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2章
9-4 容疑者の死
しおりを挟むクロードが思いついたように呟いた。
その呟きに、ティナとイリエもはっとしたように顔を上げる。
ウイルズの「アイビーのためにティナを婚約者からおろす」動機であれば、ティナを罪人に仕立てあげて婚約者から引きずりおろさなくとも、存在を消すほうがずっと簡単だ。
「んー、じゃあ元々はティナちゃんを殺すつもりだったけど、そこにたまたまベレニスちゃんが現れて、たまたまベレニスちゃんに攻撃が当たっちゃった……とか?」
「……人がたくさんいる夜会で狙う必要があるか? 彼女を殺す場所には不向きだ。それにウイルズが直接手を下す必要もない」
「今回の事件は、私を罪人にする必要があったのでしょうね」
ティナが控えめに言えば、クロードも頷いた。
「そうだった。この事件について考え始めた当初はティナ・セルラトに罪を着せたい人間の犯行だとにらんでいた。舞台を夜会に選んだのは、目立たせたいからだ。彼女が罪人だとその場にいる人間にアピールをしたかった」
婚約者候補にアイビーがいたことで、二人はドラン家に疑惑の目を向けた。
だが、もともとは〝ティナを恨んでいる人間〟を考えていたのだ。
「婚約者候補にアイビーちゃんがいたから考えがそれちゃったよね」
五年前の種も絡めれば、ドラン家は最も怪しい。
しかし、ティナ個人への恨みで考えるとドラン家は一番関わりがない。
「王子の婚約者になりたい人間は『ティナ・セルラトが邪魔』だと思っている。だけどそれなら回りくどいことをしなくてもティナちゃんを消せばいいだけだからね。わざわざ面倒なことをしてまでティナちゃんを罪を着せたい人間……。『ティナ・セルラトを恨んでいる』人物をがいるわけだね」
先ほどまで難しい顔をしていたイリエが目をキラキラさせている。
「いやー、それにしてもティナちゃん、そのひとに何したのさ。殺すだけでは生ぬるい。世間から嫌われせて罪人にさせるってよっぽどじゃない?」
(私を、そこまで恨んでいる人……)
人の悪意に、震えてしまいそうでティナは自然と自身の身体を抱きしめた。
「面白がるな」
「だってー。ウイルズ・ドランは犯人ではなかったということだよね?」
「それはまだわからない。彼女が心当たりがないだけで、一方的にウイルズが恨みをもっていた可能性もある。容疑者から外れたわけではない」
「ティナちゃんはどう? 四人の婚約者候補のなかで、ティナちゃんを恨んでそうなのはだれ? やっぱりレジーナちゃんかな?」
「……」
「いい加減にしろ」
クロードの声が低く尖る。
「ごめんって」
「しかしウイルズは自殺した……んだよな」
ウイルズが犯人ではないかもしれない。
それなのに、罪から逃れられないと感じて自殺した。
――それが意味するものは。
「クロード的にはどう思う?」
「あの男はあまり自死を選ぶタイプには思えない」
「やっぱり少しきな臭いよね。俺もそう思う。ウイルズは殺されたかもしれないね? 本当の犯人にさ」
イリエは軽く言うと、目を細める。このニィと細くなる糸のような目がティナは少し苦手だ。
その瞳を楽しそうにクロードに向けた。
「ウイルズのことで気になることはもう一つあるよ。王子との面会後、アイビーちゃんが魔力を再測定している」
「……どういうことだ」
「アイビーちゃんの魔力が増えていたんだよ。レジーナちゃんやビヴァリーちゃんほどではないけど……微増していた。魔法局で測定していたから事実だよ」
イリエの声は弾んでいる。
「ねえ、アイビーちゃんが、ウイルズを殺したってことはないかな?」
瞬間、空気が張り詰める。ティナは部屋の温度が下がった感覚がした。
子供のように楽しげなイリエをクロードは静かに睨んでいる。
「なに? クロードは初恋の女の子だから疑いたくないの? だって怪しくない? アイビーちゃん」
「そういうわけではない。そもそも初恋では……」
「お待ちください! 今回の事件、アイビー様にメリットはありませんよね?」
クロードの表情の変化にいたたまれなくなったティナが割り込んだ。
「ウイルズが犯罪者になれば、アイビー様は婚約者候補から外されます。アイビー様が王子の婚約者になるために起こしたこととしては不自然ではないでしょうか」
「最初はお父さんと共謀していたけど、ばれそうになったから父に罪を押し付けた可能性もあるよ? そもそもアイビーちゃんは王子の婚約者になりたかったのかな? 彼女の目的は他にあったかもしれないよ?」
「すべて憶測だ」
クロードが声を荒げて、張り詰めた空気が割れた。
しばらく沈黙が続き、ティナが小さく手を挙げた。
「――イリエさん、私は王都に戻ってもよいのでしょうか?」
「いいと思うよー、真実はわかんないけど世間的にはベレニス事件の犯人はウイルズになったんだから。ティナちゃんは今のところ、無罪放免。早く家に帰りたいよねー」
ティナは身体をクロードに向けた。
「クロードさん。私と王都に行きませんか?」
「ひゅう。情熱的♪クロードをお婿さんにしたいんだね」
「私はこの事件の、種の真相を追いたいのです」
からかうイリエを気にすることなく、ティナは言った。
もうティナは罪に問われていない。
魔力は戻っていないが、家族のもとに帰り平穏に暮らすことは出来る。
魔法局で種を調べてもらえばいい。
それでも、ティナは事件を、種を――クロードが追放された原因となる種について知りたかった。
「ウイルズ様が容疑者として大々的に報じられているのであれば、アイビー様にも疑惑の目が向きます。ドラン家は盤石な地位もなければ、アイビー様にはもうご家族もいません。アイビー様を今、守れるのは……クロードさんだけかもしれません」
クロードは驚いたようにティナを見つめる。
ティナの胸にささくれだった何かが生まれる。自分で言ったことなのに、なぜか胸が痛い。
「そうそう。初恋の子を守ってあげなよ」
「茶化すな」
ニヤリと笑ったイリエは真面目な顔に戻ると
「でも俺も賛成だよ。俺は情報屋といっても、魔法局まわりのことを嗅ぐことしか出来ないからね。二人は疑惑のご令嬢たちと関係があるわけだし? 直接話すことで見えてくることもあると思うよ」
正論を突きつけた。
イリエの言う通り、伝聞や憶測だけではわからないこともある。
ティナはもう逃げなくてもいいのだ。
「わかった。僕だって、種について決着をつけたい」
二人は最後まで謎を追いかけることを決めた。
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