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第四話
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――翌朝。どこから調達したのか、お約束通りベルトラン様から男性服が贈られて参りました。すっかり面白がった侍女たちは、よってたかってわたくしの男装を仕上げてゆきます。
贈られた服は目立たない色味ながら、とても仕立ての良いものでした。鏡を見ると丈もぴったりで、薄い身体つきも手伝い、すっかり少年のようです。簡素な紐で一括りにされた髪は男性にしては長いものですが、全くいないわけではないでしょう。
「よく似合ってるじゃないかアウロラ、いや、アーロンかな」
わたくしを迎えに来たベルトラン様も、そう言って面白そうに笑っています。その反応に、わたくしは軽く不満を込めて言いました。
「それって、褒め言葉ですの?」
「ああ。とっても可愛い男の子だよ」
「こんなとき、ニクラスならちゃんと誰よりも可愛いよって夢を見せてくれるのに……。現実を見せてくださるなんて、ベルトラン様はいじわるですわ」
「ごめんごめん、私は正直者なんだ」
「もう! 早く行きましょう!」
わたくしは少しだけ怒って見せましたが、ベルトラン様はまだ笑いながら言いました。
「ああ、行こう行こう!」
緊張しつつベルトラン様の馬車に乗り込んで出発すると、お城の門兵たちは車内をちらりと見ただけで、すんなり通してくれました。遊学中である同盟国の王族がお忍びで街に出かけられるということで、確認は形ばかりとされているようです。
しばらくして馬車が止まったのは、王都の目抜き通りにある立派な建物の前でした。街なかのお店と言っても、カフェを利用できるのは貴族階級の者たちばかりなのです。入口の左右を守る警備の一人にベルトラン様の従者が紹介状を渡すと、すぐに店内に招き入れられました。
店内には十数台の高脚のテーブルが置かれているだけで、ほとんど椅子はありません。どうやら立ち飲みが主となっているようで、殿方たちがそれぞれ数名ずつの集団で、テーブルを囲みながら談笑しています。
店の奥に空いているテーブルを見つけて陣取ると、わたくしは辺りを見回しました。やがて珈琲が運ばれてきても、ついソワソワとし続けていると……ベルトラン様が苦笑しながら言いました。
「そんなに面白いか?」
「ええ! ……いや、うん。どこを見ても新鮮だなと思ってさ」
こんなの不良の行いだとは分かっているのですが、だからこそ、より楽しく感じてしまうのでしょうか。いつもならばあやに怒られてしまうような言葉遣いも、崩れたお作法も、ここでは誰にも咎められることはないのです。
「そりゃあ良かった。せっかくだから、思いっきり楽しむといい」
「うん!」
そう、わたくしが満面の笑みで答えた、その時。店内に新たに入ってきた四人組の中に婚約者の顔を見つけて、わたくしは慌てて入口の方から隠すように顔をそむけました。
贈られた服は目立たない色味ながら、とても仕立ての良いものでした。鏡を見ると丈もぴったりで、薄い身体つきも手伝い、すっかり少年のようです。簡素な紐で一括りにされた髪は男性にしては長いものですが、全くいないわけではないでしょう。
「よく似合ってるじゃないかアウロラ、いや、アーロンかな」
わたくしを迎えに来たベルトラン様も、そう言って面白そうに笑っています。その反応に、わたくしは軽く不満を込めて言いました。
「それって、褒め言葉ですの?」
「ああ。とっても可愛い男の子だよ」
「こんなとき、ニクラスならちゃんと誰よりも可愛いよって夢を見せてくれるのに……。現実を見せてくださるなんて、ベルトラン様はいじわるですわ」
「ごめんごめん、私は正直者なんだ」
「もう! 早く行きましょう!」
わたくしは少しだけ怒って見せましたが、ベルトラン様はまだ笑いながら言いました。
「ああ、行こう行こう!」
緊張しつつベルトラン様の馬車に乗り込んで出発すると、お城の門兵たちは車内をちらりと見ただけで、すんなり通してくれました。遊学中である同盟国の王族がお忍びで街に出かけられるということで、確認は形ばかりとされているようです。
しばらくして馬車が止まったのは、王都の目抜き通りにある立派な建物の前でした。街なかのお店と言っても、カフェを利用できるのは貴族階級の者たちばかりなのです。入口の左右を守る警備の一人にベルトラン様の従者が紹介状を渡すと、すぐに店内に招き入れられました。
店内には十数台の高脚のテーブルが置かれているだけで、ほとんど椅子はありません。どうやら立ち飲みが主となっているようで、殿方たちがそれぞれ数名ずつの集団で、テーブルを囲みながら談笑しています。
店の奥に空いているテーブルを見つけて陣取ると、わたくしは辺りを見回しました。やがて珈琲が運ばれてきても、ついソワソワとし続けていると……ベルトラン様が苦笑しながら言いました。
「そんなに面白いか?」
「ええ! ……いや、うん。どこを見ても新鮮だなと思ってさ」
こんなの不良の行いだとは分かっているのですが、だからこそ、より楽しく感じてしまうのでしょうか。いつもならばあやに怒られてしまうような言葉遣いも、崩れたお作法も、ここでは誰にも咎められることはないのです。
「そりゃあ良かった。せっかくだから、思いっきり楽しむといい」
「うん!」
そう、わたくしが満面の笑みで答えた、その時。店内に新たに入ってきた四人組の中に婚約者の顔を見つけて、わたくしは慌てて入口の方から隠すように顔をそむけました。
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