満員電車バトル〜座席を奪い合う4人、それぞれの人生〜

ウケン

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石口由香里 編

婚約破棄の理由はわかりましたが、イヤです

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11月4日水曜日。



翌日、義明は私の家に19時にやってきた。

長居する気はないのか、食事や飲み物の類は一切買ってきていない。

「お邪魔します」

一言断ると私が教えた"もたもたしない入室"を実践する義明。

(最初は靴を揃えたり整えるマナーを意識し過ぎて、ものすごく上がるのが遅かったのよね)

でも、そんな微笑ましい思い出は過去のもの。

そして今後共有することもできないと思うと、また自然と涙が溢れそうになった。

「どうぞ」と義明も何度も来たリビングへ案内すると、私は「コーヒーで良い?」と聞いた。

「いや、すぐ行くから」

義明はハッキリと断った。

昨日の電話の時はもう少し申し訳なさそうな感じだったが、今日は迷いが一切ない口調で言った。

1日でこの変わりよう。

私は元通りになる可能性は無いことを最初の1分で悟ったのだった。

そこから義明はすべてを話してくれた。

ーーー私には感謝しているけれど、自分をもっと頼ってほしかったこと。

さらに男として勇気を出したプロポーズまで保留されてとても悲しかったこと。

一昨日、深夜の神保町で私と男性がホテルに入って行くのを義明の友人の谷くんが見かけて連絡してくれたこと。

仕事の取材とかだと信じていたけれど、ホテルに入って1時間くらいで電話したのに出てくれなかったこと。

一緒にいるべきなのは私じゃないと確信したこと。

私への気持ちが離れたことで、いつも良くしてくれる職場の女性が少し気になってきたこと。

それでも義明は私を責めることはしなかった。

「プロポーズを受けてもらえなかったのも、由香里さんの気持ちが離れてしまったのも、自分の不甲斐なさが原因だ」

彼は最後まで、優しい彼だった。

でも、決断が早すぎる。

まだ義明から「なんで浮気したの?」とか、何も聞かれてない。

それなのにいきなり別れるのは唐突過ぎると思う。

「義明、私がホテルに行ったのは本当よ。でも何で問い詰めないの……?いきなり別れるってそんな……」

私は自分が悪いのは承知の上で聞いてみる。

すると義明は俯きながら言った。

「ホテルの件は聞きたくない。由香里さんのこと嫌いになりそうだから。僕は由香里さんのこと、嫌いになりたくない。それから……」

義明は矢継ぎ早に言った。

「嘘をつかれたから」

「う、嘘?」

私は思い返してみるが思いつかなかった。

「昨日の朝のLINE。由香里さんは家にいるって」

確かに言った。

「あ、あれは……」

言い訳が思いつかない。

「それが一番の理由かな。嘘をつかないといけない関係じゃ、これからの結婚生活は難しいと思った」

直接浮気したことが理由じゃないという。

そんな優しい人を失ってしまった後悔は大きい。

それからも色々と話したが、まだ義明は気になっている女性には気持ちを伝えたり、そういう関係になったりしていないらしい。

思えば義明が一度転職した時も、転職先の内定が出る前に、自分の会社には不義理はしたくないという理由で社長に退職の意向を伝えていた。

それほど彼は義理人情に厚く、できた男だった。

私とは大違い。

これはダメだ。
改めて自分の情けなさを突きつけられただけだ。

頼りないなんて嘘。
本当は誰よりも優しくて、心の奥底には強さがある。

でも、私はそんなに強くない。

だから、最後まで甘えさせてもらうんだ。

「とにかく絶対にイヤ!!!」
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