蓑にして、他の不正も全てまとめることで、ギリングス領への支払いが目立たないようにしたらしい。


「でも、これは話が出来すぎている気がする」
 レインはジェイデン様からの話をまとめた後そう言った。

「父を信じたいだけかもしれませんが……私に大切な書類を保管する場所を何度も教え、そこに全てまとまっていたのは……」

「前商会長に全ての罪を着せるというよりも、それを理由に全ての証拠を集めていた気がするわね」

「うん、私もそうだと思う。実際そのおかげで有力者たちの不正が一度に暴かれた。証拠がなくても自供する者もいた」

 どこかしんみりしてしまい、私たちはなんとも言えずに黙りこんだ。
 ジェイデン様はバーナード様とアナベル様のことは確かに憎んでいたけれど、リスター領のことはやはり守り続けていた気がする。
 やり方はきっと他にもあって、ジェイデン様の方法は正しいものではないけれど。


「ジェイデン、罪を償ったらまたリスター領に帰ってこないか?」

「帰れませんよ、グレース様に申し訳が立ちませんから」

「そうか。では母の日記だけ受け取りに来てくれないか。あれは母も貴方に持っていて欲しいと思うから」

 レインの言葉に、凪いでいたジェイデン様の瞳が初めて揺れた。

「レイン様、ありがとうございます。私は守れ切れませんでしたが、グレース様の愛した場所をこれからもお守り下さい」

 そう言ってジェイデン様は深く頭を下げて、騎士団に連れていかれた。


「セオドア、これからは大変なことばかりだ」
「ええ。でもここからはよくなることばかりです」

 私たちは静かにジェイデン様を見送った。




 ・・



「これからやるべきことは山積みだけど、今度はやりがいがあることばかりだ」

 リゾットを食べ終えたレインは明るい声を出した。

「ええ。手をつけないといけないことはたくさんあるけど焦りすぎなくてもいいわ」

「しばらくはリスター領と王都を行き来することになるな」

「ねえ、私も行ってもいいかしら?手伝いたいの」

「セレンは仕事もあるだろう」

「でも今回滞在してみて思ったの。今までなんて狭いところにいたんだろうって。王都にある研究所の一室で、自分のデスクで一人、自分の頭だけで完結して。魔法具を使う人はこの国の果てまでいるのに」

 人となるべく関わらないように、それなりに一人で楽しく生きてきた。でも人と関わって、人を愛して、そこで知ることはまだまだたくさんある。

「同感だ。落ち着いたら、セオドアにリスター領を譲る。それでもリスター領の補佐は続けていきたいんだ。自分の領地をまず知って、そこで学んだことをこの国に広めたい。魔法省という国の中心部分にいるからこそ出来ることもあるはずだ」

 レインの瞳は明るい。レインが領主を続けないのはもったいないと思っていた。素敵な領主になれるしリスター領の人々も幸せになれるはずだ。

 でもレインはもっと広いところを見ている。未来を作るのはどこからだって出来るはずだ。そしてその隣に私もいたい。彼と一緒にやりたいことがたくさんある。


「まあ……出社したらまずはたまった雑務を片付けないといけないけどね」
「私も当分は溜まった魔力計算をし続けなくちゃ」

 まずはやるべきことを足元から片付けてから。私たちは明日からの山盛りの仕事を思い出して笑った。

「明日一番にするべき仕事が一つあるな」
「なに?」
「私たちの寝室を作ろう。これからは一緒に眠るって言っただろう?」

 もう何度目になるかわからない、レインは私を抱きしめた。




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