上 下
10 / 46
1章 セレン・フォーウッド

09 五秒だけの体温

しおりを挟む
 

 数日たったランチタイム。私は珍しくチームの皆と街の食堂に来ていた。今日はフリエル所長が王都に来ているからだ。
 所長は「一人でゆっくり食事がしたいんだが」と言うけれど「普段チームのメンバーとコミュニケーションが取れないんだから一ヶ月に一度くらい時間を取ってください」とチーム長たちに押し切られる形で食事会をするようになった。
 私も大勢で食事をするのは苦手だけど、所長から聞く話は勉強になることも多いから彼が王都に来るタイミングの食事会は参加していた。今日も十名程で昼食を取っている。

 皆が会話しているところをぼんやりと見ながら食事をしていると、「セレン」と声を掛けられた。
 振り向くとそこには笑みを浮かべたレインがいる。自宅以外で見るのはなんだか新鮮だ。

「職場の方たち?」と私に聞くと「いつも妻がお世話になっています、レイン・リスターです」と簡単に挨拶をして、笑顔を残して去っていった。レインが向かった先には同じ制服を着た男性がいる。レインも食事に来たのだろうか。

 レインを見送ると、皆の視線が私に集中していることに気づく。

「ねえ、あなたのご主人ってスノープリンスだったの!?」
 少ないけど、私以外に二人女性職員もいる。二人は目をキラキラさせて私に詰め寄った。

「夜会で有名な方じゃない!」
「夜会でなくても彼は有名よ、魔法省に王子がいるって話題だったのよ」
「リスターさんになったことは知っていたけど、まさかお相手がスノープリンスだったなんて」
「自宅に王子様がいるってどんな感じかしら?」
 と聞かれるけれど、あまり恋人らしさがないからなんといっていいかわからない。

「ええと……」

 それにこんな風に話の中心になることなんてめったにない、いや初めてかもしれない。私がうまく答えられないでいると
「フォーウッドさんが困っているでしょう」と副所長が助け舟を出してくれた。
「副所長、もうリスターさんですよ」
「ああ、そうだった。つい癖で」と女性職員のツッコミに苦笑いしている。
 同僚の名字が変わると間違えてしまうのは、現代日本でも異世界でも変わらないことらしい。
「フォーウッドのままでもいいですよ、伝わりますから」と私はフォローした。

「最近リスターさん幸せそうだもんねえ」
「なんだか柔らかくなったよな」
「そ、そうですか?そんなにニコニコしてましたか」
 私の表情筋がようやく動き出したかと思ったが「いや笑顔はない」と否定された。
「でもなんか目が輝いてる感じあるのよねー」
「そうそう、リスターさんはいつも目が死んでたから」
「ようやく目に光が現れたよなあ!」

 男性職員も話に入ってきてまだ話が続いている、言いたい放題は言われているが皆良い変化だと思ってくれているようで少しこそばゆい気持ちになる。
「新婚旅行は一ヶ月くらい行ってきたら?」と愛妻家の所長が言うと、開発チームの長として副所長が「無理ですよ!」と悲鳴を上げていた。



 ・・

 人払いした部屋で、私は所長と二人でいた。
 レインとカーティスとの作戦会議の中で、アレルギー対策になるような魔法具がないか所長に相談してみようということになったのだ。人に話すことにリスクはあるが、お祖父様も信頼している彼なら大丈夫だ。


「接触が問題であれば、騎士が使っている魔力をはね返す防具を応用するのはいいかもな。防具は強い魔法に耐えられるように分厚い鎧だけど、そんな強力でなくてもいいだろ。武器関連の魔法具は専門じゃないから、研究仲間に聞いてみるよ」
「ありがとうございます」
「服を制作するまでいかなくても、とりあえずパーティーまでにハンカチくらいの布が完成してれば、それを縫い付けるだけでいけそうじゃない?まあ仕込めるほどの薄さにしないとなー」

 彼は頭の中であれこれ考えているらしい。しばらく考えてから言った。
「まあ一旦聞いてみるよ。簡単な防具になるなら商品企画もできそうだろ?一石二鳥だし」
「ありがとうございます!」

「ああ、そうだ」
 所長は思い出したように自身の鞄をごそごそし始めた。「これは君にあげる」
「これは?」
 所長が見せたのは、手のひらにすっぽり収まる卵の形をしたもので、青色と白色とある。

「君たちの治療に使えるかなと思って。元々は別の目的に作った試作品なんだけど」
 そう言って所長が青色の卵をぎゅっと握ると、白色の卵が青色に光りビービーと音が鳴っている。

「これは?」
「最近子供の誘拐が続いただろ?それで試作してるところ。もし自分に危険がせまったらこの青色の方を握ると、白いのを持っている保護者が感知できるようになっているんだ。でも感知できても、遠く離れたところにいたらどうしようもないだろ?まだ考え中の商品」

「なるほど、これ青い方も音が鳴って光らせるようにしたらどうですか?そうすれば周りの人に危険を知らせることができますよ。もっとボリュームをあげて、光も強くして」

 私は日本でいう防犯ブザーを思い出していた。あれと同じように周りに危険を知らせるだけでも商品にはなりそうだ。

「いいアイデアだな、改良してみよう」

 所長はすぐにポケットに入っている手帳にメモをしてくれた。子供たちが危険な目に遭うのは私も見過ごせない。前世の防犯グッズを思い出して私も機能を考えてみよう。

「はい、じゃあこれはあげる」
 所長は私に二つの卵を渡してくれる。

「私たちの治療に使えると仰っていましたね?」
「ああ。治療で接触後三時間は誰かが近くにいないといけないって言っただろ?
 大声で叫ばなくてもこれを握ることはできる。これをリスター氏に持たせておけば、常にだれかが隣についていなくてもいい」
「わ、本当ですね!」

 休暇はのんびり過ごしながら試せるのだが、仕事の日はバタバタと過ぎていくしレインも忙しい。その中で常に誰かと行動しなくてはならないのは少しストレスになるだろうとは思っていたのだ。

「とても助かります、ありがとうございます!」
「それにしても大変だな、色々と」
「そうですね……」
「でも俺から見ても、セレンはなんだか変わったと思うよ」

 所長が笑ってくれる。私ほど表情が固まっているわけではないがあまり彼の笑顔も見たことはない、珍しい!
お祖父様のもとに初めていらした九年前から付き合いがあるから、笑わない子供だった私を気にしてくれていたのかもしれない。

 今日は職場の人たちに優しさに触れた気がする。
 誰も信じない、仕事を頑張るぞ、と二年必死に働くだけだった。誰とも親しくならず殻に籠っていたのに、私のことを静かに受け入れてくれていた。ほとんど話もしない私なのに、変化に気づくほど知ってくれていたなんて。

 もうすこし、私だって歩み寄りたい。


 ・・

 その夜、私たちは新たなステップに踏み出そうとしていた。最初の目標『手を繋ぐ』だ。

 先日の『服の上から腕を掴む』は無事にクリアし、次は逆にレインが私の腕を掴むことになった。あれから休暇はなくなかなか進まなかったが、無事に『服の上から腕を掴む』はどちらもクリアしたのだ。

「仕事の日は夜の一度しか試せないのでペースアップが必要ですね。今の所問題もないですし、最初の目標に取り掛かりましょうか」

 カーティスはそういって私たちに分厚いグローブを差し出した。

「これをつけた状態で、まずは握手から始めてみましょう。『手を繋ぐ』よりも『握手』だと思うと、ハードルも低いでしょうから」
「そうだな」

 頷きながらレインはグローブを嵌めた。少し緊張しているようだ。
『腕を掴む』は一方的な動作なのに対して『握手』はコミュニケーションのためのスキンシップだと言える。

「まずは今までと同じく五秒で、握手してみましょうか」
「わかった」

 私たちは向き合ってお互いを見つめた。握手だなんて、仕事の相手ともしたことはある。恋人同士だけがするものではない、なんてことないスキンシップだ。

 でも、どうしてか私も緊張する。一緒に生活をするようになって三週間。出会ってからは二カ月。
 初めての握手、だ。
 触れ合ったことはある。挙式の時に手を添えたし、腕を五分間掴んで掴まれた。でもそれらとは全く違うものだと感じる。

 私は園芸用の分厚いグローブがはめられた手を差し出した。
 レインは息を吸って、私と目を合わせる。少し不安げなその瞳と同じく、手が不安そうにと私の手に触れる。絶対大丈夫だよ、と思いを込めながら私はそっと彼の手を包んだ。

 一、二、三、四、五。

 五秒のカウントで私たちは手を離した。

「気分はどうですか?」

 カーティスが質問すると、レインは少し戸惑ったように自分の手を見つめる。

「まさか発疹が……!?」

 不安になって聞くと、レインはグローブを取り外した。そして手を私とカーティスに見せる。
 赤くなったり、発疹は……ない。

「大丈夫そうだよ」
「よかった!」
「一歩前進ですね。ではまた今から三時間様子を見ましょうか」

「うん」

 カーティスがその場を去っても、レインはぼんやりと自分の手を見つめている。

「レイン大丈夫?なんだか違和感があるんじゃない?」
「そうだね、違和感はある」
「えっ?」
「でも嫌な感じではないんだ」
「……わかる気がするわ」

 私もグローブを取り外して、手のひらを見つめてみる。

 ただの握手だ。誰とでもできるものだ。

 でも、なんだか初めて夫婦として「よろしく」と言えて、気持ちを受け入れてもらえた気がしたのだ。

「ありがとう、セレン」
 レインのアイスブルーの瞳が優しく揺れる。不安な光は消えて穏やかなまなざしだ。

 レインは私を大切にしてくれる、だから触れなくても全然問題はないと思っていた。
 キスがしたいだとか、そういうのとは違う。でも触れてみることで初めて満たされる部分があったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

救国の英雄は初恋を諦めきれない

巡月 こより
恋愛
リーフェンシュタール伯爵家の令嬢リーヴァは、行き遅れの22歳。6年前の社交界での屈辱的な出来事の所為で領地の外へ出ることを拒絶するようになった。 領民達と共に山へ登り猟へと繰り出す、そんな貴族令嬢らしからぬ生活をしていた。そこへ先頃終結した戦争の英雄、レイン伯爵家の次男で騎士のヴィルフレッドがリーフェンシュタール領に何故か療養と称してやってくる。この男こそリーヴァが社交嫌いになった原因の男だった。 彼の意図を計りかね、あからさまに拒絶するリーヴァに対しヴィルフレッドはまるで6年前のことなど忘れたように終始穏やかに接する。そのことが更にリーヴァの怒りに火を着けた。しかし、どうやら彼にも何やら事情があるようで。リーヴァはヴィルフレッドと衝突しながら、彼の思いに触れて行くのだった。

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

【完結】婚約破棄、承りました。わたくし、他国で幸せになります!

影清
恋愛
ごきげんよう、わたくし人を殺めてからの自殺コンボをかましてしまう予定の公爵令嬢ですの。 でもたくましく生きた女性の人生を思い出し、そんなのごめんだと思いました。 何故わたくしを蔑ろにする者達のせいで自分の人生を捨てなければならないのかと。 幸せを探して何が悪いのでしょう。 さぁ、いらない国は捨てて、大切な家族と新天地で暮らします! ※二日に一回更新予定です。 ※暴力的・残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※三十話完結予定。

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

処理中です...