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1章

4-1 四人の婚約者候補

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 数日後の昼下がり。
 マーサの家のキッチンでティナはエプロン姿で、野菜に対峙していた。
 恐る恐るナイフを持ち、塊に刃を滑らせて引いてみる。思ったより力がいるようで、真っ二つにはならず傷がつくだけだ。

「もう少し勢いよくいっても大丈夫だよ。しっかりと抑えていれば滑ることもない。見てて」

 そう言ってマーサは「えい」と掛け声と共にナイフに力をいれた。あっという間に根菜が四等分になるのをティナじっと見つめている。
 今日はマーサの家で料理を教えてもらっているのだ。
 初めて教えてもらうレシピはスープで、今は具材を切っているところ。

「やってみます」

 思い切って力を入れてみると、根菜は真ん中で割れた。左右でサイズはバラバラだけどとりあえず割れたなら良いということにする。
 
「うん、いい感じ。それじゃあそれをさらに半分に切って」

 マーサの指示通り、さらに半分に切り四等分にする。一度やってみれば簡単にできて、ごとり、と切る感触も楽しい。

「これ以上は切らなくていいんですか?」
 
 一口で食べるには少し大きなサイズだが、マーサは頷いた。

「好みだからどっちでも。大きいまま茹でた方が甘みが出るから私はこれくらいの大きさが好き」
「大きさによって変わるのですね」

 ティナが今まで食べてきたスープの具材は、大口を開けなくてもいいくらい細かくカットされていた。

「今日は初めてだからシンプルなスープにしよう」

 マーサはそう言って深い鍋を取り出すと「ここに全部いれて」と指示する。
 ティナが切った不格好な形の野菜をすべて深い鍋にいれると、マーサは水を入れて火にかけた。

「あとは煮るだけ。野菜の甘みだけでも美味しいけど塩で味を調えた方がいい。魔法が使えなくても簡単だろう?」
「はい、これなら私もすぐにできそうです!」
 
 鍋の水を見ているとぶくぶくと水が沸騰し始める。

「突然魔法が使えなくなるといろいろ不便じゃない? 私なんかは魔力もほとんどないから、元々魔道具に頼ってるだけだけどね。料理は初めて?」
「恥ずかしながら、そうです」

 魔法が使える・使えない関係なしに、貴族であるティナは自身で料理など作る発想すらなかった。
 だけど調合薬を作っているときのようで、なかなか楽しい。ここに来るまで知らなかったことだ。

「ありがとうございました。これで毎日スープは作ることができそうです」
「スープは具材によって、味が変わるから楽しいよ。これさえあれば栄養も取れる」
「クロード様の本棚には調理の本もありましたから、応用したいと思います」
「クロードは自分では料理をしないくせに、調理の本はあるんだね」

 材料や道具を片付けながらマーサは笑った。
 
「これはどれくらいで完成するのですか?」
「じっくり煮込む必要があるからけっこう時間はかかるね。大きくカットすると柔らかくなるまで時間がかかる。だから作る時間も考えないといけないよ。食事の時間直前に作っても間に合わないから」
「気を付けます」
「火をかければ後は放っておくだけでもいいから。このスープも、しばらくやることもないし……いまのうちに物置に行って来たら?」

 マーサの言葉にティナは素直に頷く。今日マーサの家にやってきたのは、料理を教えてもらうためだけではなかった。

「ありがとうございました」
「私も娘が帰ってきたみたいで嬉しいよ。はい、これが鍵」

 二十年前に娘が出ていったと話すマーサは目を細めると、ティナの小さな手に古びた鍵を手渡した。

 今日の目的は、マーサの家に保管されている過去の新聞を読むことだ。
 種にまつわる謎を解明するために、ティナに任されたのは過去に魔力に関する事件がないか調べること。

 マーサは雑貨屋を営んでいて、平民が読む新聞の販売も行っている。彼女は売れ残り物を捨てられず、物置にすべてをしまいこんでいるそうだ。
 追われている身のティナは図書館に行くことも出来ないし、マーサの捨てられない性格に感謝するしかなかった。

 マーサの家を出て、畑の奥に木造の物置があった。
 物置というよりも小さな家だ。かなり大きい。古いドアに渡された鍵を差し込み、中に入る。

「わ……」

 小さな小屋には物がぎゅっと詰め込まれていた。壁一面が棚になっていて、本や新聞などの紙物だけでなく陶器や人形まで雑多に置いてある。
 棚以外は大きなものがたくさん置かれていた。石像のようなものから、古びた剣まで。雑貨屋で取り扱っていたものなのか、マーサの私物なのかはわからない。
 汚いよと言われていたが、きちんと整頓されている印象はある。

「コホッ……」

 しかし物が多い空間は埃が多い。ティナはポケットから小さな瓶を取り出して飲む。クロードが埃っぽい部屋を見越して薬を用意してくれていた。

「新聞以外も気になるものがたくさんあるわ」
 
 壁にかかっている不思議な形をしたお面を見ながらティナは言った。お宝なんかがありそうな雰囲気である。

 といっても今日は新聞を調べるのが先決だ。
 イリエが婚約者候補の情報を集めてくれている数日間に、別のところからも事件に関連するものを調べておきたい。
 もしこの村まで追っ手がやってきたら、マーサにまで迷惑がかかってしまう。

 部屋の隅にある木のはしごを手に取ると、壁にかけた。意外とはしごは重く、ずりずりと移動させていく。新聞は高い位置に収納されていたのだ。
 魔法が使えていたら浮遊して数秒で終わることも一苦労だ。

 はしごを登ってみれば、きちんと整理されている棚に新聞は年代ごとに分けられていた。
 
「ひとまず五年分調べてみましょう」

 この新聞は国での出来事を週に一度ほどまとめたもので、各地で流通しているものだ。
 国が発行しているものではないから娯楽的な側面が強いけれど、それでも何か手がかりはあるかもしれない。
 五年分ともなれば、膨大な量だ。

「まずはここ数カ月の出来事を……と」

 棚から数十枚ほど抜きだして、ティナは物置から出た。
 物置の近くにある大きな木の木陰に座り、読むことにする。

「風が気持ちいい」
 
 王都にいた頃、図書館で書物を読むのもティナは好きだった。だけどこうして外で本を読むのは別の心地よさがあり、自然と笑みがこぼれる。

『貴族を捨てて、平民になる覚悟はあるのか?』

 ティナはクロードの言葉を思い出していた。
 
 ティナは幼い頃からセルラト家の娘として、周りから意識される立場ではあった。
 物心ついた頃からアルフォンスの婚約者候補として品行方正な振る舞いが求められ、アルフォンス以外の異性と交流を持つことは許されなかった。
 魔力が倍増したことで周りから好奇や嫌悪を向けられた。全ての言動に注目され、言葉を素直に発することも怖くなっていた。
 今まで以上にティナは魔術の勉強をした。魔力に見合う技術がないままでは、不正に魔力を得たと思われる。両親も疑われ続けてしまう。
 正式に婚約者に決まってからは妃教育も始まり、魔法局では重役も任されることになっていた。

 十三歳からずっと今日まで走り続けてきた気がする。何かに追われるように。
 もちろん充実感に溢れた日々でもあった。それが自分の進む当たり前の道なのだと思い、その未来だけ真っすぐに進み続けていた。
 
 それが突然あっけなく立ち消えた。

 今はここでこうして国の外れにある村で木陰に一人座っている。
 ワンピースは埃に汚れ、腕には野菜の泥がまだ残っている。

「でもここでの日々、楽しいな」

 ティナの小さな独り言が漏れた。本音を慌てて手のひらで隠す。こんなこと言ってしまってはーー。

 ハッと周りを見渡すが、畑が続くだけで誰もいない。

 ティナの独り言を気にする人物はここには誰一人いなかった。
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