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2章 レイン・リスター

25 優しい朝と強引な命令

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 柔らかい光がまぶたを刺して、あまりの眩しさに目を開けた。
 ああ、朝だ。……こんな朝を以前も迎えた気がする。

 目をこすりながら、結婚してリスター家で初めて迎えた朝を思い出した。
 
 ……あ。
 ぼやけていた視界がはっきりすると、目の前に朝の日差しに照らされて発光する白髪があった。長い睫毛は閉じられている。私たちの顔の距離は三十センチもない。

「レインだ……」

 そうだ、昨夜は二人でたくさん話をしてから……そしていつの間にか眠っていたんだ。向かい合って、手を繋いで。
 さすがに手は離れているけれど、あまりの顔の近さにドギマギする。

 朝の光の中で規則的な寝息をたてて穏やかな寝顔を見せてくれるレインに、涙がこぼれそうだった。手をほんの少し伸ばすだけで触れられる距離で眠ってくれている。それがこんなに嬉しいことだなんて。

 レインの眠っているところは初めてみた。安心しきった顔に見える。
 髪の毛の先なら触れても大丈夫だろうか。でも驚かせてしまったら嫌だな。我慢して見つめるだけにする。白い肌に白い髪が揺れる。

 しばらく私がそうしていると突然目が開いた。そしてもう一度彼は目を閉じた。

「夢かな」とむにゃむにゃ呟いている。「セレンがいる……」

「ふふ」
「あ、やっぱり現実だ」

 レインはゆっくりと目をあけて力が抜けた笑顔をこぼす。

「ほら、成功しただろう」
「うん」
「悪夢を見なかった」

 もう一度目を瞑ってからレインは言った。

「よく悪夢を見るんだ。布団に飲み込まれてしまったり、夜に引きずり込まれる夢を。昨日は久しぶりにいい夢を見た気がする」
「良かった」
「しかも起きても夢が続いてるみたいだ」

 レインは私の手の平を探し当てた。軽く指を繋がれる

「王都に戻っても時々でいいから一緒に眠ってくれる?」
「うん」
「……ありがとう」

 朝は好きだ。新しいことが始まる予感がするから。
 好きな人と一緒に迎える朝は、なんでもできてしまいそうな気さえする。

「ちょっと眠りすぎたかしら」
「夜更かししちゃったからね」
「支度をしないと」
「でももう少しだけこうしてたい、ダメ?」

 もう片方の手もレインの手と繋がれて、じっと見つめられれば頷くしかなかった。

「でもあと本当に少しよ」
「わかってるよ」

 拗ねたような口調でレインが笑うと「失礼します」と声が聞こえて扉が開かれる音がした。

「誰だ」

 レインが私をかばうようにパッと身体を起こす。リスター家の使用人が扉の近くに立っていた。

「申し訳ありません。お二人の様子を確認しにまいりました」
「この家のものは客人の部屋に勝手に入ることが許されているのか?私は許した覚えがないが」
「私の主はアナベル様でございますので」

 レインが厳しい目で睨むが、使用人は動じることなくすぐに出て行こうとする。

「待て、何の用だ」
「用は済みました。お二人が一夜を共にされたかどうかの確認でしたので。失礼します」
「おい、待て」
「ああそうでした」

 思い出したように白々しく使用人は続ける。「アナベル様が必ず朝食には参加されるようにと」

「朝食は結構だ。すぐに王都へ発つ」
「大切な話があると仰っていましたので」
「私はない」
「レイン様のお話ではなく、アメリア様のお話のようですよ」
「何……」

 アメリア様の名前を出されてレインは固まる。レインの反応を見て朝食に参加する意思を感じたのだろう。使用人は失礼しますとすぐに出て行ってしまった。

「……本当に申し訳ない」
「いえ、私は大丈夫よ。それよりアメリア様って……」
「うん、なんとなく予想はつくけど。嫌な予感しかしないな」



 ・・


 並べられた食事は朝食とは思えない豪華なもので。どれもとても美味しいのだけど、空気が重苦しく食事を楽しめる雰囲気ではない。

 アナベル様、アメリア様、そしてレインと私。リスター家の人間は揃っている。
 アメリア様も昨日のような明るさはなくどこか緊張した様子でフォークを動かしている。

「昨夜はあまり眠れなかったのかしら?まだ眠そうね」
 高い声で楽しそうに喋るアナベル様だけが異質だった。

「あなたとくだらない会話をするつもりはありません。大切な話とはなんでしょうか」
「あら、もう本題に入ってしまうのね。久しぶりの親子の食事だというのにつれないこと」

 アナベル様は口元をナプキンで押さえながら「まあいいでしょう」と呟いた。

「アメリアの嫁ぎ先はギリングス家にしようかと思うのよ。ご長男がアメリアと同じ年齢だし、ちょうどいいという話になったの」
「どういうことでしょうか」

 初めて聞く低いレインの声だった。アメリア様はフォークを持ったままで固まり言葉を出せずにいる。

「どういうことも何も、アメリアはそろそろ結婚する年齢でしょう」
「アメリアにはセオドアという婚約者がいます。それにアメリアを嫁がせないことを条件に私は結婚したはずですが」
「セオドアとの婚約は先代の口約束でしょう。確かにそんな約束をしたかもしれないけれど、セオドアとアメリアが結婚することはリスター家のためにはならないでしょう」

 皆がじっと見つめる中で、アナベル様だけは機嫌よく話を続ける。

「そもそもセオドアを婿にして家を継がせるという先代の考え方がありえなかったのよ。先代はやたら貴方を嫌っていらしたけど、長男がいるなら長男が継いで、娘はお互いに利がある家に嫁がせるのが当たり前でしょう」

 確かに彼女のいうことはもっともではある。最初はレインを追い出したいがための無理やりな取り決めだっただろう。でも結果的にはレインは好きな仕事をしているし、セオドア様とアメリア様も幸せになれるのだ。

「レインが継いだのですから、セオドアとアメリアが結婚する必要はありません。ギリングス領は、我が領では取れない鉱石の産地ですし、リスター家の工業が更に発展するわ。それにギリングス家のご令息はとても素敵な方なのよ。きっとアメリアも会えば気に入ると思うわ」

「私は……」

 昨日の二人の様子を見ていれば仲睦まじいことがわかる。誰が相手でもアメリア様は受け入れられないだろう。

「しかし領主は私です、貴女ではありません」
「ええ、そうよ。でもこの結婚はリスター領の皆が望んでいるのよ。貴方の反対だけでは誰も納得しないわ」
「私との約束と違います」
「状況は変わるのよ。なぜジェイデンが商会長になったかは貴方も報告を受けているでしょう?」
「ええ。前会長の使い込みが発覚したと」
「それだけじゃないの。前会長が他領と繋がって賄賂をもらい破格で資源を横流ししていたのよ。我が領は加工工業の収入が多いから大打撃よ。だから資源豊富なギリングス家と繋がりが欲しいの」

 アナベル様の言っていることは表面的には間違っていることではない。でも……

「まさかセオドアとアメリアが愛し合っているから許してあげて、なんていうのではないでしょうね?あなたは一応領主なのよ、危機的な状況を知るべきよ」
「前会長の件は報告を受けています。しかし前会長の横流しの証拠は不十分ですし、今のリスター家の状況は全く危機的とは思えません」
「今はまだなんとかやれているだけよ、危機的になる前に手を打つべきよ。だから貴方も早く帰ってきなさい、こちらに。アメリアは外に嫁ぐのですから、貴方が後継者も作らなくてはいけないのよ」
「私にはリスター家当主の器はありません。セオドアが継ぐべきです。アメリアの婚約の件はお待ちください。お母様の言う通り、現在の状況について調べ直しますから」
「まあいいわ。来月のパーティーにギリングス家の方をお招きしていますから。それまでにアメリアも心の準備をしておきなさい」

 アナベル様は微笑みをアメリアに向ける。アメリア様は返事をせずに彼女を睨みつける。

「恐ろしいこと。でも貴女がこの館からいなくなると寂しくなるわね」
「話は以上ですね。では私は早急に調べなくてはいけませんし王都に戻ります。帰ろうセレン」
「私も失礼しますわ」

 兄妹が席をたち部屋から出て行く、私もそれにならった。後ろからアナベル様のじっとりとした視線を感じた。
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