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第三章 魔王城

第七話

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ヒュプノスに連れられるまま歩いて行くと、そこはゴロージと戦った場所だった。

「さてさて。始めようか」
「さっきまでの魔王の覇気はどうした」

先程までの魔王だと認めざるを得ない覇気を放っていたヒュプノスだが、この部屋に入った途端いつものヒュプノスに戻っていた。

「あれは魔王として振る舞わないといけない時だけだよ。いつもアレだと疲れるんだよ。キミだって話しにくいでしょ?」
「まあ、そう言われると確かに」

魔王の前に立つ勇者の気分を味わったわけだしな。

「それに」

ヒュプノスの放つ雰囲気が変わった。先程までのそれだ。

「あのまま戦えばキミの実力を測る前に瞬殺してしまうのだが?」

その一言はとても冷たい声だったが、その一言を言うといつも通りの雰囲気に戻った。

「それじゃ、始めるよ」

そう言うとヒュプノスは剣を抜いた。それとほぼ同じタイミングで俺もヴェルディア・フライトを抜く。そして

「せいっ!!」
「はっ!!」

戦いが始まった。

俺はゴロージにしたように空間把握で行動を把握しつつ切り込んで行く。手加減されていることはわかっているが、どれ程の実力なのかを測っておく必要がある。初めの一太刀を放った。しかし

「なんだ。つまらない」

その一言を発するとまるで落とした物を拾うように刀を2本の指で白刃取りしていた。

「嘘だろ!!」
「ザーンネーンでした。嘘じゃないよホントだよ♪」

コレで手抜きかよ。まじかよ。

「そんじゃ、ボクも魔法を使おうかな。そりゃ」

そんな緩い掛け声と共に俺の周りに火の玉が現れた。その火の玉は俺の周りを周回し始めた。その速度がだんだんと早くなってきて

「!?やば!!」

爆発した。

ギリギリのタイミングで転移できたからいいが、あと少し遅ければ間違いなく死んでいた。何気にエグいの使ってくるな。

「どうしたの?ボクはまだウォーミングアップだよ?」

いやいやいや、これでウォーミングアップって化け物かよ。ゴロージが普通に思えてきたぞ。

そんなことを考えながらもヒュプノスの攻撃は続く。

こちらも攻撃しているのだが、それらを全て回避しながら攻撃してくる。命がいくつあっても足りねぇよ。

「考え事なら後にしてね。ほら、どんどん行くよ!!」
「な!!ちょ、ま」

ヒュプノスが剣を振るってくる。ていうかはやっ!!剣を振る速度が速すぎてまったく目がおいつかねぇぞ。

「アハハハ!!やっぱりいいね。剣を思いっきり振るっていうことはさ!!一度始めたらやめられない!!止まらない!!」
「ちょっ!!まて!!」
「アハハハ!!」
「ダメだこいつ、聞いちゃいねぇ」

ほんと、魔王だからかヒュプノスは規格外すぎる。かなりの速度で剣を振るっているのに自然にフェイントを入れてきやがる。

「おまっ!!剣が速くて避けるのがやっとなんだが!!」
「なに言ってんの?これくらい普通だよ?」

知ってた?最近のフェイントって残像でするもんらしいよ?しかも1~4回も。

「って、んなわけあるかぁぁぁぁぁ!!!!」
「大声出してると舌噛むよ?」
「うお!!」

次から次へと、というか剣の速度が速すぎて空間把握が追いつかないんだが。やば、どうしよう。

「どうしたの?もうジリ貧かい?なら、終わらせるよ」

そう言うとヒュプノスは一気に踏み込んで剣で突き刺してきた。

「この程度なら」
「甘いよ」

ヒュプノスは剣を途中で止め、後ろに下がっていった。その瞬間、先程まで感知できなかったものが空間把握に引っかかった。

俺はいつのまにか展開されていた空間の壁に閉じ込められ、その中で先程の炎が俺の周りを加速しながら周回していた。

「しまっ!!」

そう思った瞬間、空間の壁の中で爆発した。今回は対応に遅れてもろにくらってしまった。

「死んだ?ねえ?死んだの?」
「・・・・・ギリギリだが生きてるよ。残念だったか?」

そう。本当にギリギリ生きている感じだ。無理やり動かせば居合いを1回くらいなら行えるが、その間合いにたどり着く前に確実に仕留められる。なにせヒュプノスからは疲れどころか汗を流している様子すら見えない。この状態では先程の剣の速度は躱せない。

「ううん。残念なんかじゃないよ。これくらいで死んでもらったら困るからね」
「は、そうかよ」
「それはそうと、今回は諦めないかい?」
「何故だ?」
「ボクの元に来た初日に2階級特進は後味悪いんだよね。まだこっちの世界での戦闘経験が浅く、自分のスキルすら使いこなしていないみたいだからね。大丈夫だよ。あの仮面はボクが殺すから」

スキルを使いこなしていない?転移のことか?いや待てよ。そういえば説明は見てなかったな。
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転移

自分が思った場所に転移することができる。ただし、その位置や座標などを把握して入ればその場所に移動できる。
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は、はは。こういう御都合主義嫌いなんだがな。まあ、今はいい。この説明を見る限り、ヴェルディア・フライトのあのスキルはきっと。

「作戦はねれたかい?」
「ああ、おかげさまでな」
「それは悪い知らせだね。まだ戦いを続けるみたいだね。わかっているだろうけど」

また、雰囲気が変わった。今度はあのときの魔王としてのそれだ。

「次は、殺す」

確かにこれには俺ですら足を止めてしまう。だが、それでもいい。今回俺はヒュプノスに一撃入れればいいんだ。なら、別に動かなくたっていい。

「いくよ」

ヒュプノスが俺に向かってくる。それを確認するとベルディア・フライトを鞘に戻し、剣は追わず、ヒュプノスの動きだけを把握する。あと少し・・・捉えた!!

「抜刀!!」
「この距離では届かな・・・」

何かに気づいたらしいヒュプノスは動きを止めて後ろに下がった。だが、すでに捉えてある。だから

「ぐっ!!」

うっすらとだが、ヒュプノスは右腕から血を流した。

「は、ははは。どうだ。一撃、入れて・・・やっ・・たぞ」

ヒュプノスが血を流したことを確認できた俺は、また意識を手放した。

最後に思ったことは、試合に勝ったが勝負には勝てなかったという悔しさだった。
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