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2章

9-1 容疑者の死

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 クロードの手からメモ用紙が滑り落ち、机の上にひらひらと舞った。ティナがそれを拾って内容を確認する。

【ウイルズ・ドランが死んだ。俺は引き続き情報を集める】

 記されているのは一言だ。イリエが速報として送ってくれたのだろうと理解する。

「なぜドラン侯爵が……?」

 ティナが呟いたと同時に、また白い鳥が窓から入ってきた。
 鳥は大きな紙を咥えていて、それをテーブルの上を落とす。
 二羽は用は済んだとばかりに、窓から飛び立っていった。

 テーブルに落とされたのは、新聞だった。このあたりまで届くには時間がかかるもので、王都で配られたものを至急で送ってきたのだと考えられる。

「新聞に載っているということは、事件性があるということか……?」

 愕然としていたクロードも気を取りなおしたようだ。彼は新聞を広げ、ティナも横から覗き込む。
 ウイルズが殺害された、事故にあった。そんな記事を予想していた二人は同時に固まる。
 新聞に書いてある言葉は予想外のものだった。


【夜会で起きた殺人未遂の真犯人!】

「真犯人って……」
「この事件はベレニス事件のことだろうな」

 二人は顔を見合わせた。そして慌てて、記事を読む。

【先月エイリー侯爵家の夜会で起きた殺人未遂事件。その真犯人がウイルズ・ドランだということがわかった。
 殺人未遂事件について調べを進めているなか、捜査線上にドラン氏が浮上した。
 事情聴取のため、役人がドラン家に訪れたところ、ドラン氏が亡くなっているのを発見した。自殺とみられている】

「自殺……」
「あの男が自殺だと……?」

【ドラン氏は事件について黙秘を貫くために、永遠の沈黙を選んだのだろう。詳しい動機を調べている】

 記事はそこで終わっていた。そして二人にはしばらく沈黙が訪れる。

「新聞の情報だと、自分が真犯人だと気づかれたことを苦に自殺、ということでしょうか」
「殺しても死なない。そんな男だったが……」

 種についてはドラン家に対する疑いはぬぐい切れない。これからウイルズについて改めて調べようと思った矢先のことだ。
 考えもしなかったウイルズの死に二人はただ戸惑っていた。

「そもそもなぜドラン侯爵を真犯人だと思ったのでしょうか。夜会の場で私は現行犯として連行されていますし、そこから調べ直すことなどあるのでしょうか」

 あの場の誰もがティナを犯人だと思った。罪から逃げられない。真犯人など見つけてもらえない。そう思っていたのだから。

「何か怪しい動きがあったのだろうか。……僕たちがここで考えても今は何も情報がない。大人しくイリエの続報を待った方がいいだろう」
「そうです……ね」
「真犯人がわかったのに、なぜそんな顔をしている」
 
 暗い顔のままのティナを見てクロードは訊ねた。そういうクロードの顔もすっきりしていない。
 
 ベレニス事件を起こしたのは、ウイルズ・ドラン。
 動機は、ティナを婚約者からひきずりおろし、自分の娘を婚約者にすること。ここまでは二人とも理解できる。

 だけど、種については何も解決していない。
 五年前クロードから魔力を奪ったのも、今回ティナから魔力を奪ったのもウイルズなのだろうか。
 しかし、彼もアイビーも魔力は増えていない。
 種について聞きたくとも、ウイルズは既に死んでしまっている。
 
「とにかく。世間的には真犯人が見つかった。つまり、君の罪は晴れたんだ」
「……そうなるのでしょうね」
「表向きにはな。つまり、君はここに隠れていなくてもいい」

 クロードは真っすぐティナを見た。黄色の瞳は猫のようで、今日も何を考えているかまでは読み取れない。

「君は、王都の家族のもとにだって帰れる」
「……しかし、種のことが解決していません」
「このままここにいても解決するかわからない。五年間、僕だけで調べても何もわからなかった。であれば、その首の種を魔法局の人間に調べてもらった方がよっぽど解明できる」

 クロードの長い指が、ティナの首に向けられる。
 埋まった種はまったく変化はなく、結局何の手がかりもない。

「僕はドラン家にとって使い捨ての道具だったが、君は違う」
 
 クロードの言葉が響いて聞こえた。
 こんなに近くにいるのに。なぜかクロードが突然遠い場所にいるような気がする。

「君はセルラト家のご令嬢で、待っている家族もいる」
「しかし、魔力はありません」
「そうだ。でも君は純粋な被害者なのだから、堂々と魔法局で調べてもらったらいいんだ。今まではそれが出来なかったから、ここで可能性の低い魔術書を読み漁るしかなかった」

 クロードは淡々と言葉を続ける。ティナのことを見ようともせずに。

「君は王都に帰るべきだ」

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