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井口泰平 編
縦社会のクソルール(立ちっぱなし継続)
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18時15分。
足が痛い、足が痛い、足が痛い。
先ほどから脳内では同じ言葉が繰り返されていた。
すでにライラック社内に着いていたが、受付に話しかけると、こう言われた。
「戸崎なのですが、前の打ち合わせが長引いておりまして、申し訳ございません。すぐに終わるかと思いますので、こちらでお待ち下さい」
そう言われて通された会議室。
20人くらいの会議でも問題なさそうな、やけに広いその空間に1人でいるのは何となく苦痛だった。
しかもお茶を出して貰ったのだが、お茶が置かれた席がテーブル最奥の上座側だった。
(ここにふんぞり返ってお茶を飲みながら待つ事はできない)
先輩から聞いた話などを総合すると、マナーや上下関係に対してかなりチェックする人のようだし、初見で何か落ち度を作る訳にはいかない。
そうなると、俺の行動は自ずと決まっていた。
ーーー立って待つ。これしかない。
そしてそれから20分。未だ戸崎が現れる気配はない。
(あ、足が痛いよー)
足は限界に達していたが、ここまできて今更座って、その瞬間に戸崎が現れないとも限らない。
しかも、携帯をいじって待つのもどうかと思う。
もしいきなり入ってきて、携帯をいじっている所を見られたら「最近の若い奴は携帯依存症だからな。そんな奴と仕事なんてできるか」とか思われて印象が悪くなる可能性がある。
「そんなの時代遅れなんだよ!!ヒロ○キ切り抜き動画見ろや!!!おらーーー!!!」
と胸ぐらを掴んで、顔面に腰を入れたパンチをお見舞いしたいところだが、そんなことできるはずがない。
そう考えると何もできず、無音の会議室で黙って立っているしかないのが、しがないサラリーマンの現状であった。
カチカチカチ、と時計の音だけが響く。
もし携帯でビッグなニュースなどの情報を見る事ができたら意識はそっちに向かって、足の痛みの事はしばし忘れられるかもしれないが、外からの情報を取得できない以上、考えるのは足の痛みの事だけ。
接地する足裏の部位を変えて、グラグラしながら苦痛に耐える。
まるで死の前のダンスを踊っているかのようだった。
ーーガチャ。
その時、扉が開く音がした。
そこから現れたのは身長185cmはあろうかという大男。
縦社会の権化、戸崎雅夫だった。
「どうもどうも、お待たせしました」
と言いながら片手で名刺を差し出してくる。
俺は慌てて内ポケットの中の名刺入れを握りしめ、少し高めに声を出した。
「あ、初めまして~!田中建商事の井口です」
決まった。確信した。
これは俺が長年(4年)かけて編み出した、声のトーンを調整して発動する初見時の必殺技「明るく話もできそうなんだけど、落ち着いていて、何か慣れている=安心できるかのような声色」だった。
前半の「あ、初めまして!」は少し高め、後半の「田中建商事の井口です」を少し抑えめに、そしてゆっくりと告げる事で、相手への印象をコントロールする。
それが今日は絶不調のコンディションでもしっかりできた。
名刺交換を滞りなく終えた所で戸崎はホコリかフケを気にしているのか、肩をパンパンはたきながら話しかけてくる。
「遠くまでご苦労様。今日は引き継ぎの挨拶だけだったよね?」
ここで普通なら席に座っていない若手を見て、「なんだ、掛けてて良かったのに」と労いの言葉をかけられてもおかしくないが、それが無いという事は、どうやら自分は正解だったのだ、と泰平は確信した。
「はい。前任の平畑がお世話になりましてありがとうございます。以降は私が担当させて頂きます。本来であれば平畑が同席するはずが、急な案件で動けず申し訳ありません」
(いいから早く座らせてよ)
そんな事を考えながら、落ち着いた笑みで返す。
「そうですか。こちらこそよろしく。今日は別件でバタバタしてしまって、資料も用意出来なくてね。申し訳ない。ただこのまま帰したんじゃ平畑さんに怒られちゃうからね(笑)時間があるならどうですか?」
おちょこを口に運ぶクイックイッという仕草で笑顔を浮かべた。
(……もう!?ちょっとくらい座らせて欲しい……)
飲みに行く事は予想していたが、まさかここまで早いとは。
「え!良いんですか!?もちろんです!ありがとうございます!」
しかし、しがないサラリーマンとしてこれ以外の返事は万死に値する。
「じゃあ行きましょう。やっぱり18時過ぎたらお酒を飲まないとね(笑)」
どんだけ好きなんだよ、と思ったが、少し安心もしていた。
(まぁ、接待ではあるが、やっと座って一息つけそうだ)
こうして駅前まで一緒に歩き始めた。
足が痛い、足が痛い、足が痛い。
先ほどから脳内では同じ言葉が繰り返されていた。
すでにライラック社内に着いていたが、受付に話しかけると、こう言われた。
「戸崎なのですが、前の打ち合わせが長引いておりまして、申し訳ございません。すぐに終わるかと思いますので、こちらでお待ち下さい」
そう言われて通された会議室。
20人くらいの会議でも問題なさそうな、やけに広いその空間に1人でいるのは何となく苦痛だった。
しかもお茶を出して貰ったのだが、お茶が置かれた席がテーブル最奥の上座側だった。
(ここにふんぞり返ってお茶を飲みながら待つ事はできない)
先輩から聞いた話などを総合すると、マナーや上下関係に対してかなりチェックする人のようだし、初見で何か落ち度を作る訳にはいかない。
そうなると、俺の行動は自ずと決まっていた。
ーーー立って待つ。これしかない。
そしてそれから20分。未だ戸崎が現れる気配はない。
(あ、足が痛いよー)
足は限界に達していたが、ここまできて今更座って、その瞬間に戸崎が現れないとも限らない。
しかも、携帯をいじって待つのもどうかと思う。
もしいきなり入ってきて、携帯をいじっている所を見られたら「最近の若い奴は携帯依存症だからな。そんな奴と仕事なんてできるか」とか思われて印象が悪くなる可能性がある。
「そんなの時代遅れなんだよ!!ヒロ○キ切り抜き動画見ろや!!!おらーーー!!!」
と胸ぐらを掴んで、顔面に腰を入れたパンチをお見舞いしたいところだが、そんなことできるはずがない。
そう考えると何もできず、無音の会議室で黙って立っているしかないのが、しがないサラリーマンの現状であった。
カチカチカチ、と時計の音だけが響く。
もし携帯でビッグなニュースなどの情報を見る事ができたら意識はそっちに向かって、足の痛みの事はしばし忘れられるかもしれないが、外からの情報を取得できない以上、考えるのは足の痛みの事だけ。
接地する足裏の部位を変えて、グラグラしながら苦痛に耐える。
まるで死の前のダンスを踊っているかのようだった。
ーーガチャ。
その時、扉が開く音がした。
そこから現れたのは身長185cmはあろうかという大男。
縦社会の権化、戸崎雅夫だった。
「どうもどうも、お待たせしました」
と言いながら片手で名刺を差し出してくる。
俺は慌てて内ポケットの中の名刺入れを握りしめ、少し高めに声を出した。
「あ、初めまして~!田中建商事の井口です」
決まった。確信した。
これは俺が長年(4年)かけて編み出した、声のトーンを調整して発動する初見時の必殺技「明るく話もできそうなんだけど、落ち着いていて、何か慣れている=安心できるかのような声色」だった。
前半の「あ、初めまして!」は少し高め、後半の「田中建商事の井口です」を少し抑えめに、そしてゆっくりと告げる事で、相手への印象をコントロールする。
それが今日は絶不調のコンディションでもしっかりできた。
名刺交換を滞りなく終えた所で戸崎はホコリかフケを気にしているのか、肩をパンパンはたきながら話しかけてくる。
「遠くまでご苦労様。今日は引き継ぎの挨拶だけだったよね?」
ここで普通なら席に座っていない若手を見て、「なんだ、掛けてて良かったのに」と労いの言葉をかけられてもおかしくないが、それが無いという事は、どうやら自分は正解だったのだ、と泰平は確信した。
「はい。前任の平畑がお世話になりましてありがとうございます。以降は私が担当させて頂きます。本来であれば平畑が同席するはずが、急な案件で動けず申し訳ありません」
(いいから早く座らせてよ)
そんな事を考えながら、落ち着いた笑みで返す。
「そうですか。こちらこそよろしく。今日は別件でバタバタしてしまって、資料も用意出来なくてね。申し訳ない。ただこのまま帰したんじゃ平畑さんに怒られちゃうからね(笑)時間があるならどうですか?」
おちょこを口に運ぶクイックイッという仕草で笑顔を浮かべた。
(……もう!?ちょっとくらい座らせて欲しい……)
飲みに行く事は予想していたが、まさかここまで早いとは。
「え!良いんですか!?もちろんです!ありがとうございます!」
しかし、しがないサラリーマンとしてこれ以外の返事は万死に値する。
「じゃあ行きましょう。やっぱり18時過ぎたらお酒を飲まないとね(笑)」
どんだけ好きなんだよ、と思ったが、少し安心もしていた。
(まぁ、接待ではあるが、やっと座って一息つけそうだ)
こうして駅前まで一緒に歩き始めた。
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