2 / 8
第二話
しおりを挟む
書庫に置かれた大きな机の、あちらとこちらの端でそれぞれのお目当てをめくっていると、ベルトラン様がふと思い出したように言いました。
「ところで、最近婚約したんだって?」
「は、はい……」
わたくしは婚約者の顔を思い出して、思わず目じりを下げました。抑えきれない笑みが口元に浮かび、頬が熱くなっていくようです。
艷やかな黄金の髪を持ち女性的な魅力にあふれた双子の姉に対し、色あせた金髪に薄い身体を持つわたくしは、口さがない人たちから「地味な方の王女」と呼ばれているようです。しかしわたくしは、そんな噂は特に気にはしませんでした。どうせ政略で嫁ぐ身なのですから、多くの殿方の興味を引く必要もないでしょう。
そんなわたくしにもいくつか合理的な縁談が持ち上がり始めたころの、半年ほど前の初夏の夜会でのことです。――ニクラスから、熱烈な愛の告白を受けたのは。
星の降る庭園をのぞむテラスで跪きながら、彼はわたくしの淡い髪色を月に喩えて言いました。
『月の光のように儚げな貴女に、一目惚れしてしまいました。どうか、数多の求婚者たちの中から、僕を選んでくださいませんか?』
それ以来、私はまるで大好きな恋物語の主人公になったかのように、行く先々で彼からの求愛を受けるようになりました。恥ずかしい話なのですが、これまでそのような経験がなかったわたくしは……すっかり舞い上がってしまったのです。
わたくしはとうとう勇気を出して、ニクラスからの求婚を受けたいと、お父様に頼み込みました。本来なら侯爵令息といえど爵位を継げないニクラスは、王女の降嫁先に適した相手とは言えません。しかしわたくしがどうしてもとお願いすると、困ったように笑いながらもお父様はニクラスとの婚約を許してくださったのでした。
「君が幸せそうで良かったよ。もし不幸そうならば、我が国に攫って帰ってしまおうかと思っていたんだが」
そうベルトラン様の声が聞こえて、わたくしはハッとして我に返りました。ついニクラスのことを思い出して、ポワッとしてしまっていたようです。
「ごめんなさい! わたくしったら、お恥ずかしい姿を……」
「いや……ちょっと、妬けてしまうな。でも――おめでとう」
彼の口角は上がっているのに、その整った眉根は複雑に歪んでいます。バカみたいに舞い上がっている姿を見せたから、呆れられてしまったのでしょうか。
「ありがとうございます……」
小さくなりながらもなんとかお礼だけは言うと、ベルトラン様は今度は少しだけ寂しそうに微笑んで言いました。
「次に来たときには、ここでこうして会うこともなくなるのか……」
「そう、ですね……」
でも、ニクラスの元へ嫁いでゆくまで、あと一年近く時間があるのです。お世継ぎとしてお忙しい身のベルトラン様ですが、あと一度くらい――。
そこまで考えてしまってから、わたくしは内心かぶりを振りました。もうすぐ嫁ぐ身だというのに、そういう考えはよくないことでしょう。わたくしは本に目を落とすと、黙々と文字を追い始めました。
「ところで、最近婚約したんだって?」
「は、はい……」
わたくしは婚約者の顔を思い出して、思わず目じりを下げました。抑えきれない笑みが口元に浮かび、頬が熱くなっていくようです。
艷やかな黄金の髪を持ち女性的な魅力にあふれた双子の姉に対し、色あせた金髪に薄い身体を持つわたくしは、口さがない人たちから「地味な方の王女」と呼ばれているようです。しかしわたくしは、そんな噂は特に気にはしませんでした。どうせ政略で嫁ぐ身なのですから、多くの殿方の興味を引く必要もないでしょう。
そんなわたくしにもいくつか合理的な縁談が持ち上がり始めたころの、半年ほど前の初夏の夜会でのことです。――ニクラスから、熱烈な愛の告白を受けたのは。
星の降る庭園をのぞむテラスで跪きながら、彼はわたくしの淡い髪色を月に喩えて言いました。
『月の光のように儚げな貴女に、一目惚れしてしまいました。どうか、数多の求婚者たちの中から、僕を選んでくださいませんか?』
それ以来、私はまるで大好きな恋物語の主人公になったかのように、行く先々で彼からの求愛を受けるようになりました。恥ずかしい話なのですが、これまでそのような経験がなかったわたくしは……すっかり舞い上がってしまったのです。
わたくしはとうとう勇気を出して、ニクラスからの求婚を受けたいと、お父様に頼み込みました。本来なら侯爵令息といえど爵位を継げないニクラスは、王女の降嫁先に適した相手とは言えません。しかしわたくしがどうしてもとお願いすると、困ったように笑いながらもお父様はニクラスとの婚約を許してくださったのでした。
「君が幸せそうで良かったよ。もし不幸そうならば、我が国に攫って帰ってしまおうかと思っていたんだが」
そうベルトラン様の声が聞こえて、わたくしはハッとして我に返りました。ついニクラスのことを思い出して、ポワッとしてしまっていたようです。
「ごめんなさい! わたくしったら、お恥ずかしい姿を……」
「いや……ちょっと、妬けてしまうな。でも――おめでとう」
彼の口角は上がっているのに、その整った眉根は複雑に歪んでいます。バカみたいに舞い上がっている姿を見せたから、呆れられてしまったのでしょうか。
「ありがとうございます……」
小さくなりながらもなんとかお礼だけは言うと、ベルトラン様は今度は少しだけ寂しそうに微笑んで言いました。
「次に来たときには、ここでこうして会うこともなくなるのか……」
「そう、ですね……」
でも、ニクラスの元へ嫁いでゆくまで、あと一年近く時間があるのです。お世継ぎとしてお忙しい身のベルトラン様ですが、あと一度くらい――。
そこまで考えてしまってから、わたくしは内心かぶりを振りました。もうすぐ嫁ぐ身だというのに、そういう考えはよくないことでしょう。わたくしは本に目を落とすと、黙々と文字を追い始めました。
199
お気に入りに追加
503
あなたにおすすめの小説
だってそういうことでしょう?
杜野秋人
恋愛
「そなたがこれほど性根の卑しい女だとは思わなかった!今日この場をもってそなたとの婚約を破棄する!」
夜会の会場に現れた婚約者様の言葉に驚き固まるわたくし。
しかも彼の隣には妹が。
「私はそなたとの婚約を破棄し、新たに彼女と婚約を結ぶ!」
まあ!では、そういうことなのですね!
◆思いつきでサラッと書きました。
一発ネタです。
後悔はしていません。
◆小説家になろう、カクヨムでも公開しています。あちらは短編で一気読みできます。
【完結】真実の愛に生きるのならお好きにどうぞ、その代わり城からは出て行ってもらいます
まほりろ
恋愛
私の名はイルク公爵家の長女アロンザ。
卒業パーティーで王太子のハインツ様に婚約破棄されましたわ。王太子の腕の中には愛くるしい容姿に華奢な体格の男爵令嬢のミア様の姿が。
国王と王妃にハインツ様が卒業パーティーでやらかしたことをなかったことにされ、無理やりハインツ様の正妃にさせられましたわ。
ミア様はハインツ様の側妃となり、二人の間には息子が生まれデールと名付けられました。
私はデールと養子縁組させられ、彼の後ろ盾になることを強要された。
結婚して十八年、ハインツ様とミア様とデールの尻拭いをさせられてきた。
十六歳になったデールが学園の進級パーティーで侯爵令嬢との婚約破棄を宣言し、男爵令嬢のペピンと婚約すると言い出した。
私の脳裏に十八年前の悪夢がよみがえる。
デールを呼び出し説教をすると「俺はペピンとの真実の愛に生きる!」と怒鳴られました。
この瞬間私の中で何かが切れましたわ。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
他サイトにも投稿してます。
ざまぁ回には「ざまぁ」と明記してあります。
2022年1月4日HOTランキング35位、ありがとうございました!
「つまらない女」を捨ててやったつもりの王子様
七辻ゆゆ
恋愛
「父上! 俺は、あんなつまらない女とは結婚できません!」
婚約は解消になった。相手側からも、王子との相性を不安視して、解消の打診が行われていたのである。
王子はまだ「選ばれなかった」ことに気づいていない。
お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。
四季
恋愛
お前は要らない、ですか。
そうですか、分かりました。
では私は去りますね。
私に代わり彼に寄り添うのは、幼馴染の女でした…一緒に居られないなら婚約破棄しましょう。
coco
恋愛
彼の婚約者は私なのに…傍に寄り添うのは、幼馴染の女!?
一緒に居られないなら、もう婚約破棄しましょう─。
優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔
しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。
彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。
そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。
なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。
その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる