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2章

8-3 クロードの五年前

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 ひと月後、クロードは魔法局の上司にウイルズと共に呼び出された。

「申し上げにくいのですが……今のクロードくんは、魔力が通常の人よりも下回っていまして……魔法局での勤務はこれ以上難しいかと思います」
「僕の研究結果を認めてくださっていましたよね……?」
「確かに君の知識はすごいよ。だけど、それだけだ」

 上司は冷たく言い放ち、魔法局からクロードは追い出された。クロードの研究成果物や論文は返してもらえず、知識だけを取り上げたのだ。
 ウイルズも冷たい目でクロードを見るだけで、何も言ってはくれなかった。

「お父様……」
「クロード。お前には失望したよ。もともとの魔力も、虚偽だったのではないかと私まで疑われているんだ」
「そんなことありません」
「しかし、貴族でもない君にあれほどの魔力があったことがそもそも疑わしい。……私は国から呼び出されている。君の件だ。君のせいで、学園の元平民の入学に関して規制がかかるとも言われているんだぞ。君は優秀な人材の未来すら断ち切ったんだ」
「僕が、優秀な人材の未来を……」

 クロードは過去を思い出した。
 平民だった自分が、貴族に拾ってもらえて認めれらた。あれほどの幸せはないと思っていた。身分に関係なく、優秀な人材が登用されることに喜びを感じ、自分と同じように認められる人間が出てくればいいと思っていた。

 ……それなのに、その未来を僕が潰した……?

 クロードは一人、ドラン家の作業所に戻った。ここは自分に与えられた自分だけの城。今はそれも色褪せて見える。

「魔法局でなくとも、研究はできる。そうだ……」

 クロードはふらふらとガラス棚に向かう。
 そこには薬品たちがずらりと並んでいて、すべて彼の成果だった。
 ……今は研究を続けよう。魔力がなくとも別の手段から、発表を続けて行けばいい。そちらでなら自分の役に立つこともあるはずだ。

 そんなことを考えながらクロードは棚から薬品を取り出そうとした。

「なんだこれは……」

 ガラス棚にうつった自分の姿に違和感を感じる。首元に大きな赤いものが見えたのだ。

「なんだこれは……」

 よく見れば、禍々しい赤色を漂わせた何かが、左の耳の下で存在感を主張していた。
 赤い色がゆらめくたびに、身体から急激に力が抜けていく気がする。

「……まさか」

 魔力の核は首にある。
 クロードは自分の手を首元に添わせると、小さく攻撃魔法を放つ。ガラス棚に閃光が映る。放たれた魔法が肌の表面を抉った。

「…………っ」

 クロードの想像以上に血を噴いた。
 膝をつくと同時に、首から異物がごろりと転がる。

 それは胡桃くらいの大きさの黒い球体だった。血の赤に染まっているが、もう先ほどの禍々しい赤色は揺らめていない。

 クロードは白衣のポケットに入っている調合薬を慌てて噛み砕いた。
 首の異物は大きく、その分のダメージだったのだろう。放った攻撃以上の大量の血が流れてしまった。薬はすぐに効き、止血され傷もじきに塞がるだろう。
 
「なんだこれは……?」

 黒い球体を拾う。ざらりとしていて、見れば見るほど胡桃のようだ。
 しかしそれは、数秒とたたないうちにクロードの手の上で消滅してしまった。

「これが僕の魔力を奪っていた……?」

 クロードは自分のデスクへ急ぐと、魔力測定器を取り出した。魔法局にあるものをこっそり持ち出し自分でも計っていたのだ。

(あれが僕の魔力を奪っていたとすれば、魔力が戻っているかもしれない……!)

 はやる気持ちを抑えながら測定するが、魔力は変わりなく低いままだった。
 
「はは……」

 クロードはその場にへたり込み、血に濡れた床をぼんやりと見つめていた。

・・

 それから数日たって、クロードがドラン家から追い出されることが正式に決まった。

「お父様、どうしてですか! お兄様が何をしたというのですか。この家に益をもたらしたのはお兄様ではないですか」

 リビングルームでアイビーがウイルズに縋りついて抗議している。それを廊下からクロードは静かに見つめていた。
 手には小さなカバンがひとつ。荷物をまとめろと言われて、許されたものは衣類だけ。研究室の彼の功績はすべて置いていくことになっている。

「いいか、アイビー。お前の縁談にも影響するんだ。お前の美しさなら上位貴族にも見初められる。あいつが私たちを裏切ったことで、アイビーが婿をとり、ドラン家を継がねばならんのだ」
「ですが……」
「何の役にも立たない卑しい平民など、家にいられても迷惑だ」
「魔力がなくとも、お兄様は研究で成果をあげられるかと」
「魔力がなければ、王家に認められるような質のいい調合薬をつくることもできない」
「ひどい……!」

 アイビーは涙をぬぐいながら、リビングルームから飛び出す。

「お兄様……」
「アイビーすまない。今までありがとう」
「お兄様、私は……あなたが、」
「アイビー、近寄るな。もうこいつは他人で、平民なのだ。会うこともない」

 後ろからあらわれたウイルズがクロードを睨む。

「お兄様はこれからどこへ?」
「アイビー、私にだって情はある。この男の行く先をきちんと決めてやっている、安心しなさい」
「そうなのですか?」

 アイビーの潤んだ瞳がクロードを向いた。
 クロードは静かに頷くと、ドラン家を出る。

 アイビーは見送ることすら許されなかったが、窓の外に馬車があることに気づき少しは安堵したようだった。

 確かにクロードの行く先は決まっていて、馬車は用意されている。しかし馬車はこの国の外れまで送るだけだ。その先の家も、働き口もない。ほんのわずかな金だけ握らせて。

「今までお世話になりました」

 クロードは深々と頭を下げ、馬車に乗り込んだ。あっけない別れだ。
 
 クロードはカバンをしっかりと抱きしめた。衣類しか入っていないカバンの奥底にはこっそり持ち出した魔力測定器が入っている。

(魔力はあの日から減っていない)

 毎日急速に減少していた魔力。あの日を境に減少することはなくなった。
 あの日、手の中から消えた黒いなにか。
 
 それはクロードから魔力だけでなく、すべてを奪ったのだった。



「これが僕の過去だ」
「そんな、ことが……」
 
 ティナは顔を強張らせて呟いた。
 心中に渦巻くものは怒りだ。自身が所属していた魔法局がそこまで非道だったとは。だけどティナにも同じことが起きた。魔力を奪う人間だと決めつけられ捕らえられたのだから。

「このあたりに送られて、適当に食いつないでるところをマーサの婆さんに拾われた。昔、娘夫婦が住んでいたとかいう家をもらった」
「……マーサさんに出会えてよかったです」
「まあな」

 クロードは遠い目をしてお茶をすすった。

「僕に種を植え付けたのはドラン家ではないか、と思っていた。四年のうちにドラン家が地位を上げていったことも知ったから。——そんなときにイリエと知り合うことになって……情報屋として依頼をして、ドラン家について調べてもらった。ウイルズやアイビーに魔力変化はなかったし、特別に怪しい点もなかった」

「なぜ地位は上がったのでしょう」
「僕の残した論文や研究結果がウイルズやアイビーのものになっていた。その功績が認められた可能性はあるが……」
「そうですね……」
「国の判断に関しては、さすがにイリエも調べきれないからな」

 クロードがため息をつき、ティナも何も言葉を発することはできない。

「ドラン家は怪しい。しかし種との繋がりは読めない。あの頃、ウイルズは王城にもよく出入りしていたし、ドラン家も成功していた。種とは本当に関係ないかもしれない。そう思ってもいた。
 ——だけど、今回婚約者にアイビー・ドランがいた」

 ティナの種、クロードの種。どちらにもドラン家が関わっている。

「君の件とどれほど関係しているかわからないから、整理するまで話せなかった。すまない」
「いえ、それは当然です」

 最初からドラン家の話を聞いていたら、ドラン家が黒幕ではないか、と決めつけて、他の候補者についてまったく考えることもなかったかもしれない。

「結局今回の件だって、ドラン家が関与しているかは謎のままですしね」
「アイビーの魔力は今回もあがっていないしな。この種は魔力を奪うだけ奪って、誰かに譲渡はできないのか……?」

 ティナの首筋から顔を出す種をクロードは見つめた。

 その時、一羽の小鳥が部屋の窓から入ってきた。
 小鳥は器用にクロードの指先に止まる。

「これは……、イリエの鳥だ」

 クロードが白い鳥を見れば、嘴に小さな紙を咥えている。

「鳥を寄こすなら緊急かもしれない」

 緊張した面持ちでクロードはそれを開き、顔色がさっと変わる。

「どうされましたか?」

 手紙を持つ手が震え、呆然としている。

「……ウイルズ・ドランが死んだ」












 













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