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2章 レイン・リスター
21 触れる五分と触れられない三時間
しおりを挟む「とてもお似合いです、奥様!」
本日二度目のスキンシップ治療「ボディコンタクトを一分」を終えた後、私はドレスに着替えていた。ちょうどパーティーに着ていくドレスが届いたのだ。
「セレン、本当にきれいだね」
と部屋に入ってきたレインがニコニコと私を見るから、その場にいるデザイナーやメイドもニコニコと私たちを見守っている。は、恥ずかしい。
でも、薄い水色のドレスは本当に綺麗だ。肌に直接触れないように肩や腕を七分丈の総レースで覆っている。広がりすぎないチュールを合わせたスレンダーなドレスだ。肌にレースの刺繍が浮き上がって透明感があって小ぶりな水色のアクセサリーも合わせると上品な印象になる。レインはドレスを選ぶセンスもいいらしい。
「素敵なドレスをありがとう」
「今まで私はセレンに何も贈れていなかったからね」
「たくさん論文や書籍は持ち帰ってくれたわ」
「それは……そうだけど、恋人に贈るものとしては……」
張り切って恋人をしてくれているレインが可愛らしくて笑みがこぼれてしまう。このところ以前よりずっと自然に笑顔になれている気がする。といっても、他の人に比べたら固い表情なのだけど。
「奥様、こちらも届いていましたよ」
声をかけてくれたメイドが箱を開くと、白いハンカチが入っていた。贈り主は、エスト・フリエル。所長からだ。
以前相談していた試作品が出来上がったらしい!魔力を跳ね返す鎧の簡易版とはいえ、こんな風に薄い布でも作ってみせるところはさすが所長だ。隣で覗き込むレインに簡単に説明する。
「鎧ほどの効力はもちろんないけど、貴方のアレルギー対策にはなるはずだわ。ドレスのお腹の部分にこの布を縫い付けてもらいましょう」
「うん、そうだね」
素晴らしいアイテムが届いたと思ったけどレインは浮かない顔をしている。
「どうしたの?」
「大好きな奥さんと少しだけ身体を合わせるだけなのに、魔法具の力を借りないといけないなんて」
「だ……」
ストレートな言葉に顔が熱くなるのがわかるけど、私の顔を見てレインは少しだけ口角を上げた。
「こうやって照れてくれるなら今はそれでいいか」
「レイン……」
小さな声で抗議するけれど、ニコニコと嬉しそうなレインに勝てるはずもない。
「今回は保険としてドレスに縫い付けてもらうけど、私はセレンに触れるようになりたいから。今日この後も治療は手伝ってくれる?」
「うん」
顔を見るのが恥ずかしくてそう答えるのがやっとだった。
・・
本日三回目の治療の時間が訪れた。
夕日でレインの部屋の中がオレンジに染まり、私たちは二人だけで向かい合っている。レインが二人で行いたいと言ったからだ。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
なぜか緊張して私は小さな声で言った。
「こちらこそよろしくね」
そう言うとレインは穏やかな瞳を私に向けて、手を差し出した。オレンジ色の光が部屋の中の小さな塵をキラキラ輝かせる中で私は彼の手を取る。
そしてそっと引き寄せられる。ダンスのためにホールドを組むだけだ。
でも、こうして私たちだけの部屋で、静かな時の中で、向かい合って引き寄せられるとそれだけではない気持ちになってしまう。
朝と昼と同じように、私の肩にレインの手が、レインの腕に私の手が。それから右腹に熱を感じる。ペアダンスの姿勢を取っているだけだ。
でも、私はレインが好きで、彼も私を好きだと言う。やっぱり恥ずかしくて足元を見つめる。
「じゃあ今から五分だ」
近くのデスクに置いた懐中時計を見ているのだろう、レインは言った。
「じっとしているの……?」
「ああどうせならダンスの練習を兼ねればよかったね。この部屋じゃあ踊れない」
少しだけ視線をずらす。レインの部屋は片付いてはいるけれど物が多い。お祖父様の部屋を思い出すこの部屋は魔法に関連する物があちこち並べられている。この部屋でダンスの練習はとても無理だ。
そうやって部屋を見渡すことで気をそらしてみる。だって、こんな。動かずじっとしているだなんて抱き合っているようなものだ。
「セレン」
低くて優しい声が私の耳をくすぐる。
「これ治療として、いいのかしら……」
「はは、治療的には誰とでもできるスキンシップだと思わないといけないのに、これじゃあ恋人の一時だね」
また簡単に恥ずかしいことを言う。逃げたくなるけれど、五分はこのままでいなくちゃいけないなんて。
「セレン、顔を見せて」
「今は無理です」
「いつならいいの?」
「残り十秒になったら」
「あはは」
私は下を向いているけれど、レインはこちらをじっと見ている……気がする。上から視線を感じて、その視線だけで熱くなる。
「あーあこのまま抱きしめられたらなあ。……セレンなら大丈夫だと思うんだけど」
レインの拗ねたような口調がおかしい。
「いきなり試すのは危ないわ」
「うん、ゆっくり付き合ってくれてありがとう」
その声が少し寂しそうに聞こえたから、私は思わず顔を上げる。
目と目が合う。それは思っていたよりも至近距離で。自分でも聞こえるほど心臓の音が大きくなる。
「あ、向いてくれた」
レインの瞳にうつる自分が見える。なんだか泣きたくなる。こんな風に私のことだけを見てくれる人をずっと探していた気がする。
「早く抱きしめたいなと思うけど、こうして照れているセレンを少しずつ知っていくのもいいね」
「……ポジティブね」
「うん、セレンのおかげでね。こんな体質は呪いとしか思えなかったし、弱い自分が嫌いで仕方なかった。でもセレンといると少しは肯定的に捉えられるよ、ありがとう」
私は照れから少しからかうような口調になってしまったのに。レインは真面目にそう返してくれるから、私はますます泣きたくなった。
「あ、五分だ」
そしてレインは名残惜しそうに私から離れる。「早いな、残念」
最後に、繋いでいた手も離れた。あれだけ恥ずかしくて逃げ出したくなったのに、熱が一つもなくなると途端に寂しくなる。
「夕食までまだ時間があるね。ここにいてくれる?」
「ええ」
レインは近くのソファに腰かけると、隣に座るように促した。
隣に座って彼の方を見る。――もっと触れたい。単純な欲求が出てくる。ただ同じ部屋で過ごすだけで心は満ちていたのに、隣に座る彼の肩に触れたくなる。寂しくもないし、不安でもないのに、それでもこんなに触れたくなるなんて知らなかった。
でも、ダメだ。スキンシップ治療の反応待機時間は以前クリアしたスキンシップ内容も全て含めて接触を禁止している。何か症状が出た時にどの接触が問題だったかわからなくなるからだ。
「セレン」
声をかけられてじっと見つめてしまっていたことに気づく。
「そんな顔をされると触れたくなるよ」
レインは困ったような顔で笑った。
「あ、ごめんなさい……」
「ううん、嬉しいよ。セレンもそう思ってくれてたみたいで」
「……」
「否定しないの?」
私が小さく頷くと、レインはますます困った顔をして目を伏せた。
「やっぱり自分の体質が恨めしいよ。早く三時間たたないかなあ」
「もう夜になってしまうわね」
「じゃあ夕食の後はダンスの練習をしよう。このスキンシップも合格出来たら大丈夫だよね、五分以上続けても」
「ええ」
あの小さな庭で二人ダンスを踊るのだ。誰に見せるでもなく、二人だけで。ほんの少し寂しくなった気持ちも完全に埋まっていった。
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