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3章

37-1 パーティーにて

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 アナベル様の誕生日パーティーが始まった。
 先日のジェイデン様の就任パーティーも豪華ではあったけれど、それを上回る豪華絢爛さだ。
 招いている人数も多く、皆に振舞われる食事代だけで私たち夫婦の二年分の食事代にはなりそう。
 会場には花が咲き乱れるように飾ってあり、あまりの迫力に少し怖くなるほど。あまりセンスがいいとは思えなかったが、彼女の好きなものをこれでもかというくらい飾っているらしい。

「ギリングス家と縁を結ばなくてはいけないほど、危機的状況だと言ったくせにね」

 彼女の口から出まかせを思い出して、レインは呆れたように言った。

「問題のない範囲の費用ではありますが……彼女の浪費が抑えられれば確実に今後はよくなりますね」

 セオドア様も同じ表情をしている。一方、隣に立つアメリア様は表情に余裕なく、どこか緊張している。

 それもそうだ、彼女は今夜ギリングス家の令息と婚約を結ぶと言われているのだから。アメリア様には心配しないでと伝えてはいるものの、詳細は話していない。表情に出やすい彼女に伝えてしまえばアナベル様やジェイデン様に悟られてしまうからだ。

「こんばんは」

 男性の声が聞こえて振り向くと、ベッタリとオイルで固めたグレーの髪の中年男性がいた。美しいけれどどこか冷ややかな女性と、彼にそっくりの息子がいる。

「アメリア嬢、初めまして。あなたの夫になるヨシュアです。よろしくお願いします」

 中年男性が挨拶を促すと、父と同様に髪の毛をビッチリ固めた神経質そうな青年が出てきた。年齢はアメリア様と同じだと言う。彼は無遠慮にアメリア様を上から下までジロジロと見てから満足気に口角を上げた。

「私の婚約者はもういますから……」

 アメリア様は小さな声で返すが、彼らは気にせずに微笑んだ。

「今夜までのお相手ですから、ダンスでも楽しんできたらどうでしょうか。私たちはアナベル様にお祝いの言葉を伝えなくては。それでは失礼」

 中年男性はセオドア様に笑顔を向けると、さっさと私たちの元から去っていった。セオドア様とアメリア様の関係も知っているらしい。
 セオドア様はさすがに嫌な顔をしたがすぐに表情を取り繕って小さく震えるアメリア様に声を掛けた。

「大丈夫だよ、アメリア」
「ええ……ごめんなさい」
「アメリア、私たちは準備があるから少し席を外すよ。セオドアが婚約者だ、堂々としてくれ」

 レインの言葉にセオドア様は頷いて「あの男たちの案に乗るのは癪ですが、せっかくですし踊りますか」と彼女の手を取った。
 アメリア様のことは彼に任せて、私たちは一旦会場を後にした。



 ・・


「アナベル様、おめでとうございます!」

 会場の中が大きく盛り上がったことを感じる。自由な歓談の時間が終わり、アナベル様の挨拶が始まったらしく、ゲストは壇上のアナベル様に注目している。
 今夜のゲストは、工業組合長をはじめアナベル様と繋がっている有力者たちは揃っている。そして公正な立場であろう他家の貴族も。中には怪しい人たちもいるけれど。

 パーティーの場で断罪するというのは、いささかリスクがある。しかし繋がっている有力者を一度にあぶり出し、公正な立場な人が多い方がいいと判断した。

 一つだけ重要な証拠が集まっていないけれど、他の証拠は揃っている。今夜はそれだけであれば、じきに取り調べで明らかになるだろう。

「騎士団も配置についたようです」

 カーティスが館の外から戻ってきて、私とレインは顔を見合わせて頷いた。準備は最高のタイミングで整った、会場にもう一度戻っていく。

 皆が見つめるアナベル様は本当に美しい。今夜のために特注した総レースのロイヤルブルーのマーメイドドレスは、いくつものパールが縫い付けられていて夜空のように輝いていた。

 会場の飾りつけのセンスはどうかと思ったけれど、ドレスとそれに身を包むアナベル様は艶やかで上品だ。
 会場の祝福を一心に受けて、彼女は微笑んで言葉を切った。

「本日はもう一つお祝い事があります」

 アナベル様はそう言って、ギリングス家の方を見た。彼らは小さく頷く。――婚約発表を行うのだろう。

「皆さまこんばんは」

 私の隣でレインが声を張り上げた。ゲストたちは流れるように振り返る。

「リスター家の領主、レイン・リスターです。私からも祝辞を述べさせてください」

 会場の後ろから壇上に向かって堂々とレインは歩いていく。
 領主だというにも関わらず、レインは招待客の一人の扱いだ。このパーティーも先日のパーティーも、領主としての挨拶など当たり前のようになかった。

 領地の有力者たちは白けた目でレインを見ている。レインは二十二年間、リスター家の令息として認められず領主としても認められなかった。二十二年、彼を見下していた目が集まっていく。

 しかしそれを全く気にせず真っすぐレインは進んでいき、アナベル様に並び立った。
 アナベル様は何か言いたげにしていたが、他家のゲストもいる。領主からの挨拶を止めるわけにはいかないのだろう、不満げにレインを見つめた。

「すみません、どうしてもお祝いの言葉を言いたかったものですから」
「どうも、ありがとう」
「私からプレゼントもあるのです」
「あら、何かしら?」

 レインの後ろから二人の部下が折りたたまれた布を持ってきたのが見える。ゲストから見れば上質な生地でも贈ると思うことだろう。アナベル様も気をよくしたようで微笑んだ。
 部下は、アナベル様の前まで到着すると布を広げ始める。

 広がったのは残念ながら上質な生地でもなく、もちろんドレスを作るための生地でもない。私の部屋から持ってきただけの分厚いベッドシーツだ。リスター家の客室で使用されているものだからそれなりにいいものではあるけれど。
 彼らは布の両端をそれぞれ持って広がる。壇上にはベッドシーツがピンと張られた。

 私はゲストに紛れながら、肩から下げていたポシェットから魔石を取り出して、隣にいるカーティスを見つめた。カーティスがニコリと笑顔を向けてくれる、準備オーケーだ。

「これは何かしら?」

 アナベル様は訝しげにピンと張った布を見ている。どこからどう見てもただのシーツだし、それを見せつける意味がわからないようだ。それはゲストも同様でざわざわとした空気が広がった。

「珍しく出てきたかと思ったら、本当にどうしようもない領主だな」
 アナベル様と繋がりのある役人が小さくせせら笑い、嘲笑する空気が生まれた。

「私の妻は魔法具の開発者でして、楽しい物ができましたので贈ろうかと」

 レインが私たちに合図を出すと、ゲストは私たちを振り返る。カーティスが一枚の紙をゲストに掲げた。

「なんだあれは?犬?」
「犬の絵ね」

 カーディスが見せたのは犬が描かれてた紙だ。カーティスは紙を下ろすと私に差し出した。私はその紙の上に魔石をかざす。
 すると魔石から光が伸びて行き、カーティスの手の中にある犬の絵と同じ物がシーツに浮かび上がった

「小さなものを皆さんに見えやすいように。手元の物を映し出す魔法具です」

 プロジェクターのようなものまでは作れなかったが、実物投影機の代わりになるものは作れた。光を反射させる魔石を少しアレンジしただけのものだ。
 ゲストからはざわめきが漏れるけれど、アナベル様の表情は晴れずに戸惑っている。お気に召さないプレゼントだったのだろう。

「それでは次も映し出してみましょうか」

 次に映ったのはアナベル様の肖像画だ。彼女の美しさを閉じ込めた美麗なもので、ようやくアナベル様も微笑んだ。ゲストからも「素敵なプレゼントね」と呟く声が上がる。

 そして私たちは次の紙を映し出した。すぐにゲストからざわめきが広がり、皆一様に不思議そうな顔をしている。どんな素敵なものがが浮かび上がるのかと期待していれば、そこには文字だらけの書類が写ったのだから。
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