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1章
4-4 四人の婚約者候補
しおりを挟むイリエは二枚の紙を机の上に置いた。
そこに書いてある名前を見た途端、クロードとティナは同時に固まった。二人が希望通りの反応をしたことに頬をゆるめながらイリエは話しはじめた。
「二人とも第一王子の婚約者に選ばれる感じの子じゃないんだよねー。実際二人は四年前の婚約者候補にはいなかったしね。
それなのにどうして彼女たちが選ばれたんだろうね?」
ティナがじっと見ている紙を、イリエがさっと奪い「じゃあまずはティナちゃんのお友達から行こうか」と笑顔を浮かべた。
「レジーナ・マリオット。十七歳。マリオット子爵家の長女。防衛魔術を専攻している。学園の成績は主席。彼女はティナちゃんのお友達だよね?」
イリエの質問に、ティナは言葉を失ったまま頷いた。
「彼女も魔力測定の結果、半年前に比べて魔力が上がっていたんだ。彼女は毎年魔力が増え続けている子ではあるんだけど、それを考慮しても今回は伸びがよかったね」
イリエはレジーナの魔力測定結果を見せる。数年前から徐々に伸びてはいるが、確かに半年前から数値は大幅に増えている。
「レジーナは子爵家か」
「そうなんだよ。家柄的に少し劣る。ティナちゃんはどう思う?」
「レジーナ様は、学園では主席ですし、魔法局でも大変優秀な魔術師です。そういった意味では今回選出されたのは頷けます」
レジーナが婚約者候補――ティナから魔力を奪い、罪を着せた容疑者――に挙げられていることにショックを受けつつも、ティナは答えた。
ティナにはほとんど友人と呼べる存在はいなかった。
学園で知り合った者には、遠巻きに見られるか、政治的に利用しようと思われるかどちらかで。
幼少期から家同士の繋がりがあった者は、ティナの魔力が倍増した件からティナを快く思っていなかった。
同じ防衛魔術専攻であるレジーナはどちらの人間とも違った。勉強熱心な彼女は、同じく優秀な成績のティナに臆することなく色々と尋ねてきたのだ。要するに魔術バカで、クロードのような人間なのだ。
気にすることなく話しかけてくれるレジーナの存在はありがたかったし、勤勉さや努力家な姿にティナは好感を持っていた。
「じゃあ二人はいいライバルだったんだ? ティナちゃんは次席だったんだよね」
「ええ。良い刺激を与えてくれる存在でした」
「へえ? 成績では自分の方が優秀なのに、家柄や魔力ではティナちゃんに勝てない!という個人的な恨みの可能性はありえる?」
ティナが瞬時に顔色を変える。切磋琢磨していると思っていた友人が、自分に強い恨みを持っているなど信じたくはない。
「その恨みもあり得る話だな。知識と技術はあるが魔力が足りなかった。そう思うのなら魔力を奪ったのもつじつまが合う。王妃は国王をサポートする立場だ。魔術師としての有能さは必須だ」
クロードも冷静に頷くから、ティナはますます気落ちする。
いつも真っすぐ真面目なレジーナが自分を陥れようなどするだろうか。
レジーナはティナが困っているときには、惜しみなく知識を分けてくれた相手だ。
個人的に親交があったぶん、彼女を疑いたくはない。
しかし個人的に繋がりがあったということは、向こうにもティナに対する感情がある。ティナが魔力を失っていく様子を一番近くで見ていたのも彼女だ。
好意があったのは自分だけなのだろうか……。ティナはそれを考えると恐ろしくなった。
「これは可能性のひとつだからねー落ち込まないで。じゃ、次のご令嬢の話にうつろうか」
イリエは本気で励ますつもりのない軽い声を出す。それからクロードの前に置いていた紙を拾い上げる。
「次にアイビー・ドラン。18歳。ドラン侯爵家の長女。彼女はクロードの――」
「イリエ」
ぺらぺらと喋るイリエの言葉をクロードが制す。
彼らの反応を見れば、アイビー・ドランはクロードの知り合いなのだろうとわかる。
クロードは過去に魔法局にいた貴族なのだから、王都にいる貴族と何かの繋がりがあってもおかしくない。
「アイビーちゃんも四年前の婚約者候補ではなかった。今回の測定の結果、魔力量に変化はないんだけど……正直一番怪しいと思うね」
「どうしてそう思われたのですか?」
「――彼女については……少し僕に考えさせてくれ」
説明しようとするイリエの言葉を、クロードは声が打ち切った。
(魔力量に変化がないのに一番怪しい。どういうことかしら)
ティナはイリエの言った意味を考えるけれど、すぐには思いつかなかった。
クロードにはぴりりとした空気が漂っていて、何か聞ける雰囲気ではない。彼女の名前を見てから彼の纏う空気がかわった。
「そのうちティナちゃんにも共有した方がいいと思うけど。ごめんね、クロードはまだちょっと消化できてないみたい」
「イリエ」
クロードの声は怒気を含んでいて、いつもの軽い調子ではない。部屋の空気が冷たくなる。
「もう仕方ないなー、アイビーちゃんについてはクロードが考えるってことでよろしく。ティナちゃんも各婚約者候補について気づくことを何でもいいから思い出してくれる? 皆一応学園生で魔法局にいた人たちなわけだし。レジーナちゃん以外はそこまで接点がないにしても。何か彼女たちに悩みがあったとかね、思い出せる範囲を」
「わかりました」
「特にレジーナちゃんと一緒にいたときの言動をよく思い出してみて」
それに対してティナは頷くしかできないけれど……。
彼女との思い出は良いものばかりだ。そう思っているのは自分だけだったらどうしよう。罪を着せるほど恨まれていたら……。そう思うと過去を思い出すのも怖くなる。
「そしてもう一つ、気になる話があるんだよね。婚約者候補たちではなく、第二王子であるスチュアート王子について」
誰かが聞いているわけでもないのに、イリエは声を潜めて深刻な表情をつくる。
「これは噂に過ぎないものなんだけど、一応共有しておくよ。彼はここ最近、魔力量を伸ばしているらしいんだ。王族は魔力測定を義務付けられていないから、最近といってもどれくらい前かはわからないんだけど。
彼は魔力量がアルフォンス第一王子よりも上回ったと主張していたらしい。魔力が重視されるこの国で、本当に国王にふさわしいのは自分だとも」
「スチュアート王子が……」
ティナはスチュアートを思い出してみる。
第二王子とはそこまで接点はなかったが、アルフォンスといるときに何度か会話をしたことはある。優しい物腰の大人しい人だったように思える。
「第二王子が王位争いのために、彼女の魔力を奪ったと?」
「いつから第二王子の魔力が上がったのかはわからないけどね。ただ彼がティナちゃんに罪を着せる理由はわからないんだよ。
――第二王子も王妃にはティナちゃんを所望していたらしいから」
ティナも目を丸くしてイリエを見つめた。
「魔力魔術ともにティナちゃんは優れていたし、誰が国王になろうとも王妃はティナちゃん。第二王子はそう考えていたみたいだから」
「なるほど。彼女を陥れる必要はないな。彼女から魔力を奪うにしてもベレニス事件の罪を着せる必要はない」
クロードはいつもの調子に戻って、真剣に頷いている。
「今怪しいのは婚約者候補の四名とその家族。それから第二王子かなー? とりあえず容疑者とその周りの人間の動向は引き続き探っていくよ。
……今回の俺の報告はこんなものかな。そっちはどう?」
「種や魔力の譲渡方法についての文献はやはり見つからないな。彼女には魔力関連の事件を調べてもらっているが、こちらも特に進展はない」
「なんだよ、俺だけ頑張ってんじゃん。そっちもよろしく頼むよー?」
イリエは口を尖らすと、テーブルの上に置いてあるパンを取った。
「じゃあ全部話したからご飯食べてもいい? お腹空いててさ。スープのおかわりあったらちょうだい。俺、今回それくらいの働きはしたと思うんだよね」
「自分でよそってこい」
クロードは冷たく言い放つと、自分もパンを取って食べ始めた。
食事の途中だったことを思い出してティナもスープを食べることにする。
誰かが自分を陥れようとした。それは初めてクロードと話したときからわかっていたことではある。
それでも実際に容疑者候補の名前があがると現実味が出てくる。
あたたかで美味しかったスープはすっかり冷めていて、あたたかいきもちにはもうなれなかった。
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