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最終話
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「終わったのですね……」
「ああ。お疲れさま」
「ベルトラン様には随分とお見苦しいところをお見せしてしまいました」
「いや、毅然としていて格好良かったよ」
「それは……光栄ですわ」
わたくしが力なく笑って見せると、ベルトラン様は顔から一切の笑みを消して、言いました。
「ところで婚約者がいなくなったようだから、私にも再び申し込む権利ができただろうか」
「再び……?」
「実は私も縁談を打診していたんだが、君の意向で他の男に決まったと言われてしまってね。でも諦めきれなくて、勉強を名目にここまで来てしまった。……傷心のところに付け込むのは卑怯じゃないかとも思ったが、うかうかしていたらまた別の男に掻っ攫われてしまうかもしれないし」
理解が追いつかないわたくしに、彼は真剣な眼差しで続けました。
「アウロラ、私と結婚してくれないか? 以前は焦らなくてもどうせ私が第一候補だろうと自分の立場に己惚れていたが、もうやめる。私はやっぱり、君が好きなんだと気付いたんだ」
「ごめんなさい……今は、そう言われても信じることができないのです。どうせわたくし自身ではなく、わたくしの立場が目当てなんだろうって……。貴方はそんな偽りをおっしゃる方ではないと、よく分かっているはずなのに」
「……君は自分が思っているより、ずっと魅力的だよ」
「……」
何も答えられないまま俯く私に、ベルトラン様は困ったように笑って言いました。
「私はあまり言葉が上手ではなくすまないが……こう考えてはどうだろう。政略の相手としては、私はこの上ない存在なんじゃないかな?」
「そう、ですわね……」
「ならば、初めは政略からでもいい。私と結婚しよう。――夫婦になってからじっくりと、時間をかけて分からせてあげるから」
*****
「ちちうえ、ははうえ、おやすみなさいませ!」
「ああ、おやすみ」
乳母に連れられた息子を扉の向こうに見送ると。夫は後ろからわたくしを抱きしめて、言いました。
「ようやく二人の時間が来たな。まったく、息子ばかりじゃなくたまには私にも構ってくれよ」
「またそんなことをおっしゃって……あなたこそ、ずっとお膝の上から離さなかったではありませんか」
「そりゃあ息子は可愛いさ。だが一番は、ずっと君のままなんだが……そろそろ信じてくれただろうか」
「もう、とっくに信じておりますわ。――愛しています、ベルトラン様」
「アウロラ……私も、愛してる!」
いつにもまして強い力で抱きしめられて、わたくしは思わず笑みをこぼしました。ベルトラン様、人を信じる喜びを――貴方が思い出させてくれたのです。
終
「ああ。お疲れさま」
「ベルトラン様には随分とお見苦しいところをお見せしてしまいました」
「いや、毅然としていて格好良かったよ」
「それは……光栄ですわ」
わたくしが力なく笑って見せると、ベルトラン様は顔から一切の笑みを消して、言いました。
「ところで婚約者がいなくなったようだから、私にも再び申し込む権利ができただろうか」
「再び……?」
「実は私も縁談を打診していたんだが、君の意向で他の男に決まったと言われてしまってね。でも諦めきれなくて、勉強を名目にここまで来てしまった。……傷心のところに付け込むのは卑怯じゃないかとも思ったが、うかうかしていたらまた別の男に掻っ攫われてしまうかもしれないし」
理解が追いつかないわたくしに、彼は真剣な眼差しで続けました。
「アウロラ、私と結婚してくれないか? 以前は焦らなくてもどうせ私が第一候補だろうと自分の立場に己惚れていたが、もうやめる。私はやっぱり、君が好きなんだと気付いたんだ」
「ごめんなさい……今は、そう言われても信じることができないのです。どうせわたくし自身ではなく、わたくしの立場が目当てなんだろうって……。貴方はそんな偽りをおっしゃる方ではないと、よく分かっているはずなのに」
「……君は自分が思っているより、ずっと魅力的だよ」
「……」
何も答えられないまま俯く私に、ベルトラン様は困ったように笑って言いました。
「私はあまり言葉が上手ではなくすまないが……こう考えてはどうだろう。政略の相手としては、私はこの上ない存在なんじゃないかな?」
「そう、ですわね……」
「ならば、初めは政略からでもいい。私と結婚しよう。――夫婦になってからじっくりと、時間をかけて分からせてあげるから」
*****
「ちちうえ、ははうえ、おやすみなさいませ!」
「ああ、おやすみ」
乳母に連れられた息子を扉の向こうに見送ると。夫は後ろからわたくしを抱きしめて、言いました。
「ようやく二人の時間が来たな。まったく、息子ばかりじゃなくたまには私にも構ってくれよ」
「またそんなことをおっしゃって……あなたこそ、ずっとお膝の上から離さなかったではありませんか」
「そりゃあ息子は可愛いさ。だが一番は、ずっと君のままなんだが……そろそろ信じてくれただろうか」
「もう、とっくに信じておりますわ。――愛しています、ベルトラン様」
「アウロラ……私も、愛してる!」
いつにもまして強い力で抱きしめられて、わたくしは思わず笑みをこぼしました。ベルトラン様、人を信じる喜びを――貴方が思い出させてくれたのです。
終
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