満員電車バトル〜座席を奪い合う4人、それぞれの人生〜

ウケン

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井口泰平 編

銀だこ&ハイボール酒場からの解放

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23時10分。

「じゃあ、そろそろ行きますか」

「はい。今日はありがとうございました。これからよろしくお願いします!」

「君は若いのにしっかりしてるね。こちらこそよろしくね。ちょっと最後にトイレへ行ってくる」

俺は伝票を持つとレジへと向かった。

「領収書下さい」

「お宛名は?」

「後株の田中建商事で」

「お食事代でよろしいですか?」

「はい」

そこへ戸崎が戻ってきた。

「え!なんだなんだ、ここは僕が出すのに。いくら?」

「いやいや、ここはこちらが。会計も済んでしまったので。また次回お願いします」

「そうかぁ。すみませんね。ご馳走様です」

一連のお約束的なやり取りを終えて、2人は駅へと歩き出した。

とりあえず出せて良かった、と安堵した。

取引先に奢ってもらうのは何となく好きじゃない。

言われはしないだろうが、貸しを作ってしまう気がする。

「いや、本当にすみませんね。ありがとう」

「いえいえ、こちらも出さなかったら平畑に怒られちゃいますので」

そんなやり取りをしながら改札をくぐった所で、戸崎が言った。

「じゃあ私は伊勢原なのでここで。今日はありがとう。次はちゃんと仕事の話をしましょう」

「こちらこそありがとうございました!また色々お話も聞かせて下さい」

「次はこっち持ちでお願いしますね。ははは。ではまた」

「はい!ありがとうございました!」

本当に楽しく、幸せな時間でした。
そう思わせる笑顔を作りながら、大きな声で見送る。
 
そして、こちらを見ないで手を挙げるタイプのお別れをする戸崎の姿が見えなくなるのを90度のお辞儀で待つ。

そして姿が見えなくなるのを確認すると、反対側のホームへ早足で歩き出し、そのままトイレへ猛ダッシュした。

(おしっこしたいおしっこしたいおしっこしたいよぉ~!)

男子トイレへ駆け込みざま、一番近い小便器へ向かって勢いよく噴射した。

(はぁ~、間に合った……!おしっこした過ぎて戸崎の話とか何一つ入ってこなかった)

嫌な顔をしつつ簡単に手を洗い、トイレを出ると、急に足の疲労感が戻ってきた。

(さっきまでおしっこ行きたかったから忘れてたけど、足痛いよー)

ホームへ向かうエスカレーターに乗りながらスマホの乗り換えアプリで電車の時間を検索する。

すると、ここからだと家に着くのは0時を越えるという結果に絶望する。

(本厚遠過ぎ……!)

明日も1日中営業活動しないといけないため、気分は最悪だった。

ただ、今から上りの新宿方面への乗客は多くはないはず。

(ようやく座れる……)

それだけが唯一の救い。

轟音と共にやってきた小田急線の新宿行きに乗り込むと、空いていた座席の端っこに座り、あまりの疲れにすぐに眠りに落ちた。

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