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1章 セレン・フォーウッド

06 白い結婚の真実

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「だから私は最初から正直に話すべきだと言ったんですよ」

 レインの付き人のカーティスが小言を言いながら、レインの腕に冷やしたタオルを当てている。

「その通りだな」

 ベッドでしょぼくれた声を出すのはショック症状が落ち着いたレイン。
 私はベッドの隣に置いてある小さな椅子に座って二人の様子を見ている。

 私が叫んだ後、カーティスがすぐに来てくれた。彼はヒーラー資格も持っている魔法使いだったらしくレインのアナフィラキシーショックはすぐに治まった。
 念のため部屋で身体を確認して、今は痕が残らないように冷やしている。
 私は成り行きでこの部屋についてきたが、「レイン様、話をきちんとしましょう」とカーティスが言うのでそのまま部屋に残っている。

「ええと、セレン……気づいたと思うけど私は女性に触れられるとこうなってしまうんだ」

 レインの症状からして何かしらのアレルギー反応だとは思ったけどまさか私がアレルゲンだったとは。驚いてレインを見ると、彼は申し訳無さそうにこちらを伺っている。

「さっきは貴女をまるで病原菌のような扱いをしてしまって申し訳なかった」
「いえ……でも詳しく説明いただけるかしら?」

 私の言葉にカーティスもレインをじろりと見る。
 レインは意を決したようにぽつりぽつりと話し始めた。

「私は女性に触れると赤いブツブツが現れて、酷く苦しくなるんだ。そんな病気は聞いたことないから、呪いかもしれない。ある時から女性に触れられるとこういう症状が出るようになったんだ」

 きっとこの時代にはまだアレルギーという概念はない。呪いと思うのが普通だろう。でもあれは呪いというよりアナフィラキシー反応だ。

 女性アレルギーという言葉は揶揄としてなら聞いたことがある。
 しかし実際に症状が出るというのは初めて聞いた。でもさっき私は思いっきり身体を密着させてしまって、事故とは言えキスまでしてしまった。その結果、あのような症状が出たならばそれは本当に女性アレルギーとしか言いようがないだろう。

「それでさっきもそうなってしまって……そういう体質だからカーティスには昔から回復魔法を学んでもらって、女性には近づかないようにしていたんだ」

 だから舞踏会で誰ともダンスを踊らなかったのか。彼の事情が飲み込めてきた。

「結婚前に事情を全て話すべきか悩んだんだけど……申し訳ない」

「いいえ。触れないことは元々約束をしていたことだし、この症状は命に関わることなので人に安易に話さないのは正解だと思います」

 あんな状態になるのなら、女性を使ってレインを殺すことも容易いだろう。誰にも打ち明けないほうがいいはずだ。

「話してくれてありがとう。他言しないと誓います」

 私が言うとカーティスは大袈裟にため息をついた。

「セレン様は寛大な方です。それなのにレイン様は、理由を話さずに『触れるな・触れない』と言うんですから。あんな言い方をされれば『愛するな・愛さない』だと思われますよ」

「物理的に触れられないということだったのね」

「そうだ、本当にすまなかった」

 レインは起き上がって、私に頭を下げた。
 完全な仮面夫婦ではなく、彼が優しく接してくれてる理由もわかった。

「私もごめんなさい。恋人のスキンシップを取ってはいけないという意味だと思っていて……。結果、貴方にショックを与えてしまった」

「いや、セレンは何も悪くない。そう思うのが当たり前だ。私がこんな自分を情けなく思っているから言えなかったのだ、申し訳ない」

 レインはうつむいて謝罪を続けた。その表情を見ればずっと悩んでいたことはわかる。
 誠実な彼はずっと悩んでいただろうし、きっといつか打ち明けていてくれたと思う。突然の事態に早めに告白することになっただけで。

「謝らないで。話してくれてありがとう」

「ありがとう……」

「とにかく私はもうレインに触れないように気をつけるわ」 

「ああ」

 レインが頷くとまたしてもカーティスはため息を付いた。

「こんな美しい奥様に触れることができないなんてレイン様はかわいそうですね」

「嫌味が混じってるぞ」

「事実です」

 カーティスのくだけた口調にいくぶんか部屋の雰囲気は明るくなる。彼はもう十年もレインに付いているらしい、レインの気が許せる相手なのだろう。

「セレン様ならもしかしたら……とは思ったんですけどね」

「私なら?」

「ええ、セレン様がつまずいてレイン様の腕を掴んだことを覚えていらっしゃいますか?あの時は全く異常が起こらなかったのです。人の多い場に行くとどうしても女性に触れてしまうことがあるのです。今日ほど酷いことは稀ですが、女性に触れると肌は赤く腫れてしまっていました」

 カーティスの説明にすぐに思い当たった。私がレインを掴んでしまったときのレインの表情を。あれは私がブリザード令嬢だからではなく、女性だったからだ。

「セレン、本当に申し訳なかった。私は夫としての役目は果たせないんだ。抱きしめることもできないし、子供も作ることもできない。騙したような形で申し訳ない」

「いいえ、元々『触れない』ことが結婚の条件だったでしょう」

 全てを話さなかったとしても、この条件は婚約前に提示されてそれを了承して結婚している。レインが謝ることはなかった。

「……でもセレンのことは大切にする」

 あの日と同じくレインは誠実な目で私に訴える。そう、この瞳を信じて見ようと思ったのだ。

 夫婦のようにはなれないかもしれない、でも友人として家族としてお互いを大切に思うことは出来るはずだ。話してくれたことでレインとの距離感も測れる。

 以前までの私は誰かを想うことが恐ろしかった、だからレインの条件を受け入れた。でも今の私はまた人を信じてみたいと思っている。
 不安はあるけれど、彼の瞳は信じてみたい。
 大丈夫、傷を思い出した私は恐怖だけでない。希望だってあるのだから。

「改めてよろしくね、レイン」

 握手でもしたいところだが、それは無理なので瞳を交わすだけになった。
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