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1章 セレン・フォーウッド

08 懐かしい部屋

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 翌日は私もレインも休暇だったから、スキンシップ治療を本格的にスタートさせることにした。

 私達は最終的な目標について、朝食を食べながらカーティスも交えて三人で決めた。

 まず最終目標はワルツを踊ること。
 体質が改善されたのか疑われているので、ペアで踊るワルツを踊る必要があると判断した。

 最終目標を達成するために必要な接触
 1.手を繋ぐ
 2.レインがセレンの背中に手を支える
 3.セレンがレインの腕に手を添える
 4.二人の右のお腹あたりをくっつける
 これらを一曲分に相当する五分程耐えること

 と細かい目標を設定した。

 一つ目の「手を繋ぐ」に関しては最低目標とした。これが達成できないのであればパーティーは欠席。
 そして四つ目のボディコンタクトに関しては、面積も多く密着感が増し難易度が高いので、可能であれば、というプラスアルファの目標にした。ボディコンタクトを取らなくても踊れることは踊れる。ダンスが下手だと言い訳することにすればなんとかなるだろう。
 三つ目までをなんとか達成させようということになった。

 それと並行して、私たちはそれぞれダンスのレッスンを行うことにした。
 レインはこの体質が始まった七年前から一度もダンスをしていないそうだし、私も一応習ってはいたが公式の場で踊ったことはほとんどない。
 ダンスの見栄えが良ければ良いほど、密着しているかなど細かい部分は気にされないはずだ。

 そして当日は衣装も工夫することにした。生身の肌よりかは布一枚でも挟んだ方がいいだろう。
 手袋をしたり、肩の露出がないドレスを着ることにした。


 最終的な目標と対策を決めた私たちは、次に細かい内容を決めることにした。慎重に進めたいが、一カ月まではすぐだ。どれくらいのペースで進めていくかも問題である。

 ひとまず本日は昨日試してみた『服の上から腕を掴む』をステップアップすることにする。
 昨日と同じく接触後三時間は様子を見たいので、八時、十三時、十八時と試してみることにした。
 昨日の五秒から三十秒、一分、五分と伸ばしていき、五分を耐えられれば『服の上から腕を掴む』はクリア認定する。
 これを問題なくクリア出来るかによって、今後のペースを決めることにした。


 朝食を終えたレインは昨日と同じように私の目の前に腕を差し出した。カーティスが隣で懐中時計を取り出す。私はレインの腕を掴むと同時にカウントが始まる。

「三十秒たちました」

 カーティスの言葉に私は手を離した。レインは早速服をめくって腕の状態を確認する。

「今のところ問題はなさそうだ」
「このまま変化なければ次は十三時ですね」

 何も変化がないことにレインはほっとしたようだ。ここで躓いてしまうととても目標到達は難しいだろう。

「私は仕事があるので、誰か傍につけさせましょう」
「症状が出れば呼ぶ、ではいけないのか?」
「先日のように呼吸困難になってしまうと、大声を出せない場合もありますから。どなたかは控えていた方がいいでしょう。セレン様はお忙しいですか?」
「今日は一日空いているから大丈夫よ」

 と私が答えるとレインは少し困った顔になる。私が一日傍にいると迷惑になってしまうだろうか。

「あ、いや違うんだ。セレンに申し訳ないなと思っただけで」
 私は能面のはずだが、レインはそんな私の表情すら読むのがうまかった。

「それじゃあ私の部屋に来ない?昨日同僚から魔法史の書籍をたくさん借りたんだ。セレンも読みたがっていた魔法具関連の物もあるよ」
「行くわ!」

 素敵な提案に返事をするとレインは優しい笑顔を見せた。

「セレンは魔法のことになると子供みたいだね」
「そうかしら」

 前世を思い出してからは以前よりも人と話しやすくなったが、長年使わなかった表情筋は動かないのに。


 ・・

「まあ本当にたくさん借りてきたのね」

 レインの部屋に入ると本が二十冊ほど積まれていた。かなり古い文献のようで、レインの同僚の親戚が趣味で集めていたものらしい。

「うん、どれもセレンが好きそうだったから悩んでいたら全部持っていけば?って言ってくれたんだ」
「私のために……?ありがとう」
「セレンのためもあるけど、私も実は読みたいものばかりだったんだ」

 レインはそう言ってはにかんだ。心遣いが嬉しくて私も笑みを返した、つもりだけどきっと口角はあがっていない。

「どれにしようかしら、悩むわ」
「全部読んでいいんだよ。しばらく貸してくれるようだからね」
「どれから読むかも悩むわ。少し読んでみてもいい?」
「もちろん、よかったらこの椅子を使って」

 レインは一人掛けのソファを私に進めてくれた。彼も別のソファに座っているのでお言葉に甘えて私は座らせてもらうことにした。


 ・・

 カタリ。
 音に気づいて、目線を上げてハッとする。
 目の前にはテーブルに紅茶とクッキーを並べる男性使用人の姿がある。

「あっ、ごめんなさい!私すっかり集中して……!」

 冒頭部分だけ読んで判断しようと思っていたけれど、面白すぎてそのまま読み込んでしまっていた!時計を確認するともう一時間程は立っている。

「気にしないで、私も面白いものを読んでいたから」

 レインと目が合うと笑顔で返してくれる。

「ありがとう」

 私のお礼にレインはもう一度笑顔を向けてくれて、それ以上は話を広げずに本に集中し始めた。紅茶の香りが漂うこの部屋はレインがページを捲る音だけが聞こえる。

 懐かしい。
 私はお祖父様の部屋を思い出していた。

「懐かしい?」
 レインが顔を上げて不思議そうに尋ねる。どうやら声に出てしまっていたようだ。

「ええ、私のお祖父様の部屋を思い出したの」
「ジェイコブ様を?」
「お祖父様をご存知なの?」
「うん、昔お世話になったことがあるんだ。私もジェイコブ様に魔法の楽しさを教わったんだよ」
「本当に!?」

 自分には珍しく大きな声がでた。私の反応にレインはクスクス笑っている。

「ご、ごめんなさい。私お祖父様が大好きで……」
「あはは、セレンの気持ちはよくわかるよ。とても素敵な方だよね」
「ええ。私はこんなだから友人がいなかったのだけど、お祖父様の部屋で魔法の話をしたり、魔法具を触らせてもらえる時間が大好きだったの」

「そんな大好きな部屋を思い出してもらえるなんて嬉しいな。セレンさえよければいつでも私の部屋で過ごしてもいいよ」

「私が部屋にいるのはアレルギー的には問題ないの?」

 レインの素敵な申し出に可愛くない返答をしてしまった。

「触らなければ何も問題ないんだよ。それに、家族と過ごす時間はこういうものなんだなと思うと私も穏やかな気持ちになるよ。私はセレンと違って両親や親族とはうまくいっていないから、いつも自分の部屋に籠っていたんだ」

 意外だった。夜会で見るレインはいつでも誰とでも楽しそうに話していた。そんな人付き合いが上手な彼が誰かとうまくいかない姿が想像できなかった。
 でも、そうだ。命に関わる体質なのにダンスを踊れだなんて。私の両親なら言わないだろう。

「ああでも妹とは仲がいいよ、セレンと妹のように。ただ妹は魔法にはあまり興味がなくて」

 私があれこれ考えていると思い出したようにレインは言った。

「以前は妹が失礼しました」

「あれは当然の反応だよ、むしろ大切に思われてるなと思って微笑ましかったよ」

 レインは穏やかにお茶を飲んだ。リリーの誤解を解かなくてはいけない。詳しい事情までは説明できないが、あの時の約束通りレインは私のことを大切にしてくれているし、私も楽しく生活が送れているのよ、と。

 でもリリーは恋愛結婚だ。親に決められた結婚ではあるが幼少期からずっと彼のことが大好きだったから。
 恋人としてのスキンシップのない友人以上夫婦未満の私たちのことはわからないかもしれない。

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