上 下
52 / 59
4章

14-4 ティナ・セルラトの秘密

しおりを挟む

「一連のことを考えると、結局のところティナは王妃として縛り付けた方がいいと思うんだ。君は責任感もあるから、与えられた役目は全うするだろう?」

 アルフォンスは幼子を諭すような声音になる。

「私はティナの魔力をもらっているから、今の魔力量はかなり多い。今後もスチュアートに負けないように、気は進まないけど他からも魔力も受け取るよ。国王として責務も果たす。
 ティナの魔力もすぐに戻るよ。もらえばいいだけだから」

 アルフォンスは片手でティナを抱きかかえながらも、もう片方の手で砂糖菓子をかざして見せた。優しいラベンダー色の砂糖菓子が禍々しく見える。

「い、嫌です……! 私は誰からも魔力を奪いたくありません」
「これを食べればベレニス嬢の魔力が受け取れるのに?」
「ベレニス様をどうされたのですか!」
「大丈夫だよ。魔力を剥がす痛みはないから。お菓子を食べるだけさ。それともベレニス嬢だと不服だった? それならレジーナ嬢はどうかな? 二人分の魔力なら充分だろう」

「……いい加減にしてください! 誰のものも受け取りません!」

「ティナ。これは数ヵ月の記憶を消し去る薬なんだ」

 先ほどティナの唇に押し付けたミントグリーンの菓子を見せる。

「君はすべてのことを忘れる。魔力が減ったことも気づかないでいられる。ティナに忌々しい記憶を植え付けたドラン家の息子のことも忘れることができる」

「……嫌です」

「うーん、困ったな。私はティナの中に他の男の記憶があるのが許せないんだよ。ティナが忘れてくれないと」

「ク、クロードさんに何をなさるつもりですか!」

「ああそうだ、クロード・ドラン。名前を思い出してすっきりした。彼のことが大切なら、ティナはすべてを忘れるしかないね」

「私が薬を飲めば、彼には何もしないのですか? ……いえ、信用できません!」

 アルフォンスは声を出して笑った。

「確かにそうだね。彼のことを忘れてしまえば、彼が死んだところで、関係ない一市民の死になる。証明ができないね。どうやって信頼してもらおうか」

 ミントグリーンの小さな菓子を再度ティナの唇に押し付けた。なんとかティナは首を降り、淡い緑は地面に落ちる。

「まあ、いい子にしていれば問題ないよ。何も心配しなくていい」

 ティナは口をつぐんで、アルフォンスを睨みつけた。

 ……どうすればいい?
 敵は国だ。クロードを助けてもらおうにも、誰に助けを求めればいいのかわからない。クロードまで危険にさらしてしまう。

「ティナ、何を悩む必要があるの? これを口にいれれば、ティナにとっては三ヵ月前の暮らしが戻ってくるだけなのだから。恐ろしいことなんて何もなかったんだよ」


 優しげなアルフォンスの声音に、ティナの目から自然と涙がこぼれる。

 ――忘れたくなんてない。
 この恐ろしい事実を忘れて、のうのうと平和に暮らしたくなどない。
 
 ベレニスが傷ついて、ウイルズは死んだ。それ以外にもたくさん魔力を奪われたものたちがいる。
 ティナがすべてを忘れてしまっても、その事実は変わらないのだ。

 ぼやけた視界の中で、アルフォンスが次の砂糖菓子をティナに運ぼうとしているから、手を思い切り払った。砂糖菓子はまた地面に落ちた。

「何度払っても同じだよ。たくさんお菓子はあると言ったよね」

「……私は、忘れたくないのです!」

「それほどまでにクロード・ドランが好きか?」

「……はい。
 
 でもそれだけではありません! 一度知ったのなら、私はこの国の恐ろしい出来事を知らなかったふりなどしたくありません!」

 ティナは必死に叫んだ。

「怖い思いはもちろん嫌です。でも何も知らずに生きていく方が今は恐ろしいです。そんな自分には戻りたくありません!」

 言葉を発するたびに涙がこぼれる。本当は怖い。相手は国だ。魔力を簡単に奪い、目的のために人を傷つける。そんなものを敵にして、恐ろしくないわけがない。
 知らなかったことにすれば、セルラト家の令嬢として、アルフォンスの妻として、不自由なく生きていける。

 だけど、もう目を瞑っていたくない。

「ティナ、どうしたんだい? そんな乱暴な女性ではなかっただろう。従順で可愛い、私のティナ」

「違います。殿下は知りません、私のことを何も!」

 ティナは叫ぶと、力いっぱいアルフォンスを押し、走り出した。
 ティナの反撃を予想していなかったアルフォンスは一瞬驚いたが、ティナに向かって手を伸ばした。

「あ……っ!」

 ティナを囲んでいた生け垣から蔓が伸び、ティナの手足にまとわりつき枷のかわりとなった。
 花の蔓はそのまま生け垣にティナをくくりつけた。手足を拘束されてしまえば、それ以上は逃げられない。薔薇の棘が手足に刺さって痛みを感じる。

「ティナ、なんて美しいんだろう。最初からこうしておけばよかったのかもしれないね」
「殿下。このようなことをされても、私の心は貴方に向きません……!」
「別にいいんだよ。ティナが私のことを兄としか見ていないことは以前から知っていたからね」

 アルフォンスはティナの白い手首をとった。薔薇の棘が食い込んで、白い肌に血がにじむ。

「だけど夫婦となれば別だ。君は王妃として、妻の仕事を全うする。世継ぎのために私とひとつとなり、私を愛そうと努力をしてくれるだろう。それで私は充分だ」

「でしたら! 最初から……このようなことをなさらなくても、私は……貴方の元から逃げ出したりしませんでした!」

 ティナはアルフォンスを家族のように慕い、彼との未来をみていた。冤罪事件など引き起こさなければ、王妃となっていた。国の恐ろしさには気づかずに。

「そうだね。君は私の妻として立派に過ごしてくれたことだろう。
 だが、私の欲が出てしまったんだ」

 アルフォンスは口元をゆがめた。淋しい瞳が過去を見ている。

「私はティナの心が欲しかった。塔に閉じ込めて、私以外のものを瞳にうつさなくなれば、君の心は手に入る」

「そんなことで心は手に入りません……!」

「入るよ。だってティナはクロード・ドランを愛したのだろう?」

「愛して――?」

「無自覚かもしれないけれど。君のそんな表情は今まで見たことはない。そんな表情を君にさせただけで男は殺したいくらい憎いけど……ひとつ気づきはくれた。

 ティナを孤独に、一人きりにしてしまえば、その時助けた者を愛すようになる。それしか頼れるものはないのだから、自然と愛になる」

「違います! クロードさんへの気持ちはそういったものではありません!」
 
 これが愛だとか、恋だとか、そういったものなのかはティナにはよくわからない。恋愛というものはいまだにわからない。

 けれど、クロードに対しての感情は、寂しさや孤独を埋めたものではない。

 もっと穏やかで優しい、あの家のオレンジの光のような、優しい感情だ。

 孤独から逃れるように、愛を乞うて、手を伸ばした感情ではない……!

「どれだけ私を孤独にしたとしても、クロードさんへの感情を、殿下に向けることはありません!」

「うるさい……っ!」

 アルフォンスは初めて怒りをあらわにして、ティナの肩を掴んだ。荒々しくミントグリーンの菓子をティナの唇に押し付けて、ティナは唇を尖らせ阻止する。
 その仕草に苛立ちで顔を赤くしたアルフォンスは菓子を自身の唇に挟み、ティナに唇を押し付けた。

 歯と歯がぶつかって、唇が切れたのだろう。
 血の味がした。

 ティナは顔を振るが、両手でがっちりと顔をおさえつけられる。力で適わなければ、魔力もない。
 ただ唇の中の異物感をこらえると、甘い小さな塊が入ってくる。
 それがあの薬だと気づいた、ティナは押し戻そうとするが、舌はアルフォンスの舌にからめとられる。

(助けて……!)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

1.戦災の魔界姫は正体を隠し敵国騎士の愛人候補になる1 ★月読教改革編★

喧騒の花婿
恋愛
魔界にある倭国は、 敵国の天界国に戦で負けてしまう。 倭国の竜神女王は天界国の捕虜となり 高い茨の塔に幽閉されていた。 そして戦で崩御されたと思われている 菫王女は兄弟たちと別れ 敵国である天界国に潜入し 母親を救うため士官として その機会を伺うことになる…… これは始まりの話です。 ★1・月読教改革編★は6章で終わります。 ★2・陰陽師当主編★に続きます。 ★IF番外編√は 本筋以外の騎士と恋愛したら という、もしも√を書いています。 本編とは異なる設定ですので、 ご了承下さる方はお気を付けて 読んで下さると幸いです。

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

(完結)妹に病にかかった婚約者をおしつけられました。

青空一夏
恋愛
フランソワーズは母親から理不尽な扱いを受けていた。それは美しいのに醜いと言われ続けられたこと。学園にも通わせてもらえなかったこと。妹ベッツィーを常に優先され、差別されたことだ。 父親はそれを黙認し、兄は人懐っこいベッツィーを可愛がる。フランソワーズは完全に、自分には価値がないと思い込んだ。 妹に婚約者ができた。それは公爵家の嫡男マクシミリアンで、ダイヤモンド鉱山を所有する大金持ちだった。彼は美しい少年だったが、病の為に目はくぼみガリガリに痩せ見る影もない。 そんなマクシミリアンを疎んじたベッツィーはフランソワーズに提案した。 「ねぇ、お姉様! お姉様にはちょうど婚約者がいないわね? マクシミリアン様を譲ってあげるわよ。ね、妹からのプレゼントよ。受け取ってちょうだい」 これはすっかり自信をなくした、実はとても綺麗なヒロインが幸せを掴む物語。異世界。現代的表現ありの現代的商品や機器などでてくる場合あり。貴族世界。全く史実に沿った物語ではありません。 6/23 5:56時点でhot1位になりました。お読みくださった方々のお陰です。ありがとうございます。✨

幼馴染に冗談で冤罪を掛けられた。今更嘘だと言ってももう遅い。

ああああ
恋愛
幼馴染に冗談で冤罪を掛けられた。今更嘘だと言ってももう遅い。

精霊の愛し子が濡れ衣を着せられ、婚約破棄された結果

あーもんど
恋愛
「アリス!私は真実の愛に目覚めたんだ!君との婚約を白紙に戻して欲しい!」 ある日の朝、突然家に押し掛けてきた婚約者───ノア・アレクサンダー公爵令息に婚約解消を申し込まれたアリス・ベネット伯爵令嬢。 婚約解消に同意したアリスだったが、ノアに『解消理由をそちらに非があるように偽装して欲しい』と頼まれる。 当然ながら、アリスはそれを拒否。 他に女を作って、婚約解消を申し込まれただけでも屈辱なのに、そのうえ解消理由を偽装するなど有り得ない。 『そこをなんとか······』と食い下がるノアをアリスは叱咤し、屋敷から追い出した。 その数日後、アカデミーの卒業パーティーへ出席したアリスはノアと再会する。 彼の隣には想い人と思われる女性の姿が·····。 『まだ正式に婚約解消した訳でもないのに、他の女とパーティーに出席するだなんて·····』と呆れ返るアリスに、ノアは大声で叫んだ。 「アリス・ベネット伯爵令嬢!君との婚約を破棄させてもらう!婚約者が居ながら、他の男と寝た君とは結婚出来ない!」 濡れ衣を着せられたアリスはノアを冷めた目で見つめる。 ······もう我慢の限界です。この男にはほとほと愛想が尽きました。 復讐を誓ったアリスは────精霊王の名を呼んだ。 ※本作を読んでご気分を害される可能性がありますので、閲覧注意です(詳しくは感想欄の方をご参照してください) ※息抜き作品です。クオリティはそこまで高くありません。 ※本作のざまぁは物理です。社会的制裁などは特にありません。 ※hotランキング一位ありがとうございます(2020/12/01)

え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。

ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・ 強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。

まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった

あとさん♪
恋愛
 学園の卒業記念パーティでその断罪は行われた。  王孫殿下自ら婚約者を断罪し、婚約者である公爵令嬢は地下牢へ移されて——  だがその断罪は国王陛下にとって寝耳に水の出来事だった。彼は怒り、孫である王孫を改めて断罪する。関係者を集めた中で。  誰もが思った。『まさか、こんな事になるなんて』と。  この事件をきっかけに歴史は動いた。  無血革命が起こり、国名が変わった。  平和な時代になり、ひとりの女性が70年前の真実に近づく。 ※R15は保険。 ※設定はゆるんゆるん。 ※異世界のなんちゃってだとお心にお留め置き下さいませm(_ _)m ※本編はオマケ込みで全24話 ※番外編『フォーサイス公爵の走馬灯』(全5話) ※『ジョン、という人』(全1話) ※『乙女ゲーム“この恋をアナタと”の真実』(全2話) ※↑蛇足回2021,6,23加筆修正 ※外伝『真か偽か』(全1話) ※小説家になろうにも投稿しております。

政略結婚だと思っていたのに、将軍閣下は歌姫兼業王女を溺愛してきます

蓮恭
恋愛
――エリザベート王女の声は呪いの声。『白の王妃』が亡くなったのも、呪いの声を持つ王女を産んだから。あの嗄れた声を聞いたら最後、死んでしまう。ーー  母親である白の王妃ことコルネリアが亡くなった際、そんな風に言われて口を聞く事を禁じられたアルント王国の王女、エリザベートは口が聞けない人形姫と呼ばれている。  しかしエリザベートの声はただの掠れた声(ハスキーボイス)というだけで、呪いの声などでは無かった。  普段から城の別棟に軟禁状態のエリザベートは、時折城を抜け出して幼馴染であり乳兄妹のワルターが座長を務める旅芸人の一座で歌を歌い、銀髪の歌姫として人気を博していた。  そんな中、隣国の英雄でアルント王国の危機をも救ってくれた将軍アルフレートとエリザベートとの政略結婚の話が持ち上がる。  エリザベートを想う幼馴染乳兄妹のワルターをはじめ、妙に距離が近い謎多き美丈夫ガーラン、そして政略結婚の相手で無骨な武人アルフレート将軍など様々なタイプのイケメンが登場。  意地悪な継母王妃にその娘王女達も大概意地悪ですが、何故かエリザベートに悪意を持つ悪役令嬢軍人(?)のレネ様にも注目です。 ◆小説家になろうにも掲載中です

処理中です...